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元勇者のご主人様  作者: 山科碧葵
第一章
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プロローグ 始まりの凱旋

 臓物を直接抉られたかのような悲痛の叫び声。

 竜人の剣士が放った斬撃が魔王の体躯を真っ二つに切り裂き、漆黒の闇に包まれたかのように禍々しい雰囲気を醸し出す魔王は、その巨体を支える術も無く、倒壊したビルのように、その場に崩れ落ちた。

 天が崩壊したかと思えるような轟音とともに倒れた魔王は、先程放たれた一撃のため、完全に生命を根絶されたらしく。

 身体の中身が出る。という、実に無残な姿にて、最期を迎えることとなった。


 竜人の剣士は自身の剣を腰に差すと、煙のような鼻息を漏らし、感極まったかその黄色い双眸に涙を浮かべる。

 彼の背後には、五人の仲間たちが控えている。


 ドワーフ、巨人(ジャイアント)、魔法使い、大賢者、魔法剣士。

 数々の出会いや別れを経験しながらも、彼らは竜人とともに戦い、長く厳しい冒険を互いに支え合いながら続けてきたのだ。


 竜人の剣士は仲間たち一人一人と抱き合い、歴戦を勝ち抜いた戦績を共に称え合う。

 皆思い思いの言葉で祝福し、世界に平和が取り戻されたことを、今一度実感する。


 ちなみに俺は、このいかにも勇者でありパーティの中心人物である竜人――なんてことは無く。

 先程から仲間たちと盛大に喜びを分かち合っている、ほとんど背景と化している魔法剣士である。




 俺――二宮欽二(ニノミヤ・キンジ)は、入試に合格して高校入学が決まった日の夜。

 季節外れな雪を楽しもうと外に出たら、コンビニ帰りに突如異世界へと誘拐された。

 上下ジャージなうえ、持ち物など携帯と充電器と、ここでは言えない薄い雑誌とプラスチック容器に入ったコーヒーのみ。

 当初は何かの冗談か、気絶している間に外国にでも連れて行かれたかと思ったのだが。

 庭先に生えている植物などが、どう見ても地球に存在するようなデザインでは無く。

 中学卒業程度のカタコト英語も英文も全く通じず。

 暫しの間混乱した挙句、ここが異世界であることを認めるしか無かった。

 

 召喚主である、白ひげが立派な仙人のようなじーさんが施した翻訳魔術によって、何とか会話や対話が可能なレベルにはしてもらった。

 だが、コミュニケーションが可能だからと言って、それで誘拐を許すほど俺は寛大な人間じゃない。

 だが老い先短い老人に暴力を振るうわけにもいかず、ただただじーさんの昔話を延々五時間以上聞かされ続け、やっと俺が何故召喚されたのかは理解できた。


 冒頭でも分かる通り、この世界には魔王という存在がある。

 そして、いつしか世界を滅ぼす分子が異世界から召喚され、この世界は終幕を迎えてしまう。という、一種の予言のようなお話だったのだが。

 その物語にはもう一つあり、正しい道へと導く竜人のために、五人の仲間を集めて魔王を討伐すれば、世界の終焉を食い止めることができる。とのことだった。


 その中に“黒髪の少年”が一人必要だと書かれており、世界中を廻って黒髪を探すのが面倒になったじーさんは、異世界から典型的な現代日本男児を召喚することにしたらしい。


 それに巻き込まれたのが、不運にも俺だったとのことだ。

 レジ袋を持ったまま、漆黒の闇夜のような“裂け目”に引きずり込まれた俺を、必死に助けてくれようとしたヤンキー風の兄ちゃんが、一緒に召喚されなかった理由がそこで分かった。

 彼は髪を金髪に染めていたのだ。

 黒髪少年にしか反応しない裂け目とか、また便利なものを作れる世界だな、とも思ったが。

 何でも魔術の発展が著しいこの世界では、そのような召喚魔術は赤子でも可能だと言う。



 そんなわけで、無事異世界に召喚された俺は、じーさんに三ヶ月ほど魔術の使い方を教わり、何とか“見せかけ程度”の魔術は使えるようになった。

 いわゆる。


 炎を使ったり、外気の温度を変化させる炎魔術。

 水を出したり、氷を作ったりできる水魔術。

 棒や壁を作ったり、地面を陥没させることができる土魔術。

 携帯の充電ができる程度の雷魔術。


 戦いや生活に便利な、基本的な魔術である。

 召喚や転移、その他モロモロの魔術は、今はまだいいと言われて教えてくれなかった。


 元々ただの頭数合わせであり、俺は勇者の立ち位置では無いので、それも致し方無いことではあったのだが。

 魔術だけでは心もとないので、剣を持ち、職業は魔法剣士としてパーティに参加することになったのだ。

 剣士とは言っても、縦に振り下ろすか適当に振り回すしかできない、完全な素人だったのだが。




「やったな、キンジ。突然別世界に転移させられて、驚いただろう。お前には本当に苦労をかけた。改めて礼を言う。ありがとう、共に戦ってくれて」


 他の皆には感謝の辞を告げ終わり、俺の番が来たようだ。

 人の都合も訊かずに勝手に誘拐するような召喚主とは違い、竜人の剣士は礼儀や友情を大切にする男であり、俺の両手を握り締め、深く誠意の篭ったお辞儀をする。

 緑色の肌や鱗が光を反射して、凛然とした視線は頼もしく格好いい。

 まさに勇者と呼べる剣士である。


「いや、全く役に立たずこちらこそ申し訳無い。もっとこう、運動能力でも鍛えていれば、格闘者(グラップラー)として活躍できたものの、」

「キンジ、あまり自分を過小評価するものでは無い。魔術も何も無い世界から来たというのに、実によく頑張ってくれた」


 照れくさかったが、辺りにいる仲間たちがその発言に意義を唱えることは無く。

 竜人の剣士と共に抱き合い、六人は顔を見合わせながら改めて健闘を称え合った。



 ---



「勇者様たちだ!」

「魔王を討伐しに行った方々が、全員生きて帰還なさったぞ!」

「勇者様ー!」


 俺たちが街へ戻ると、住民たちが盛大にお出迎えをしてくれた。

 何でも竜人の剣士は、勇者としてこの世界のお姫様をいただくことになっているらしく。

 日本で言うところの、いわゆる“時の人”という立ち位置になっている。

 正直なところ、凄く羨ましい。

 お姫様の顔をしっかりと見たことは無いが。

 冒険前の謁見に姿を現した時に、顔の下半分はちゃんと見ることができた。


 色白な肌に妖艶な口元。

 切れ長な耳に被さるように、プラチナブロンドの繊細な髪が軽やかに流れる。

 首筋も滑らかに肩へと繋がっており、豪華な服飾はまさに王族と呼べる煌びやかな造り。

 顔の上半分はシルクのようなベールによって覆われていたが、きっと美麗な方に違いない。



 王宮に戻ると、数十人ものの武官や使用人が出迎え、素晴らしいお持て成しを魅せてくれた。

 盛大な宴まで催していただき、軽やかな音楽や美麗な舞いなどが繰り広げられる。

 盛り上がりも十分高まったところで、今宵竜人の剣士――もとい世界を救った勇者様と身を結ばれることになったお姫様も姿を現した。

 今回はベールも身につけておらず、頬を淡い桜色に染め上げ、玲瓏かつ慎ましげな微笑みを勇者に向けて贈り。

 それを受け止めた勇者は、幸福感溢れる面持ちを見せたまま、情けないほどに顔を上気させて気を失ってしまった。


 いわゆるアイドル的な可愛さとは違う。

 次元とか種類が違うのでは無く、あの美貌は近寄るだけで心を奪われてしまうだろう。

 直接微笑みを向けられたわけでは無い俺も、思わず時が止まったかのような錯覚を味わった。

 隣に参列していたパーティの仲間たちも同様、唾を飲み込む者や、口元を半開きにしたまま行動を停止させる者までいる。


 正確なところは分からないが、ハーフエルフかハイエルフ系統の種族ではないかと思われる。


 ちなみに今後の日程では、今晩の内に済ませることは済ませ、数日の間はお互いの心を確かめ合うべく、竜人勇者とお姫様は二人きりの生活を楽しむらしい。

 日本と違って、デキ婚が普通であり、それがお互いの愛念を確かめる儀式になるのだとか、ならないのだとか。

 とにかく、盛大に祝われる結婚式は、まだ当分催されないとのことなのだが――。


「キンジ、お前、これからどうするんだ?」


 共に戦った仲間である大賢者が、酒を片手に俺の肩へと手を乗せて問いかけてきた。


 通常のパーティ仲間であれば、もちろん結婚式には出席し、竜人勇者や現国王による計らいで、高い身分や立派な土地を戴くことになっているのだが。

 俺は異世界人であり、現世では高校を卒業する程度の年頃である。

 帰れるのであれば、何よりも優先的に帰宅したい。

 三年間も放置していたわけだから、高校生活はもちろんのこと、就職活動もままならない状況で帰還するのだろうが、それでも俺は帰りたい。

 日本に住みにくければ、仕事を賄ってくれる人と出会った、とでも両親に告げ、定期的に日本とこの世界を行き来すれば済むことだ。

 召喚主のじーさん曰く、この世界の召喚魔術はかなり高度であり、異世界転移程度であれば、何度でも可能らしい。

 幸い俺は次男であり、家も自営業では無いので、継ぐ必要は無い。

 兄は真面目で堅物な人間なので、仕事が決まったから、定期的に戻る、との旨を伝えれば、きっと反対はしないだろう。


「結婚式がいつかは分からないけど、俺はとりあえず一旦家に戻らないとな。三年以上も勝手に家を出てたら、流石にヤバいと思うんだ」

「ああ。竜人(あいつ)も、それは重々理解している。もしお前が、元の世界で何かしらの理由や事件があって、この世界に帰れなくなっても、それが理由で結婚式や祝事に出られなくとも、あいつは決して、お前を恨んだりしない。そういうやつだ。だから、こちらの事情は心配しなくていい」


 大賢者の向こう側へ視線を送ると、魔法使いやドワーフ、巨人なども静かに頷く。

 実に良い仲間たちだった。

 最初来た時は、パーティに女の子がいないことに不満を漏らしたが。

 今ではそんな思い、微塵も無い。


 仲間たちに小さく頭を下げると、俺は静かにその席から立ち上がり、宴の会場を後にした。

 早く帰宅して、召喚主のじーさんに永続的に使用できる召喚陣を発動してもらわなければ。


 ---


 人っ子一人いない、漆黒の闇に包まれたあぜ道を全力で駆ける。

 筋肉痛で足や太ももに痛みを覚えるが、堪え、必死に走った。


 見覚えのある場所を駆け抜け、人里離れた森林へと飛び込む。

 途中妙な魔物が飛び出してきたが、炎魔術で脅かせて先へと進む。


「――あった」


 背丈の高い樹木に隠れるように建築された小さな民家。

 俺を誘拐したじーさんが住む、ところどころ白塗りが剥げた木造建築物。

 庭先に生えた雑草が伸び、屋根の錆が増えている以外は、出発時と全く変わっていない。


「じ、じーさん。じーさん!」


 蹴り壊す勢いで扉を開け、コケの生えた廊下を滑るように疾走する。

 何度も転びかけながらも、普段じーさんが引きこもっている自室へと向かい、ノックもせずに飛び込んだ。


「――じーさ、」

「あ、どうも。……キンジさん、ですよね? ニノミヤ・キンジさん」


 部屋にじーさんはおらず、代わりに痩せこけたオークのおじさんが一人で静かに腰を下ろしていた。

 朧げな月明かりに照らされたオークは、安堵したように溜息をつくと。

 慎ましく星座をして、伺うような視線を向けると、小さく吐息を漏らし、俺に座るよう促す。


「キンジさんが帰宅なさるのを、三年間、ずっとお待ちしておりました」

「ああ、無事魔王討伐して戻ってきたぜ。あ、じーさんはどこだよ? まさか、王宮の宴に呼ばれてたのか? 何だよ、それならそうと、あの場で言ってくれれば良かったのに、」

「召喚術者様は――」


 俺の言葉を遮るかのように、オークは視線を逸らしたまま、重々しく静かに呟く。


「一年程前に、寿命でお亡くなりになられました」

「――はっ?」


 総身が戦慄し、口端が痙攣したかのように小刻みに震える。

 足が竦み、視界がグラグラと揺れ動く。

 オークはまだ何か呟き、言葉を発していたが、頭の中を地下鉄が疾走しているかのような雑音が鳴り響き、外界からの音は全て無意味に耳を通り抜ける。


 亡くなっただと。


 召喚陣を起動する際には、確か座標だとか角度だとか何やら凡人には理解し難い事象を延々と並べなければ、正確な帰還魔術は発動できないと言っていた。

 別世界から、自身の求める生物を召喚する魔術は、赤子でも可能。

 だが、こちらから別世界へ送り届ける場合は違う。


「オーク……お前、転移魔術は」


 オークは悲しげに俯き、小さく首を左右に振ってみせる。

 脳内に警鐘が鳴り響き、頭の奥がガンガンと痛む。

 じーさんが死んだ。

 赤の他人から見れば、一人の生命が失われた、とただそれだけのことなのだが。

 俺からすれば、日本へ帰る術を失ったということになる。

 俺は頭を抱えて蹲った。

 夢だ。夢だと言ってくれ。せめて、日本へ帰るたった一つの希望でも導き出せれば――。


「……あ」


 オークが小さく呟いた刹那、突如庭先から眩い閃光が放たれた。

 月明かりや星芒とは比にならない、空間を真っ白に塗りつぶせるような神々しい輝き。

 光の無い虚ろな双眸を向け、俺は大窓を開けて庭へと出る。

 繊細な光の粒子が地面から放射状に放たれ、その放出源には、白く大きな魔法陣が精緻に描かれている。

 オークも後に続いて庭へと闖入し、その光景を見据えると。

 溜息のように小さな声音で、独り言のように呟いた。


「召喚魔法陣、のようですね」


 召喚魔法陣。異世界から誰かが呼ばれているのだろうか。

 もしくは、死期を悟ったじーさんが、時間差で発動する魔法陣を描いておいてくれたのだろうか。


「……帰れる」

「お待ちを、これが本当に召喚術者様が描かれたものなのか、確証はありません」


 ――分かっている。だが。

 もしこの魔法陣こそが、じーさんが残した最後の帰還手段だとしたら。

 それを眼前で見逃すなど、絶対に考えられないことだ。

 もし違ったとしても、俺は日本の凡人と違って、この世界で教わった魔術が使える。


 妙な世界に連れて行かれて、一人で生きていかなければならない、そんなハードモードな異世界かもしれない。

 だが、迷っていては何も進まない。やらなくて後悔するよりは、やって後悔した方が良い、と誰もが言っている。

 ――まぁ。じーさんの魔法陣と違っていたとしても。せめて、可愛い女の子とイチャつけるような世界であれば、よしとしよう。

 一応この世界でだって、仲間たちと生きていくことはできた。

 この魔法陣を見送って、もし将来一生帰れないという現実にぶち当たったとしたら、絶対に俺は今日のこの日を恨むだろう。

 この場にいても同じことなら、少しでも前に進んでみたい。


「――キンジさん、もし行かれるのでしたら、暫しの間お待ちになってもらえますか? どこに繋がっている魔法陣か調べるため、一応(うつし)を作っておきますので」


 そう言ってオークは木片を取り出すと、爪の先から出した弱めの炎魔術を使用し、魔法陣に描かれた模様や文字、記号などを正確に記した。


「それでは、お気を付けて――」


 オークの言葉に背中を押されるかのように、俺は二歩、三歩と前に進み、魔法陣の上に飛び乗った。


 淡く幻想的な光の粒子に飲み込まれ、俺はこの世界から消失した。

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