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最後にお一つ雪の花を  作者: 千野狐狼
プロローグ
3/14

雪融けを告げる白い桜―2

瑠美と宗太の二人がぜぇぜぇと息を切らしてビルの間にある空き地を見つめる先に、白い刀を右手に握り、二本足で立つ異形の生物と向かい合う白い着物を着た少女の姿があった。

二人はその光景を目の当たりにして訳が分からずただ立ち尽くす事しか出来なかった。

少女だけを追ってビル群を駆け抜けたビル一つ分はある空き地。アスファルトの地面とコンクリートの壁だけがあるその場所で、二人は自分達の目を疑っていた。

これは現実なのか幻なのか。走りすぎて錯覚でも見ているのか。走っている間に異世界にでも迷い混んだのか。そんな事が二人の頭には巡っていた。

「なんだよ……あれ」

宗太は目の前の物が信じられずそんな言葉を口にしていた。

ビルの壁際。少女の前方。少女から車二つ分離れた所にいる生物は間違いなくこの世のものではないと、少女の斜め後ろにいる宗太と瑠美は思った。

少女から見たら大きく、宗太にとっては同じぐらいか少し大きいくらいの背丈。獣のように鋭く、暗がりにも関わらず鈍色に光る尖った長い爪。骨の形がはっきりと分かるほど筋ばった肉付きの腕と足。毛が汚ならしく生えている出っ張った腹。そして、口裂け女を連想させるようなつり上がって開いた口。くしゃくしゃの縮れた白い髪。不気味に輝く赤い眼光。痩せこけた顔。

まさしくそこにいたのは絵巻から這い出てきたような化け物そのものだったのだ。

そんなおぞましい生物を目の前にして少女は足を気持ち程度に開き立っていた。二人は見ただけでも恐ろしいのに少女は震えることもなく凛然とした姿で立っている。

そんな少女に化け物はアスファルトを蹴り、一歩を大きく踏み出して、

「ニンゲン、グワゼロォー!」

と、震え上がるような奇声を発して飛びかかったのだ。

それに、

「食べる間もなく地獄へ送ります」

と、少女は呟くように言うと、持っていた刀を余計な動作もなしにそのままピンッと突き出したのだ。白く輝く線が一閃走る。

「ギャアアアアアアアアアアアア」

化け物が叫び声を上げながら後ろへと血糊を地面に残し転がっていく。少女はそこへ追い討ちを掛けるように化け物の所へと向かっていく。

それを目の前で見た二人は走ってきたせいではない汗が噴き出すのを確かに感じた。

目に映る決して夢でも幻でもない化け物と少女の殺し合い。金属音が頭にキンキンと響き渡る空間。聞いたこともなく鳥肌がざわざわと自然に立つような化け物の叫び声。ここにいてはいけない雰囲気。見てはいけないものを見た感覚。好奇心だけで追うべきではなかった。それが今二人の全身に伝わっていた。

その最も正しくここにきてすぐに出すべきだった答えを、

「に、逃げよう!」

瑠美は宗太へと叫んだ。宗太は恐怖からかその声にぎこちなく頷いた。しかし、それは失敗とも言えた。化け物が今の声に気付き、その大きな口の端を上げて、二人をそのギラギラと赤く煌めく眼で捉えたのだ。

――見られた。二人が、その心の底から沸き上がるような恐怖を誘う笑みと眼光にたじろいだ時には、化け物は少女の刀をすり抜けて二人へと向かっていた。

タンッ、と地面を蹴る音。空中で踊るように手を上げた化け物。ノコギリのような牙を覗かせる開いた口。一本一本がまるで鎌のような爪。二人は化け物のその姿に完全に怯んでしまい、逃げ去る事も忘れて、立ち止まってしまった。化け物が迫り、骨が浮かび上がってきそうな細い腕が二人へと振られた。

二人が思わず祈るように目を閉じる。

その瞬間、ドッ、と鈍い音がして、さらにゴロゴロと地面を何かが転がる音がした。

その音と何かが滑り込んだような風が当たるのを感じて二人は目を開けた。

すると目の前には化け物ではなく、凛々しい程の立ち姿で、白い着物を着た女の子が背中を向けていた。その遥か先、壁の近くで、化け物は何かが入っていそうな膨れた腹を抱えて寝転がっていた。寒気を覚えるような呻き声をあげて。

いつの間に化け物が入れ替わったのか。どうやって入れ替わってなぜ化け物が呻きながら転がっているのか。

当惑する二人に、女の子、凛は二人の方へ顔を軽く向けると、居すくむような目付きで睨んだ。

「二人ともなんで来たんですか!死にたいわけじゃないですよね!」

「!…………」

肩を縮めて今にも泣きそうな弱々しい顔をする二人に凛は溜め息を吐き、化け物へと顔を戻して後ろにいる二人へと言った。

「とはいえ、ついてきたのは知ってました。あれももう終わりますからそこに居てください。くれぐれも動かないよう」

言いかけた凛とそれを聞いていた二人の前方で化け物がよろりよろりと力なく立ち上がった。その腹からは真っ赤な血がポタリ、ポタリと地面に糸を引くかのように垂れている。瑠美がそれに小さく声をあげ、宗太はグッと息を飲んだ。

化け物が自分の腹の惨状を見るとキッと牙を剥いて三人を睨み付けた。

「オマエ、ラ、グイゴロス!…………!」

再度飛び掛かろうとした化け物も、目の前で見ていた瑠美も宗太も驚いて、少女に注目した。少女は名前に相応しい凛とした立ち姿で、透き通りそうに白い刀の切っ先を化け物に向けたのだ。

誰も何も口にしない。下手に何かを口にすれば裂かれてしまいそうな張り詰めた空気。指一本動かす事すら禁じられたような雰囲気が辺りに漂う。化け物に向けられたそれは動けば即座に斬るという証だった。瑠美と宗太に向けられた小さな背中から感じるのは獅子に勝る程の気迫。

静まり返ったその空気にシャン、と音が響くような声で少女は化け物へと言った。

「最後にお一つ雪の花はいかがですか?」

化け物は首を傾げ、そして叫びながら踏み出した。

凛はその姿勢のままもう一度口を開いた。誰にも聞こえない程の微かな声で。

「別名…………雪花」

少女も一歩踏み出した。と、思った時には、二人にも化け物にも理解できない事が起こっていた。それは瞬きもできない程の時間。そのほんの僅かな間に少女は化け物の後ろにいたのだ。まるで刀を一文字に振ったかのように腕を横に伸ばし、身を低くしたような体勢で。

刹那、化け物から勢いよく血飛沫が噴き出し、化け物自体の色がどんどんと薄くなっていった。いや、砂の城が風に侵されて消えるように、それこそ幽霊が消えていくかのように音もなく、消えてしまったのだ。

そうして化け物などここにはいなかったかのように消えた頃、凛は地面に放られていた白い鞘を取り、手慣れてるのかすんなりと刀を納めた。慌てるわけでもなく何事もなかったかのように。

その光景を二人はただただ黙って見つめていた。いや、黙って見ているだけで、そこにいるだけで精一杯だったのだ。

そんな風にぼけっと突っ立っている二人に凛は近づいて、取り立てて急くような事もなく、言った。

「お二人にお話があります。少々お時間よろしいでしょうか?」







駅から少し離れた十階建てのビルの屋上。表面が所々剥がれ錆びついた円柱型の貯水タンクが置かれているだけの閑散とした場所だ。眼下には街灯やビルの明かりで輝いている通りを歩く人々が無数にいる。そんな場所に、少し話をしたいと言われた瑠美と宗太は、それに同意して凛にされるがままここへ連れて来られたのだ。そして二人は人を指すような形の歪なビルの真ん中で、白い柵の前に立っている凛の小さな背中を見つめていた。

凛は柵に白い刀を立て掛けて、着いてからずっと街並みを眺めている。二人はそんな凛を見ながら先程の出来事を思い出していた。

ビルの間の空き地とも言える一角で見たそれは夢のような現実。背格好は人でも人でない姿をした異形の生物と、目の前にいる白い着物を着た少女が入り乱れる光景。鎌のような鋭い爪に骨か肉か分からない体つき。口裂け女のように開いた口と縮れた白い髪を振り乱す化け物を、何の躊躇いも怯えも感じさせずに摩訶不思議な業で切り伏せた少女、凛。その格好や見た目、行動に二人はどことなく気味の悪さを覚えた。

背や顔付きは小学校の高学年くらいだ。それなのにも関わらずどこかしっかりしている、というよりは固く不思議な雰囲気を醸し出している。それが着ている物のせいなのか元々なのかは二人には分からなかったが。

二人が若干警戒していると、凛は静かに体事振り返った。その目はまるで二人を睨み付けるかのように鋭い。面持ちも無愛想に少しばかり膨れている。

「お二人はどうして私を探してたのですか?」

二人が俯き目を逸らして言い淀んでいると、凛はふぅ、と一息吐いて興味本意と一言口にした。

図星の二人は凛を再度見た。

凛は、肩を落とし呆れてると言わんばかりに地面へと軽く首を傾け、目を閉じていた。

「正直、詮索は構いません。けれど、今日の事もこれから話すことも全部他言無用でお願いしたいのです」

顔を上げた凛の目が二人を射抜くように光った。その目はお願いする目付きというよりかは命令していると言っているに近かった。

「何でだ?」

宗太の問い掛けに凛ははてと首を傾げた。

「なんで、話しちゃいけないんだ」

「話してあなた方に利益、得はありますか?」

その言葉に宗太が首を傾げていると、凛はきっぱりと答えた。

「ないですよ。私の話はあくまで面白おかしくした世間の噂。なればそこにお二人が会って話したと言えば当然会わせろという方や嘘や夢と話す方、証拠を見せろという方がいると思います。その方々にどう話すつもりです?私の事も、起きた事も、見た事も」

そう言われて二人は返す言葉を見つけられなかった。凛の言っている事が正しいと思ったからだ。今日の事をどう話しても恐らくそれは噂の一部にしかならない。

ましてや証拠は……と宗太が思った時、瑠美がジーパンのポケットからケータイを取り出した。

「私あなたの写真を撮ったの。だから」

「同じ方はいらっしゃいました」

「えっ……」

瑠美が意気込んで言いかけたのを凛が暗い口調で止めた。

「その方は幽霊がたまたま写っただけと言われて笑われてましたけど。あなたの写真もぶれてるのではないですか?写真に写る気なんてさらさらなかったですし、そんなにのんびりしていたらあれらの危険が広がるので」

反論の余地もない言葉に瑠美はぐうの音も出なかった。正しく凛の言う通り写真はぶれている。それを見せて信じる人間が果たしてどれだけいるかなど考えただけで分かる。

しかも誰かにそう言われると瑠美は心のどこかで思っていたのだ。だからこそ言葉を返せず、凛に正論で指摘されたのもあって完全に意気消沈していた。

そんな様子を見てさらに追い打ちでもかけんばかりの角の立つ口調で凛は言った。

「あなたは私と会ったときに聞きましたよね?なぜ、幽霊を倒しているのかと」

コクりと瑠美は頷いて、凛の言葉のように冷えていそうな地面を見つめた。

ここに来てからはまるで無表情で愛想がない。頑として動かない動かせない岩のような、紙一枚も通す余地もない言葉を返す少女が、なぜあの化け物や幽霊を倒して各地を回っているのか。

瑠美はそれを公園で尋ね知っていた。それは決して正義感などではない。たまたま人が助かっただけ。たまたま人がいるところにそれが来ただけ。少女には人助けなど二の次だと言われたのだ。

それを思い出し、瑠美は凛の言葉に耳を傾ける宗太の横で一人、沈んでいた。

対する宗太は瑠美からその話の続きを聞かされていなかったからこそ凛の言葉を待った。宗太が知りたいのはその事なのだ。

だが、宗太はその言葉に困惑する事となる。

「霊や妖の持つ妖気や邪気を得るためです」

宗太はポカンと何かに叩かれたような気分がした。それに構わず凛は言葉を続けた。

「ある目的のためにその力が必要なんです。そのために私はあれらを殺して回っているだけです。でも…………こんな話をしても意味も分からないでしょうし、聞くだけ無駄だと思います。ですから」

「目的ってなんだよ」

追いかけるのを止めるよう言いかけたのに口を挟む宗太にしつこいとばかりに凛は目を伏せた。それでもこれを言えばこれ以上何も言わないだろうと思いそれを口にした。

「私の目的は、願いは一つ…………ある者を殺すことです」

「ある者を、殺す?」

殺すというその言葉の響きに宗太もさすがに動揺した。

「はい。その者に私は…………」

「何が…………」

宗太はその先を尋ねようとして、止めた。凛が小さな手で体が震える程の拳を握っていたからだ。宗太も瑠美もその姿を見て僅かながら察した。殺したい程憎むという事はそれだけの事をされたという事だ。それが何なのかまでは分からなくとも、軽はずみに聞けるような事ではない事が窺えた。

凛は震えを無理矢理抑えるように息を吐くと肩の力を抜いた。

「とにかくそう言うことなのでお二人は」

「それ、俺達には手伝えないのか?」

「えっ?」

「宗太?」

凛と瑠美は思いもよらない発言をした宗太を正気かと疑うような目で見た。いや、実際正気の沙汰ではないと思っていた。二人からそんな風に不思議がられる当の宗太は何か間違ったことを言ったのだろうかと二人へと順に首を傾げた。宗太には凛が話すことの意味が結果として手伝ってほしいと聞こえていたのだ。

そうして目の前で険しい顔付きの少女へと宗太は言った。

「見たものも聞いたものも全部事実だった。君は幽霊でもないし、退治してるわけでもない。生きていて、ある者を殺したくて、何か分からないけど幽霊や化け物を倒して力を得たい。その噂は半分本当で、半分嘘だった。それで」

「ですからなぜ手伝うなんて」

解せないとばかりに凛は言った。噂に嘘と真が混じっている事など知っているのだ。そんな事よりもなぜ手伝うと宗太が言ったのかが凛は知りたかった。凛は自分から二人が離れたくなるように言ったのにだ。

しかし、そんな凛の思いに反して、むしろ宗太は反論する凛が理解できないとばかりに首を傾げながら言った。それが凛の核心だと思って。

「だって目的とか何とかを俺らに話すってことは何かあるんだろ?」

何気ないその一言に今度目を丸くしたのは凛だった。

「それが何かは分からないけど何かを手伝って欲しくて、探してちょうどあれを見た俺らに話したんじゃないのか?」

「…………」

それは思いがけない矢の命中と言えた。凛は無言でそれを認めるかのように足元を見つめてしまったのだ。

最初にこの話を公園で聞いて、それが気に掛かっていたが凛には何もないと言われた瑠美も驚いて、宗太の方へと顔を向けた。

「あんた……いつからそんなに頭よくなったの?」

「あっ!?なんだよそれ!」

横で声を上げる宗太に瑠美は苦笑いを浮かべる。

「いや、だって……あんた普段鈍感って言うか何て言うか、何も考えてなさそうって言うか」

「んなっ、なんだよそれ!」

「そうですね……」

瑠美の言い草に返そうとした宗太の言葉を凛が遮った。宗太がまだ会って間もない少女に鈍感という事に頷かれたと勘違いしムッとする。

「確かに、そうです。あなたの言う通り正直手詰まりと言えば正しいのかもしれません」

俯きながらあっさりと助けてほしい事を認めた凛に、宗太は頷いた事が自分の事ではなかった事に安心した。何か言っていたらそれこそ瑠美の言うとおり何も考えてなさそうな奴になっていたのだ。

「なら話してくれよ。ここで会ったのも話したのも何かの縁だろうし」

「うん、そうだよ。言ってくれれば何か出来るかもしれないしさ」

宗太に続けて瑠美も同じように促した。凛は小さく首を縦に振ると、無駄かもしれないが二人の言うとおりだと思い、二人に顔をあげた。

「私の殺したい者は、正直見当がつかないのです」

「えっ?」

二人が同時に首を傾げた。

「ほとんど手掛かりがなくて困っているんです。ただ恐らく相手も化け物か何かの類いで、軍を率いているかなりの手練れ、以外特には分からないのです。ですから、そういう者を知らないかと思い声を掛けたのですが…………」

と、言って二人の間の抜けた表情に凛は察して溜め息をついた。

「分からないですよね」

二人は錆びれた機械のようにぎこちなく頷いた。それも当然である。二人とも生きてこのかた化け物や妖怪なんて恐ろしい物を見たことがないのだ。強いていうならばお化け屋敷やホラー映画やテレビで見たくらいなもので、正真正銘の本物を見たのは今日が初めてなのだ。

そんな明らかに分からないと言っている二人の様子を窺い、

「手伝うと仰ってくれたお二人のお気持ちだけでも有り難く受け取っておきます。それでは」

凛は気にかけてくれた二人へと頭を下げ、脇に置いてあった刀を手にした。

「お前どこに行くんだよ?」

柵に手を掛けた凛に宗太は尋ねた。柵から手を離し、凛は二人へと振り返る。

「その辺りで適当に寝ます。お金はないですが、どこかしら隠れて眠れるような場所くらいあると思うので。さっ、お二人とも下まで降ろしますのでこちらへ」

そう言ってまた凛は柵に手を掛けた。しかし、二人は動かない。いや、動けなかった。それは凛が柵から飛んで下へ降ろすつもりだというのが怖いからではなかった。飛ぶ恐怖なら既に体験済みである。

足が動かない理由は凛が金もなくそこらに寝泊まりするというのを聞いたからだった。

それを聞かされた二人は凛が不憫でならなかった。いくらなんでも道端のどこかで寝泊まりするのは色々と問題があるのではないか、と思った時には少女が今までどうやって各地を移動して過ごしてきたのか、それが二人には何となく想像がついた。

凛は白い着物姿で噂の少女である。人気のない場所を求めて探して静かに過ごす。そうして同じく人気のない場所を移動して化け物を見つけて倒してまたひっそりと休む。誰にも見られず知られもしない生活。お金もないと言ったところから食事はどうしていたのかすら分からない。まるでホームレスのような生活の中で唯一の願いが家やお金ではなく、当てもない化け物と思える者だけ。そのために化け物を倒す日々だけが唯一の生き甲斐……。

「どうかしましたか?お二人とも早く帰られた方が」

凛が動こうとしない二人へと体半分を振り返らせた。飛び降りる事がやはり怖いのか。それとも他に何かあるのだろうかと凛が考えていた時、

「家に泊まれよ」

宗太が言った。

「家に泊まれよ。外じゃなくてさ」

優しく笑い掛ける宗太に瑠美も凛へと頷いた。

「そこを拠点に探したりすればいいんじゃないか?」

「それは、有り難いですがなぜ泊まれなんて」

凛は宗太に言われて困った顔をした。なぜ泊まれなどと言うのか不思議だったのだ。すると宗太は恥ずかしそうに照れたように頭に手をやった。

「自分達で、興味本意で探して首突っ込んでこんな話を聞いたんだか。それで後は何もなしに放るのもなって思ってさ。それに自分達で飛び込んだのに化け物から助けられたわけだし。そのお礼って訳じゃないけど…………だからそいつが分かるまでとかでもいいからこの町を拠点にして探したりさ、どこから来たのかも知らないけど疲れてるだろうし」

「そうだね。興味半分とはいえ、探して助けられて話聞いてはい終わりなんてのもね。正直訳分からない事ばかりだけど、でも何かできるなら少しでもしたいから……ね?」

二人が申し訳なさそうに、けれども笑顔で言うのを見て、凛は思わず苦笑した。

「…………私は変わり者ですけど、あなた方も相当ですね。面倒に首を突っ込むなんて」

「はははははははははは……」

何とも言えない顔で二人は笑った。凛も苦笑いをする。

正直凛は二人へ呆れたとしか言えなかった。自分の話や面倒事に二人が首を突っ込まないように遠回しに避けて、なるべく話でも遠ざけているのに悉く首を突っ込んでくる。化け物を見てそれを倒すそんな自分に関わろうと思う人間などいるはずがないのに、この二人はなぜか関わろうとする。それが助けられたものなのか、自分が一文無しによるものなのか、ただのお節介なのかは分からない。けれども、家も食事もないのは確かで目的の手がかりに困っているのも確かなのだ。

凛はしばし考えて、決めた。この二人に協力を求めたのは自分なのだ。その責任はある。そして二人はお礼と善意で提案をしてきた。ならばそれを受け取らない方が失礼に値する。それに気味悪がって噂だけをただ流す者よりも協力的な方が良い。

そう思い凛は口を開いた。

「それなら少しばかりですがお邪魔させて頂いてもよろしいですか?」

「ああ」

「よろしくね」

遠慮がちに言った凛に二人は屈託のない笑顔を見せて頷いた。凛もそれに笑顔で返す。

「ありがとうございます。こちらこそよろしくお願い致します」

お辞儀をした凛に二人はようやく近付いた。

二人の絶叫が辺りへと木霊し、春の夜空に星が瞬く。これは誰にも知られる事のない、そんな夜の出会いだった。

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