間話 ゴブリン森のダークエルフ
ギルドに名前を登録して数日の後。
ザフィラスさんとの剣術稽古が半分程度終了したところで、ギルドナイトから俺に呼び出しを伝令された。
どうやら突如森林や高原にゴブリンの大群が出現したらしく、手が空いている登録冒険者は至急冒険者ギルドへ足を運ぶように、とのことである。
ザフィラスさんに話を聞いたところ、今現在、丁度ゴブリンの繁殖期から数ヶ月経っており、成長したゴブリンの子供が一斉に住処から森林へと出てくるらしい。
ゴブリンは意外と他種族から襲われることも多く、害虫ならぬ害獣として人々からも険悪の対象として見られるために、非常に繁殖数が多いのだとか。
弱い生物や生命の危険に晒されやすい生物は、一度の発情期に出産される子供の数が多く、さらにゴブリン自体の生命力は高いために、住処から一歩も出ない、いわゆる成長期の間に一気に増加するらしい。
放置しておくと、エルフなどの弱小種族を襲ったり、薬草や果実を食い荒らしたり、畑や民家を漁ったりするため、時偶こうして登録冒険者を駆り出して掃討作戦を開催するらしい。
話に聞いたところ、この依頼は国からの依頼なため報酬は通常より高く、資金稼ぎには割と便利な依頼だという。
将来的にフェリアを雇うであろう俺としては、稼げるときにできるだけ稼いでおきたい。
今はフェリアのすねをかじって生活をしているが、いつかは独立しなければならない。
そのためにも、今回の依頼は迷わず受注することが賢明だろう。
さて、
――というわけで、俺はザフィラスさんにその旨を伝えてギルドへと赴いた。
別の依頼を受注していたり、ゴブリン討伐をするだけのレベルに達していない登録冒険者を除いた全ての方々に受注の権利があるらしい。
暫しの間、他の冒険者たちとともに黙って突っ立っていると、ギルドマスターらしきエルフの老人が現れ、依頼達成基準や討伐の目的などを長々と演説のように語りだした。
校長先生のお話、が可愛らしく感じるほどに長ったらしくつまらないお話だったが。
知らない情報が出ると困るため、眠気を堪えて俺は必死に耳を傾けた。
ゴブリン討伐の証は耳や目では無く、鼻らしい。
理由は一体に一つしか無いから、という実に単純な理由だった。
そして、死体は焼却して、元の姿かたちを確認できないようにするとも伝達された。
血肉をそのままにしておくと、他の魔物が近寄ってきて面倒なことになるらしい。
炎魔法や雷魔法を使用できない冒険者は、傍にいる冒険者と協力して討伐すること、とのことだ。
俺は炎魔術も雷魔術も使用できるので、何の問題も無い。
最後に腰に付ける皮袋を支給され、ようやく出発する許可が下りた。
午前中昼飯を食っている最中に呼び出され、出撃は午後だと言うのだから、多分言うほど緊急な依頼では無いのだろう。
もしかすると、明日や明後日も呼び出されたりするのだろうか。
面倒だな。
実践も勉強になるから、冒険者ギルドでの依頼を受けることに関して、ザフィラスさんは嫌な顔をしなかったが。
流石に数日間顔を見せなければ、顔には出さずともあまり良い気持ちはしないだろう。
ノルマなどは決められていないようだし、さっさと終わらせてさっさと帰ろう。
今晩のご奉仕も楽しみだし。
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あまり大勢で囲むと、気配を察知してゴブリンに逃げられるので、四方八方別々の方向から闖入する。
中には少年や少女のパーティなども存在し、剣を持った少年二人と初心者魔術師用のロッドを持った少女一人というパーティともすれ違った。
辺りを見渡したが、純粋な“魔法剣士”はあまり見かけない。
時折すれ違うと、嬉しそうに声をかけられ、他愛も無い世間話や、ゴブリンの目撃情報を交換し合う程度だ。
そして大抵、魔法剣士は一人で行動している。
そのことに関して、すれ違った女魔法剣士に問いたところ。
斬撃と魔法が使用できる、魔法剣士という職業は、こういう単純な作業依頼では一人で行ったほうが報酬の割合が良いらしい。
それを聞いて少し安心した。
まさかこの世界では魔法剣士とはあまり需要が無く、誰からも必要とされないのかと思って、若干不安に苛まれていたのだ。
ちなみに難関依頼でも魔法剣士は結構優遇されており、異性パーティから誘われると、お姫様や王子様のように扱われて、結構楽しいらしい。
剣士と魔術師を二人取り込むより、報酬を山分けにしたとき、魔法剣士一人の方が一人一人の取り分が多くなるからとかなんとか。
そのため難関緊急依頼が張り出された時に、自分からパーティを募集せずに暫く粘っていると、男性魔法剣士の傍に可愛らしい女の子がたくさん寄ってきては、色仕掛けをしながら積極的にパーティへと誘ってくるらしい。
優先的に治癒魔法をかけてくれたり、異常な程優しく接してくれるため、楽しく依頼をこなすことができるとか。
表面上のハーレムを楽しみたいのであれば、一考の価値はある、と冗談めかして教示してくれた。
あくまでも、“表面上のお付き合い”ではあるが。
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他者と多くすれ違う道を歩んでも、生存したゴブリンと出会うはずが無いので、俺はなるべく人のいない方向へと足を伸ばし、時折出現するゴブリンを袈裟懸けに斬り、殺傷していた。
紙で指を切ったかのようにパックリと胸元が開き、深紅の鮮血とともに澱んだ赤紫色をした臓物が地面へとこぼれ落ちる。
ついでに鼻先を断裁して吹っ飛ばした刹那、むせ返るような死臭や血の臭いが充満する前に炎魔術で消し炭にして踏み潰す。
この世界の冒険者はしないようだが、一応手を合わせて合掌。
こうでもしないと、妙に夢見が悪い。
そして吹っ飛ばした鼻先を拾い、皮袋に詰めて歩を進める。
時折ガサガサと音がする茂みを覗くと、地球で言うところの西洋人のように美麗なエルフがお楽しみをしており、気まずい雰囲気になってしまうこともあったが。
ゴブリンも鼻が良く、好き者なのか。
お盛んなエルフがいる茂みの傍をうろついていると、出歯亀ゴブリンが勝手に現れてくれるので、覗いているところを背後からバッサリやることができた。
探す手間が省けて俺としては好都合なのだが、その度にお盛んなエルフの少年に、まるで親の敵を見つけたように冷徹な双眸で睨まれる。
覗きを排除してるんだから、少しくらい大目にみてもらってもいいと思うんだけ
ど、そうはいかないらしい。
確かに、男女の香りを死臭で台無しにしていることに関しては、本当に申し訳無いとは思っているが。
そうやって、エルフが奏でる甘ったるい嬌声を聞きながら、俺は無駄に動きまわること無く着々とゴブリンの鼻を収拾した。
一つ目の皮袋はいっぱいになり、二つ目も半分以上溜まってきた。
覗きに来るゴブリンも数が減ってきたため、俺はそそくさとその場から退散する。
俺はそう言った行動を覗くような趣味は無いのだ。
――嬌声を聴くのは、中々良かったけど。
暫くそんな場所にいたからか、頭の中を先ほど聴いた甘い嬌声が巡り、妙な気分になってくる。
こんな状況でもし弱ったダークエルフなんかと出会ったら、色々な意味でヤバイかもしれない。
早く帰ってフェリアにご奉仕してもらおう。
などと考えながら皮袋を揺らして森林を駆けていると、不意に褐色肌の少女が視界に飛び込んできた。
「うぅぅ……」
あまり肉付きの良くない体躯に腰布一枚を纏い、うつ伏せになって雑草が生い茂った地面を這っている。
少し進むとブカブカな腰布が太ももの辺りまでずり落ち、暫しの間妙な声を上げてから、手を伸ばして腰布を引き上げる。
きっと地面と擦れて変な気分になってしまうんだろうな。
「えっと、大丈夫か?」
「うぁぁ……」
短めな銀髪をボサボサにしながら、健康的な肌をしたダークエルフは、ゴロンと転がって仰向けになった。
惜しげも無く晒された平らな胸板に、一瞬思わずギョッとしたが、腰布一枚で徘徊している時点でこのダークエルフは男の子だろう。
それにしては口元とか鼻先が端整だが、多分エルフという種族はそんなものだったはずだ。
さっきのエルフ少年も、顔だけ見たら女か男か分からなかったし。
「お腹空いたよぉ……」
空腹を伝える音が奏でられ、ダークエルフはひもじそうに、これまた真っ平らな腹を撫でる。
ダークエルフと言うと、冒険者から精力を奪ったり、悪い冒険者から襲われたりする、健康的かついかがわしいイメージが強いのだが。
さしものダークエルフでも、空腹が限界まで到達すると、これほどまでに無残な姿へと変貌してしまうのか。
俺はポケットから携帯を取り出して時刻を確認する。
十分ゴブリンの鼻は集めたし、多少別のことに時間を割いても問題無いだろう。
「そうだな、俺が何か木の実とか果実を採ってきてやるから、ちょっとここで待っててくれ――」
言い終わるか否か、ダークエルフの繊細な手で、俺の脚をギュッと掴まれた。
空腹で今にも死にそうな状態なのに、何でこんな掴む力があるんだ。
痛い、下手すると血が止まる!
「連れてって、置いてかないで。食べ物を探して歩いてたら、ゴブリンの少年たちに襲われて、こんなになるまで遊ばれたんだよぅ……」
透き通るような碧色の瞳に真珠のような涙を浮かべ、口をへの字に曲げて上目遣いをして俺の顔を見つめる。
なるほど。
腹が減って食物を探していたら、成長期を終えたゴブリンが森林に現れて、弱っていたダークエルフを襲ったってわけか。
しかし、ゴブリンの性欲も凄いんだな。
確かに女の子みたいな顔立ちをしてるし、繊細かつ華奢な体躯はしているが。
普通股の間に自分たちと同じものがぶら下がってたら、手を出すことに戸惑いを感じないか?
それともゴブリンとは、男女問わず自らの欲望を込めて未開の地へと突撃するのだろうか。
それか女性ゴブリンに襲われて吸い取られたとか――だとしたら、うらやまけしからん。
――って、それでも十分事件か。
こんな純粋な少年ダークエルフを襲うなんて、何て卑劣なやつらだ。
先程まで高ぶっていた熱も治まり、俺はダークエルフの少年と顔の高さを揃えて穏やかに微笑む。
どっちみち、このまま放っておくわけにはいかないんだ。
見た感じ軽そうだし、大人しそうだから、連れてってやるか。
「分かったよ。ほら、背中貸すから乗りな、おんぶしてやる」
「ありがとう、冒険者のお兄さん!」
パァっと顔を輝かせ、俺の背中に飛びついた。
飛びついたと同時に腰布がまたずり落ちたらしく、華奢な体躯の全面が背中に押し付けられたのだが――あれ? ぐにっとした柔らかいアレが押し付けられない。
などとどうでも良い違和感を覚えていると。腰布を引き上げ終わったたらしく、ダークエルフは『はやくー』などと言って俺の胸をペシペシと叩き始めた。
「少し揺れるけど、大丈夫か?」
「大丈夫ー……。それより、お腹が」
分かった分かった。と宥め、俺はダークエルフと皮袋をしっかりと抱え、果樹が広がる箇所へと走っていった。
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「わぁー……。こんなにいっぱい」
「好きなだけ食べな。まぁ言っても、俺のものじゃなくて森林のものだから、他の人のことも考えて適量を――」
俺の長ったらしい説明などまるで聞かず、ダークエルフはリンゴのような果実をむしゃむしゃと口に放り込んだ。
よく噛んで咀嚼するなんてことは無く、まるで丸呑みでもするかのように、物凄い勢いで噛み砕いて腹へと流し込む。
シュレッダーみたいだな。
よっぽどお腹が空いていたんだろう。
俺も深紅の果実を一個採って、一応皮を剥いてから一口食べてみる。
口腔内に甘酸っぱい香りが漂い、シャクっとした歯ごたえのある甘美な味わいを楽しめる。
その味を簡単に言うとすれば、リンゴだな。
この世界での名称は知らないが、味も香りもリンゴそのままだ。
「ケフ……。もう食べられないよぅ」
俺が果物一個を精一杯味わって咀嚼している間に、ダークエルフの少年は物理的に腹が膨れるほどその体内に放り込んだらしい。
ペッタンコな胸板に、若干膨らんだお腹。
幸せそうに寝転がるその姿は、まさに幼女、少年の面影は全くもって存在しない。
「なぁ、ダークエルフって皆お前みたいに綺麗な身体してるのか?」
「んみゅ? んんー……僕たちとしてはこれが普通だからよく分かんないけど、そうなのかなぁ?」
脚を目一杯開き、腰布一枚で自身の腕を枕にして仰向けになって転がる。
いちいちの行動が妙に官能的だな。
確かにこんな感じで無防備に寝転がっていたら、妙な気持ちを高ぶらせても仕方がないとも言えるか。
俺はもう一度携帯の時刻を確認する。
あとは帰りに見かけたゴブリンを討伐して帰れば、丁度良い時間に帰宅できるかな。
あぐらをかいて座っていた俺は立ち上がると、まだ寝転がっているダークエルフに向かって一応声をかけた。
「ところで俺はもう行くけど、大丈夫か、帰れるか?」
「んー、僕はもう大丈夫だよ。あ、でもちょっとお礼がしたいな。お兄さんちょっとしゃがんでくれない?」
俺はやっと立ち上がった脚を折り曲げ、その場にかがみ込む。
ダークエルフの少年は若干頬を染めると、一瞬だけ愛らしくウィンクを放ち、俺の頬に向かって唇を宛てがった。
弾けるような淡い感触とともに、若干湿った舌先が頬を優しくなぞる。
何が起こったのかすぐに理解できす、認識した瞬間、俺は驚愕のあまり後方へと飛び退いた。
「待て、今何をした」
「何って……。接吻? キス、口づけって言えば良いかなぁ?」
どうやら何をしたのか理解はしているらしい。
だが何故だ。別に悪い気はしなかったし、ふんわりと甘い香りがしたし。
通常であればどれだけ可愛い風貌をしていても、男の子にそんなことをされたら、総身に鳥肌が走ってどうにもならない嫌悪感を味わうはずなのだが。
不思議とそんな感情は持たない。
「……嫌だった? だったら、えいっ!」
俺の返事も聞かず、ダークエルフは俺に飛びつき、半ば押し倒されるような格好で地面へと倒された。
しゃがみ込み、つま先だけでバランスをとっていたため、抵抗する術も無くダークエルフに乗っかられる。
彼は唯一身に纏っている腰布を指で絡め取って脱ぎ捨てると、俺に跨ったまま腰に手を当てて盛大に胸を張った。
「ダークエルフの地に伝わる、身体の疲れをほぐすマッサージをしてあげます」
「だからって、腰布まで脱ぐ必要な無いだろうが――」
つるぺたな体躯上にて徐々に視線を下ろし、美麗な縦筋を誇るおへそを視界に入れた刹那、俺は大きな勘違いを悟って言葉が出なくなった。
おへその下にあるべく物が存在しない。
代わりに、男の子の身体にあってはならぬものが刻まれている。
違うな、俺は今動揺しているのだ。
男の子なのに無いのではなく、こいつは女の子――少年ではなく少女だったのか。
「――っくぅ」
分かった途端、堪えきれないほどに猛烈な扇情的感情が全身を襲う。
ついでに俺の全身を繊細な手や腕で優しく撫で回され、どうにもこうにもイケナイ心を掻き立てられる。
幼児体型であれば、視覚的に劣情を催すことは無いはず――だが、物理的接触に耐えられるか、と聞かれれば話は別だ。
幼女特有のペタペタしたお手手で全身をくまなくマッサージしていただき、俺は総身を痙攣させながらも、そのお礼を楽しませてもらうことにした。
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冒険者ギルドに戻ると、皮袋に詰めたゴブリンの鼻を達成料と交換してもらう。
何だかさっきから、全身がこそばゆい。
未だにペタペタと触られているような錯覚を味わい、時折ブルリと総身が震える。
時折妙な声が出てしまい、依頼完了者を書き留めている受付嬢から、まるで珍獣でも見つけたかのような何とも言えない視線を向けられる。
いわゆるジト目というやつだが、今は少しだけそれが妙に辛い。
「それでは、今回の報酬になります。また依頼の伝令が向かうかもしれませんが、一度達成していますので、次からの受注は自由です。では、お疲れ様でした」
冒険者ギルドから退出した刹那、俺はペタリと地面に座り込んで盛大に溜息をついた。
幼子に反応してしまったと言う罪悪感と、何とも言えない背徳的感情。
確かにくすぐったくて心地良かったし、嬉しかったけど、幼女で欲望を発散するなど、年齢的には健全な学生である俺としては結構くるものである。
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俺は千鳥足で歩みながら、時折前かがみになって帰宅した。
身体の疲弊はさほど溜まっていないが、精神的な疲労感のために普段通り玄関にてうつ伏せになって倒れこむ。
疲弊の篭った溜息をつきながら、冷たい床板に頬ずりをしていると、ペタペタと慎ましげな足音が奏でられ、フリフリなエプロンドレスに身を包んだフェリアが、小動物のように愛らしい仕草でペコリと腰を折った。
「お帰りなさいませ、ご主人様」
「フェリアぁ……」
自分でも情けないと思える声を喉笛から絞り出し、手を伸ばしてフェリアのスカートを握り締める。
お迎えから夕餉の時間まで身につけているエプリンドレスは、寝具ほどは扇情的で無いものの、普段着や外出着と比べるとスカート丈や胸元の開き具合が若干刺激的である。
さらに、熱い汁物を作っていたのか、頬や額にほんのりと汗が滲み、顔が若干桜色に染まっている。
時折「ふぅ……」と吐息を漏らし、ホワイトブリムをずらして汗を拭っている行動も妙に愛らしい。
本人にそんな気は無いのだろうが、今の俺にとって、今現在のフェリアは艶やかに誘惑行動を起こしているようにしか思えない。
「フェリア、限界。……ここでして?」
仰向けになって甘えると、フェリアは俺の下腹部の方へと視線を向け、ほんのりと頬を桜色に染め上げた。
「ご主人様ったら、毎日仕方ないですね。お夕食前なので、手でいいですか?」
そう言ってテキパキと服を捲ると、汗が滲んで触り心地の良い指先をたっぷり使って、溜め込んでいた全てが天使の手によって解き放たれた。




