第九話 ご奉仕
疲弊を溜め込み、普段通り玄関に倒れ込んだが、フェリアはお出迎えに姿を現さなかった。
何でも、メイドを雇うには貴族と関係のある家名が必要らしく、俺は明日から書類上ではキンジ・ニノミヤ・アリーデヴェルなんて長ったらしい名前になった。
実際は書類上のみの付き合いであり、遺産相続だとかそういう面倒事には巻き込まれないように、相続拒否をした養子、という立場でギルドに名を連ねてくれたらしい。
じゃあそうすれば、フェリアも誰かを雇えるのでは! と閃いたのだが、残念ながら“ニノミヤ”のように元から家名が無い人は、養子になっても雇用権利は生まれないらしい。
何だか難しい理由を並べ立てられたが、よく理解できなかった。
簡潔に纏めると、国で定めた法律で、昔から決まってるからどうしようも無い。
とのことだ。
政治的な話は管轄外なので、頭が痛くなる前に説明はやめてもらった。
ただ一つ理解できたことと言えば。
この世界の戸籍とは、日本で言うそれとは違い、どこの誰の養子かだけをはっきりさせれば良いらしい。
法が厳しいんだか杜撰なのだか、よく分からない世界だ。
「……フェリアぁ。ナデナデシテー」
ガラにもない甘えた声を出してみたが、フェリアの足音は聞こえない。
リビングの方から食欲をそそる甘辛い香りが漂い、腹の虫が泣き喚く。
手が離せない、難しい料理をしているのだろうか。
まあ今日は、そのレトナお嬢様にお願いをしたり、ギルド(冒険者ギルドでは無く、役所のような場所)に書類提出をしたりで、満身創痍では無いので、動くことに支障は無いのだが。
毎日してもらっていた、お帰りなさいの頭ナデナデが無いのはちょっぴり寂しいな、と思ってみたり。
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夕食中も、フェリアは静かだったが落ち着きが無かった。
何かしらそわそわしているように、総身を揺らしたり、時折虚空を見つめて人差し指で唇をなぞってみたり。
パクッ、とか言って、指先を咥えてみたり。
妙に扇情的な気分に陥るのは何故だろうか。
「フェリア……、フェリア!」
「は、はい。何でしょうかご主人様」
ホワイトブリムを調え、姿勢を正して静かに椅子から立ち上がる。
いや、別に用って言うよりは、あれなんだけど。
「フェリア、さっきから手、止まってるよ。せっかく美味しいんだから、温かいうちに食べよう?」
「は、はい。……いただきます」
今晩三度目の食事開始の挨拶をして、慎ましげに手のひらを合わせる。
それでも何口か料理を口腔内へと運ぶと、また虚空を見つめてパクパクと口を開いたり閉じたりする。
どうしても口元に視線が行ってしまう。
スプーンを口に含み、喉を鳴らしながら咀嚼して飲み込む。
甘い吐息を漏らしながらスプーンを抜き取ると、艶めかしい糸が若干引いたように見えた。
いけない、いけないぞ。
心身ともに疲弊が溜まって全身がガタガタだと言うのに、妙に扇情的な気分に苛まれて、身体が元気になってきた。
だが愛するメイドさんの手料理による食事中なので、落ち着かせるためとは言え、深呼吸をしたり不快なことを考えるわけにもいかず。
下腹部が異様な熱をもったまま、俺はフェリアが作ったよく分からない食材による、肉じゃがのような料理を心から味わった。
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入浴中もフェリアはずっと虚空を見つめ、時折口を開いたり閉じたりしていた。
俺が浴槽に浸かっている間も、指先を洗っては口に含み、多少湿らせてからもう一度洗う――という行動を繰り返し、遠い目をして吐息を漏らす。
「学園で、何かあったのか?」
どうもフェリアが気疲れを感じているように思い、俺は堪らず疑問を口にしたのだが。
フェリアは玲瓏な笑みを見せ、小さく首を左右に振って『大丈夫です』と口の中で呟いた。
あまりプライバシーを侵害するような突っ込んだ問いかけはしたくないが、添い寝中もこの様子だったらもう一度だけ聞いてみよう。
フェリアがこう溜息ばかり吐いていると、俺まで心の中がモヤモヤとしてくる。
眠気覚ましに、俺は浴槽のお湯で顔を洗っておく。
どうせご奉仕が済めば、何とも言えない開放感と心地よさによって即座に夢の世界へと旅立つのだが。
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髪を乾かし、廊下を歩んで自室に戻り布団を捲る。
普段と変わらず、布団の中では丸まったフェリアが流し目のような視線を向けながら、甘ったるい吐息を漏らしていた。
身体を軽く揺すり、軽く誘っているようにも見える。
数日間に一回、ご奉仕に関する授業の時間があるようなので、何かしら新しい誘惑方法でも習ったのだろうか。
だが今の俺の精神テンションは夕食時から変わらず高揚しているので、フェリア
の誘惑は関係無い。
さて、今日もフェリアを抱きしめて、繊細かつ肉付きの良いお手手でご奉仕を――。
「ご主人様」
胸の中にふんわりとフェリアの香りが漂い、気分も最高にノってきたところで、
不意にフェリアの手によって肩を掴まれた。
息を弾ませ、そのまま体重をかけて身体を動かすと、顔と顔とが向かい合う。
顔をほんのり赤らめ、息を荒げたフェリアの顔を目の当たりにして思わずドギマギする。
そういえば、まだキスもしていなかったような気がしてきた。
「ご主人様、その、今日ご奉仕の授業で、新しいことを教示してもらったので……試してみてもよろしいでしょうか?」
毎日フェリアが行っている学園に、男性教師や男子生徒は存在しない。
女性教師と女子生徒と言う、何とも過ごしやすいような過ごしにくいような空間であるため、ご奉仕の実地授業を学園内で行うことはできない。
何でも、“間違い”があると困るため、執事学校にもメイドは入れないらしい。
独占欲の強い貴族様は、どこの世界でもいるものなのだとか。
確かにまぁ、もしフェリアが誰かに無理やりされたりなどしたら、喩えそれが王子様であろうと、乗り込んで下腹部を抉りとってやるが。
「すみません、ずっとそのことが気になって、お出迎えまで忘れてしまって。本当に、不甲斐ないことです」
フェリアは真っ赤になった顔を両手で包み込み、恥ずかしそうに俯く。
そうか、ずっと虚空を見つめてお口をパクパクさせてたのは、今晩のご奉仕を考えていて、心ここにあらずだったのか。
良かった。何か嫌なことがあったり、誰かに何かされたのかと思った。
女の子同士の喧嘩とかいじめは、俺には分からないからな。
しかし、ご奉仕のことを考えてボーっとしちゃうなんて、何だか凄く可愛くてエロい。
一ヶ月毎日同じご奉仕だったし、新しいことって、何をするんだろう。
俺が色々と模索していると、不意にフェリアは布団の中へと全身をうずめ、俺とは上下逆さまな体勢で寝転がった。
寝具のためスカート丈は短いうえソックスも履いてないので、俺の視界には健康的な脚が滑らかに伸びている。
触っても怒られないだろうか。
少しだけ撫でてみよう。
「…………」
子犬の頭を撫でるように、全神経を指先へ集めて、普段はそのエプロンドレスとソックスに隠された太ももを撫でてみる。
肉付きもよく、だが無駄な肉は全く無くてスベスベした触感を味わうことができた。
吸い付いてしまいそうなほど魅力的で、触り心地は実に良好。
膝枕ならぬ、太もも枕なんてのも、幸せな夢を見ることができそうだ。
明らかにくすぐったいであろう触り方をしているのだが、フェリアはとくに気にする様子を見せず、黙々と俺のズボンを脱がしにかかる。
俺は片手間にフェリアの脚を撫でながら、身体の力を抜いてボーっと天井のシミを数えることにした。
しかしどうしたことか、普段であれば何の躊躇もいなくさっさと脱がし、極上の感覚とともに意識が飛ぶのだが。
などと考えながら天井を見つめていると、突如下腹部に未知なる感覚が襲いかかった。
「ん、にゃっ……?」
思わず変な声が漏れる。
俺のキカンボウを包み込む甘ったるい吐息。
温もりが絡みつき、思わず総身を戦慄させる。
視界を塞ぐのは、スカート越しに揺れるフェリアのお尻であり、下腹部に漂う温かい外気が何によるものなのか、考えなくとも理解できる。
「フェ、フェリアっ……?」
「……はぷ」
未知なる感覚に苛まれ、情けない声を上げながら俺は悶えた。
もう何も言うまい……。