間話 浜辺のメイド天使
この世界には水がある。
清々しい青空に真っ白な雲があれば、もちろん雨も降る。
水魔法を訓練した魔術師であれば、辺り一面に雨を降らせたり、逆に浸水した土地から濁流を天に返したりと、色々なことができるらしいが。
今はそう言った話をしたいのではない。
雨が降り、地面に染み込んで蒸散し、また空へと向かって雨が降る。
地球と全く同じだ。
地球には大陸があり、海が存在した。
数々の生命はそこから生まれ、青く綺麗な地球の象徴とも言えるものである。
そう、水があれば海があるのだ。
季節は夏。
真夏では無いが、春が終わりかけ、若干暑気を感じる気候となっている。
フェリアのメイド服も微妙な衣替えをしたらしく、若干生地が薄くなっている。
後ろから抱きしめると、柔らかい起状やじっとりした芳しい汗の香りを堪能できて、何とも素晴らしい。
だが気にしているのか、俺が汗の匂いに気持ちを高ぶらせていると、大抵次に会った時にはシャワーを浴び終わっており、さっぱりしている。
濡れた髪ももちろん魅力的なので、乾かしている間、しっとりと湿った長い髪をじっと見つめる。
至福の時である。
午前中はフェリアを眺め、午後になったら冒険者ギルドに顔を出して採取や討伐に明け暮れる。
暑くなると魔物の数は増えるようだが、魔物も生物であり湿気が篭ると姿を見せなくなる。
森林内の洞窟や住処で、まったりと暮らしているらしい。
ふむ、安全かつ合理的で結構。
だがその分他の冒険者が採取依頼を受けてしまい、俺が受けるべく依頼が減少しているため困っていた。
普段は暗黒竜やら何やらの危険種を討伐するような冒険者が、迷宮一階層で薬草を採取していたり、荷物を配達していたりするのだ。
平和なのは良いことだが、それでは俺は困るのである。
安全に資金を稼ぐ手段を失い、俺は今現在夏休みの小学生のような生活をだらだらと続けているのだ。
昼まで寝て、薄着で家の中をうろつき、夕方頃にギルドへと顔を出し、簡単な依頼を達成させて家に戻る。
夜も蒸し暑いため、フェリアを抱きしめることができず。
ここ数日間、俺はずっと欲求不満で爆発しそうである。
フェリアは夏休み――では無く、正式なメイドとして雇われたことにより、学園への登校が免除になったらしい。
そのためフェリアは毎日目の届く範囲にいる。
だが暑く、夜のご奉仕は不足気味となっている。
めちゃめちゃにしたい、とかそういう感情が湧き出るほどには暴走していないが。
毎日手の届く場所にいるのに手が出せないというのは、なかなか辛いものがあるのだ。
汗を流しながらよく働くメイドである。
取り込んだ洗濯物をたたむフェリアの背中を見ていると、流石に俺も耐え切れなくなり、飢えた野獣のように飛びついたのだが。
こちらに全くもって視線を送ること無く、実に軽やかな動作でヒラリと身を躱された。
勢い余って洗濯物の山にダイブしてしまった俺は、一緒に正座をしてフェリアのお手伝いを開始させた。
何もせずにぐーたらしているのは、流石に申し訳無い。
フェリアと向かい合って洗濯物をたたんでいると、普段の四分の三程度の時間でお仕事が終わるらしい。
すなわち、俺が頑張ってもフェリアの四分の一しか仕事の功績をあげられていないようだ。
これはまずい。
確かに主とは、メイドや執事に甘えて生活しているように感じるが、それは貴族の皆さんが心労の溜まる仕事をしているからである。
書斎に篭ったり、偉い人たちの会合に集まって何やら決定事項を施行したり。
ぐーたら昼寝してメイドに欲情して、ただただ遊んで暮らしているのでは無いのだ。
いかん、実にいかん。
だが依頼が無いのでは仕方が無い。
無いものを受注するなど不可能。
いや、依頼自体はあるな。
ただ俺の腕では困難なものだったり、パーティを組んでいないと受けられないような依頼がほとんどなのだが。
だがこうやって、ずっとフェリアのお仕事を眺めているのも良くない。
どうせなら海とか行きたいな。
福利厚生とか何とか言って、フェリアを外に連れ出してみようかな。
でもフェリアは外出を嫌うから、逆に疲弊させてしまうかもしれない。
どうしよう、でも海行きたい。
春先に、『この世界には海があるんですよ』と聞いた時からずっと、俺の中ではただ一つのことしか考えていない。
そう、入浴時身につけるような青色ビキニでは無い、外出用の水着だ。
フェリアに問いたところ、一応年相応の水着やプライベートで着るような外出着もどこかに仕舞われているらしい。
フェリアがお昼寝をしている間に漁って探そうとしたのだが、部屋には鍵がかかっていて入れなかった。
ついでに鍵をガチャガチャやっているところをフェリアに見つかり、軽蔑はされなかったものの、半ば本気で怒られた。
俺の部屋には無断で入ってくるのに……。
実際お掃除とご奉仕以外では入って来ないのだから、その辺はかなり真面目に徹底しているようだが。
さて、
そう言ったわけで、俺は海に行きたいのだ。
別にフェリアの水着姿を見たいだけでは無い。
俺も涼しい地で天然の水を浴びたいし、フェリアだってそうしたいはずだ。
俺はあまり泳げないけど、海水を浴びて日光浴するだけでも行く価値はあると思うのだ。
幸い今は魔物の数も少なく、わりと海は安全だ。
逆に冒険者以外の人間は、畑などの作物の世話で手一杯らしく、海はがら空き。
何故そんなにも詳しいのかと言うと、ここ数日の間に受付嬢のお姉さんに聞いたのだ。
メイドと二人っきりのアバンチュールを体験できる場所は無いか、と。
「さて、ご主人様。お昼ご飯何にしますか? 暑いですから、冷えた野菜とか良いと思うのですけど」
考え事をしながら、俺がまだ三枚しかたたみ終わっていない内に、フェリアはもう他の洗濯物をたたみ終え、次の仕事を提案し始めた。
言うなら今だ。今しかない。
「フェリア、その、えっと。行きたいところがあるんだけど、一緒に行かない?」
「……どこでしょうか?」
鳶色の瞳を玲瓏に煌めかせ、小さく首を傾げる。
正座――というか、若干崩してペッタリと女の子座りをしているので、その行動がいつにも増して可愛らしい。
この不快感を伴う蒸し暑ささえ無ければ、きっと躊躇いなく抱きしめて押し倒していただろう。
「ん、涼しくて、楽しいところ。……どうかな? フェリアと一緒に行きたいんだけど」
フェリアの頬に若干の笑みが差す。
やはり彼女も疲弊が溜まっていたのだろう。
少しそわそわと身体を揺らし、期待するように頬を染める。
「それって、その……。デートってやつですか?」
デート、デート、デート。
フェリアの口からそのような魅力的な言葉を聞くことになろうとは。
そんな予定全く無かったが、その提案は願ったり叶ったりだ。
何せフェリアをメイドとして連れていけば、遊んでいる俺を端から静かに見守る、なんて酷くつまらないことを平然と行っていそうである。
今回はあくまで、フェリアを遊ばせることが第一目標なのだ。
お仕事ではなく、恋人同士……か。
いいな、実に良い。
水をかけ合ったり、『つかまえてごらんなさーい』とか、やってみたい。
よし、それでいこう。
「そう、デートだよ! まだちゃんとしてなかったし、せっかくだから海行こう、海!」
「海、ですか?」
身を乗り出した俺から逃げるようなことも無く、フェリアは瞳をパチクリと開いて俺の顔を凝視する。
しまった、急ぎすぎたか。
「去年ので、入るかなぁ……。ちょっと確認してきますね。もし無理だったら、その、また今度と言うことで……」
そう言って頬を掻くと、フェリアはいそいそと自室へと姿を消した。
刹那、普段のお淑やかかつ慎ましげな振る舞いからは想像できないほどに乱暴な音が奏でられ、クローゼットの中身が床へと放り投げられている――音がした。
決して鍵穴から中を覗いていたわけでは無い。
耳もくっつけていない。
暫しの間格闘したフェリアは嬉しそうに鼻歌を奏でながら、外出用メイド服に着替えて部屋から飛び出してきた。
どうやら去年の水着は問題なく入ったらしい、やったぜ。
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透き通るような蒼穹に、吸い込まれるように鮮やかな海面。
真っ白な砂浜を舐めるように波が襲い、地面を湿らせる。
普段であれば怨みの念を込めて睨みつけたくなるように燦々と輝く太陽だが、今はそんな暑い日差しも、今日のこの日を祝福してくれているような錯覚を覚える。
軽い昼食をとってすぐさま向かったので、まだお日様が高いうちに海へとたどり着くことができた。
さて、まず何をするか。
服を脱がなければな。
ギルド受付のお姉さんが言ったように、浜辺には人っ子一人――魔族さえ姿を見せていない。
俺は若干躊躇いながらも、その場で着ているものを全て脱ぎ捨て、堂々と浜辺のど真ん中で男の子のお着替えを終了させた。
岩陰へと姿を隠したフェリアが戻ってくるのをここで待とうかとも思ったのだが、如何せん足が熱くて適わない。
目眩を起こしそうな暑気は、溢れんばかりの期待にて跳ね返したが、流石にジリジリと焼き焦がすような熱さを気合だけで乗り切ることはできない。
情けなくも俺はフェリアが来る前に、一足先に海に足を浸した。
「はぁ……。冷たくて気持ち良い」
「ごっ主人さまぁ~!」
砂を蹴るような音が奏でられ、フェリアの興奮した声音が背後から耳へと闖入する。
うむ、悪く無い感覚。
さてどうしよう。
振り返って水着を見るべきか、このまま海を眺め、フェリアに背後から抱きしめられるという至福の時を堪能するか――。
「えいっ!」
「うわぉ!」
突如背後から背中を押され、俺は頭から海水へと飛び込んだ。
顔をぶん殴られたような錯覚を味わい、鼻の奥をツンとした痛みが駆け回る。
情けない格好で暫しの間溺れかかってから、俺は全身ずぶ濡れになってその場に腰を下ろした。
「び、びっくりしたぁ……」
「えへへ、ご主人様。今は恋人同士なので、こういうのもありですか?」
蒼穹を眺めて佇む彼の背中を、はしゃいで突き飛ばす彼女。
字面の後半部分に何となく違和感を覚えるが――。
アリですね。
フェリアがはしゃいでくれている、というだけで俺はもう満足だ。
しかも、
「うぉぉ……」
メイド服を模した、紫紺と純白が入り乱れる色合い。
膝辺りまでの長さの真っ白なパレオを纏っており、風を受けてヒラヒラと舞い上がる。
普段見せない美麗な縦筋のおへそが顔を惜しげも無く晒され、無駄な肉の無い玲瓏な腰回りを堪能できる。
まさにフェリアのために作られた水着だろう。
凄く似合っている。
「……どうですか? ちょっと胸のあたりがキツくなってしまったのですが、一応まだギリギリ平気でしたので」
いい、凄く良い。
ヤバいヤバい、可愛いよ。何この可愛い生き物。
今すぐ食べてしまいたい――いやいや、待ちなさいキンジよ。
フェリアには今日、休息をとってもらいたくてこの場を用意したのだ。
無駄に疲れさせるようなことをしてはいけない。
――ん、胸だと?
ああ、確かにピチッとしてて存在感を醸し出しているが、問題無い。
ここにはフェリアの他に俺しかいないのだ。
露出過度、などで無ければ問題無い。
「良い、凄く似合ってる。……それと、敬語はまだしも、ほら、恋人同士のときは……?」
問いかけるように発した俺の言葉を咀嚼し、フェリアは頬を淡い桜色に染めると、少し遠慮がちな視線を向けながら、愛らしく口元を開いた。
「……キンジ」
いやっはぁぁぁ!
これ、これが聞きたかった。
フェリアは真面目だから、仕事中はずっと『ご主人様』であり、愛する女の子から、俺はほとんど名前で呼ばれない。
メイドさんを愛でるのであれば、それ以上の幸福は無いのだが、俺が今望むのは一人の恋人との休息という名のデートである。
ご主人様、よりキンジと呼ばれたい。
「フェリア、泳ごうか」
身を寄せて、フェリアの艶やかな肩に手を回す。
ピチピチと健康的な弾力を感じ、思わず撫でる手つきがいかがわしいものへと変わってしまう。
だがフェリアはそんな俺から逃げるような素振りは見せず、花が咲くような笑顔を見せ、嬉しそうに海へと駆け出した。
「せっかく泳ぐんだったら、あの岩まで競争しよう? 負けたほうが、勝った方のお願いを一つ聞いてあげるんだよ」
そう言うとフェリアはその健康的な肢体を伸ばし、軽い準備運動を開始させた。
俺も後方にて同じことをしながら、フェリアの弾けるような肉体を流し目にじっくり堪能する。
お願いかあ……。何にしようかな。
前方にそびえる天に向かって尖った岩に、俺は視線を送る。
鋭い三角形をしているから、三角岩と名付けよう。
そうだな、あそこまで見た感じ百メートルくらいか。
行って戻って、最短で二百メートルくらいかな。
フェリアは腰にパレオを巻いているし、インドア派である。
俺は一応小中学校と水泳の授業を受けていたし、海にも川にも何度も行った。
運動神経でフェリアに適うとは思えないが、経験の差でその辺は埋めてやる。
勝つのは俺だ、勝ってフェリアに楽しいお願いをしてみせる。
「キンジー! 先に行っちゃうよ」
不意に前方へと視線を送ると、フェリアはもう泳ぐ準備を終了させ、波打ち際にて腰に手を当てて佇んでいた。
さて、フェリアに俺の実力を見せてやるぜ。
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結果だけ言おう。
惨敗だ。
思い返してみれば、俺は浮き輪が無ければ泳げないのだった。
小学生ならまだそれでも良かったが、中学になってから海に行ったときには、砂でお城を作って遊んでたんだっけ。
フェリアは魚のようだった。
しなやかな動きで軽やかに泳ぎ、気がつけば三角岩にたどり着いており、次に見たときにはもう砂浜にて、ポニテにした髪を振っていた。
俺? 泳げないから歩いてたよ。
水中を歩くのって、エクササイズにもなって身体に良いんだ。
三角岩までまわって戻って来たら、何とも言えない半笑いを見せるフェリアにお出迎えされ、凄く情けなかった。
ああ、お願いを聞くのは俺の方だったか。
「参りました。何なりとこのわたくしめにお願いをお申し付けを」
フェリアの前に跪き、顔を上げて上を見る。
艶やかな胸越しに、優越感に浸っているようなフェリアの表情が目に入り、何とも扇情的な気分に陥る。
堂々とした面持ちで腰に手をやり、見下ろすような視線をねっとりと向けられる。
前はそうでも無かったのだが、ここ最近フェリアが放つ見下すような視線が堪らなく魅力的に感じてしまい、それだけで興奮してしまう。
ああ、もっとその瞳で責めてください。
「――あの、一応お訊きしますが、どの程度でしたらよろしいのですか? 一応立場的にはわたしはメイドなので、変なお願いをして引かれてしまうと困るのですが……」
何と、そんな引かれるようなお願いがしたいとな?
良いですよ、もう、踏まれても罵られても馬乗りになられても、ええ好きにしちゃってくださいな。
普段従順かつ献身的なメイドさんが、そうやって勝ち誇った表情を見せるのは、堪らなく興奮するのです。
……最近歪んでるなあ、俺。
「別に良いんじゃないかな。そこまで深く考えなくても」
「そうですか、それではキンジくん、ちょっとこちらへ」
そう言うと、フェリアは俺の手を遠慮がちに摘み、足早に岩陰へと連れて行く。
キンジくん、か。
呼び捨てもなかなか素晴らしいが、くん付けも良いな。
もういっそのこと、間をとって『キンジきゅん』とでも呼んでもらおうかしら。
フェリアに連れられて岩陰へ向かう途中、不意に視界の端に何やら魚のような生き物が飛び込んできた。
思わず見えた方へと視線を送る。
灰色に燻んだ岩が視界に闖入し、その上には、虹色に煌く魚の“尾ひれ”があった。
しなやかに動くその尾から伸びるのは、ウロコだらけの魚類とは否。
妖艶なくびれを惜しげも無く晒し、処女雪のように白く繊細な肌が日差しに照らされ、輝くように麗しい腋を見せながら、長く清らかな青髪をかきあげている。
色っぽい背筋が、くいと真っ直ぐに伸び、水滴が弾ける。
切れ長で透き通るような双眸をこちらに向けると、細く長い腕をいっぱいに広げてこちらに盛大に手を振ってくれた。
ちなみに言うと、いわゆる貝殻ビキニなど身につけていない。
ぷっくりとした突起部分と、女性らしい起状が何の躊躇いも無くこちらを向く。
無駄な肉の無い――それでいて程よい弾力を感じさせるお腹には、美麗な縦筋なおへそが刻み込まれており。
スタイル抜群な肢体を外気に晒し、蠱惑的な笑みを見せていた。
「フェ、フェリア。待って、あれってまさか」
「……え、ああ、人魚ですか? 珍しいですね、日光浴でもしているのでしょうか」
フェリアは俺の手を握ったまま立ち止まり、日光浴をする人魚へと身体を向ける。
人魚は暫しの間手を振っていたが、突如ザブンと海に潜ると、海面に波紋を広げてその場から姿を消した。
「良いですよね、人魚さん。スタイルは凄く良いし、噂によると不老不死の肉体を持っているとか」
フェリアはうっとりとした双眸で、人魚が作り出した波紋を暫しの間見つめている。
何と、この世界には人魚がいるのか。
しかし見たところ生殖器のようなものは見られなかったが、どうやって種族を増やすのだろう。
いや、不老不死だと言っていたし、もしかしてずっと永遠に同じ個体が生活するのであろうか。
などと人魚についての自分なりの考察を立てていると、不意に右腕に柔らかく弾けるような弾力が押し付けられた。
「ほら、人魚さんを見るよりも、今はわたしのお願いを聞く時間だよ」
そう言ってフェリアは口元にいたずらっぽく弧を描くと、岩に囲まれた陰へと俺を連れ込んだ。
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四方八方を岸壁にて囲われた地点。
背丈の高い岩石が天まで伸びており、俺たちがこの場に闖入した唯一の入り口であり、トンネルのように開いている箇所以外からは外の景色を確認することができない。
多分外からここを見ることも不可能だろう。
波打ち際を暫く歩き、岩の隙間からやっと入れた場所。
崩れたり亀裂が入ったりと、そういった心配は無さそうだが、全方位を囲われている、という状態は嫌な寂寥感を生む。
だが不思議と安堵感はあった。
フェリアを信頼しているからだろうか。
このような闇討ちに最適な場所に二人きりで連れ込まれても、一緒にいるのがフェリアだからか、恐怖を味わうことは無い。
むしろ期待感のためか、心臓が恥ずかしいほどに強く波打っている。
フェリアはこんな人けの無い場所で、いったいどのような“お願い”をするのだろうか。
俺がトキメキに全身で興奮していると、突如フェリアは腰に巻いていたパレオを解いた。
健康的な太ももが完全に露出され、俺は思わず息を呑む。
泳いだため、繊細な体躯には水滴が弾け、しっとりと湿っている。
フェリアはその場に座り込むと、長く美麗な脚を艶かしく伸ばし、天使のように愛らしい笑みを見せた。
「キンジくん、いらっしゃい」
口端を舐めとり、指先を妖艶に絡めて虚空を撫でる。
俺は期待感のあまり前かがみになりながらも、若干の逡巡を見せてその場にて膠着する。
いらっしゃい、とは。
本当に言葉通りの意味を成しているのだろうか。
もしくは、単にからかっているだけなのだろうか。
それより、フェリアのお願いとは、いったい何をしようと――。
「わたしからのお願い。キンジくんと、甘い夏の思い出を作りたいな」
耳に絡みつくような甘ったるい声音。
逡巡も戸惑いも困惑も躊躇いも、その他諸々の思いが一瞬にして消失し、俺はひと呼吸置いた刹那、無防備に仰向けに寝転がるフェリアへと、無心になって飛びついた。