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元勇者のご主人様  作者: 山科碧葵
第二章
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第六話 穏やかな日常

 思わぬ触れ合いのために賢者となった俺は、フェリアの隣に腰を下ろしてリリウスの冒険譚に耳を傾けていた。


 フェリアは愛らしく頬を染め上げ、口元で玲瓏に弧を描きながら俺に向かって熱っぽい視線をじっと向けてくる。

 リリウスはリリウスで、満足気に瞳を細めて俺の身体を凝視する。


 一応着替えて身体は拭いたが、どうにも照れくさい。

 まさか女の子二人の眼前であんなことになるとは、色々な意味で一生忘れられそうにない思い出ができてしまったよ。


 リリウスは興味津々といった視線を向けながらも、自信が体験した今までの話を川のせせらぎのように滔々と語っていた。

 フェリアと別れて数年間。

 世界各地の危険地帯を渡り歩き、依頼を受けたり己の心身を鍛錬していたのだとか。


 勇者パーティの一員として有名だった彼女は、その美しく引き締まった肉体や、凛々しくも端整な顔立ちも重なり合い、幾度となく地方に住む男性たちから婚姻の意思を向けられたらしい。


 格好から大体想像はついていたが、リリウスは男好きであり、そういった意味での気力や体力は並外れている。

 獣人であるために、やたらめったら発情しているわけでは無いが、誘われたらホイホイ付いていく程度には男性を求めていたらしい。


 妖艶な色気を放つ褐色獣人のお姉さん。

 切れ長な双眸を流し目にして、艶めかしい体躯を美麗に魅せる。

 男女問わず欲望の溜まりやすい深い森林では、リリウスの魅力は一層極まっていた。


 その後は――先ほど話した結末にて幕を閉じる。

 汗を嗅ぎ合いながら抱きしめ合うが、いざという時になって、大体相手の男性がやる気を無くしてしまうらしい。


 年相応にそういう内容に興味のあるフェリアは、そのくだりになる度鳶色の瞳を爛々と輝かせ、結末を聞くたびに、叱られた子犬のようにショボンと丸まる。

 普通だったら、そんなフェリアの行動に興奮して、俺はやめないぜ、とか言うのだろうが、今はそんな気分にならない。


 実に残念だ。

 リリウスも室内だから安心しているのか、惜しげも無く股座を開き、実に無防備な格好で座っている。

 普段なら、キュッと締まったくびれや、ガバっと開いた太ももに目が行くのだろうが。

 賢者はそんなことしない。

 大賢者ニノミヤ・キンジは、リリウスの冒険譚を深く耳に入れ、フェリアが淹れた芳醇な香り際立つお茶を静かに啜っている。

 美味しい。


 リリウスも同じくお茶を啜ると、恍惚とした表情を浮かべて口端から吐息を漏らす。

 湿った唇をペロリと一舐めして、彼女は艶かしく足を組んだ。


「――フェリアと別れてからは、そんな感じだ。それで今回の魔法陣騒動で、頭数合わせにギルドマスターから呼ばれたのだ」

「そっかぁ……。わたしと違って、リリウスはずっと剣術を頑張ってたんだ」


 友人が強くなって嬉しいような、自分だけ置いていかれたような複雑な感情に苛まれ、フェリアは真剣な面持ちで言葉を紡ぐ。

 時折カップに口を付け、可愛らしく喉を鳴らして小さく吐息を漏らす。


「まあ、私には剣しか道が無かったからな。私としては、主人のために身も心も尽くす仕事に就いたフェリアの方が、よっぽど頑張ったと思う」

「そ、そうかな」


 フェリアは照れくさそうにはにかみ、ちらりと俺に視線を送る。

 見えない尻尾をバサバサと振り、ホワイトブリムの脇からはネコミミの幻覚が現れてピコピコと期待するように揺れていた。

 実に分かりやすい。


 手を伸ばし、ふんわりと甘い香りが漂う闇色の髪に指先を絡める。

 淡い桜色に頬を染め上げながら喉を鳴らすフェリアを見つめながら、繊細な髪を優しく梳かす。

 需要と供給が充実している行動だ。

 フェリアがご主人様に褒められて嬉しい。

 俺はフェリアの頭を撫でられて嬉しい。

 まさに一石二鳥だな。


 目の前にお客様がいることも忘れて、フェリアは俺の膝に頭を乗せると、愛らしく喉を鳴らしながら股座に後頭部を擦り寄せてきた。

 フェリアは最近、こうして甘えてくることが多い。

 大抵はそこで俺が我慢できなくなり、フォーメーションを変えて俺が上、フェリアが下。

 そして暫くすると、フェリアが上、俺が下。


 ギルドから帰ってきた夕暮れのひと時は、そんな盛大なイチャつきムードで夜を迎えるのだが。


「……コホン」


 頬を赤く染めたリリウスが、下を向いて小さく咳払いをする。

 いかん、気分が乗りすぎていたらしい。

 気がつけば、俺はフェリアの華奢な体躯を前面に味わい、闇色に煌く髪の中に顔を埋めて深呼吸をしていた。

 麻薬のような甘美な香りが鼻腔に充満し、高ぶった心のため、来客の存在をすっかり忘れていた。


「えっと、すみません」

「気にしなくて、良い」


 リリウスは溜息のようにそう呟くと、不満げな表情を隠さずに俺の顔をじっとりと見据える。

 切れ長な双眸を妖艶に流し、穴が空くほどに俺の体躯を舐めまわす。

 艶やかな視線が絡みつき、くすぐったい。

 ダメぇ、そんな視線を向けられたら、ドキドキしちゃうじゃない!


 ふざけて身悶えるアクションを見せていると、胸の中に顔を埋めていたフェリアが不意に顔を上げた。

 満足げに頬を緩めていたが、きょとんとした表情を見せた後、鳶色に煌く透き通るような瞳を可愛らしく動かしてリリウスへと視線を向ける。

 弧を描いていた口元が、への字に曲がる。

 そんなフェリアの表情に若干の違和感を覚え、リリウスに視線を送ると――。


「ぶっ!」


 リリウスは脱いでいた。


 ジーンズ生地のコートは既に床へと敷かれている。

 実に際どいレザー系の衣装も緩められ、気がつけばリリウスは上半身を完全に露出している。


 じっとりと汗が滲んだ褐色の鎖骨。

 押さえつけている布地が剥ぎ取られ、盛大に自己主張を見せる豊満な膨らみ。

 突き出すようなロケット型に、思わず息を呑む。

 俺の知っているおっぱいと違う。

 フェリアのとは違う。

 慎ましくも形の良い、触り心地も良好なそれでは無く。

 ただ単に大きさのみを追求したであろう、はち切れんばかりのあれだ。


 リリウスは下半身をモゾモゾさせながらも、弾けるようなその膨らみを手のひらで擡げて玲瓏なウィンクを放った。

 完全なる誘惑行動である。


「リリウス! ご主人様を誘惑したって、何も出ないよ?」


 フェリアは俺の体躯をギュッと抱きしめ、キッとした視線をリリウスへと向ける。


 確かに、今の俺からは何も出ない。

 不本意ながらも、さっき全弾撃ち尽くしたからな。

 絶対に洗濯は自分でしよう。

 洗濯機のような魔道具はあるらしいが、あれを他の洗濯物と洗うのは絶対に嫌だ。


「……分かってる、分かっているのだが」


 リリウスは叱られた子犬のようにショボンと身を丸め、腰から生えた犬系のシッポをゆらゆらと揺らす。

 比喩では無く、実在する本物のシッポだ。


 ついでに頭上から生えるイヌミミもピコピコと揺れ動き、ブロンドの混じった銀髪がふわりと流れる。

 確かに凄く魅力的だ。

 触れたことが無いので、どれだけ身体が堅牢かつ男性的なのかは知らないが、これは確かに冒険者たちの視線を奪うであろう。

 視覚的にはバッチリだ。


「フェリアと別れた当時は、お互いに殿方の身体を知らぬ生娘で、年齢もそれほど離れていなかったから、凄く親近感が湧いたのに。……私がほんの少しだけ剣術にかまけている間に、フェリアが凄く先へ進んでしまったような気がしてしまって」


 酷く落ち込んだようなリリウスから視線を逸らし、俺はフェリアを一瞥した。

 フェリアはお人形さんのように端正な顔つきで、静かにリリウスのことを見つめている。

 何か思うことがあるのか、分からないが、俺の知らないところで何かしらの意思疎通があったことは確かだろう。


「でもさ、突然服を脱ぐのはやめない? ご主人様だって年頃の男の子なんだから、目の前でそんな身体を見せられたら、困ると思うよ」


 困らないよ、むしろフェリアとは違って新鮮味があって良い。

 獣人らしいし、遠慮無くそのままでいたらいい。


 ――なんて、口が裂けても言えない。

 幸い今の俺は、その鍛え上げられた肢体を見て劣情を催すことは無いので、今この場で理性を失うことは無いが。


 暫しの間、リリウスは獣耳と靴下のみという何ともマニアックな格好をしていたが、溜息のような吐息をこぼすと。

 脱ぎ散らかした衣服を拾い集め、褐色肌が眩しいその身を覆い始めた。


「私だって、流石に旧友の想い人を奪おうとは思わないさ。でも、ここ数年間禁欲生活を送っていたせいもあって、何だか寂しくて、」

「数年間禁欲生活って、わたしと最初に出会った時にも言ってなかった?」

「――す、数年と数年を足しても、数年にしかならないのだ!」


 リリウスの表情に若干の笑顔が刻み込まれ、太陽のように明るい微笑みが振りまかれた。


 良かった。

 かなり心の深い部分に踏み入れてしまったかと思ったが、この様子だと、貞操関連の話題を自分から振るのは、初めてのことでは無いようだ。


 だが事実、リリウスが発情しかかっていることに間違いは無いだろう。

 身を重ねた男性方が揃って拒否するほどの肉体とは、いったいどのような触り心地なのだろうか。

 エロい意味とかでは無く、少しでいいから触ってみたい気もする。


「それでリリウス、今日はもう遅いけど、泊まってく?」


 フェリアは姿勢良く立ち上がると、先ほどとは違う、来客を迎え入れるような事務的な表情でリリウスを見やった。


 フェリアの旧友ではあるが、一応この状況では俺が連れてきた来客である。

 仕事に関しては完璧を目指すフェリアとしては、リリウスを、大切なお客様、として扱うらしい。

 敬語では無いが、突然丁寧な口調で話すと距離感を味わうからな。

 これはフェリアなりの配慮だろう。

 単に忘れているだけかもしれんが。


「そうだな、久しぶりにフェリアの隣で寝たい。身体を並べながら、降り積もる昔の思い出を語らいたい。実際、今日はそのためにここまで来たのだ」


 若干緊張感を持っていたリリウスの表情が緩み、安心したように吐息をこぼす。

 そうだったのか。

 一緒に聞かないか? などと言うから、お言葉に甘えてずっといてしまったが。

 リリウスはフェリアと話したくてわざわざここまで来たのか。

 悪いことをしたな。

 旧友同士、話したいことは山のようにあるだろうに。


 俺が席を外そうと腰を上げると、少女のように小さく繊細な手が服の裾を摘んだ。

 まごうことないフェリアの手である。

 フェリアは服の裾をギュッと握り締め、俺の顔を上目遣いで見据えた。


「えっと、その、ご主人様」

「ああ、俺のことは気にしなくていい」


 フェリアはいつも俺に付きっきりだ。

 尽くすタイプなのかもしれないが、たまには自由な時間を作ってあげたい。

 旧友同士水入らずで、思い出話をするのも良いだろう。


 薄暗い空間に、ぼんやりとした灯。

 布団に身体を並べて、友人と語らう時間は何とも楽しいものだ。

 日本での学生時代、宿泊学習時の夜などの他愛も無い世間話は、普段とは違った魅力があるものだ。


 それで会話に花が咲いて、翌日寝不足になるのもお約束の範囲。

 フェリアが寝不足だったら、明日の家事は多少手伝おう。

 飯作れ、といわれても流石に出来ないが。


「……ありがとうございます、ご主人様。お夕食とお風呂は用意いたしますので、今晩の洗体とご奉仕はお休みさせていただきます」

「せ、洗体と……ご、ご奉仕だとっ?」


 興奮したような面持ちで、褐色剣士リリウスは俺とフェリアを交互に見やる。

 若干ギラついた視線を向けるリリウスから顔を背け、俺は身を翻して自室へと戻っていった。

 今日は溜まっていないし、たまには一人で寝るというのも良いだろう。


 リビングから退室し、廊下にて身体を伸ばしていると。

 室内から、驚愕の混じったリリウスの拗ねたような声音が奏でられた。

 どうやら、毎日の入浴と就寝を共にしていることがショックだったらしい。


 俺はその声を聞かなかったことにして、フェリアから夕食だと呼ばれるまで、自室にて一人の時間を楽しむことにした。



 ---



 翌朝。

 俺は庭先で素振りをしていた。

 愛剣を縦に振り下ろし、虚空を両断する。

 ただただ無心に繰り返すだけで無く、軌道が多少ズレる度に持ち方を直す。

 暫く続けた後、休む。


 いい汗をかいたな、と思い休憩を挟もうとしたところで、弾けるような褐色肌が視界に顔を覗かせた。

 ついでに可愛らしい獣耳までが姿を現す。


「何の音かと思ったら、キンジの素振りの音だったのか」

「ええ、一応魔法剣士なので」


 リリウスは「そうか」と呟くと、愛剣を地面に立てて汗を拭いている俺の傍まで歩み寄り、じっと見据えた。


「あの、何ですか?」

「うむ、服の上からでは分からなかったが、意外と筋肉はついているのだな」


 俺は今、腕を捲くっている。

 昨日リリウスと会ったときは、袖をしっかりと下ろしていたので、生の腕を見せるのは初めてだ。

 リリウスと比べるとかなり見劣りするので、無意識の内に隠していたのかもしれないが。


 リリウスは切れ長な双眸を凛々しく細めると、俺の背後にまわり、肩に手を乗せたり背中を押し始めた。


「何でしょうか?」

「姿勢が悪いぞ。だが振り方は良いな、師匠は誰だ?」


 俺に剣術教示をしてくれた人と言えば、ザフィラスさんだろう。

 ここ最近は、あまり稽古に行っていないが。


「ザフィラスさんですよ」


 そう言うと、リリウスは納得したように頷き、俺の背中をさわさわと撫でた。

 リラックスさせようとしてくれているのだろうか。

 ちょっとくすぐったいが。


「――ペロ」


 などと無防備に背中を晒していると、リリウスは突如撫でていた手を剥がして口元へと運んだ。


 ついでに舐めた。

 艶かしく舌が這い、恍惚とした表情でうっとりと俺を見つめる。


「何してるんですか」

「殿方が流す汗とは、魅力的なものなのだ」


 リリウスは全く気にする素振りを見せず、俺の背中に顔を埋めてクンクンと鼻を鳴らし始めた。

 そこまでひどく汗をかいているわけでは無いが、リリウスは犬系の獣人だ。

 きっと鼻は良いはずである。

 ついでに言うと、この世界に洗剤はあるが柔軟剤は無い。

 すなわち、今俺の背中から香っている匂いとは、汗やら何やらの言ってしまえば“俺の匂い”なのだが。

 リリウスは満足気な表情を見せて顔をこすり寄せている。


「――は、違う違う。えっとだな、剣を持つときは、こうやって姿勢を正してだな」


 頬を染めながらも、リリウスは俺の身体を曲げたり押さえたりして、剣を振るときの姿勢を調える。


 ただ時折、俺の胸板や首筋を触る手つきが若干いやらしいものになる。

 息も弾み、さりげなさを装いながらも必死にその鍛え上げられた体躯を押し付けてくる。


 ――なるほど、さりげなく行っていても、相手にははっきりと分かるのだな。


 真剣な表情を見せて教示をしながらも、リリウスはずっと俺の胸元と下腹部辺りに視線をさまよわせていた。

 本人は気づかれていない、と思っているようだが。

 はっきりいってバレバレである。


 何となく、中学時代の俺を見ているような錯覚を覚えて一瞬ドキリとする。

 さりげなく見ていたつもりだったが、きっと相手にはバレていたのだろうな。


「……よし、振ってみろ」


 俺の体躯を堪能し終わったのか、リリウスは若干息を荒げながらも身体を離した。

 腰周り――主に下腹部をキュッと締めている。

 とりあえずそのことには触れず、俺は教えられた通りの姿勢で愛剣を振り下ろす。


 刹那、未知の手応えが俺の手を襲った。

 ビュウと風を切るような感覚とともに、力強い打撃が虚空を打ち付ける。

 今までに無い威力だ。


「ザフィラス殿が教える剣術は、見た目や華麗さを主に突き詰めているからな。魔法剣士として攻撃力を高めるのであれば、もっと良い姿勢があるのだ。私もザフィラス殿から剣術を教わった一人だが、その教えから多少我流を絡めてみたのだ」


 なるほど。

 ザフィラスさんの剣術は、芸術的な域をはみ出さずに、できる限り威力を高める。

 リリウスが極めた剣術は、美術的観念を求めぬかわりに、可能な限り威力を求めたのか。

 どちらが良いとは比較できないが、多く知っている方が今後のためにも良いだろう。

 剣士を相手にするときなども、今後起こりうるかもしれないし。



 劣情の篭った熱っぽい視線を向けられながらも、俺は無心になって愛剣を振る。

 時折フォームが崩れると、待ってましたとばかりにリリウスが飛び出し、ペタペタと全身をくまなく舐めまわすように触りながら姿勢を整えてくれる。

 まったく……、どこのエロおやじだよ。


「リリウス、ご主人様、そろそろ休憩になさってはどうですか?」


 大窓がガラリと開くと、おにぎりが並んだ大皿を持ったフェリアが、天使のように愛らしい微笑みを向けながら姿を現した。

 その瞬間、俺のへそ辺りをサワサワしてたリリウスが、バッタのように後方へと跳ね飛んだ。

 あ、一応背徳的なことをしている、という実感はあるのか。


 リリウスは胸の前で腕を組み、「なるほど」などとごまかすように頷いていたが。

 メイドとして鍛えられたフェリアの瞳を、完全にごまかすことはできなかったらしい。


 フェリアはジト目を向け、俺とリリウスを交互に見やった。

 俺は無心で剣を振るのみ。

 だがリリウスは隠し事が苦手なようだ。

 汗をダラダラと垂らしながら、心配そうな視線をフェリアに向けて必死に送っている。

 あれでは完璧にバレるだろう。

 パッと飛び退かなければ、姿勢を正していた、とでも何でも言い訳が通用したものの。

 正直なお方だ。


「リーリーウースー」

「待て、違う誤解だ。私はまだキンジのあの部分には手を触れていない!」


 剣を振りながら、俺は思わず吹き出しかけた。

 確かにそうだけど。

 確かに周辺を撫でるだけで、直接的には触れてなかったけどさ。


「他の場所は触ったんだ。そんな鼻の下伸ばしちゃてさ」


 フェリアは大皿を縁側に置くと、ちょこんと慎ましく腰を下ろし、俺に向かって小さく手招きをする。

 表情は普段通りのおひさま笑顔。

 吸い込まれてしまいそうな錯覚を味わいながら、俺はフェリアの膝の上へと飛び乗った。

 エプロンドレスに包まれた胸元に顔を埋めると、フェリアの香りがいっぱいに広がる。

 うむ、何度体験しても良いものだ。


 その光景を見て、リリウスは気まずそうに視線を逸らす。

 言い寄られることは多かったらしいが、直接的な色恋沙汰には体制が無いのかもしれない。

 そのギャップがまた魅力的だ。

 などと若干リリウスの肉体へと視線を向けていると、繊細な指先が俺の頬をグリグリと突き刺した。

 顔を向けると、頭上には不機嫌そうにそっぽを向いたフェリアの顔が存在する。


 べ、別に浮気とかしてたんじゃ無いんだし!


「――そんなことより、フェリアも久しぶりに剣術を学ばないか? 確かフェリアはレイピアを使っていたよな。今はどうなのだ?」

「んーん。近戦武器はいいよ、わたしには強くてカッコイイ王子様がいるんだもん」


 そう言って、フェリアはネコのようにうっとりと瞳を細めて俺を見下ろす。

 柔らかな手のひらが、俺の鬱蒼と茂った黒髪を梳かし、指先が通り抜ける。

 暖かな日差しとフェリアの胸枕――実に心地良い時間だ。



 目の前でイチャつく俺たちを見て、いたたまれなくなったらしいリリウスは、背中を向けて一心不乱に彼女自信の愛剣を振り始めた。

 俺はフェリアの胸枕から頭を落とし、弾けるような太ももに頬を擦り寄せ、リリウスの素振りを静かに見守る。


 ――こんな穏やかな日常が、いつまでも続いていて欲しい。


 俺はフェリアのお膝の感触を味わいながら、ゆっくりと水中に潜るように微睡みの世界へと沈んでいった。

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