第1話(5)
*
時は少しさかのぼり・・。
「シイカ!ほんとにこっちでいいんですか?」
「おうっ絶対間違いない!」
アルトは不安が心を満たす中、シイカの背中を追いかけていた。すると突然、彼は動きをとめる。
「ほらっあれだよ!ここからならアルトも分かるだろ?」
「・・・」
アルトはシイカの目線を目で追う。
「!!」
そして見つけた。柚季の姿を。
彼女と一緒にいる人物は・・・間違いなく、魔女─・・すずだ。
「柚季さ・・」
この場から動き出そうとしたその時、後頭部を強くたたかれた。
「イタッ!!・・何するんですかっシイカ!」
が振り返ったそこには、シイカの姿はなかった。
「オレじゃねーぞ!」
アルトの隣にいるシイカはそう呟く。
そこにいたのは・・・あのときの女の子だ。
魔女の家の場所を、辛口で教えてくれた女の子。
彼女は、アルトとシイカのいるところから一つ間をとった本棚の上から、こちらを見据えていた。
「おお!可愛い子だなっ。アルトの知り合いか?」
「・・・それより早く柚季さんのところへ・・」
女の子はすっと目を細めると、静かな声で言った。
「・・・行かせない」
と同時に、女の子の周囲に風が巻き起こり、彼女の二つに結わえた髪をそして、本棚の中の本を空中に浮き上がらせた。
「アルトっ何かヤバくないか?」
シイカは苦笑いを浮かべる。
「や・・ヤバすぎます!!早く何か対抗できる術を・・・!」
アルトはそう言いつつ、手の中に、柚季の中にある砂時計をだしたときと同じ、大きくて分厚い本を現した。
・・・がその瞬間、数冊の本に勢いよく体当たりされる。
「うわぁっ」
アルトは本棚の上から足を踏み外し、落下するが床にぶつかる前にフワリと浮き上がった。
「えっえーと・・えーと・・」
本に直撃された額を手でさすりながら、アルトはパラパラとページを捲る。
(確かっ・・こんな時に使うのはっ・・・──)
そんなことをしている間にも、本たちは次々とアルトの方へ攻撃してくる。
「うわぁ!」
ギリギリで逃れることはできるものの、この状態では目的の術を探せない・・。
「アルト、大丈夫か?」
シイカがフワリとアルトの隣までやってきた。
「大丈夫じゃないですっ」
アルトは手を動かしながら、そう返す。
「・・・─何かあの子、アルトのことだけ狙ってるみてーだなぁ」
「・・・」
すると、シイカは手の中に背丈以上もある大きな鎌を現した。
とその時、本がアルトにせまってくる。
シイカは口元に笑みを作ると、その鎌で本を切り裂いた。
バラバラになった本は、白いページをまき散らし床へと落ちる。
「!シイカ・・ありがとうごさいます!」
「いいっていいって~」
シイカは笑顔でそう言った。が、向こう側にいる女の子は無表情の顔を僅かに歪ませる。
(この間に早くっ・・・)
そして、何とか目的のページを見つけると、術を発動させるための複雑な模様を、指示されている通りに指でなぞっていった。
・・・最後に指先で二回、紙面を叩く。すると、本の中から光の球体が飛び出してきた。
「シイカ!ありがとうございますっ・・・!!ちょっといいですか?」
アルトは本の攻撃を防いでくれている彼の後ろから、そう言った。
シイカはこちらを見ると、二カッと笑いアルトの前から場所を移動した。
「っ・・・──!」
そしてアルトは、光の球体を手に取るとそれを女の子に向かって放った。
光の球体は、予想以上のスピードで女の子の方まで迫ると、突然その形を膨らませ彼女をすっぽりと飲み込んだ。
と同時に、吹き荒れていた風も本の攻撃もやみ辺りは一気に静かになる。
「よかった・・・!!これでしばらくは大丈夫です。あそこからでるのは、容易じゃないはずなのでっ」
「おぉ!やるなーアルト!」
シイカはそう言いつつ、アルトの背中をバシバシと叩く。
「・・・それでは、早く・・」
とその時、
「アルトーっ!!」
柚季のその声が確かに聞こえた。
「!!柚季さん!」
間違いなく柚季は危機的状況に陥っている、そう確信したアルトは、すぐさまこの場から離れ、彼女の方へ向かう。
・・・そんなアルトにシイカも続く。
柚季の姿が近づくにつれ、今、彼女に起こっている事態を把握することができた。彼女は、床にぐったりとして倒れている。
「!──っ・・」
一体、柚季のみに何が起こったというのだろうか。
「アルト!あぶねぇーぞ!!」
「!?」
シイカのその声とほぼ同時に、背中に強い衝撃が走った。
・・・アルトはそのままの勢いで、本棚にぶつかると床へ落下する。
「っ・・・痛っ・・・」
その衝撃により、数冊の本もドサドサとアルトの隣に落ちてきた。
「う・・」
アルトは、全身に走った痛みに何もできず表情を歪ませた。
・・・術が記してある大切な本も、この衝撃でどこかへ飛ばされてしまったらしい。
女の子は、アルトを攻撃した風の塊を手の中からかき消すと、代わりに大きな剣を手の中に現した。
その剣は、女の子の体と不釣り合いなぐらい大きくて長い。
彼女は表情を動かすこともせずその剣を手に持つと、動けないでいるアルト向かって急降下した。
「!!まっ・・待ってください!!」
アルトは女の子の攻撃を、横に転がるようにして何とかかわす。
が、彼女の攻撃はそれだけでは終わってくれない。
女の子は立ち上がれないでいるアルトの前に立ち、剣を高々と振り上げた。
「!!っ・・・」
その時、女の子の背後に現れたシイカが、鎌で彼女を切り裂く・・・が、刃が当たる寸前で彼女は空中に身をひるがえし、それを避ける。
「可愛いのに・・・そんな物騒なもん、似合わねーぞ!?」
シイカはそう余裕の笑みで言いながら、次々と刃を振るっていった。
「・・・」
女ん子は顔色ひとつ変えずに、刃を身軽にかわす。
「アルト!今のうちに行けるぞ!」
「あ・・ありがとうございますっ」
(シイカが時間稼ぎをしてくれている間に・・早くしなくてはっ)
彼の好意を無駄にしたくない。
アルトは立ち上がると、走り出した。
・・・柚季がいた場所は、すぐそこのはずだ。
本棚の間を走り抜け、アルトは柚季がいるはずの場所へ向かう。
「!!」
そして、柚季の姿を見つけた。
彼女は・・床に仰向けに倒れ・・ぐったりとしている。
「柚季さんっ大丈夫ですか?」
アルトはすぐさま柚季に駆け寄り、その体を揺さぶるが、彼女はそのまぶたを開く様子はなかった。
その時、背後から声がした。
「残念。少しくるのが遅かったみたいね」
「!」
振り返すと、そこには魔女─・・すずの姿があった。
彼女は、余裕ありげな笑みを浮かべている。
「──・・・魔女さん。柚季さんに何したんですか?」
「何だと思う?」
すずは流すようにそう言うと、倒れている柚季の隣に座り込み彼女の顔を見下ろした。
「・・・」
・・・結果は何にしろ、アルトにはやらなければいけないことがある。
アルトは汗ばむ掌で、ポケットの中のあるものをしっかりと掴んだ。そして、それをゆっくりと取り出しすずへ向ける。
「なぁにそれ?」
すずは楽しげな笑みを口元に作った。
「──・・・」
アルトが今、すずに向けているものは・・・拳銃に似た武器。と言っても、全体が真っ白で形が丸みを帯びているので、そう物騒なものには見えないのだが。
「・・・すみませんが、魔女さんには魂ごと消滅してもらいます」
アルトの言葉に、すずはゆっくりと立ち上がった。
「・・・ふぅん。どうして?」
すずの意外な言葉に、アルトは目を見開いた。
「どうしてって・・・柚季さんに理不尽なことをしたからですよっ」
・・・すずは瞳をわずかに細める。
「・・・なら、この状況も理不尽だわ。その気もないヒトに、こんなものを向けられるなんて」
「・・・何でそんなことあなたに分かるんですか?」
アルトは銃口をすずに向けたまま、静かな声でそう言った。
すずはフワリとアルトの隣に足をつくと、耳元で囁く。
「・・・だって君、優しい、でしょう?汚らわしいほどにね」
「!・・・」
するとすずは、アルトの手の中の銃に自分の手を乗せた。
「ははっ・・大丈夫?震えているみたいだけど」
「!・・・離れてください!」
アルトはすずの手を振り払い、また銃口を彼女へと向ける。
すずは相変わらず、口元の笑みを絶やさずに
「いいのよ。撃っても」
「っ・・・──」
アルトの額に、じんわりと汗がにじんでくる。
──・・・撃たなくては。
アルトが引き金に力を込めようとしたしたその時、倒れたままの柚季の体が淡い光をおび始めた。
「!?・・・」
「始まったみたいね」
その青白い光は、柚季の胸辺りでより強く光り・・・そして、そこから何かが現れる。
「!!」
アルトは自分の目を疑った。
あれは間違いなく、柚季の魂だ。
(どうしてっ・・・こんなことっ・・)
アルトは頭の中が混乱する中、柚季の隣に近付く。そして、彼女の魂が遠くへ行ってしまわないよう、青白く光りを放つそれを手で包み込んだ。
・・・かろうじて魂と柚季の体は、一本の糸のようなもので繋がっているが、いつ切れてしまうかも分からない。
「・・・──魔女さん、あなたの仕業ですか?」
アルトの声は自分でも意外なほど、静かだった。
「そうよ?・・あまり悪く思わないでね。ゆずを境界に連れてきた君にも、原因があるんだから」
アルトはすずの言葉に、思わずドキリとした。
・・・そうだ。あのとき無理やりでも柚季のことを止めていれば、このようなことにはならなかったはずだ。
・・・とアルトは考えたが、今はそんなこと思っているヒマはない。
「柚季さん!目を覚ましてくださいっ」
アルトは必死に、柚季の魂を彼女の体に戻そうとする。
・・が、魂はまるで体と反発するかのようにその中へ入ってくれない。
「ムダムダ。さっさと諦めて、天界に戻ったら?君の代わりに、あたしがゆずの傍にいるんだから」
「──・・・」
アルトは床の上に落としたままの銃を、ゆっくりと手に取った。そして、目を伏せながら、
「あなたを消滅させたら、薬の効果はきれますか?」
アルトの言葉に、すずは面白そうに口元を緩める。
「・・・さぁどうでしょう?」
その時・・・
「おっいたいた!」
シイカが本棚の影から、ひょっこりと姿を現す。
「!シイカっ」
「今日が寿命の、柚季ってこいつのことだな?」
「!!・・・──ちょっと!何言ってるんですか?シイカ!」
アルトはシイカの言葉に、思わずそう叫ぶ。
シイカはそんなことは気に留める様子なく、手の中に大きな鎌を現した。
「ごめんなーアルト。言いそびれちまったけど、今日、柚季の寿命がつきるみたいなんだよなぁ・・・つーかもう魂でてるしっ!あとは繋ぎめを切るだけだなっ」
「・・・ほ・・本気で言ってるんですか?」
シイカはアルトの動揺も気に留める様子なく、不思議そうに首をかしげる。
「はぁ・・・?本気に決まってるだろー?」
「ちょっと待ってくださいよ!柚季さんは魔女さんのせいでこうなったわけであって・・・寿命とかそういうのでは・・・──」
シイカは困ったように笑う。
「あのなーアルト。寿命にそんな面倒な決まりはないだって!まっ柚季の場合、かなり稀な例なことは確かだけどなっ」
・・・すずはシイカの登場にも顔色一つ変えることなく、微笑んでいる。
まるで、こうなることを初めから知っていたみたいだ。
「──・・・」
シイカは、黙りこくったままのアルトの背中を、バシッと叩くと相変わらずの笑顔で言った。
「アルト~良かったじゃねーか!これで面倒な仕事とおさらばできるぞっ」
そして、シイカは鎌を高々と振り上げた。
「待ってください!!」
アルトはそう叫んで、シイカと柚季の間に割って入る。
「なっ何だよー?」
「シイカ・・・やめてください」
「はぁ?何でだよ?・・つーか、ここで柚季の寿命がつきるってことは、別にアルトが仕事を投げ出したってことじゃないから、大丈夫だぞ?
もし、上から何か言われたら俺がフォローしてやっから!」
「──・・・っ・・そんなことは・・どうでもいいですよ」
アルトの声は動揺を隠せなかった。
どうしてシイカはこんな状況でも、平然としていられるのだろう。
どうしてシイカは・・・こうも、命に対して無頓着なのだろう。
シイカはアルトの言葉に困ったような顔をする。
「じゃぁ、何なんだよー?つーか・・・俺も仕事をしないとヤバいんだけどなぁ」
「・・・すいません、シイカ。柚季さんのことは見逃してくれませんか?」
「──・・・」
「僕はまだ・・──柚季さんの命を諦めたくないんです」
アルトは必死な思いでそう言った。
・・・ここで諦めてしまったら、裏切ることになる。
彼女の持っている希望も、ここまで来れた自分の気持ちも。
シイカはアルトの気持ちを察したのか、不服そうな声で、
「・・・仕方ねぇーな。アルトがそこまで言うなら、柚季の魂は見逃すよ」
「!・・ありがとうございますっ」
「─・・やっぱりアルトは真面目ってことなんだよな。まぁそこがアルトのいいところだしなっ」
シイカはいつもの笑顔で二カッと笑うと、手の中の鎌をかき消した。
「・・・はは」
「あっその代り、怒られたらアルトのせいにするからなー!?」
「べ・・別に構いませんよ」
アルトは何とか微笑んでそう言った。
そして、シイカは「じゃー俺は帰るか」と呟いて、この場から姿をかき消してしまった。
アルトはその光景を見て、安堵の溜息を漏らす。
「あーぁ帰っちゃった」
すずは残念そうにそう言葉をこぼした。
「・・・」
「あたしの薬は、魂を体の外に出すことはできても、切断することはできないのよねー。あの子が使う鎌だけが頼りだったのに・・」
「・・じゃぁもう諦めてください」
アルトは睨むように、すずを見る。
「・・・」
すずはそれに何も言い返さず、ただ不機嫌そうに表情を歪める。そして、胸の前で指をパチンと鳴らした。
「!」
それと同時に柚季の魂は、彼女の体の中に吸い込まれるようにして戻っていった。
・・・青白かった柚季の顔は、見る見るうちに生気を取り戻す。
「・・・言っとくけど、諦めたわけじゃないから」
すずは冷たい声色で言うと、柚季の前に座り込んだアルトを見下ろした。
「─・・・どうやったら諦めてくれますか?」
「ははっ。またそんなこと言って」
「・・・」
「あたしがそう簡単に諦めると思う?」
「──・・・」
アルトは黙っていることしかできなかった。
・・・やっぱりこうするしか・・道はないのだろうか。そしてアルトは、手に持つ銃に力を込める。
「・・・でも、一回だけチャンスをあげる」
「!」
顏を上げると、すずは微笑みアルトの前にしゃがみ込んだ。
「・・・──君がゆずの傍にいるのは、すごく不快。でも、あたしのゆずに、こーして優しくしてくれることは・・・まぁ不快ではないわ」
「──・・・」
「・・・その前にゆずにかけた術を解いて。話はそれからよ」
「・・魔女さんが柚季さんの体をのっとることを、諦めてくれる可能性があるってことですか?」
「まぁね。可能性はゼロではないんじゃない?」
すずは面白っがっているような笑みを口元に作る。
「・・・」
きっと今の自分には魔女・・すずを消滅させるほどの力はない。
それに逆らっても、どうこうできる相手ではないだろう。
「・・・──分かりました」
アルトは覚悟を決めてそう言うと、柚季の胸の前にかざした。
すると、彼女の体の中から、あの時の砂時計がアルトの手に、吸い寄せられるようにでてきた。・・・それを掴む。
「・・・術はこれで解けましたよ」
と同時に、すずはそれ奪い取った。
「!」
そして、砂時計を床に落とすと、何のためらいもなく足で踏みつけた。
それは鈍い音を立て、粉々になると空気に溶けるように姿を消した。
「・・・タイムリミットは、ゆずの中の薬が完全に効果を現すまで・・・つまり、あたしがゆずの体を手に入れるまでね。それまでに、あたしの一番望むもの、を持ってきて」
すずはその言葉をつらつらと読み上げるように言うと、アルトに背を向けた。
「そーしたら、あたし、人間になること諦めてあげるから」
「!・・待ってください!!それだけじゃ分かりませんよ!」
「はは。分からなかったら、それでおしまい。よーく考えてね?
あっゆずにもそのこと、ちゃんと伝えておくのよ」
「──・・・」
「あっ・・そうだ」
すずは何か思い出したようにそう言葉をこぼすと、手の中に何かを現した。
・・・それは透明なビンに入った多くの薬。
すずはそれをアルトの方へ放り投げる。
「!」
それをとっさに受け取ると、すずは言った。
「・・・それ、痛みを止める薬。ゆずに飲むように言って。朝起きたとき必ずね。
あんな痛みがでるなんて、あたしにも予想外だったから」
「!!・・・そんなことっ信じられませんよ」
「・・・そう?ゆずが痛みで、精神的におかしくなっていいっていうなら・・別にいいけど・・──」
そして、すずはクスリと笑うと、またアルトに背を向け、
「じゃぁ、せいぜい頑張って」
そう呟くと部屋の奥の暗闇へ姿を消した。
「・・・」
アルトはすずから受け取った薬のビンを、力強く握りしめていた。
(一体どうすれば・・・とにかく、柚季さんが目を覚ましたら、ちゃんと伝えなくちゃですね・・・)
*
すずはアルトと別れてからすぐ、こちらに向かってよろよろと歩いてくる人影を目にした。
「!・・」
すずはそれが誰なのか察し、すぐに彼女に駆け寄る。が、その前に彼女は力なく床に倒れてしまった。
「ソプラノ!・・大丈夫?」
すずは長い白髪を二つに結わえている女の子・・・ソプラノの上半身を抱き上げ、そう声をかけた。
「ごめんなさい・・すず様。私、足止めをすることができませんでした・・それに、すず様の大事な本たちをバラバラにしてしまいました・・・」
ソプラノはその大きな瞳に、あふれ出しそうなほどの涙をためて表情を歪ませる。
「・・・そのことはもういいのよ、ソプラノ。それに散らかった本たちは、また元通りにすればいいことだわ・・」
すずは彼女の目に溜まった涙を、優しく拭い取る。
・・・ソプラノは、とても痛々しい姿だった。
身にまとっている黒のワンピースはやぶれ、そこから覗く肌にも血のにじんだ傷が何か所もあった。
「・・・ごめんなさい・・」
ソプラノは整わない呼吸の中、またその言葉を並べた。
「・・・いいから。早く傷の手当てしましょう?」
「いいんです。すず様にそのようなこと、させるわけにはいきません」
するとソプラノは服のポケットから、薬の入ったビンを取り出し、そこから一錠手に落とす。そして、それを口に含んだ。
次の瞬間、ソプラノの歪んだ表情は何も感じていないような無表情に変化し、目からこぼれ落ちる涙も肌に吸い込まれるようになくなった。
「・・・ソプラノ。あまりそれに依存しすぎると・・」
すると彼女は、すずの腕から離れ立ち上がると、こちらに向かって頭をさげた。
「お気遣い、ありがとうございました」
ソプラノは淡々とした声色でそう言うと、すずに背を向ける。
「ちょっと・・ソプラノ!傷の手当はちゃんとしなさいよ?」
「・・・はい。大丈夫です」
「・・・」
そしてソプラノは、おぼつかない足取りで歩きだし、すずの前から姿を消した。
「・・・ほんと困った子」
すずは、ため息交じりにそう呟いた。




