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招き巫女奮闘中

作者: nore

「今年もあと1ヶ月か……」

 境内に散る落葉を箒で集めていると、物寂しさ覚えてしまい、つい独り呟いてしまう。

 実家の神社の跡を継ぐことが決まったはいいが、まずは経験を積めと任されたのは本当に小さな神社であった。

「年始くらいは人が大勢来るといいなあ」

 当然参拝者も少なく、時間も気持ちも持て余し気味だ。

 今朝も、日課の招き猫磨きをした後は、特に急いでやらなければならないこともなく、境内の掃除に勤しんでいるところだ。

「まったく。せっかく左手を挙げた猫なんだから、参拝者の1人や2人くらい呼んでもらいたいよ」

 拝殿に鎮座している招き猫に向かってため息を付くと、丁度誰かが石段を上ってくる音が聞こえた。

 しばらくして現れたのは、どう見ても参拝者ではなく、巫女装束を身に纏った女だった。


「たのも――!」

 神主の俺が目の前にいると言うのに、大声で叫ぶ巫女。警戒する俺。

「私がこの神社の神主ですが、いかがなさいましたか?」

「私を巫女として雇ってもらいたいのです」

「すみません。当神社ではアルバイトの方を募集していないんですよ」

 こんな小さな神社に人を雇う余裕がないのは明らかである。

「ええっ? そこをなんとか、この私を特別に雇ってみたいとは思いませんか? 各神社に1人居ると嬉しいとまで言われたこの私ですよ。巫女にしたい部門No.1として選ばれた実力もあります!」

 ええー。なにこの巫女。凄く怪しい。

 それになんだよ、巫女にしたい部門って。

「それに、私の108種類もある特技を使えば、こんな今にも朽ち果てそうな神社でも大繁盛で行列ができますよ!」

「おいこら、巫女のくせに失礼だな」

「はっはーん。さては私の力を信じていないご様子。いいんですか? 本気だしますよ? 本気だしちゃいますよ? 私の本気パンチは神をも倒しますよ?」

 そう言うやいなや、シャドーボクシングをし始める巫女。

 何か聞こえると思ったら、有名なボクシング映画のテーマソングを小声で口ずさんでいる。

「信じるも信じないも、もともと雇う余裕がないんだ」

「ジーザス! 神は私を見捨てるのというのか」

「おいまて、その神は祀ってないからな」


「というわけでして、今日のところはお引き取り願えませんか?」

 若干語尾を強くしながら目の前の巫女に言う。

 というかそもそも本当に巫女なのだろうか。怪しい。

「むむむっ、特技その58の『訪問販売のセールストーク』が効かないとは。あなた、なかなか出来ますね!」

「そんなもの特技と言うのか!?」

「ここまできたら、後は強行突破しか残っていないようですね。私が優秀な巫女だということを証明してみせましょう」

 自信満々に彼女はそう宣言すると、どこからともなく竹ぼうきを取りだした。

 俺が驚いているのも気にせず、彼女は箒を振り回しながら歌い出す。


『そよ風 そよそよ ぷーかぷか

  神社に 散りたる 落葉に寄りて

   みちびけ 集めろ すたこらさっさ』


 すると突風が吹きだし、渦を巻くかのように境内を回っていく。

 まるで意思を持つかのように風は吹き、落葉を踊るように舞い散らしていく。


 ん? 舞い散らしていく?

「って、全然集まってねえ!?」

 突然起こった超常現象よりも、そっちの方が気になってしまった。

 ああ無情。俺が集めた落葉まで散ってしまっている。

 急いで止めるようにと巫女に言おうとしたところ、彼女は顔まで捲れ上がった袴と格闘している最中だった。

 というか彼女の周りだけ、風の威力が桁違いだった。


「モゴー! モゴモゴモゴモゴ! ん、ぷはー! 助かりました。特技その25の『疾風纏いし者』のことを忘れていました、息が詰まる思いでしたよ」

 駄巫女を救出しているうちに、境内はすっかり落葉まみれになってしまっていた。

「いやー、失礼失礼。久々でしたので力の加減を間違えてしまったようです。てへっ」

 左手を頭に、右目は閉じ、舌を出して謝ってきた。

 いわゆる『てへぺろ』ってやつだ。


 グリグリグリグリ――

「痛いです痛いですいだいでずう。無言で頭をグリグリするのは、止めてぐだざいいい」

「それよりあんた、さっきのは何だってんだ? 風が自分の意思で吹いていたように思えたんだが」

「えっへん。私ほどであれば、これくらい屁のかっぱですよ。まあ、カッパじゃなくて巫女なんですけどね」

 ドヤ顔である。

「それに、その手に持っている箒。そいつはどこから出したんだ?」

「やだなぁ、これはステッキですよ、ステッキ。魔法といったら杖。魔女といったら箒。当たり前のことじゃないですか」

「いやお前巫女だろ」

 数秒間に言ったことすら自分で覆している。正直頭が痛い。

 会話の噛み合わなさに疲れが溜まり、俺は深く考えることを放棄した。

「“箒だけに”ですか。ぷぷぷ」

「な、お前いま心を読んだのか?」

「ふっふーん。特技その71の『都合のいい耳』をなめないでください!」

「まあいい。竹ぼうきがあるんなら丁度いい。あんたをまず1日雇おう。今日のところは箒で落葉を集めておいてくれ」

「だからこれはステッキなのに……」

 ひとまず1日雇ってから諦めさせよう。2人で協力すれば、落葉を集めるのもそこまで負担は掛からないはずだ。

 そんな事を思っていたら、後ろからまた歌声が聞こえた。


『ほうきよ ほうきよ ほうきさん

  あたりに 散りたる 落葉に寄りて

   せっせこ せかせか 集めたまえ』


 振り返ると、箒がひとりでに立って落葉を集めていた。

 その動きは、落葉を集めることなら右に出る者はいないと言われたことすらある俺でさえ驚いてしまう程に、優雅で、繊細で、それでかつ無駄のないものだった。

 まるで舞踏を眺めているような錯覚に俺は陥った。

 一方巫女はというと、その隣でこぶしを振り上げながら応援中だ。

「いっけー! そこだそこだ! いいよっ! いい、いい! その腰の動き、最高だねえ! よっ、日本一!!」


 グリグリグリグリ――

「わぎゃ―――!」

「お前もやるんだよ駄巫女。ほら箒だ。3人?でやれば、すぐに集まるだろ」

「駄巫女じゃないですー。正真正銘ぱーふぇくとぷりちーな巫女ですー。それに実は、箒を操るのにとてつもない集中力が必要で」

「さっきはノリノリで応援していただけに見えたが?落葉をより散らしたのは自分なんだから、それくらいは手伝いなさい」

「あの応援も私の特技の1つなのに……」

 ぶつくさ言いながらも掃除をし始める巫女。

 正直、あの箒に任せておくだけでもすぐに終わりそうだったのは内緒だ。



 境内の清掃は昼前に無事終わった。

 2人で昼食を食べていると、巫女がしみじみと呟く。

「それにしても人来ませんねー」

「小さな神社で悪かったな。もともとバイトを雇うほど繁盛していないんだよ。それに今日は暦も良くないからな」

「たとえそうだとしても限度はあるかと。これじゃニートと大差ありませんよ」

「余計な御世話だ!」


「ほんと参拝者の方がいないと暇ですねえ」

「いや仕事自体はあるんだが、お前みたいな駄巫女に安心して任せられるのはなくてな」

「また駄巫女って言いましたね。よし分かりました。それなら、私が優秀な巫女だということを証明してみせましょう」

「あれ? その台詞、ほんの数時間前にも聞いた気がするんだが。嫌な予感しかしないんだけど!?」

「偉い人は言いました『暇ならば、仕事を増やしてしまえばいいじゃない!』と」

「ばかやろ――う!」

 そう言いつつも、再度歌いだした彼女を止めることはできない。

 なにか逆らい難くなるような力が働いているのか、俺は素直にその澄んだ歌声を聞いていた。


『わんわん 吠えない 無口な犬よ

  ときには 休みも 必要だろう

   思いの ちからよ その身に宿れ』


 …………

 何も変化がない。失敗したのか?

 そう思えたのはわずかな時間だけだった。


「我を起こしたのは何者だ!」

 狛犬が喋っていた。

 え? なに? なんなの?

 腹の奥に響く渋い声で、狛犬は詰問する。

 え? 機嫌悪いの? なんか怖いんですけど。

「私じゃ。久しいの、駄犬よ」

 え、駄巫女が駄犬とか言ってる。ぷーくすくす。

 なんてとてもじゃないけど言えない雰囲気。

 2人は知り合いなんです?

「なんだ、お前だったのか。巫女の真似事などしておるから気づかなかったわ」

 今、真似事って言ったよね!?

 やっぱり偽物なんじゃないですか、やだー。

「私は正真正銘ぱーふぇくとぷりちーだいなまいとな巫女じゃ! それよりその闘気を抑えんか。神主が震えておるわ」

 偽巫女に言われて初めて、自分が今まで震えていたことに気付いた。

 震えが止まるに従って、段々と思考がクリアになっていく。

 よくよく思い返せば、箒が自動で掃除するなら狛犬が喋ることくらいあるか。

 えー? あるかなー?

「あ、あの。あなたは狛犬様なんですか?」

「ただの狛犬だ。様など付けぬともよい。それでどうして我を起こしたのだ?」

 偽巫女の方に向き直りながら、狛犬が尋ね返す。

「人が一向に来なくて暇なのじゃ。参拝者を増やせ、駄犬よ」

 『~のじゃ』とか、ちょっとキャラ変わりすぎじゃないですかね。

「巫女なんてやっておるからだ。だが、偶にはお前の提案に乗るのも悪くはないな。この神社が廃れてしまって困るのは我も同じだからな」

「そうじゃろう、そうじゃろう。では、いつもの一声頼むぞ」

 そう言って巫女装束を着た女は不敵に笑った。

 あれ?

 なんだか俺抜きで話が進んでいっている。

 誰か俺に説明してくれませんか?

 そんな事を思い、独りあたふたしていると、狛犬が突然吠え出した。


『クオオ―――――――ン』―――――ン』―――ン』――ン』

 近くに山などはないはずなのに、まるで山彦のようにその声は何度も反響して聞こえた。


「これで満足したかな? 明日には効果が出るであろう。当代の神主よ、これからもよろしく頼むぞ」

 そう言って狛犬は再び動かなくなった。

 達成感からか、その表情は以前より少しだけ恐ろしくはなくなっていた。

「ふっふっふ、これで明日から満員御礼ですね。私の特技を使うまでもありませんでした」


 グリグリグリグリ――

「うびょ―――! なんなんでずか。私、大活躍じゃないですか」

「すまん。この行き場のない思いを発散させたかったんだ。それに頑張ったのは狛犬さんな」

「いいですよ、いいですよー。私はどうせ縁の下の力持ちですよ。願いが叶っても感謝されない存在ですよ」

「ごめん、ごめんって。確かにあんたが狛犬を呼んでくれたおかげだ。これで参拝者が増えるなら大助かりだ、ありがとう」

 思いのほか凹んでしまった巫女装束の彼女に、精一杯の感謝を贈る。

「べ、べつにあんたの為じゃないんだ……あああ痛い痛いいだいでずー」

 グリグリグリグリ――

 こいつは俺を、おちょくってるのか何なのだろうか。



 気づいたら、もう日が沈む準備をしていた。

 西の空が赤く染まり、夕焼けが彼女を照らす。


「もしよければ、明日から正式にうちで働かないか?」

 夕日を眩しそうに眺める彼女を見て、俺はそう口にしていた。

「確かにあんたには不安な部分もあるし、まだまだ仕事を任せきることはできない。参拝者の前で箒と遊ばれても困るし、狛犬を呼びだすなんて問題外だ。でも……、それでも、あんたの巫女に懸ける熱意は感じた。あんたとなら、今以上に楽しい日々が過ごせるような気がするんだ。」


「私も今日という日は本当に楽しかったのじゃ」

「それならっ!」

「じゃが、もう満足なのじゃ。目的も果たせたし、心からの感謝まで頂けたからのう」


「ありがとうな、神主よ。狛犬共々これからもよろしく頼むよ」


 彼女は満面の笑みでそう言った後、身を反転させた。

「ッ」

 夕焼けが直接目に入り、手をかざすも思わず俺は目を閉じてしまう。

 再び目を開けたときには、巫女装束を身に纏ったその姿はどこにも見えなくなっていた。



 翌朝、日も昇らぬうちから参拝者が詰め掛けた。

 昨日までとは打って変わる勢いである。

 夕方になり、やっと一息付けるようになって、俺は拝殿に鎮座している招き猫を参拝することにした。

 忙しさのあまり、日課の招き猫磨きをすっかり忘れていたのだ。

 昨日の出会いを考えると、招き猫の御利益があったのかもしれない。

 そう思い、拝殿に着いたところだった。


 そこには、左手を頭に、右目は閉じ、舌を出した招き猫が鎮座していた。

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― 新着の感想 ―
[良い点]  掌編の設定としては上々。伏線を一つ用意するだけでまた良くなる。  勢いが落ちない。 [気になる点]  描写不足。掌編なら背景描写は少なくてもいいけど、動きがないのは駄目。もったいない。 …
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