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元勇者のご主人様  作者: 山科碧葵
第一章
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第十二話 剣術稽古の成果

 視界を遮るものなど存在しない、広大な草原。

 青々と茂った草が足をくすぐるが、長ズボンを履いているので戦闘に支障はない。

 カマキリ貴族は動きにくそうなベストとズボンを身に付け、紫紺に煌く宝石の付いたロッドを手にした。

 どうやら専門職業は魔術師らしい。


 俺はザフィラスさんとの稽古を思い出す。

 相手が魔術師の場合、自身の魔術を過信して攻撃範囲に突っ込むと危険である。

 遠距離での魔法の撃ち合いになると、魔法専門の魔術師と比べて魔法剣士の方がやや不得手。

 そのため、相手が撃った魔法を俺の魔術で相殺して、魔術で牽制しながら肉薄し、懐に突っ込む。


 よし、イメージトレーニングは完璧だ。

 あとは、明らかな殺意を込められた攻撃を受けながらも、練習通り立ち回れるかどうかだな。


「ご主人様、連れて参りました」


 戦意を掻き立てる、天使のように愛らしい声音がした方へ振り返ると、フェリアの背後に二人のギルドナイトが佇んでいた。

 民衆の喧嘩や闘争を見守り、危険な状況に陥ったところで仲裁する、スポーツで言うところの“審判”のようなものである。


 そうだ。これは喧嘩の延長戦や殺し合いでは無いのだ。

 はっきりとした“ルール”というものは存在しないが、審判も二人存在し、観客もいる一種の競技である。

 互いに己の力をぶつけ合うという、双方の意思を汲んだ勝負。

 敗北したからといって、何も生命を奪われるわけでは無い。

 ――だからといって、負けるわけにはいかないのだが。


「……さて、オイラの準備は調ったでヤンスよ」


 明らかに動きにくそうなベストやスーツ、おまけにマントに身を包んだカマキリは、ロッドを高々と上げ、その裂傷のように細い目をさらに細めた。

 目を開いているのか閉じてるのか、パッと見では分からないな。


「俺ももう戦えるぞ」


 左手には“勇気の加護”を与えられた愛剣を持ち、準備運動と称して右腕には魔力を蓄積させておいた。

 相手がどう出るか分からない場合、まずは先手を取ることが重要だ。


「では、始めてください」


 ギルドナイトがそう発した刹那、俺は右腕を突き出し、土魔術を発動させた。


「――沈め」


 地上が一瞬紫紺の輝きを放った後。

 草原がドロドロと湧き上がり、土壌が田んぼのように泥濘んだ。

 相手は魔術師だから、足止めにはならないだろうが――。


「何だ、何が起こっているでヤンスか?」


 マグマで熱さられた血の池のように、ボコボコと湧き上がる土壌に気を取られている隙に、俺は剣を掲げて突進する。

 相手が魔術師であれば、接近すればするほど有利だ。

 いつでも魔術を撃ち込めるように、右腕は臨戦形態を保ったまま、愛剣を振りかざしてカマキリ貴族へと風のように疾走する。


「む、気をとられていたでヤンス」


 カマキリは不意に顔を上げると、紫紺に煌くロッドを天に掲げ、何やら長ったらしい詠唱を早口でまくし立てると。

 彼を中心に、藍色の旋風が天に向かって逆巻いた。


 刹那、暗雲が立ち込め、薄紫色に輝く魔弾が何弾も天から降り注いだ。

 隕石のように豪快な速度で落下しては、地上に激突する。

 視界を塞ぐ閃光に伴い耳を劈くような破裂音が響く。

 大地を揺動させ、泥濘んだ土壌を駆け抜けていた俺は腰からバランスを崩し、その場で立ち止まる。


 瞬間、横殴りに暴風を受け、俺は泥濘んだ土壌を滑って情けなくもすっ転がった。

 痛烈な平手打ちを食らったような錯覚を味わい、一瞬意識が飛びかける。

 地面を柔らかくしておいたので、身体に怪我をすることは無かったが。

 自分で張った罠に、自らが足を取られてしまった。不覚。

 ――ヤバい。相手の流れに入ってしまった。


「ほっほぅ。衝撃波だけで飛ばされるとは、何とお間抜けなことでヤンスか」


 言いながらも、天から降り注ぐ魔弾によって、戦場に閃光と暴風が撒き散らされる。


 風がぶつかり、光が切り裂き、音が舞う。

 閃光、爆音、爆風が同時に発生され、次々俺に向かって襲いかかってくる。

 発生するタイミングは同時だが、光は音より速く音は風より早いために、若干ズレて到達するため、休まる暇をひと時も与えない。

 俺は剣術で魔法による反動を捌きながら、右手で強固な岩石を生成し、風よりも速くカマキリの顔面へと撃ち込んだ。


「トロいでヤンス」


 投石された岩砲は紫紺のロッドによって相殺し、かき消された。

 どうやら、ロッドの先から魔法を繰り出して岩石を粉砕したらしい。

 なるほど、ロッドが強いだけでカマキリ本人は大したことが無いと見た。


 降り注ぐ連撃を躱しながら、俺はカマキリの眼前へと突っ込んだ。

 一閃。“勇気の加護”を与えられし俺の愛剣を袈裟懸けに振り下ろし、カマキリが握り締めたロッドを弾き飛ばした。

 ロッドから伝達された容赦ない打撃反動のために、カマキリ貴族の握りこぶしが痙攣する。

 俺はそのまま流れるような動作で、魔力を込めた右手を彼の胸元へと向けた。

 降伏する時間も与えずに、無情にもトドメを刺す、などと言ったことは許されない。

 一応これは、殺し合いでは無くルールに則った喧嘩らしいからな。


 武器を弾き、いつでも胸元に魔術を撃ち込める状況を作り上げたところで、俺はカマキリの顔を睨みつけた。

 さぞ悔しいだろう。

 これだけの魔法力だ。もしかすると、これまでも敗北感を味わったことは無いのではないか。

 未だニヤついたカマキリから目を逸らし、彼の執事へと視線を送った。

 執事さんは苦々しい面持ちで目を背けており、小さく肩をすくめていた。


 ――なるほど、してやられるところだった。


 彼の言い方から、毎度毎度このような状況になっては喧嘩をして、その都度敗北して泣き寝入りしているのだと思ったが。

 全くもってそんなことは無い。

 今までそうやって、力と権力で自分のワガママを捩じ込んできたのだ。


 俺は眼前にて行動を停止させたカマキリを一瞥し、深く深呼吸をしてから言葉を紡いだ。


「さて、勝敗はほぼ決まったようだけど。降伏しますか?」

「オイラはまだ負けて無いでヤンス」


 ……往生際の悪い。

 胸元に最高威力の雷魔術でも撃ち込まれてみろよ。一瞬で心肺停止してショック死するぞ。

 ――あ、そうか。最初に土魔術を使ったから、俺は土魔術しか使えないと思っているのか。

 そういえばこの世界では、属性魔術を多数使用できる人はごく少数だからな。


 しかし、このまま見つめ合ってても終わらないしな。

 だからと言って、流石にこの剣をカマキリに突き立てるわけにもいかないし。


「どうするでヤンスか? 土魔法しか使えない人間に、トドメを刺せるでヤンスか」


 仕方ない。温厚な俺だって、我慢の限界があるのだ。

 これ以上フェリアの前でバカにされて、黙っていられるか。

 まぁ、流石に雷魔術とか使ってショック死されても困るから、炎魔術で火傷でも負わせるか。


 胸元に当てた手から炎魔術を使用し、カマキリ貴族の胸元へと魔力による熱を与える。

 手のひらが熱を持ち、ジリジリと焦げたような香りが空間に漂い始め――。


「な、何故炎魔法を使えるでヤンスか!」


 そんな悲痛の叫び声が放たれた刹那、カマキリが着込んだベストは一瞬にして消し炭となった。

 驚愕に目を見開いたカマキリに冷たい視線を送りながら、俺は土魔術を使用して土壌を泥濘ませる。

 ズブズブと音を立てながら、カマキリ貴族の体躯が地中へと埋もれていく。


 喚きながらも抵抗する術は無く。

 下半身を地中へと埋められた末、カマキリ貴族は発情した猿のようにキーキー叫びながらも、最終的には白ハタを揚げた。

 

「勝負あったようですね。お疲れ様です」


 ギルドナイトの兄ちゃんはフェリアと何かしらの手続きを行い、次いでカマキリの執事へと歩み寄り、『禍根や恨みを持ち込まないように』などの諸注意を告げていた。


 やはり禍根を完璧に取り除くことは不可能なのだろう。

 また同じ相手同士が出会い、ギルドナイトの仲裁無しで暴動を起こした場合、などの厳格な注意事項らしい。

 俺に関してのことはフェリアが聞いたようだが、彼女の表情を見た様子だと、とくに問題は起こらなかったようだ。


「ご主人様ぁ!」


 聴き心地の良いその声音に、他の方向に気を取られていた意識を連れ戻されると。

 突如体躯の全面に、柔らかく安心感のある温もりを感じさせた。

 何度も感じたその感触。

 女の子特有の起状を押し当てられ、野外だと言うのに色々な箇所が高ぶってしまったではないか。


「きゃはっ! ご主人様、凄く格好良かったです。あんな大きな爆撃を弾きながら――しかもしかも、土魔法だけじゃなく、炎魔法まで使えてしかも剣術まで! ……ご主人様ぁ」


 精一杯褒めてくれた後で、ちょっぴり甘えた声で俺の中耳腔を震わせる。


「今日のご奉仕は、いつもよりちょっと頑張らさせてください」


 身体を抱きしめながら、耳元でこっそりと囁かれた。

 その鈴の音のように愛らしい声音に、思わず総身がピクンと反応する。

 ふふふ。二種類だけ、というのもそろそろ飽きてきたころだ。

 新しいご奉仕か、何だろう、楽しみだな。

 謙虚なことを言えば、フェリアと毎日一緒に入浴して添い寝してもらえるだけで、俺は凄く幸せなのだがね。



 ---



 その夜。

 フェリアは浴槽内で、ずっと俺の身体を抱きしめていた。

 首筋から肩にかけて温かい舌やプルッとした唇を念入りに這わせ、甘い吐息を漏らしながら繊細な体躯を押し当ててくる。

 これだけでも謙虚な俺は十分満足だったのだが、フェリアの特別なご奉仕は添い寝まで続くらしい。


 ベッドに横になり期待に胸を膨らませていると、フェリアはエプロンドレスを首元まで捲りあげ、俺の下腹部に向かって盛大にダイブした。

 普段通りスースーするような開放感を覚え、全身の力を抜いた刹那、普段上半身で感じているフェリアの温もりを直に押し当てられる。


 この魅力的な感触と、夢のような体温――もしかして。

 あれか、漫画とか画像でしか見たことの無い、これは伝説の――異世界にもあったのか!

 想像するだけで胸が高鳴る。

 確かにこれこそ、最高のご奉仕ではないか。


「ご主人様……。わたしのおっぱいで、幸せになってください」


 今晩のフェリアによるご奉仕は、普段よりも若干早く終了した。

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