第四話 奇妙な依頼
会合が開かれてから数日後。
俺はいつものようにギルドへ赴くと、真っ白な紙にデカデカと文字が書かれていた。
依頼を何度も受けることで、多少は読めるようになってきたこの世界の文字だが。
長文や難しい単語を理解するまではまだ到達しておらず、残念ながらそこに書かれている文章を読みとることはできなかった。
仕方なく俺は、冒険者ギルドに入り、受付嬢のお姉さんに直接聞くことにする。
その方が確実だ。
外の混雑具合とは裏腹に、ギルド内はシンと静まり返っていた。
静寂が空間を支配しており、受付にて腰を下ろすエルフお姉さんの息遣いまでが鮮明に聴こえる。
妙な寂寥感を覚える。
普段は色々な種族の冒険者が酒を飲み交わしていたり、色っぽいお姉さんが幼い少年冒険者を誘惑していたり。
老若男女の発す高い声や低い声が振りまかれ、うるさいくらいだ。
場所は同じなのに、今現在ここには誰もおらず、ガラーンとしている。
だが受付嬢やギルドナイトは部屋の隅で暇そうにあくびなどをしているので、何か危険な魔物が現れた、などといったことでは無いようだが。
「あの、すみません」
「はい、何でしょうか、キンジ・ニノミヤ・アリ――」
「張り紙の文字が読めなかったので、御手数ですが、その、簡単な説明をして頂けると助かるのですが」
この受付嬢さんとは、何度も顔を合わせているから俺のことは知っている。
異世界人だと言っても信用されなかったため、一応異邦人のようなもの、ということで把握されている。
そのため、長い文章や文字が読めなくとも、怪訝そうな顔を向けられることは無いのだ。
「はい、実は数日前にバグズ森林の奥にて、異次元へと通ずると言われる“裂け目”が発見されたのです」
なるほど。あれから数日間経っている。
会合の様子からして、一般人や一般冒険者などに他言せず、国家機密にするのかと思っていたが。
どうやら、受付嬢さんでも知るような地域と密着した情報になってしまったらしい。
ちょっとだけ残念だ。
何か特別扱いされてたみたいだったから、あの感覚は割と良かったんだがな。
「その召喚陣が、どうかしたのですか?」
俺の発言を耳に入れると。
受付嬢はピクリとエルフ特有の長い耳を揺らし、透き通るような双眸でじっと俺の顔を見つめた。
「よく分かりましたね。そうです、魔法陣なのです。召喚陣です。異国では無い、もっと遠くのどこかへと繋がれた、未知なる扉なのです」
裂け目、召喚陣か。
俺が日本から誘拐されたときも、確かそんな感じの魔法陣に引きずり込まれたんだっけ。
あの兄ちゃん元気にしてっかな。
乗ってたバイクを蹴倒してまで、俺を必死に助けようとしてくれてたっけ。
まあ俺の腕を握る力が強すぎて、召喚先で手首を見たら、青あざみたいに赤々とした手跡がしっかりついちゃってたけど。
エルフの受付嬢は、表に張ってある張り紙と同じことが書かれた小さい紙を取り出すと、受付に広げて熱心に説明をしてくれた。
何でも、その裂け目が何なのか調べるため、それと、研究者がその場に到達するまでの護衛。
そして、万が一何かしらの生物が召喚された場合に備えての、冒険者による討伐隊。
終了期間は未確定だが、割と良い報酬が頂けるらしく、受注希望者は、すぐにバグズ森林へと向かっているらしい。
それでここがこんなに空いているのか。
確かに報酬は魅力的だ。
だが、どの受注も危険が付きまとうものであり、俺はあまり受注したくない。
冒険者とは、それだけで普通は死と隣り合わせなのだが。
俺はそう言った依頼は受けぬため、ここのところ絶望するような死と直面した覚えは無い。
俺はともかく、他の冒険者たちは違うだろう。
一攫千金を目指したり、さらに己の力を鍛えたり。
冒険者とは、常に上を目指す生き物である。
ならばこの依頼と報酬を見て、受注しない冒険者が他にいるとは思えない。
――と、言うことは、だ。
他の依頼を受ける方も必然的に減っているから、報酬額が若干高くなっているのではないか――と。
「召喚陣関連以外の依頼で、報酬が高い依頼ってないですか?」
「ありますよ。少々お待ちください」
エルフ受付嬢は背後に積まれた書類を熱心に分類すると、数枚の依頼票を受付に並べた。
単語などから大体の依頼内容を読み取り、分からない部分は彼女に問う。
なるほど、やはり想像通りだ。
依頼を受ける人数が激減しているがために、同じような依頼でも普段貰える報酬よりも若干高い。
稼ぎ時だな。
依頼内容を咀嚼し、真剣に思考する。
魔物討伐依頼は面倒だから嫌だし、配達系統の依頼は馬とかに乗れないから却下。
おお、これなんか良いんじゃないか。
ダークエルフのへそのゴマを取ってこいだってさ、報酬も一番高いし、字面だけ見れば簡単そうだ。
何に使用するのかは知らないがな。
「えっと、これをお願いします」
「はい、それでは行ってらっしゃいませ」
ギルドの受付にて小瓶とピンセットのような備品を借りると、俺はこの間ゴブリン討伐に入った森林へと足を伸ばした。
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柔らかな日差しが差し込み、地面に広がる新緑の絨毯が、日光を反射して宝石箱のように燦然と煌く。
自然の香りに包まれ、外気が俺の闖入を祝福してくれているようだ。
心地が良い。今度フェリアを連れて、日向ぼっこでもしようかな。
愛らしい寝息をたてながら、俺に擦り寄って微睡む天使。
口元から甘い吐息を漏らし、俺はその闇色の髪を優しく撫でる。
良いな。今度デートとかする暇があったら、二人っきりで森林にでも行こう。
だとしたら、夏が終わる頃が良いか。
森林特有の涼しさがあるから、暑気が多少残っていても過ごしやすい。
むしろ秋を越えて冬とかになると、寒くなるかもな。
食料を運ぶゴブリンやオークなどと何度もすれ違ったが、とくにちょっかいを出したり脅かしたりはせずに静かに見送る。
愛くるしい嬌声をあげるエルフも見つけたが、出歯亀せずに静かにやり過ごす。
ただちょっとだけ視界に入ってしまった。いや、本当に偶然なんだ。
端正な顔立ちをしたエルフの少女が、口元を押さえながら地面に寝転がり、仰向けで悶えていた。
そしてこれまた整った顔をした少年エルフが、淡い吐息を漏らしながら儚げな声を漏らす。
ふむ、暖かい外気に包まれながら愛し合うのか。
もう少し人気の無い場所だったら、それもありかな。
真昼間からイチャつくエルフたちを尻目に、俺はもう少し奥へと進む。
前にあのダークエルフと会ったのはどの辺りだったか。
いやしかし、彼――彼女は、ゴブリンに襲われた帰りに森林を徘徊していただけだ。
ダークエルフは主に迷宮に生息する生物だし、森林ではあまり見かけない。
んん、どうしよう。
この前は簡単に出会ったから、今回もまたすぐに会えると思っていた。
不意に俺は足を止めると、踵を返して向かう方向を変えた。
奥に行けば生息していると決まったわけでは無い。
下手げにダークエルフの巣に飛び込んでしまい、情欲の塊のようなダークエルフたちに精力を搾り取られてしまうかもしれない。
そんなエロゲみたいな状況に陥ることは無いだろうが、まあ危険な場所には近寄らない方が賢明だろう。
とりあえず、この間行ったリンゴみたいな果実がある場所にでも行ってみよう。
もしかすると、また腹を空かしたダークエルフがいるかもしれん。
俺は記憶を頼りに果樹が生息する場所へと足を伸ばす。
確かここよりも明るくて、いい匂いがしたはずだ。
何というかこう、腹が減るような甘美な香り。
そうそう……こんな感じの。
食欲を刺激する、甘ったるい香りが俺の鼻腔をくすぐる。
ついでに花やふんわりとしたお日様の匂いも漂い始め、何となくこの情景に既視感を覚える。
間違いない、ここだ。
半裸のダークエルフを背負い、一緒に果物を食べて、心地良いマッサージをしてもらった場所。
うむ、悪く無い思い出の場所だ。
ああ、何だか喉まで渇いてきた。
俺は深紅に輝きを見せる果実に手を伸ばし、一口かぶりつく。
この世界の果物や木の実は、真冬以外年中なっているらしい。
うん、美味い。
甘酸っぱい香りが喉を包み込み、甘美な蜜が渇きを潤す。
色彩とか形状が違う果物が結構なっているけど、他のはどんな味がするのかな。
そんなことを考えながら奥へと歩を進めると、ミルクチョコレートのような色をした塊に足をとられ、俺は新緑の絨毯へと顔面ブロックを決め込んだ。
「――んぎゃぁ!」
今の叫び声の主は俺では無い。
確かに驚いたし、顔を打ち付けて凄く痛かったけど、そんな変な声をあげるような人間では無い。
叫んだのは俺が躓く原因となった塊である。
地面に削られ、若干ヒリヒリする顔を撫でながら、俺は躓いた原因物質に視線を下ろした。
「痛ぁーい! せっかく気持ちよく眠ってたのにぃ!」
俺が岩か何かだと思っていた塊は、他でも無い丸くなったダークエルフの姿だった。
膝を抱えて眠っていたらしい。
体育座りをしているため、腰周りはよく見えないが、若干見覚えのある腰布が傍に落ちているため、きっと彼女は今その幼い体躯には何も身に着けていないのだろう。
エッチなやつめ。
「あれ、誰かと思ったらこの間のお兄さん? どうしたの、果物食べに来たの?」
「――あ、ああ」
日差しを受けて煌く銀髪。
透き通るような青みがかったエメラルドの双眸。
女らしさの起状を全く感じさせない完全なるロリ体型。
健康的な褐色肌に、端正な顔つき。
ダークエルフ一人一人を区別できるわけでは無いが、今の発言からするに、こいつはもしかして、この間俺が助けたダークエルフか?
だとしたら、凄い巡り合わせだな。
ダークエルフを探して森林に闖入して、最初に出会った相手が唯一の知り合いとは。
もしかして、この森林にダークエルフってこいつしかいないんじゃないのか。
「いや、依頼で来たんだ。ダークエルフのへそのゴマをとってこいとか、変な依頼なんだが」
「ああ、知ってる。媚薬の材料にたまに使われるんだってさ。効果はあまり期待できないみたいだけど」
知ってるのか。
しかも使い道が媚薬とか。
報酬が高いのは納得したが。へぇ……この世界にも媚薬ってあるのか。
時折通る商店街では見たこと無いから、きっとあまり目立たないところにあるのだろう。
フェリアに飲ませたら、どんな風になるんだろう。
ただでさえヤバイのに、あれが最高に乱れるなんて……。
「お兄さん、顔とろけてるよ。誰か意中のお姉さんでもいるの?」
口元に弧を描き、ふんわりとした微笑を浮かべる。
ふふふ、意中なんてものでは無い。俺のものだ。
「別に大したことじゃないさ。それでな、ダークエルフを探してるんだが、他の仲間とかはいないのか?」
ダークエルフは暫しの間うーんと唸った後、小さく首を左右に振った。
「いるにはいるけど、おへそ弄らせてくれるようなダークエルフはいないと思うよ。無防備にお腹なんて出したら、そのまま押し倒されちゃうかもしれないし。褐色ってだけで、何故か僕たちはエロい娘だと思われてるみたいだけど、そんなこと無いんだからね」
全裸で体育座りをしながらそんなことを言う。
実際どうなのか知らないが、確かに見ず知らずの人間に腹を出すような真似はしないだろう。
――ってことは、この依頼結構難関依頼なんじゃないか。
ああ、採取依頼と同じような感覚で受けたけど、思ったより面倒な依頼だった。
「でも……。お兄さんだったら、信頼してもいいかも」
「うん?」
ダークエルフの少女はモジモジと身を揺らすと、不意に立ち上がった。全裸で。
汗を弾く、健康的な褐色肌。
まな板のようにつるぺたな上半身に、成長の跡が見えない下半身。
スラリと伸びた脚も扇情的であり、思わず見惚れてしまう。
「……良いのか?」
「お兄さんは、そんな僕の信頼を裏切る真似はしないよね?」
しない、俺はロリコンじゃないしな。
確かにペッタリした健康的な体躯は魅力的だが、理性を失うほどに興奮はしない。
身体は正直なので、うちのキカンボウは必死に自己主張しているのだが。
「それじゃ、はい」
ダークエルフの少女は真っ平らなお腹を突き出し、腰に手を当てて股を開く。
俺はその前に跪き、何とも危うい格好で小瓶を取り出し、ダークエルフの股座に押し当てる。
いや、別に疚しい理由やいかがしい他意は無い。
ただ、取りこぼしたら勿体無いから、こうしてへその下に小瓶を密着させなければならないだけだ。
素肌に触れると吸い付くような感覚を味わい、思わず総身が慄く。
ピンセットを差し込もうとしたが、痛そうだったので素手で取ることにする。
別に出来るだけ触っていたいから、とか不埒な理由では断じて無い。
「やだぁ……。いっぱい出てるよぉ」
爪で引っ掻くと、ボロボロと欠片が出てくる。
量の指定はとくに無かったが、掃除にもなるので、できるだけたくさん取ってあげることにする。
「お兄さん、ほじくるの上手いね」
褒められた。しかも、くすぐったいのか妙に官能的な吐息を漏らしながら、息を弾ませて。
へその穴をほじくるのが上手いとか、別に褒められてもあまり嬉しいことでは無いけどね。
「これくらいで良いかな」
「くすぐったかったぁ」
小瓶の蓋を閉め、俺はポケットに仕舞い込む。
さてと、依頼完了だ。
ダークエルフは身を捩らせながら、女の子特有の可愛らしい笑い声をあげて転がっている。
少々手荒にしてしまったかな。
「しかし助かったよ。ありがとう」
「ううん、きゃはっ。くすぐったかったけど、気持ちよかった。またいつでもどうぞ」
俺はもう一度腰を折り、ギルドへと戻ろうとしたのだが。
不意に一つのことが気になり、足を止めて顔だけ振り向く。
「あんたの名前を聞かせてくれ」
「……僕? 僕の名前は、プリミルだよ」
そう言って、プリミルは愛らしく八重歯を見せてはにかみ笑いを見せた。
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褐色幼女プリミルと別れた後、俺はギルドにて報酬を戴いた。
通常は入手が困難な素材なため、俺が戻ると、エルフ受付嬢は嬉しそうに小瓶を受け取って、丁寧に腰を折る。
「難関依頼、達成おめでとうございます」
一言二言他愛も無い世間話をした後、俺はずっしりと重みのある布袋を背中に背負い、冒険者ギルドを後にした。
この中には、金貨や銀貨などの市場価値の高い硬化などがたんまり入っている。
難関依頼、緊急、受注者が少ないがための値上がり、これら三つの事象が混ざり合い、かなり稼ぐことができた。
これでまた、暫く遊んで暮らせるかな。
フェリアを連れてデートしたり、一緒に肩を並べて日向ぼっこしたり。
一日中抱きしめてても飽きないかもな。
意気揚々と歩を進め、青空商店街を通り抜ける。
腹が減っていたので、途中串焼きのようなものを一つ購入して口に含む。
美味い、だがフェリアの手料理の方が数百倍美味い。
だが、仕事が終わった後の食事は普段より美味しく感じるものだ。
俺は串に付いた肉まで舐めとり、往来に設置されたゴミ箱に投げ捨てた。
清潔感溢れる商店街だな、と前から思っていたが、こういった住民への配慮が為した功績だろう。
日本の道路も割と綺麗だもんな。
うむ、やはり不特定多数の人間が使用する場は、綺麗な方が気持ち良い。
口腔内に広がる甘辛いタレの風味を楽しみながら、俺は自宅への道を歩んでいたのだが。
突如小さな悲鳴のような声が耳朶を打ち、俺は声がした方へと振り返った。
「――何だ?」
青空商店街を抜けて、暫しの時間が経っている。
冒険者やギルドナイトはバグズ森林に向かっているため、自警団のような格好をしたギルドナイトなどはこの場にいない。
刹那、今度は女性の絶叫が響き渡った。
喉笛から絞り出すような悲痛の叫びとともに、数人の気配と殺意を感じる。
俺は荷物を背負い直すと、悲鳴が奏でられた方角へと足を伸ばした。
嫌な予感がする。




