第十五話 未来の話
ゆっくりと穏やかに、深海から浮かび上がり、柔らかな日光を感じながら、水面から顔を出すような錯覚とともに俺は目が覚めた。
心地良い感覚。
身体の全面に感じる、女性特有の柔らかな体躯に、滑らかな起伏。
時折胸板に甘い吐息を感じ、甘美な香りが鼻先をくすぐる。
俺はフェリアを抱き枕にして寝ていたらしい。
闇色の髪が愛らしく踊り、ふんわりと良い匂いが漂う。
思わず俺の下腹部もしっかり反応――といきたいところだが、凄く痛くてそれどころではない。
幸い腰周りの筋肉痛は耐えられるレベルだが、立ち上がった刹那、尋常では無い痛みが脊髄を走った。
どうやら枯れるほどに絞り取られたらしい。
しょうがないやつめ。
初めての後は、二人肩を並べてちょっぴり背伸びをしたピロートークなどを楽しもうと心に決めていたのに、その夢は叶うことなく儚く砕け散った。
何のことは無い。
単に俺が疲れ果てて、一足先に夢の世界へと盛大にダイブしただけだ。
別に拒まれたわけでも無く。フェリアは実に幸せそうな嬌声をあげながら、俺とのお楽しみを文字通り楽しんでくれた。
若干俺が引くほどに、だ。
フェリアは本当に初めてだったらしい。
あんなに可愛くて、優秀な女勇者様だってのに、今まで他の男性と身体を重ねたことは無いらしい。
実際迫られたり、誘惑されたことは幾度となくあったとか。
魔王討伐パーティは総員女性だったため、無防備に寝ている間などに、そんなどこぞのエロ同人みたいな展開になることは無かったらしいが。
数人のパーティで迷宮に潜ったり、他国と隣接している森林を探索中に、何度も声をかけられたとか。
だがフェリアはその申し出を頑なに拒み、逆上して本能丸出しで襲いかかってきた冒険者は、魔法で黒焦げにして反撃していたらしい。
凄い。
ここからは若干余談になるが。
フェリアは本当に強かった。
いや、体力の差だろうか。
初めては痛いだけと聞いたので、俺は一回でやめて静かな夜をゆっくり楽しもうと思ったのだが。
一回戦の終幕を迎えた刹那、フェリアの心と身体に熱く強烈な火が灯ってしまったらしかった。
発情期のネコのようにギラついた双眸を向け、フェリアは爛々と瞳を輝かせながら、俺と上下の場所を交代させられた。
……うん、途中から記憶が無い。
ただ、目が覚めて一番にフェリアの温もりを堪能できたのだし、些細な不満足からは目を瞑ろう。
――三年前の俺が今のセリフを聞いていたら、きっと自分を殴り殺しているだろうな。
この欲張りさんめ。
「んみゅぅ……。ご主人様、大好き」
口端を舐めたのか、唇の端が若干湿る。
嬉しいこと言ってくれるじゃないの。
あ、でもダメ。太ももをそこに当てないで、痛い、気持ちいいけど痛い。
すべすべして気持ち良い太ももを押し当てられる感覚を楽しみながらも、俺は幸せそうに熟睡するフェリアを起こそうと背中を優しく叩く。
ここ二日間休みだったから、今日は確か登校日だったはずだ。
成績も上の上で、普段の行いや素行もしっかりとした優等生。
ここまでその称号を掲げてきたと言うのに、俺のせいで学園に遅刻でもしたら申し訳がたたない。
「フェリア、フェーリーアー!」
「……ご主人様の匂い」
聞こえていないらしい。
フェリアは背中に手を回してがっしりと掴むと、艶めかしい動きで滑らかな脚を絡みつける。
胸元でいっぱいに深呼吸をして、嬉しそうに見えないしっぽを振る。
ああ、無理。
こんなに幸せそうに求められてるというのに、『さっさと起きろ!』とか言ってフェリアを起こすなんて絶対無理。
フェリアが放つ、天使が奏でる歌声のように穏やかな寝息を楽しみながら、俺はフェリアを抱き枕にして二度寝を開始させた。
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日が高く昇ったところで、胸の中でフェリアが突如目を覚ました。
暫しの間、夢見心地な表情でとろけるような顔を見せていたが、太陽の傾きを確認した刹那、色っぽく染められていた頬は一瞬で青ざめ、酷く困惑したような面持ちでオロオロとし始めた。
気づいていたのに起こさなかった、という事実に一瞬だけ罪悪感を覚えたが。
暫く頭を抱えていたフェリアは不意にベッドへと身体を倒し、珍しく拗ねたような表情を見せながら、隣にて転がる俺にその柔らかい体躯を押し付ける。
「良いんです。一日くらい無断で休んだって、怒られたりはしませんから」
「ごめん、フェリア。……俺が起こしていれば」
「大丈夫です。おかげで、実地教育期間中は同級のメイドが遅刻したり休む回数が多い理由が分かりましたから」
そう言って、フェリアはいたずらっぽく口元に弧を描く。
「昨晩のご主人様みたいに、一晩中メイドで遊んでるんでしょうね」
その言葉を耳に入れ、俺は昨晩のフェリアを思い出して顔を紅潮させる。
乱れる、とはあのようなことを言うのだろうか。
清純かつ純粋な闇色髪のメイドさんが、我を忘れて愛らしい嬌声をあげる。
む、思い出しただけでまた何か興奮してきた。
「ですから、実地教育期間中のメイドが無断で休んでも、誰も不思議には思わないと思いますよ? むしろ、三ヶ月の間一日も休まなかったのなんて、わたしだけだったかもしれません」
そう言って、ねだるような視線を絡めてくる。
遠まわしに、ずっと寂しかったとでも言っているのだろうか。
口端に桜色の舌を這わせ、華奢な体躯を精一杯押し付けてくる。
事を行ったままの格好で眠っていたため、寝具用エプロンドレスははだけ、扇情的な風味を醸し出す。
はっきり言う、エロい。
可愛くてエロい。
その姿に見とれていると、フェリアは女豹のポーズをとって科を作り、頬を染め上げ、熱っぽい視線をじっとりと向けてきた。
どうやらフェリアはまだ元気が有り余っているらしい。
「……お、お手柔らかに」
「にゃぉぉぉ!」
その言葉を肯定ととってくれたか、本能のみの野獣と化した愛くるしい女神様は、無抵抗を貫く俺に容赦無く襲いかかった。
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流石に疲弊が溜まり、双方そのまま動けなくなってしまったので、フェリアとともにベッドにて甘いピロートークを楽しんだ。
ようやく願いが叶った、と心の中で嬉し涙を流すと、フェリアは嬉しそうに目を細めて俺の頭を撫ででくれた。
温かくて柔らかい、女性らしく肉付きの良い指先が、鬱蒼と茂った黒髪を絡めて地肌を優しく撫でる。
「申し訳ありません、ご主人様。今日はもう、家のお仕事はできそうにありません」
フェリアは息を弾ませながら、ぐったりとシーツに体重をかけている。
流石のフェリアでも疲れたようだ。
……良かった。俺はもう心身ともに限界だ。多分これ以上したら、最悪俺死ぬな。
極上の体験を思い出し、むふふ、と頬を緩めていると。
不意に俺は一つ重大なことを思い出した。
「フェリア、その、えっとだな」
意気込んでみたものの、言えやしない。
まさか、ヒニンしてなかったけど、大丈夫なんだよな? なんて、こんな状況で言えるわけがない。
金魚のように口をパクパクとさせ、オロオロと妙なジェスチャーを見せていると。
大方理解したのか、フェリアはそっと胸元に手を伸ばし、深紅の輝きを持つ小さな宝石を誂えた、慎ましげな首飾りを俺に見せた。
「これ、“赤百合の加護”っていう加護がかけられておりまして。正式なご主人様に雇われる前に、キズモノにならないようにと、そう言った加護に護られておりますので――」
フェリアは耳に口元を寄せ、愛を囁くような声音で吐息のように言葉を紡ぐ。
「いつでも言ってくだされば、ご主人様の手で、そのペンダントを外してくださってもよろしいのですよ?」
からかうように目を細め、妖艶に口元で弧を描く。
昨晩までの俺なら、その蠱惑的な言葉にドギマギしていたであろうが。
今の俺はサクランボの皮を脱ぎ捨てた大賢者である。
冷静に咀嚼し、飲み込むだけの余裕はあるのだ。
もう何も怖くない!
「それは、俺に正式に雇って欲しいってことかな?」
「……はい」
フェリアは心配そうな面持ちで俺の顔を見据える。
フェリアの胸中は大方理解できる。
突如異世界から召喚され、働いてもいない少年にメイドを雇うだけの資金があるかどうか、不安に思っているのだろう。
大丈夫だ。俺だってこの三ヶ月、ただぐーたらに暮らしてきただけではない。
ゴブリン討伐だってやったし、村を襲った魔物を排除する作戦にも参加した。
なるべく簡単で、資金がたんまり入る依頼。
プライドの高い冒険者様は受注せず、徐々に値がつり上がっていく依頼を、迷わず受注する。
まあ簡単に言えば薪割りとか採取系統の依頼だ。
辺りに危険な魔物が出現するなどすると、戦闘経験のほとんどない子供冒険者は受注できず、大人たちはその危険な魔物討伐の依頼を受注する。
森林からリンゴのような果物をとってくる依頼は良かったなぁ。
数十個抱えて戻ることの繰り返しで、魔物を数匹倒しただけの報酬を戴いた。
コホン。話が逸れた。
つまりだ。
「何があろうと、俺は絶対フェリアと一緒に暮らしたい。俺だって、ずっとフェリアのこと大好きだったんだ」
「ですが……お金の問題」
言い終わるか否か、俺はフェリアの唇を自身の唇でしっかりと塞ぐ。
フェリアは若干驚いた様子で瞠目し、俺の顔を凝視する。
口端を離し、とろけるような甘美な風味に酔いしれると、俺はフェリアを抱きしめ、失礼に当たらないよう慎重に選んで言葉を紡ぐ。
「ギルドでいくつか依頼を達成してるから、そっちの面は大丈夫だ。フェリアさえ良ければ、いつでも正式にフェリアの主になる――いや、なりたいんだ」
「ご主人様……」
フェリアの滑らかな腕も絡みつき、双方本能に従ってお互いを求め合おうとしたのだが――。
「痛――」
「だ、大丈夫ですか……?」
残念ながら、身体の方はやはり限界だったらしい。つらたん。
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フェリアはせっかくのお休みだから、と言い、ベッドに潜り込むと幸せそうに微睡み始めた。
温かいところで眠るのが、この世の何よりも好きなのだとか。
本当に何よりも好きなのか、と再度問うと、眠たそうな双眸を向けながら静かに頷いた。
まさか睡眠に嫉妬を覚える時がくるとは思わなかった。
ネコのように愛らしく目を細め、体躯を丸めるフェリアに視線を送った後、俺は隠密のようにそろりと退室し、つま先立ちで廊下を駆け抜ける。
ここ二日間休んだ言い訳と、フェリアを雇う上での心構えなどをザフィラスさんのところへと聞きに行くのだ。
まず何と言おうか。
フェリアは俺の嫁! とでも叫ぶか。
ダメだ。昨晩からぶっ続けでフェリアと抱き合っていたからか、精神が異様な方向へと跳ね飛んでいる。
最高にハイ! ってやつだろうか。
まともな判断ができないのだ。
何だかんだ思い描きながらも、半ばスキップでもするかのように商店街を駆け抜け、広大な芝生の広がるお屋敷へとたどり着いた。
流石にザフィラスさんは外におらず、稽古中よくお茶を淹れてくれていたメイドさんが草むしりをしていたので、挨拶をして用件を伝える。
メイドさんも俺のことは憶えていてくれたらしく、ザフィラスさんに用があると告げると、ピョコンとスカート端をもたげ、踵の高い靴をパタパタと揺らしながらお屋敷の中へと姿を消した。
暫く待つと、先程のメイドとザフィラスさんが現れ、恭しく一礼する。
「これはこれはキンジ様。教示の時間に遅れてしまい、申し訳ございません」
「い、いえっ! ここ二日間休んでしまって……申し訳ないのはこちらです!」
悪意や邪気を感じさせない丁寧な言葉で謝罪されてしまい、俺は情けないほどにうろたえてしまった。
高ぶっていた精神も物凄い勢いで萎びてしまい、今にも飛び上がりそうだった俺の心は、まるで真冬のように静寂しきってしまったようだ。
深く腰を折るザフィラスさんに、こちらからも謝罪の言葉を告げ、頭を上げてもらう。
「あの、本当に二日間も無断で休んでしまって、その」
理由というか言い訳の言葉を必死に思考していると、不意にメイドさんが俺に向かってしなだれかかり、クンクンと鼻を鳴らして頬を赤らめた。
「フェリアさんの香りがしますね」
「――はぅ!」
片眼鏡越しのザフィラスさんの瞳が一瞬だけキラリと輝く。
ヤバい。そういえばあの後、フェリアは身体を擦りつけるように密着させてたし。
あれからまだ風呂にも入っていない。
一晩中フェリアを抱きしめていたからか、そういった匂いに関して若干鼻が麻痺していたらしい。
後で部屋も換気しておこう。
来客は無いだろうが、あのまま放置しておくのは些かまずいだろう。
「男の子と女の子の匂いが混じり合って、ふわぁ……。凄く良い香りがしますよ」
「これ、リィン。他者の匂いを嗅ぐのは、あまり良い趣味ではありませんぞ」
リィンと呼ばれたメイドは、『はぁい』と気の抜けた返事をしてから、俺から身体を離した。
内股気味になり、身体をモゾモゾと揺らしている。
時折熱の篭った視線を向けては、愛らしく口元を歪めてうっとりと表情をとろけさせる。
何となくだが、いやらしく感じる。
「フェリアとの関係はどうなりましたかな?」
「あ、はい。そのことで、ザフィラスさんにご教示をしていただきたく」
話が早くて助かるな。
まずはひと月に払う大体のお給金と、メイドと主の関係とは、どのようなものなのか。
色々と聞きたいことがあるのだ。
「ご教示ってもしかして、フェリアさんを虜にする腰使いですか?」
「リィン、」
ザフィラスが鋭い声音で嗜めると、またしても気の抜けたような声音で可愛らしく返事をする。
確かここの主さんは、レトナとかいうお嬢様だったはずだが……。
やはり異性の主に仕えていないと、欲求とかが溜まってしまうものなのだろうか。
などと考えながらメイドを眺めていると、ザフィラスさんは小さく咳払いをしてから、不意に俺の肩へと逞しい手を乗せると、耳元で囁くように言葉を紡いだ。
「フェリアはああ見えて、意外と上に乗る方がお好きなようですよ」
実に紳士的かつ物腰柔らかな声音で呟かれた。
ザフィーラス、お前もか。
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メイドや執事の給金は、生活費や部屋代を除いて直接手渡すらしい。
支払うのはひと月に一回であり、決まった料金は定められてはいないが、大抵一年か二年単位で何割か増加していくらしい。
生活費やら何やら――家事やら何やらはメイド本人が行うため、簡単に言えば俗に言う食費とか水道光熱費のことらしいが。
魔道具を動かしているのも、食材や家を与えているのも俺では無くフェリアなため、その分も払わなければならない。
ただいくら万能でも、フェリアは年齢的にはまだ女子高生なので、そこまで莫大な量の給金は与えなくて良いという。
たまに起こる事件らしいが。
新しく入ったメイドに心を奪われた主が、普通以上に給金を与え、受け取ったメイドが突如行方をくらます、なんてことも事実起こりうるらしい。
実際フェリア自身が元から金持ちなので、そういったことはまずありえないのだろうが、後に他のメイドを雇うことになるかもいれないので、しっかりと給金の量は定めておいた方が良いという。
難しいな。
ただザフィラスさんから聞いたところ、俺が依頼達成をして月に戴いている資金では一応賄えるようだ。
だったらフェリアも冒険者ギルドで働けば良いのに――と頭を過ぎったが口には出さない。
変なこと言ってフェリアに出て行かれたら、俺はもう立ち直れないだろう。
と、ここまでか。
「……いやしかし、色々と大変なのですね」
「そうですねぇ。普通メイドや執事を雇うのは、幼少時から英才教育を受けさせられた貴族の方々ばかりなので、そこまで苦に感じないようですが」
言われてみればそうか。
いくらメイドや執事の勉強をする者が多いとはいっても、最終的にその職業に就くのはごく一部らしい。
その他大勢は競争に敗北し、店を構えたり冒険者として慎ましく生活するらしい。
ただメイドや執事の方が、出てくる食物や寝具が高級なため、人気は高いらしいが。
「でもさぁ、フェリアさんと想いを伝え合ったんだったら、もういっそのこと結婚しちゃえば良いんじゃないですか?」
確かに俺も、それは考えていた。
フェリアと想いを伝え合って、お互いに愛し合いながら大人の階段を登った。
フェリアは俺のことを求めてくれたし、俺はもちろんフェリアのことが欲しかった。
しかし――俺はいつまでこの世界にいるか分からない。
フェリアと一緒にいたいがためにこの世界に居座ってはいるが、帰りたいという気持ちが薄まったことは今まで一度たりとも無い。
欲を言えば、フェリアを連れて日本へ帰りたい。
瞳の色も髪色も問題無いので、言葉さえ通じればそれも考えた。
だが無理だったのだ。
……この世界の召喚魔法では、そのように都合の良いことは不可能だった。
フェリアが俺を召喚できたのも、偶発的な事象だったらしい。
だが、その話をフェリアにしたところ、頑張ってみる、とのことだった。
それはもちろん、まだ想いを伝え合うよりも前のことだったため、フェリアは俺が帰還することを拒まなかったが。
今となっては、どうなのだろうか……。
俺の表情に何かしらの影が差したのか、リィンは暫しの間俺の顔を見つめた後。
申し訳無さそうに身を退け、メイドさんらしいナチュラルなポーズで大人しく佇んだ。
暫しの沈黙。
その静寂を打ち破ったのは、何とも珍しいことにザフィラスさんだった。
「……ところで、いつまで隠れているのでしょうか」
「えへへ、バレちゃいましたか」
その声に反応したのは、実に聴き心地の良い天使のような声音。
耳朶を打つその音は、川のせせらぎのように美しく軽やかである。
――そう、甘く切ない嬌声でも聴かされれば、それだけで心身ともに興奮してしまいそうな。
「痛――」
「ご主人様ぁ……。何をしているんですかぁ?」
口端に弧を描き、いたずらっぽくネコのように目を細める。
闇色の髪を烟らせ、嗅ぎ覚えのある甘美な香りを漂わせる。
外出用のエプロンドレスに身を包んだフェリアは、嗜虐心たっぷりな双眸を向け、悪いことをした子供を叱るような、そして嬲るような声音で、ゆったりと言葉を紡いだ。
「フゥーん……。ご主人様は毎日ずっと、わたしのお師匠様に剣術を教わっていたんですね」
全身をねっとりと舐められるような妙な視線。
だが何故か、その視線を感じると妙に身体がゾクゾクする。
昨晩攻め込まれたからか、何だか変なスィッチが入っているのかもしれない。
フェリアはいわゆるジト目を見せると、蠱惑的な動作で口元を舌でなぞり、穴が空くほどに俺の方を凝視する。
ダメ、ダメぇ! そんな目で見られると、俺の中で何かが目覚めちゃう!
冗談っぽく全身を両腕で包み込むポーズ。
フェリアはそんな俺を見てクスリと笑うと、姿勢良く足を揃え、女神さえも嫉妬しそうなほどに魅惑的な笑みを見せて二人のメイドと執事に応える。
「でもちょっと寂しいな。剣術でも魔法でも、言ってくれたらわたしが教えてあげましたのに」
「フェーリアさん! そこはほら、男の子的な意地が邪魔しちゃったんですよ」
リィンはニヤニヤと口端を歪め、先程のフェリアのような嗜虐心たっぷりな双眸を煌めかせる。
うーん。イマイチこっちの視線はゾクゾクこない。
「しかし、フェリアはあまり剣術の方は得意では無いでしょう? 私が昔レイピアの使い方を教えたときも、全然使えていなかったではありませんか」
「そ、そうですけど。……だって何だか、こう胸の奥がキュンキュン痛むんだもん」
ザフィラスさんの言葉を聞き、フェリアは左胸を押さえて拗ねたように唇を尖らせる。
可愛い。
「そ、それよりも! ご主人様、行きますよ。目が覚めたら、隣にご主人様がいなかったときの寂しさが分かりますか? ……慌てて出てきちゃったから、下着だって変えてないんですよ」
吐息と一緒に漏らした最後の言葉を聞き、俺は思わず息を呑む。
そう言われてみると、何だかほんのりと甘酸っぱい香りがするような……。
鼻先をクンクンと動かしていると、ニンマリと弧を描いたフェリアと目が合った。
「嘘ですよ。流石にメイドたるもの、外出時に他者に劣情を催させるようなものを身につけることはありません」
「……ああ、引っかかった」
情けなくも、俺は香ってきた甘美な香りに若干興奮してしまった。
少し痛いけど、何とか我慢できそうだな――。
「今日は、一日中一緒にいてくれるんですよね?」
甘えるような声音を発し、タコのように腕を絡めてくる。
闇色に踊る髪を押し付け、花が咲いたようなふんわりとした香りが漂う。
鳶色に煌く瞳が上目遣いに俺の顔を捉え、ついでに俺の心もその魅力に捕らえられた。
家事とかは良いから、今日は一日中フェリアを抱き枕にしていよう。
そう心に決めると、俺はフェリアとともに、春の終わりを告げる草花の中を歩んでいった。