雪融けを告げる白い桜―7
寒さが身を震わせる夜。花日町一間の子守神社には、そんな夜だというのにも関わらず大勢の人々が集まっていた。この子守神社は花日町の中で一番大きい神社で、母親を司る女の神様が祀られている。そんな子守神社は由緒ある神社で四百年程になるらしいのだ。
場所は住宅街と駅からしばらく歩いた道の真ん中にある静かな所にあり、道の途中には子守神社という案内の立て札もある程だ。
その入り口には年期を感じさせる朱塗りの鳥居があり、木立の中にある花弁などが落ちている石段を登った先に参道がある。登った近くには入って最初に手や口をすすぎ清める手水舎があり、灯篭が参道の両脇を固めるようにいくつも配置されている。その少し先に一対の狛犬が守る形で参道を挟んで位置し、その先に神殿を模した豪華な屋敷のように大きな拝殿に賽銭箱が置かれた幣殿がある。その幣殿の奥に一際小さく作られた本殿があるのだった。
そんな境内の東側の隅っこ、参拝客の人々が並んでいる幣殿の脇には、大きな桜の木が生えている。この桜の木は樹齢六十年程度のソメイヨシノで、親となる木から数えると少なくとも六代目となる桜の木なのだ。
初代のソメイヨシノは神社よりも先にこの地に立っていたらしく、この木に祈ると安産や健康になると評判で、この桜の木自体がその母親を司る神様とも言われている御神木なのである。それ故か桜を取り囲むように柵が設けられていて札や注連縄までつけられている。
そして今宵人が集まるのは御神木でもあるこの桜の木が目的で、今日だけ特別に桜がライトアップされて、白化粧をした桜が見られるのだ。しかも、拝殿の高さと同じかそれを越える高さがあり、今宵の時点で桜は満開である。その姿だけでも賛美や称賛に値するものがあり、辺りでは有名なものをライトアップしてより良く見せようとするのだから、人々が集まらないはずがなかった。それが証拠に、観るためだけに子守神社には近隣の町などから来た人も合わせて大勢の人が集まっていたのだった。
歩くのも一苦労という人混みの中には、草部家の姿もあった。父祐一郎と母美和子はお参りを済ませて、宗太の妹の茜の同級生達と境内の西側のおみくじ売り場へ並んでいる。茜達がおみくじ売り場への本命で二人は単なる付き添いである。
そこから離れた手水舎付近、参道の入口に、宗太は一人ケータイを見ながら立っていた。目の前で参道に並ぶ客や脇で固まっている団体からあぶれて一人ぽつんと寂しく立っている。人混みが嫌いで、友達も少ないから。そんな中で家族といるのも恥ずかしくて……と好き好んでいる訳ではなく単にこちらは待っているのだ。
理由は単純明快に、凛と瑠美の少女二人が来ないのだ。待ち合わせの時刻六時を過ぎても二人の姿は見えず、連絡も来ていない。瑠美ならばケータイがあるからさほど心配はしていなかったのだが、問題は凛の方である。あちらはケータイを持っていない上に連絡手段を知らないと来たものだから大問題だ。
来てもどこにいるかも分からない。迷子ならば尚更困る。ということもあり、宗太は絶対に通るであろう階段を登った天辺の参道入口で待っていたのだった。
参道に並ぶ列が先程から少しずつ動いている。見物客もかなりの人だ。ざっと数えて千人はいる。
しかし、二人は来ない。宗太がここで既にニ十分近く待っているのにも関わらずだ。遅い上に寒さがじわじわと忍び寄る夜だ。じっとしているせいで宗太はかなり寒かった。
心配半分苛立ち半分で瑠美にメールを送ったところ、今から向かうと返事が来たのは数分前の事だ。草部家から十五分程歩く子守神社は、瑠美の家からだとニ十分程掛かる。そうなると瑠美到着まで宗太は残りニ十分近くこの状態という計算になるのだ。
だが、瑠美は待たなくとも良かった。ケータイがあるからだ。そうなるとやはり問題は凛である。凛が瑠美の後に来たら宗太はあとどれだけ待つのだろうか。三十分かそれ以上か。考えるだけで宗太は憂鬱な気持ちに満たされる。吐き出す溜め息が宙を漂うように僅かに残る。
凛がこれだけ遅れるのには理由があった。その半分は宗太自身悪いと反省していた。
凛は昼間に一人で出掛けてしまったのだ。行き先は不明。戻る時刻も不明でだ。恐らく餓鬼に関する情報収集だろうと宗太は踏み、だから待ち合わせの時間と場所を伝えて見送ったのだ。だが、それはある意味失敗だったのだろうと宗太は今になって思ったのだ。
凛の性格からして時間にルーズではないはずだ。一昨日からの感覚で多少なり几帳面という性格も何となくだが分かった。場所もいざとなればあの脚力があれば人混みの多い場所を探して見つけているはずなのだ。しかし、実際はかなり遅れている。
それが何故なのかと考えを巡らせた時、宗太は真っ先に餓鬼と戦う凛の姿が浮かんだのだ。馬乗りになられた一昨日のあの光景である。
ふとそれが頭に浮かんだ時、もしかしたら危険な状態なのではと考えてしまった。餓鬼に追い詰められて動けないのではないのだろうか。負傷して動けないのではないだろうか。ケータイもお金も持っていないから連絡もできず困っているのではないのだろうか。誰かがいてそれで手間取っているのではないのだろうか。律儀な少女が来ていない理由がそれだとしたら凛は今……と、考えて宗太は横に頭を振った。
もし、本当に凛がそれだけの危険な状態だったとしたらそこまで餓鬼に命を張るだろうか。今までの噂からしたら凛はそこまでの事はしない。助けたら怪我をしていても外野任せである。もし追い詰められても凛は体勢を立て直すのではないだろうか。一昨日餓鬼を無惨に殺したように。
宗太はそこまで考えて足元の砂利を見つめた。大小様々な白っぽい石が転がっている。踏み石だっただろうか。踏むと音がする防犯などに使われるような物だ。それを見ながら宗太はこの二日考え出した事を思っていた。
凛のあの残酷とも言える行為はやはり正しいのだ。一昨日のマンションでの出来事はニュースに少し上がった程度で終わった。しかも行方不明で終わりである。その関連事件にまたしても行方不明が出て、凛はその場所の近くで餓鬼を退治してきたのだ。
それを聞いたとき宗太は嫌なものを思い出した気がして、嫌悪の眼差しでテレビを見ていた。しかし、良く考えれば凛はそれで犠牲者を少なからず減らしているのである。
宗太が最初に聞いたのもそうだった。瑠美から聞いたときも助かっているのだ。それを考えれば、一昨日のあれは凛が大将という大元を絶つために一歩でも近づくための物だと理解できた。手荒でもそこまでしないと言わない相手だと言うことを知っていたからこそのやり方だった。
そう思った時、宗太はやはりそこに自分達がいたのが悪いと言えた。凛はただ未だ謎の自分の目的のために行動しながら、暗に人を助けているだけなのだ。餓鬼という悪夢を消そうとしているだけなのだ。そこに自分達は割り込み、価値観の違いで勝手にやり方を嫌っているだけなのだ。
そう思うと宗太はそんな目で見ていた自分が異様に恥ずかしくなり、凛へ申し訳ない気持ちが溢れていた。
そして宗太が尋ねたところ、瑠美もその答えを出していた。
確かに凛の行為は見れない物がある。ついていってなんだけれど、あそこまでしなくても良いというのがある。しかし、自分達はそれで助けられたし、実際に凛は人を助けている。それも見ず知らずの者をだ。それがたまたまだとしても助けているのには変わりない。そこに自分達の美感を求めるのはお門違いで、目の前で何もできない自分達がそれを言う資格はない、というのが瑠美の意見だった。
その言葉に宗太はやはり言い返せず黙って頷く以外なかった。
けれど全てを納得して受け入れられた訳でもない。餓鬼を切り裂いて尚も毅然として立っている姿などは見たくないのだ。特に感情の欠片もなさそうにしている瞬間は。
それを少しでも忘れるためか宗太は早く凛がここに来ることを望んでいた。難しい顔をしているよりも笑っている方が少女には似合うような気がして。
「キャアアアアアアアアアアア!」
突如大衆の声や音を掻き消す程の悲鳴が聞こえ、思いに更けていた宗太は足元から周りへと顔を上げた。耳をつんざく程の悲鳴に続き、一気にざわめきが境内を包む。
何の悲鳴なのか。何が起きたのか。何かあったのか。と、動揺する声や好奇心を露にした声が聞こえる。さらには誰かが誰かを呼ぶ叫び声や再度悲鳴も聞こえ、砂利や石畳を踏む足音で騒がしさに火がついた。人があちこちと入り乱れる程の混乱へと境内は変貌を遂げていた。
目まぐるしく立ち回る人々のように宗太も周辺の様子を窺って首を右へ左へと動かす。桜の木はまだライトアップされていない。呼ぶ声が聞こえるがあっちこっちで聞こえるのを見れば誰かがいなくなった騒ぎでもない。悲鳴が聞こえてからのこの騒ぎは……
「お兄ちゃん!」
「宗太!」
宗太は呼ぶ声の方へ首を向けた。両親と妹が走って来たのだ。
「大丈夫か!?」
祐一郎に宗太は頷いた。三人とも慌てて駆けつけたのが分かる程息が弾んでいる。祐一郎が険しい表情で、
「凛ちゃんはどうした?」
と、弾んだ息もそのままで言った。宗太はそれに首を振る。
「まだ来てない」
「そうなのか!?困ったな……」
「連絡は?」
「凛ちゃんケータイなんて持ってないから連絡取れないわ」
「どうするか……」
と、凛を心配する声もありつつ、動けない状況だと宗太を含めて感じた。連絡の取れない一名がここへ来て混乱に飲み込まれた瞬間が一番怖い事を祐一郎も美和子も知っている。
だから祐一郎は周りを見ると、
「何があったのか分からないがただ事じゃないな」
「どうするの?」
「まずは様子を見て凛ちゃんを待とう。ここで離れた方が後で困るだろうから」
と、待機する事を決めた。この混乱の状況を把握できない限り下手に動くのは危険だと思ったのだ。それは周りも同じ様子でどうすればよいかと足踏みしているのが丸分かりだった。皆右往左往しているのだ。
そんな中、宗太はある一声がこう言うのを聞いた。
――化け物が人を。
その声のした方へ宗太は振り向いた。幣殿があり、桜の木もある方向だ。
「宗太、どうした?」
祐一郎に続く家族の声を無視して宗太はそちらを見続ける。右左へと蠢く人だらけでその先が見えない。宗太は背伸びをしながらそちらを見ようとするがやはり人の多さのせいで原因らしき物が何も見えない。けれど宗太には大体の予想は出来ていた。
先程の微かに聞こえた声は、化け物が人を、と言っていた。拐ったのか、それとも食ったのか。そこまでは分からない。だがこの騒ぎはやはり最初に思った通り餓鬼の仕業なのだろうと考えた。餓鬼の仕業なら今すぐここを離れる方が賢明だ。違うのであれば留まっても構わない。それを判断する確証が欲しくて宗太はそちらを見続けた。
しかし、人が邪魔で確証を得るどころかその片鱗すら見られない。どちらなのかと前に出ようとしたその時、再び叫ぶ声が聞こえた。
「あれっ!あれっ!」「幽霊!?」「幽霊ってあの子の事!?」
その声に草部家も辺りを見回した。茜は幽霊という言葉におっかなびっくりで周囲を窺い、祐一郎と美和子は宗太と茜の二人を囲むように首を忙しなく動かしている。その中で宗太はその声にたった一人を探した。幽霊と呼ばれる幽霊ではない少女、凛を。
そして、
「皆ここから逃げよう!」
宗太は声をあげた。祐一郎達は驚いた。宗太が何を思って逃げると言ったのか分からなかったからだ。しかし、祐一郎達も幽霊の少女の話は知っていた。その少女が現れる場所では人が襲われているという噂だ。それが真実か嘘かの判断はできないが、今の子守神社の状況を見れば限りなく真実が相応しく、避難するのが賢明であった。そう考えて、宗太を見て頷いた。祐一郎の行くぞという言葉に階段へと急ぐ。
階段は同じように逃げることを判断した人々やその少女を捉えようと逆流する者で混み合い、降りるのも登るのも一苦労という状況だった。その中でも宗太は凛を探していた。先程の逃げようと言ったのは、少女がここに来たということは即ち、自分を含めここにいる人達全員は今すぐ逃げなければならないという事だからだ。しかし、どこにいるのか分からない限り逃げる方向は簡単には決められない。唯一は階段だけだがその階段は押し合いへし合いで逃げる方が危険とも言える。そして、少女と一番最初に聞こえた叫び声とは真逆に逃げなければならないのだが、人に見られるような事をしない少女がこの人混みの中で見れるわけがなかったのだ。
それでも宗太はもう一つの思いで凛を探した。少女が無事だということを早く知りたかったのだ。
探して、人に押されて、状況を知るために目だけは周囲へと向けて、とうとう宗太は見つけた。
「あそこだ!」
誰かの声が上がり、宗太は迫る波のような人の中で動きを止めた。
この騒動の中でも荘厳に佇む幣殿。その瓦葺きの屋根の天辺に少女がいたのだ。白い着物と長い黒髪を夜風にはためかせて、月夜の光をそのまま跳ね返す程の白く綺麗な刀を持って、立っていたのだ。刀をなくしてしまえばそれは紛れもない幽霊のような姿だった。宗太や周囲が目に捉えた直後には消えていたのだ。
だが、凛が幣殿から動いたその瞬間、動きを止めていた宗太は、
「宗太!うっ、どこいくんだ!こらっ、戻りなさい!」
と、呼ぶ祐一郎の声を無視して宗太は流れに逆らい少女を追い走り出したのだった。宗太は肩や体事ぶつかる人の波を全面に受けながら、その波の外へとどうにか出るとめいいっぱい足を動かした。
少女は屋根の上から飛ぶ瞬間、こちらを振り返り頭を軽く動かしたのだ。首を傾けるような動作で、顎でこちらに来いとでも指し示すような仕草を見せて飛んだのだ。それが錯覚なのかどうかは分からない。もしかすれば探していた自分の思いの反映かもしれないが、それでも宗太は凛に呼ばれたような気がして走ったのだ。
比較的人のいない境内の西側から幣殿を右手に捉えた形で駆け抜け、幣殿からすれば小さな倉庫のようにも思える本殿をも横目に通りすぎて、打ち込まれた杭に取り付けられたロープの張られた柵らしきものを飛び越えて森の奥へと進んだ。
獣道も明かりも人の気配すらない完全な森だ。そんな暗がりに入ると宗太はケータイを点けた。明かり代わりにするためだ。液晶のライトがほんの心程度に周りを照らす。
「凛ちゃん!」
周囲の暗がりとその奥を見ながら宗太は呼んだ。姿が消えたのはこの森で間違いはない。暗いこの森のどこかに少女はいるのだ。
宗太はもう一度凛を呼んだ。自身の声が森の闇へと遠ざかるように消えていく。辺りを用心深く見るが暗さの余り、木以外何が何か分からない。それを液晶の青いライトで照らした様は今にも本当に幽霊が出てきそうな雰囲気がしていた。
そんな中、ガサリッと音がして宗太は辺りに一層の注意を向ける。少女が追っていたのは餓鬼だ。少女がまだ倒していないのならばこの暗がりで襲われないとは限らない。今ここはただの森ではなく、さながら魔獣とそれを狩る戦士がいる戦場なのだ。その事を今察した宗太は途端にこの森の怖さを知った。
そうして便りにできない視界の代わりに耳をすます。静寂の中、ガサガサ、ガサガサと、何かが近づいてくる音がした。
宗太はその音に思わず身構える。餓鬼なのか、少女なのか。明かりを周辺へと向けた瞬間、背後から音がした。さらに近づくその音に宗太は一旦目を瞑り、祈るように覚悟を決めて、そちらを向く。
向いたそこには初めて見て会った時と同じ白い着物を着て、鞘を持った手で顔を隠すように立つ凛がいた。
「…………やっぱり来ましたか。呼んで分かってくれるかどうか心配でしたが、良かったです。それと、眩しいのですが」
向けられたライトに目を細めながら言った凛に、宗太は謝りながらケータイを少し下へと向けた。それでも明かりのない森のためか、下に向けたケータイの明かりだけでも、近づいてどうにかお互いの顔が確認できる。
改めて見た凛は、こんな暗がりを臆する事なく進んできた少女さながら毅然としていた。
そんな凛に宗太は安心して、
「凛ちゃん……無事だったんだ」
と、言った。安心した理由は怖さ半分、餓鬼を追って帰ってきた事半分だった。
「ご心配ありがとうございます。でも、あの程度なら造作もありませんから大丈夫ですよ」
にこりと笑みを見せる凛に宗太はさらにほっとして笑みを返した。そんな宗太に凛はすぐさま普段の澄ましたような顔をした。
「ところで、瑠美さんは?ここへ来てるのではなかったでしたっけ」
「あっ、瑠美の事忘れてた。あいつどうしたんだ?」
呆れた顔をする凛の前で宗太は本当に思い出したように電話を掛けた。何かあれば向こうから掛かってくるだろうと思い、神社の状況すら話してなかったのだ。呼び出し音の中、
「瑠美さんにも聞こえるようにして頂けますか?」
との凛の言葉に、宗太はコクりと頷いた。今日一日どこで何をしていたのかはまったく分からないままだが、その事を含めてか、二人に話があるようだった。
電話を取る小さなプツンという機械音と共に瑠美が出た。
「宗太?」
「瑠美か?今どこにいるんだ?」
「今?子守神社に向かってる途中だけど」
宗太はまだ着いていないらしい事に呆れるより先に安心した。今の状況ではとても桜の見物などできないからだ。その事をなにもしらないであろう瑠美へと宗太は伝える。
「神社には来るな」
「なんで!?」
「餓鬼が、あの化け物が現れたんだよ」
驚きの声で疑う瑠美に宗太はさっき起きた事を説明する。その途中で凛が宗太の目の前に手を出した。
宗太はそれを受けて、
「今、凛ちゃんに代わるから」
と、凛にケータイを渡した。
「もしもし?」
「凛ちゃん神社にあれが現れたってどういうこと?」
瑠美のまだ状況が飲み込めていないような雰囲気の声に凛は首を微かに縦に振る。
「ここに現れたのは恐らくただの偶然だと思います。ただ、今から言うことをお二人ともしっかり聞いてください。私だけじゃこの町は把握できないので」
その意味も分からぬまま二人は声を出して頷いた。
「まず、一昨日のあの餓鬼の言葉ですがあれは大将の居場所を言っていました。訛っていたというか滑舌が悪いというかなんというか……まぁとにかく言っていたんです。単刀直入に大将は社のある場所にいると」
「社って?」
「神社のあの神殿、といったところでしょうか。簡単に言えば神社にいます」
二人が神社、と声をあげた。凛は電話の向こうの瑠美と目の前の宗太にまたも頷く。
「ただし、ここの神社ではありません。他の場所です」
二人の安堵する声が聞こえると凛は話の核心を続けた。
「その場所が恐らく使われていない神社で、昔からか昔に食糧庫があった場所かと思われるのですが何か知りませんか?」
電話口の瑠美は凛の言葉を復唱し、宗太は腕を組んだ。普段から神社に行かないため、使われていない神社などどこにあるのかさっぱりだった。しかも食糧庫のある場所などと言われると宗太は皆無だった。
凛が黙って向いたそれに宗太は分からないと首を振って答え、電話越しに瑠美の謝る声も聞こえた。
「そうですか……それなら何か鬼という名前の場所は知りませんか?」
二人はまたも考えて、瑠美の何か思い出したような声が響いた。
「鬼伏神社…………」
「そこはどこにありますか?」
凛の声が何かを掘り当てた発掘家のように喜びとも言えるような雰囲気を帯びて大きくなった。
「確か町外れじゃなかったかな」
「方角は?」
「えーっと、子守神社から西だったはず」
「分かりました。ありがとうございます。私は今からそこに向かいます」
瑠美に礼を言うや凛はケータイを宗太へと渡した。その顔は既に今さっきまでの少女の顔ではなく、何事かを決した武士のような険しいものへと変わっていた。
宗太は今ので良いのだろうかと不安になり声を掛けた。
「ちょっ、違ったらどうするんだ?」
「今日で半分以上回ったので、そこが確実かと。お二人が来るかどうかは任せますが、私は待ちません。では」
と言い終えた瞬間、凛は地面を蹴り近くの木を足場のようにさらに蹴って夜の闇へと華麗に飛んでいった。その残り香のように、月明かりの一筋に凛の白い鞘が煌めきを放った。その閃光も一秒足らずで消え去った。
そうして再び静寂を守り抜くように音もしない森に残された宗太は電話を取った。少女はやはり自分達を巻き込みたくないらしい。いや、それは聞こえが良いだけで本当は邪魔なだけなのかもしれない。それが痛みを伴って体の奥へと伝わる。
「宗太、凛ちゃんは!?」
瑠美の心配する声に宗太は行ったと短く答えた。自分達は何もできていない。協力すると言ったが対した役には立っていないだろう。それがなぜかやはり悔しく、少女がまた戻るのか心配になる。
「行ったって鬼伏神社に?ちょっと宗太!?」
電話越しに宗太は声を出して頷いた。少女は戻るのだろうか。また自分の家へと。あの部屋へと。もしかして少女が何も部屋に置いていないのは、あんな化け物達と戦いいつまた無事に戻れるか自分でも分からないからではないだろうか。少女があまり自分達と関わらないのは、邪魔でもあるかもしれないが、そのためなのではないだろうか。そうだとしたら宗太は許せなかった。
自分に、少女に。
勝手に首を突っ込んで邪魔になるからと潔くこのまま帰る自分の姿を宗太は想像したくなかった。そこには少なからず役立たずになりたくない宗太のプライドがある。けれども一番は家族が聞くであろう少女の事だ。少女がもし死んだら、少女が何かして親戚と捉えた家族はどう思うのだろうか。忘れるのかそれとも覚えているのか。もしこれで死んだとしたら自分達は覚えているのだろうか。
いや、少女自身己の願いのために化け物退治をしているのだから早々に死ぬはずはない。だが、万が一は必ず存在する。
その万が一、誰にも最期を看取られない者は…………。自分から飛び込み無力だからと手を引く自分はそれで良いのだろうか。
「宗太!?聞いてるの?」
迷った宗太は固く決めて、瑠美へと返した。
「瑠美、鬼伏神社に行こう!」
その言葉に瑠美の笑う声が聞こえた。
「もちろん」