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元勇者のご主人様  作者: 山科碧葵
第一章
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第十四話 降り積もる想い

 迷宮を出たときには、もう夕方になっていた。

 烈火の如く赤々と輝く夕日を見つめ、フェリアは顔を蒼白にさせて行動を停止させている。

 『どうしよう、お仕事が全然終わってない』などと口端から漏らしながら、フェリアは総身を戦慄させていたが。

 仕方が無い、色々とあったのだ。

 行きと同じペースで戻ることができれば、最悪まだお日様の高い内には帰れると思ったのだが、帰り道はちょっぴり時間がかかった。


 フェリアはずっと俺の肩にペッタリ密着して、時折甘い声を囁いては、一分おき程度の頻度で首筋に舌を這わせたり。

 壁際に押し寄せ、ネコのように喉を鳴らしながら俺の胸板に擦り寄ってきたり。

 物陰を見つけては唇を奪われ――。

 思ったよりも、出るのに時間がかかったのだ。


 そんなに求めなくても、俺はフェリアから離れていったり愛想を尽かしたりなどといったことは全くもって無いのだが。

 フェリア曰く、『初めての恋だから、どう制御して良いか分からない』とのことである。

 今まで好きになったとしても、幼少時お世話になったお兄さんだったり、若き頃のザフィラスさんだったりと。

 愛念よりかは、“憧れ”と言った方が正しい感情しか持ったことが無かったらしく。

 目の前に求愛するべく殿方がいて、どうすればこの高揚感が抑えられるのかが分からないらしい。


 何て可愛いのだろうか。

 他者から想いを寄せられることは多々あっても、自分から恋心を向けたことが初めてだとは。

 しかもその相手が俺である。

 何という優越感だろうか。


 さて、

 迷宮内にて念願の両思いという称号を得た俺だが、先ほどから心の中で腑に落ちない事実が渦巻いていた。

 先程の変色トカゲだが、正式名称は群青蜥蜴(コバルト・リザード)と言うらしく、体表から体組織などの全ての器官が魔法を弾き、無効化することができるらしい。


 そのため、魔術師などでは倒すことができず、さらに近戦特化な動きをするために剣士でも討伐が困難であり、かなり討伐難易度の高い魔物だという。

 素材はギルドにて全身高額な値段で買い取ってもらい、全額俺の懐へと収まった。


 フェリア曰く、『群青蜥蜴を倒したのはご主人様なので、素材や称号は全て討伐者に差し上げるべきかと』とのことである。

 何と慎ましく謙虚な少女なのだろうか。

 魔法を弾く性能は非常に価値や需要が高く、防具やら武器、はたまた貴族が身につける衣服にも稀に使用されることがあるらしい。

 出現頻度はかなり低いため、被害はあまり見られないようだが。

 放置しておくと増えるばかりなため、討伐謝礼金なる別料金まで戴き、今日一日だけでかなりの収入を得ることができた。


 どういうことか。

 つまり、普通は一人で討伐することは不可能な魔物、ということだ。

 現に数百匹の魔獣を一瞬で灰燼に化すことができるフェリアでさえも、苦戦するほどの実力だ。

 討伐依頼が出たときには、剣士や飛び道具を使用する者を最低三名含んだパーティしか受注をすることができないという。


 だが俺の放った雷撃弾は、弾かれることも無く胸元に吸い寄せられ、他の魔物と全くもって変わらず臓物が感電して死亡した。

 俺の魔術は別段強力というわけでも無く、当たり所が良かったなどといった簡単なことでも無いようである。

 冒険者ギルドにて素材を受け取った受付嬢は、俺が剣を持っていたのでとくに違和感を覚えなかったようだが、もし二人とも魔術師であったなら、何かしら妙な感覚を覚えたはずだ。

 魔法が効かない魔物を、どうやって二人で倒すことができたのか、と。


 答えは一つしか無かった。


「……魔術と魔法とは、類似しているが根源が違うのか」


 超自然的なエネルギーを発するオカルト的事象であることに変わりは無いが、もしかすると、発生させる方法や放出させるエネルギー、はたまた根源から全く別なものなのでは無いか。

 フェリアやザフィラスさんが魔法を使用するとき、どのようにして発動しているのか聞いたことは無いが、俺が元世界でじーさんに教わった方法とは違うのだろうか。


 俺が魔術を使用するときは、発動させたい(ビジョン)を頭の中に思い浮かべ、体内を巡るエネルギーを魔力に変換してから、身体の末端部分などから放出するのだ。

 要は波○法みたいな感じだろうか。

 そのため、治癒魔術や召喚魔術、転移魔術のような地球に存在しないオカルトを思い描くことができず。

 時間も無かったために、俺はそのような便利な補助魔術を身につけることができなかったのだが――。


「ご主人様? もう家に着きましたよ」


 下を向いて考え事をしていたせいか、気がつけば俺は家の前までたどり着いていた。

 しかもさっさと早足で歩んでしまったために、荷物や報酬などは全てフェリアに持たせたままだった。

 ああ、悪いことをしてしまったな。


「ご主人様」


 フェリアから荷物を受け取り、家の鍵を開けるのを待っていると、突如体躯の全面にフェリアの温もりを感じた。

 背中に腕をまわし、胸板に顔を押し付けて幸せそうに頬を緩めている。


「ご主人様、大好きです」


 こたつに入ったネコのように安心しきった表情で、とろけるように甘ったるい声音を漏らす。

 押し当てられた胸からトクトクと大人しい鼓動が伝達され、ふんわりとした甘美な香りが鼻腔をくすぐる。

 身体の全面に女性らしい魅力的な起伏を感じ、さらに愛する少女の香りが漂う。


 いかん、限界だ。

 劣情や汚らしい情欲にまみれた感情では無く、目の前で自分を求める女性を受け入れたい、という男性の本能である。

 身体の一部が恥ずかしいくらいハンノーしているが、別にこれは溜まっているからとかそういうのでは無く、生物学的に避けては通れない生まれ持った本能なのだ。


「フェリア、とりあえず中に入ろう。後でまた、精一杯甘えて良いから」

「……はい、ご主人様」


 そう言って不満げにドアを開けると。

 散らかった部屋を見たフェリアは血相を変え、大急ぎで午前中の仕事を片付け始めた。



 ---



「はぅ……。ご主人様の魅力にやられてお仕事を放棄してしまうなど、見習いメイドとして失格です……」


 洗濯などの時間がかかる家事はともかく、フェリアは物凄い勢いで今日の分のお仕事をテキパキと片付けた。

 掃除や洗い物などの簡単な部分は俺も手伝ったのだが、逆にそれがフェリアにとっては不名誉なことだったらしく、夕餉を作りながらも、ずっと溜息ばかりをこぼしていた。

 だが味は普段と比べて全く劣らず。

 フェリアが作った夕餉は、思わず頬を緩めてしまうほどに美味しくいただいた。

 今晩はフェリア自身も美味しくいただけると思うと――いかん、顔がニヤける。


 今現在俺はフェリアと向き合って手料理に舌鼓を打っているのだが、彼女はあまり俺のニヤけ面を快く思っていないらしい。

 前にもフェリアの可愛さに見とれ、思わず盛大にニヤケたことがあったのだが。

 フェリアは箸を置いてじっと俺を見つめた後、『あの……。何か変なものでも入ってましたか?』と、酷く怯えた表情で心配そうに訊かれたのだ。

 それ以来、できる限りフェリアの前ではニヤけないようにしている。

 せっかくデレてくれたというのに、これでもし冷められたら、俺はもう生きていけない。

 おお、マイエンジェルよ。


 慎ましく料理を口に含むフェリアを眺めていると、不意に彼女が顔を上げて心配そうな面持ちで俺のことを見つめた。


「……ご主人様、何か変なものでも入っていましたか?」


 いきなりトラウマがフラッシュバック!

 何故だ。まさか俺、今無意識にニヤけてたのか?

 ヤバい、せっかくフェリアの(ハート)を射止めたと言うのに、また振り出しに戻ってしまうのか――。


「……その、あまりお食事の手が進んで無いように思われましたので」


 はたと気がつくと、確かに手が止まっていた。

 これはいけない。せっかく真心と愛情を込めて温かい手料理を作ってくれていると言うのに、冷めてしまっては相手に失礼だ。


「はい、あーんですよ」


 料理に手を伸ばそうと箸を取ろうとした刹那、純銀のスプーンに乗せられたスープが顔の前に差し出された。

 思わず視線を送ると、耳まで真っ赤に染め上げたフェリアが、俺の顔をじっと見つめながらスプーンを差し出している。

 見ている方まで恥ずかしくなってしまいそうなほどに顔を紅潮させ、思わず見とれてしまった俺の口端に、フェリアはグイグイとスプーンを押し付ける。


「食べかけのスプーンで申し訳ありませんが、ご主人様には温かい内に食べてもらいたくて……」


 スプーンを押し付けたまま、すっと顔を背ける。

 確かに言われてみれば、スプーンの端が多少湿っているような――。


「――!」


 温もりと湿り気のためか、押し付けられたスプーンが唇を滑り、口腔内へと押し込まれた。

 若干戸惑いながらも、よく味わって喉を鳴らして飲み込む。

 うん、美味しい。

 フェリアの手料理の味と、フェリア自身の味がする。

 色々な部分が元気になる味だ。


「ご主人様、美味しいですか?」


 俺は口に残ったフェリアの味の方を何度も堪能し、無言のまま静かに頷いた。

 フェリアはそれからも何口か、俺に手料理を食べさせてくれたが、それ以降口に含まれたスプーンからは、残念ながら甘美なフェリア風味を味わうことはできなかった。



 ---



 フェリアはここ二日分の勉強が残っていたため、今晩の入浴は一人ずつということになった。

 フェリアには、先に入るよう促されたが、俺は入浴から就寝の間に用事が無いため、多忙であるフェリアに先に入ってもらった。


 ホワイトブリムを付けず、寝具用のエプロンドレスに身を包んだフェリアは、妖艶な湯気を振りまきながら、色っぽく頬を染めて廊下をすれ違っていったのだが。

 石鹸や何やらの甘い香りが漂い、俺はまたしても前かがみになって歩かなければならなくなってしまった。



 さて、

 期待に膨らんだ下腹部を見つめ、高ぶった鼓動を抑えながら俺は溜息のような吐息を漏らす。

 身につけた衣服を脱ぎ捨て、真っ白な湯気が漂う浴室へと闖入したのだが。

 浴室の扉を開けた刹那、先ほどすれ違った時に香った匂いが、浴室中を盛大に彩っていた。

 少し呼吸をするだけで甘美な香りが吸収され、妙に扇情的な気分になる。


「生殺しだ……」


 フェリアに先に風呂へと入るよう勧めたのは俺だ。

 だから責めるとすれば自分を責めることになるのだが、ここまでは予想していなかった。


 むわりと漂う温かい湯気。

 ふんわりと俺の体躯を包み込むフェリアの香り。

 ついさっきまでフェリアがこの場で、無防備に鼻歌など歌いながら、あの美麗な髪や繊細な素肌を洗っていたかと思うと――。


「く、くっ……。だが我慢だ。絶対にしてはならない」


 どうにもこうにも、このような空間に一人でいるのだから、自分の手で賢者になりたくなる衝動に駆られるのだが。

 それは絶対にいけない。

 確実に後でその行動を悔やむであろう。

 今日は俺にとって特別な日なのだ。

 フェリアと出会って、その美貌と正義のヒーローのような救出劇のために一目惚れをして、ザフィラスさんにフェリアの好みを訊いて、情報収集をして。

 毎日必死に剣術の訓練をして、ボロ雑巾のように満身創痍になって帰宅。

 毎晩毎晩フェリアに身も心も慰められ、彼女への想いは毎日のように降り積もるばかり。

 フェリアのことを忘れたときなどひと時も無い。


 初めて会った夜、俺は一つの決意をした。

 見習いメイドの勉強を兼ねたお仕事として、毎晩の洗体やご奉仕はできる限り行ってもらう。

 だが、それ以上のことは、お互いの気持ちが重なり合ってからしたい。

 お仕事上での関係は持ちたくない。

 一度でもそれを行うと、きっとそれ以上の関係を持つことはできない。

 そう思って、恐怖していた。

 いつか離れていってしまうのではないか。

 愛想を尽かされてしまうのではないか。

 朝起きてから寝るまで、俺はフェリアを想ってここまで過ごしてきた。

 それが、今日になってやっと実を結んだのだ。


 ――フェリアなら、きっと、俺を拒まないでくれると思う。


 そう心に言い聞かせると、俺は普段より念入りに身体の汚れを落としてから浴槽へと身を沈めた。



 ---



 目眩を起こしそうなほどに期待に胸を膨らませながら、俺は千鳥足になりながらも、壁に手を這わせて自室へと足を運んだ。

 フェリアは普段通り、俺のベッドの中で添い寝とご奉仕の準備をしてくれているはずである。

 『温めておきました』などと、天使の誘惑のように蠱惑的な声音で発し、俺をフェリアの温もり溢れるベッドへと迎え入れてくれる。


 フェリアの夕方の行動を見た感じだと、多分相当デレている。

 ずっとくっついていて、人けの無い場所では指を絡めてくる。

 仮に違ったとしても、勘違いしても許されるほどの行動だ。

 あれだけペッタリ密着されて、首筋をペロペロ舐められて、勘違いしないとか。

 鈍感の極みである朴念仁か、色恋沙汰に興味を示さない益荒男くらいだろう。

 普通の人間なら無理だ。

 とくに俺は、フェリアのことしか考えていなかったんだからな。


 ――などと、今までの思い出に感慨深く浸っていると、いつの間にか自室の前までたどり着いていた。

 身体はもう準備万端だが、いざ入ろうとなると、非常に足が竦む。

 舌や喉が砂漠のように渇き、鳥肌が収まらない。

 大丈夫だ、落ち着け。

 普段行っているご奉仕と、少しばかり場所が違うだけじゃないか。



 扉を開け、自室へと闖入した刹那、エプロンドレスの妖精が俺に向かって飛びついてきた。

 甘えるように顔を擦り寄せ、繊細かつ華奢な体躯を精一杯ギュッと密着させてくる。

 サラサラと煙る闇色の髪からは、ふんわりとした甘美な香りが漂い、俺の鼻先を蠱惑的にくすぐった。


「フェリア」

「承知しております、ご奉仕ですね。ご主人様ったら、凄く期待しているみたいで、わたしとしてはとっても嬉しいです――」


 フェリアの言葉が言い終わるか否か、俺はフェリアを颯爽とお姫様抱っこをしてベッドまで運ぶと、眠り姫を移動させるように丁寧な動作で布団の上へと寝転がせる。

 突如抱え上げられたことにびっくりしたのか、フェリアは鳶色の瞳を小動物のようにクリクリと見開いて、俺の顔を凝視している。

 む、すまない。少し驚かせてしまったか。


「あの、ご主人様」

「フェリア、ご主人様からの命令だ」


 フェリアの顔には困惑や戸惑いの色が浮かんでいるが、大丈夫、怯えられたり、嫌悪感は起こされていないようだ。

 俺は深く深呼吸をして、フェリアの双眸を真っ直ぐに見つめる。


「今晩だけで良い。俺を、キンジと――いや、フェリアの主では無く、一人の男として接してくれないか?」


 フェリアは俺の顔を穴があくほど見つめ、若干戸惑いの色を濃くして、確かめるように言葉を紡いだ。


「……それは、えっと。ご主人様では無くて、好きな男の子として、ですか?」


 聞きたかった言葉を耳にすることができて、思わず総身を戦慄させる。

 好きな男の子。俺がフェリアの口から一番聞きたかった言葉だ。


「……そうだ」

「分かった、キンジ」


 どこまで分かってくれたのだろうか。

 今までの従順かつ献身的な表情を崩して、「やっぱりいいわ」とか言ったりしないよな――おろ?


 フェリアは顔を手で覆い、顔を左右に揺らし始めた。

 あれ、もしかして泣かれたか。

 ヤバい。流石にそれは突っ込んだお願いすぎたかな、でも。


「ふにゃぁ……。名前呼び捨てとか、恥ずかしくて死にそう」


 顔を上気させ、脱力しきった様子で俺の顔をじっと見据える。

 普段の堅苦しい敬語では無く、普通の恋人同士が語らうような砕けた言葉。


 ベッドに広がる闇色の髪を見て、俺はその端を手ですくって滑らせる。

 忠誠心やら何やらの“お仕事モード”では無く、本心からなる言葉だと実感する。

 俺はフェリアの両手首を掴んで押し倒すと、フェリアは頬を染めて、天使のように愛らしくはにかんだ。


「……何だか、ドキドキするね」


 その直接心を撫でるような、甘えるような声音が耳を通り抜けた刹那。

 一瞬総身を戦慄させた後、俺は理性を失った獣と化した。

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