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元勇者のご主人様  作者: 山科碧葵
第二章
19/45

第一話 お嬢様との謁見

 どこの世界も夏は暑い。

 夏が暑いというのは分かりきった事実なのだが、この世界の夏は尋常では無いほどに暑かった。

 燦々と照りつける日光。

 地面から水分が全て蒸散し、蒼穹に雲が創られ、雨量も多い。

 定期的に降り注ぐ豪雨によって外気は多少冷やされるが、またすぐに暑気に襲われて地上はカラカラに乾いてしまう。


 俺が初めて降り立った場所にも、コケやツタ植物のように地面を這い蹲るようにして生存する植物が多く存在したが。

 それはこの世界――この国独特な気候がそうさせていたらしい。


 フェリアのエプロンドレスはまたしても衣替えを行い、中身が透けるほどに薄手の衣装を身に纏っている。

 フリフリスカートも極限まで短くなっており、黒くピッチリしたスパッツが顔を覗かせている。

 メイド服にスパッツなど、シュールかつ合わないことこの上無いのだが。

 こう暑くては、そんなこと言っている場合では無いことは重々承知している。

 ホワイトブリムも大抵身につけておらず、顔を紅潮させながら冷えた廊下にて幸せそうに転がっていることが多くなってきた。


 魔物の出現率も非常に少ないため、俺はここ数日間フェリアの家事手伝いに勤しんでいた。

 この世界の夏は地獄である。

 魔物は出ない、蒸し暑い。

 外出などすれば、毛穴という毛穴から水分が吸い取られ、瞬く間に意識の根を刈り取られていく。

 幸い屋内には、風魔法と水魔法を混合させたエアコンのような魔道具が設置してあるので、家の中にいれば死ぬほどの不快感を味わわずに暮らすことはできる。

 だが暑いことには変わらないため、ここ最近、フェリアのご奉仕を楽しむ時間を与えられていない。

 そのために欲求はねずみ算式に増えており、俺はフェリアの手伝いをしながらも、食い入るようにフェリアの薄着姿をじっくりと味わっていた。



 ---



 さて、

 目眩や吐き気を催すような暑気が過ぎ去り、季節は夏後半へと侵入したらしい。

 相変わらず暑いが、身体に害を及ぼすほどの暑気では無い。

 そして冒険者にとっては、この時期は特別である。

 夏前半に姿を見せなかった魔物が一斉に現れ、森林や迷宮、はたまた田畑にまで被害が続出し、ギルドでは緊急依頼が多数張り出されるのだ。


 もちろん魔物討伐依頼がほとんどであるが、中には採取や配達の依頼も存在する。

 強い冒険者やベテランの魔術師は、世のため人のためになるそういった依頼へと向かうため、緊急の配達依頼や採取依頼の値が釣り上がるのだ。

 それを狙って受注するのが俺、冒険者キンジ・ニノミヤ・アリーデヴェル。

 ニノミヤ・キンジで良いと何度も申しているのだが、登録名が前者なため、毎度毎度窓口の受付嬢には長ったらしい名前で呼ばれる。

 結構恥ずかしい。



 数日前よりかは若干涼しくなったある日。

 俺はフェリアの頭を撫でてから、意気揚々と冒険者ギルドへと赴いた。

 壁には膨大な量の討伐依頼が張ってあったが、その内のほとんどが剥がされ、大した依頼は残っていなかった。

 だが俺にとっては、その大した依頼でない方が魅力的なのである。


 俺はその中から、『レトナお嬢様へ贈り物を』と言う、報酬金がバカ高い配達依頼を受注し、受付にて地図を貰って依頼主のお屋敷へと足を運んだ。



 ---



 ザノド・バーレン。

 俺は知らなかったが、かなり有名な貴族らしい。

 傲慢かつ女たらしで、カネにものを言わせて自分の思い通りに事を動かすという。

 はっきり言うと、貴族たちの中では嫌われ者であった。


 数十人を誇る執事に、数百人を超えるメイドを雇い、かなり割のいい給金を支払うことで有名なのだとか。

 そのため、一部の見習いメイドや見習い執事からは人気があり、お零れを探し求めるハイエナのような人間や、没落しかけている貴族などは、このザノド・バーレンに良い顔をして媚びへつらっているらしい。


 嫌だね、本当。

 カネさえ持っていれば、そうやって多数の人間を顎で使ったり、その後の人生を勝手に決定させちゃうんだから。

 どこの世界もカネが中心なのだな。

 冒険者とか魔物とかがいる世界だから、強ければ強いほど偉いのかと思っていたのだが。

 大富豪はそういった冒険者や戦士をカネで雇えるため、実質“資金=力”なのだとか。



 しかし何故、突然そんな貴族の話をし始めたのか。

 それは、俺が受けた依頼の主が、そのザノド・バーレン氏のご子息だったためである。




 クリーム色の煉瓦が積まれ、立派な外壁が造られている。

 前面には真っ黒な鉄格子が張られており、その一部分だけが開閉できるらしい。

 鉄格子の隙間から中を見てみたが、おとぎ話に出てくるような立派な庭園が広がり、噴水までが存在している。

 何というか、まさに絵に描いたような金持ちの家だ。


 とりあえずどうすれば入れるのか分からなかったため、俺は依頼の紙を片手に持ったまま、暫しの間鉄格子の前で待つことにした。



 ---



「何だ。言ってくれれば、すぐにでも門を開けたのに」

「いやあ、申し訳無い。初めてだったもので」


 二十分ほど静かに佇んでいると、端正な顔立ちをした金髪の騎士が、門を開けて俺を中に入れてくれた。

 何でも来訪者は、門の傍に備え付けられた魔道具に触れて自らの来訪を知らせなければならないらしい。

 いわゆるインターフォンのようなものか。

 如何せん、この世界にあるものと無いものの境界線が分からない。


「しかし、うちの依頼を受けてくださる冒険者がいらっしゃるとは……。うちの評判が悪いことは、誰でも知っていることですのに」


 騎士は苦笑いをかましながら、俺にグチグチと愚痴を零していた。

 良いんだろうか。

 雇い主のことを、こんなどこの誰かも分からない冒険者なんかに話してしまって。


「何ですか、ええ。この間なんて、ドノブル様――ああ、ザノド様のご子息様なのですが、メイド学園にわざわざ出向いて見習いメイドを雇う下見に行ったらしいのですよ」


 ほう。

 見習いメイドを雇う下見ですか。

 もしかしたら、フェリアは会ったことがあるかもな。


「――ですが、ええ。誠に残念ながら、雇おうとしたメイドに拒絶されてしまいまして」

「ははあ……」


 良いのかな、そんな一族の恥になるようなことをベラベラ喋って。


「それからドノブル様は数ヶ月間ずっと不機嫌で……。それで、今度は別の貴族様に想いを寄せるようになってしまって」

「それがレトナお嬢様、ですか?」

「……はい」


 騎士が放った溜息のような吐息を聴きながら、俺は依頼完了までのシミュレーションを脳内で行っていた。

 金髪の騎士はまだ何か愚痴をこぼしていたが、そろそろ面倒になってきたので、俺は半分以上聞き流しながら、赤べこのように頷いていた。



 レトナお嬢様。

 本名は確か、レトナ・アリーデヴェル。

 異世界人であり戸籍の無い俺を、フェリアを正式に雇い、冒険者ギルドに登録できる状態にしてくれた恩人である。

 声だけは聴いたことがあるが、鈴を転がしたような魅力的かつ愛らしい声音だった。

 レトナお嬢様に直接会ったことは無いが、家の場所も、どうやって入るのかも知っている。

 ザフィラスさんかリィンとかいうメイドに取り次いでもらえば、悪いようにはされないだろう。


 暫しの間廊下を歩いていると、騎士は傍にいた執事を捕まえて何やら用件を伝達していた。

 それから少し待つと、さっきの執事が小さな小包を持って現れ、地図や事細かな説明の書かれたメモを手渡された。


「こちらになります。壊れ物ではありませんが、大切に扱ってください」

「もちろんです」


 俺はそう言って、バーレンの屋敷を後にした。



 ---



 レトナお嬢様のお屋敷であり、俺とフェリアのお師匠様の勤め先。

 綺麗に手入れされた芝生に遠慮無く足跡を刻み込みながら、俺は何の躊躇いも無く門を開けて庭へと闖入する。

 暫しの間歩を進めると、見慣れたメイドがスカートの裾をつまんで忙しなく駆けて来て、俺の前で立ち止まると、実に丁寧な動作で腰を折る。


「いらっしゃいませ、キンジ様。申し訳ありませんが、今現在ザフィラスは少々手を離すことができませんので、中でお待ちになってもらえますか?」


 流石と言うべきか。

 俺の姿を見ただけで、ザフィラスさんの剣術教示に参ったと理解し、迷うことなく最善のお持て成しを見せるとは。

 だが残念ながら、今回は別件で来たのだ。


「ありがとう、リィン。でも今日はザフィラスさんじゃなくて、レトナお嬢様に用事があって来たんだ」


 そう言って俺は手に持った小包を見せ、リィンに取次を頼む。


「レトナお嬢様でしたら、今すぐにご面会可能です。どうぞ、キンジ様」


 リィンに促され、俺は彼女の隣に並んで歩を進める。

 フェリアとはまた違った甘美な香りが漂い、いけないと思いながらも少しだけその匂いに酔いしれてみる。

 思わずもたれかかってしまいたくなるような雰囲気に、若干身を寄せてしまったが、蝶が舞うような実に自然な動作で避けられた。


 ともかく、

 リィンと肩を並べて長い廊下を歩み進めていると、見慣れた空間が視界に飛び込んできた。

 俺がこのお屋敷に闖入したのは、今回を除いては、レトナお嬢様に戸籍を戴きに来た一度しか無いため、多分前に入った部屋へと通されるのだろう。



 右側にリィンの体温を感じながら部屋へと通され、俺は向かい合って設置されたソファ型の椅子へと腰を下ろす。

 椅子と椅子の間には大理石で造られた光沢ある机が鎮座しており、よく磨かれているために、覗き込むと俺の顔が綺麗に映っていた。

 せっかくだから身だしなみを調えておこう。

 ふむ、ヒゲは問題無い。

 おっと、前髪がちょっと跳ねてるな。


 机に映った自分の顔に向かってニッコリ笑って、歯を見せる。

 キラリと輝く顔を見てニヤけていると、扉が開く音とともに、靴と絨毯が擦れる音が奏でられ、紳士的なおじさま執事が恭しく一礼した。


「レトナお嬢様が参られました」


 その言葉が終わるか否か。

 黒揚羽のように繊細かつ幻想的なドレスに身を包んだ女性が、実に落ち着いた様子で室内へと闖入した。

 背丈は若干高く見えるが、薄いレース状のスカートから踵の高い靴が顔を覗かせているため、実際はもう少し小さいのであろう。

 全体的に華奢な体躯をしており、細く長い腕が艶やかに露出した肩から伸びており、何ともなく魅惑的な雰囲気を醸し出す。

 だが胸は小さいらしく、胸元に付けた金色のペンダントがダラリと垂れている。

 よく見ると深紅の玉石が誂えており、何となく俺はそれに既視感を覚えた刹那、フェリアが身につけていた“赤百合の加護”を思い出した。


 ああ、やっぱり良いところのお嬢様だから、そう言った身を護る加護を常時身につけているのか。


 視線を上げると、妖艶に結ばれた口元から柔和な微笑みが見え隠れしている。

 上品な含み笑顔と言えば良いか。

 頬も淡い桜色に染まっており、何とも愛らしく蠱惑的だ。

 鼻筋もスっと伸び、実に端正な顔つきであり、斜めから見据えるような切れ長の瞳がさらに魅力を醸し出している。

 まあ率直に言って、綺麗なお方だ。

 可愛い系では無いが、端正な顔立ちをした――ロリ系とでも言えばいいか。

 うむ、格好から表情まで全てが大人っぽく玲瓏だと言うのに、何故か雰囲気は幼い。

 だが“背伸びした少女”のような不自然さは感じさせぬ、非常にバランスのとれた容姿をしていた。


「お初にお目にかかりますわ。私、レトナ・アリーデヴェルと申します」

「えっと、ニノ――キンジ・ニノミヤ・アリーデヴェルです。いつぞやは、戸籍の無い私を助けていただき、誠にありがとうございます」


 ネコのように目を細め、大人の色気たっぷりに口元で弧を描く。

 豪奢な雰囲気を醸し出すプラチナブロンドの髪を視界に入れた刹那、俺は彼女を目にしてからずっと引っかかっていた、何かしらの感情を理解できた。


 元の世界にいた、お姫様にそっくりだな。


 お姫様の方が若干顔つきが大人びていたが、何となく雰囲気や容姿が類似している。

 もしかすると、この方もハーフエルフやハイエルフ系統の方かもしれないな。

 形だけではあるが、このように豪奢かつ美麗な方と親戚関係を持っているとは、何となく身体がムズ痒い感じがする。


「それで、今日は何のご用でしょうか? キンジさん」


 鈴を転がしたような、愛らしく聴き心地のよい声音。

 耳たぶをくすぐられたような錯覚を味わい、俺は一瞬総身を戦慄させ、高ぶった心情を落ち着かせようと小さく溜息をつく。


「ええと、ドノブル・バーレンという方からの依頼で、これをお持ちいたしました」

「あらまあ、何かしら」


 両手で丁重に支えて机の上に置くと、レトナお嬢様は俺の手に被せるような形で手を添えて、玲瓏な微笑みを向けながら包を受け取る。

 触れただけなのに、撫でられたような感覚を覚え、くすぐったさのあまり思わず手を引っ込めた。

 どうも、一つ一つの行動がドキドキするというか、あざといというか。


 レトナお嬢様は嬉しそうに口元で弧を描き、可愛らしく結ばれたリボンを解いて中身の箱を取り出す。

 そしてその箱を開けようとした刹那、部屋の隅で待機していたリィンが颯爽と飛び出し、お嬢様の手を優しく掴んだ。


「何が入っているか分かりません、ここからは私が」


 初めて会ったときのような、からかうような笑顔は見せず、凛然とした双眸を包に向けたまま、封をされた箱を丁寧に開ける。

 さりげなくお嬢様を護るような位置で開けているところから見ても、リィンはベテランメイドなのだろうという事実を嫌でも実感させる。

 この間見せていたふわふわした感じの振る舞いと、どっちが本性なのだろうか。


「あら、可愛らしい」


 事務的な動作でリィンが箱の中身を取り出すと、烈火の如く赤々と煌く宝石の付属した立派な指輪が視界に飛び込んだ。

 お嬢様が身につけている物とは比べ物にならないほどに大きく、燦然とした輝きを放っている。

 その宝石を見て、俺は思わず息を呑む。

 貴族間での贈り物とは、こんなにも高価なものなのか。


 というか、壊れ物では無い、などと言うので普通に片手で抱えてここまで走ってきたが、大層な高級品じゃないか。

 ヤバい、今になって足が竦んで震えてきた。


「あら、でもこの宝石には“赤百合の加護”が施されていないのですね」

「見ただけで分かるんですか?」


 お嬢様が何気なく発した言葉に、俺は思わず食いついた。

 加護を見ただけで分かるとは、この世界の人は皆そうなのか。

 俺なんてこの愛剣と三年以上の付き合いだが、一度も加護が見えたことなんて無いぞ。


「ここにあるペンダントと比べれば、一目瞭然ですわ」


 そう言うと、首にかけたままの状態でペンダントを俺に向けて差し出した。

 俺はペンダントを見ながらも、そっと視線を泳がせて胸元へと移動させる。

 ふむ、間違いなくペッタンコだ。


「しかし、これはまた異常なほど輝いています。傍に本物が無ければ、赤百合の加護がはたらいていると、勘違いしそうです」

「それが狙いでしょうね」


 リィンの疑問に、お嬢様は平然とした口調で答えた。

 お嬢様は指輪を手に取ると、ネコのようにうっとりと瞳を細め、蠱惑的な微笑を浮かべながら口端を指先で丁寧になぞる。

 妖艶に口元で弧を描いた後、そっと箱に仕舞いなおすと、お嬢様は小さく吐息を漏らして、疲れたようにぐったりと椅子へともたれかかった。


「ドノブル・バーレンの女好きは有名だったけど、まさか私にまで手を出そうとは……。舐められたものだわ」

「全く酷い話です」


 ううん……。聞き齧った情報を纏めると、こういうことか。

 ドノブル・バーレンは、あたかも赤百合の加護が施されているような宝石を贈り、それを口実にレトナお嬢様をベッドへ誘い込む。

 貴族間のお遊び、とでも言って一晩限りの関係を持って、普通ならそこで終了する。

 だが、その宝石には赤百合の加護が施されていないため、万が一にもよからぬ事実は起こりうる。

 まあ、何ていうか、ガードの堅いお嬢様に規定事項を作ってしまおう、という魂胆か。

 しかし杜撰な計画だなあ。

 いくら加護が無くとも、一晩でできるとも限らないし、それ以前に誘い込めるとも限らない。

 頭が良いのか悪いのか、よく分からないな。


 リィンは凛然とした表情を崩さず、指輪を箱に仕舞い込むと、恭しくお嬢様に向き直った。


「どう致しますか、執事にでも送り返させましょうか?」

「いえ、そんなことをしたら、依頼通りここまで届けてくれたキンジさんに迷惑がかかってしまうわ。適当なところにでも仕舞いこんでいなさい。今度バーレン家のご子息に会うことがあったら、そのときにでもこれみよがしに付けていくわ」


 リィンは『はぁい』と気の抜けたような返事をして、箱を持ってこの場から退室していった。

 どうやらこっちの彼女が本性らしい。

 さっきまでは何の用なのか、何が入っているのか、と神経をピリピリさせていたのだろう。

 ならせめて、最後までその態度を保っていればいいのに。


「そうだ、キンジさん。せっかく二人きりなので、お話したいことがあるのですけど」


 お嬢様は身を乗り出し、大理石の机に肘を着いて顔をずいと近寄らせる。

 煌びやかなプラチナブロンドが跳ね、天使のように愛らしい微笑みを見せた。

 

 じっくり味わうような視線を向けられ、思わず俺は目を逸らす。

 だが、目を合わせなくとも一方的な目線は休みなく向けられているので、とくに意味は無かった。


「キンジさんって、異世界からいらっしゃったんですわよね?」


 妖艶に口元で弧を描き、桜色の舌を這わせて艶かしく唇を舐めとる。

 うっとりとした双眸でねっとりと見つめられ――ヤバい、どこもエロく無いのに、何か知らないけど下腹部が勝手に興奮してやがる。


「は、はい。そうですけど……」

「このことは内密にしていただきたいのですが、よろしいでしょうか?」


 お嬢様は蠱惑的に微笑み、いたずらっぽく口元に人差し指を当てると。

 実に色っぽく、静かに、のアクションをとった。


「分かりました。異世界人である俺に聞きたいこととは、何でしょうか」

「――召喚魔法や、転移魔法とは、キンジ様がいた世界ではどの程度のものがありましたか?」


 召喚魔法か。

 確かこの世界では、発動自体が不可能なものとされているんだよな。

 フェリアがそれを成功させたから、一応偶発的に発動することはあるらしいが、言ってみれば、この世界に“召喚魔法”や“転移魔法”は存在しないこととなっている。

 創り出すことが非常に困難なのか、禁術として隠匿されているのか知らぬことだが、一般的ではないことは確かである。


 元の世界での召喚魔術は、確かかなり高度なものだった。

 全世界を同時に検索し、網状のセンサーに引っかかった人間を一人だけ召喚したり、黒髪の少年のみを召喚したり。

 ウェブ上でページを検索するような手軽さで、全世界の生物を召喚できるはずだ。

 ――送り返すには、また何か複雑な計算が必要らしいが。


 その旨を伝えると、お嬢様は暫しの間沈黙し、何やら眉をひそめていた。

 唇を真っ直ぐに結び、切れ長な双眸でじっと大理石の机を見つめる。


「実はですね。森林の奥でこの世界のものとは思えない、召喚魔法のようなものが出現していたのです」

「――何ですって?」


 その言葉を耳に入れた刹那、俺は驚きのあまり、レトナお嬢様に掴みかかっていた。

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