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境界のすず  作者: 夕菜
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第1話(4)





 そして、一時間後。

「・・まだ着かないの?」

「さっきから、そればっかりですよ?柚季さん」

 柚季とアルトは、ただ黙々と歩みを進めていた。

 一体、どのくらい歩いただろう。

 さきほどまでは並ぶようにして建っていた家々も、今はまばらになってきた。

「・・・もしかして、騙された・・ってことはないよね?」

 その考えがどうも頭から離れなくて、柚季は気が付いたらそう訊いていた。

「まだ分かりませんよ?行き止まりになるまで、行ってみませんか?」

 アルトは柚季とは対照的に、柔らかに微笑む。

「うん、そうだね・・・行くか・・」

 一緒に頑張ってくれるアルトがいるから・・・信じて頑張ろう、そう思った。


 そして、30分後。

 まばらに建つ家々は、もう見当たらなくなり、分かれ道にも出会わなくなり・・柚季とアルトは、ただ真っ直ぐに続く道を黙々と歩いていた。

「・・・」

「そろそろ、行き止まり・・・のようですね」

 アルトは呟く。

 家々があったときは、明るかったはずが、今は薄暗くて視界が悪くなってきた。

 するとその時、薄暗い景色の向こうに何かがポツリと見えた。

(あれ・・何だろ)

 だんだんと歩みを進めるうちに、それが何なのか分かってきた。

(家か・・どうしてこんな離れた場所にあるんだろ)

「ここで行き止まりですね」

「!・・・」

 アルトの言葉に、よくよく見てみると、その家から後は道が続いてなかった。

「もしかしてこれが、すずの家?いたって普通なんだけど・・」

「・・・おそらくそうだと思います。真っ直ぐ歩いて、行きついた先がここなわけですし」

「・・・」

(本当に着いちゃった・・)

 今まで胸の奥でくすぶっていた不安が、一気に膨らむ。

 ・・・やっぱり、怖い。

「頼りにしてるからね・・?アルト」

 柚季がそう呟くと、アルトは引きつっている表情をこちらに向けた。

「もちろんです!柚季さんのことは僕が守りますよ?」

 そう言う彼の顔は・・・やっぱり引きつったままだ。

 そしてアルトは、ゆっくりと手をドアノブの方へ移動させ、そこに手をかけると「失礼します!」の言葉と同時に、ドアを開け放った。

「・・・」

「・・・」

 しかし、返ってきたのはただの沈黙で。

 中の様子も薄暗くて、ここかれではよく確認することができない。

「入ってみますか?」

 アルトは緊張気味の顔をこちらに向ける。

「・・うん。もちろん」

 柚季はにっこりと笑顔をつくって、そう返した。

「ですよね・・行きましょうか」

「うん」

 アルトはそろそろと歩みを進める。

 柚季もアルトの背中に隠れるようにして、家の中へ足を進めた。

 ・・・家の中は、とても静かだ。

 この静けさが、柚季の中の不安と恐怖をよりかき立てる。

 天井からつりさがっている朱色のランプが、柔らかな光を放っていた。

 柚季はアルトの背中にしがみつきながら、周りの景色に目を凝らした。

(本棚・・?こんなにたくさん・・)

 背の高い本棚が、まるで迷路の壁のように立ち並んでいる。

 それに・・・大きな違和感を覚えた。

(こんなに広かったけ?)

 家の外観からして、普通の一戸建てぐらいだったのに・・・中に入ってみるとまるで違う。

 とても広い部屋。ここからでは、向こうの壁が見えない。

 立ち並ぶ本棚は本当に迷路のようで、一回入り込んだら帰ってこれなそうだ。

「アルト・・この部屋、おかしくない?」

 柚季が恐る恐る聞くと、アルトは前を見たまま、

「・・・境界の家はみんなそうなんです。

 外観は普通の家でも、中は無限の空間がひろがっています。その空間をどう使うかは、もちろん家の持ち主の自由です・・」

「そうだったんだ。すごい・・って言うか・・すずの家って不気味すぎるんだけど」

「で・・ですねー」

 柚季とアルトは、そんな会話をしながら歩みを進めた。

 どこまで歩いても、同じような景色ばかり続く。

「魔女さん!いるんでしょう?出てきて下さいっ」

 アルトは突然立ち止まると、そう叫んだ。

 ・・・しかし、それにこたえる声はない。

「・・・本当にいるの?」

「分かりません。取りあえず、もう少し行ってみましょうか」

「・・・うん」

 そして、また歩き出す。

「・・・」

 柚季は歩みを進めていくうち、もう一つ気付いたことがある。

 立ち並ぶ本棚。その中には、ところ狭しと本が敷き詰められている。

(ここにある本って・・・全部・・もしかして・・)

 するとその時、後ろから誰かに背中を叩かれた。

「!」

 ドキリとして振り返ると、そこには女の子がいた。

 見知った顔・・あの時、すずの家の場所を教えてくれた女の子だ。

「あっ・・・」

 柚季が思わずそう声を漏らすと、女の子は静かな表情で口元に人差し指をあてる。

「!──・・・」

 そして、手招きすると踵を返しここからでは見えない、本棚の向こう側へ行ってしまった。

(一体・・何?)

 柚季は女の子が姿を消した方へ移動する。

 見ると、彼女は立ち止まりまた柚季に手招きをすると歩き出す。

「─・・行ってみるか・・」

(もしかしたら、また何か教えてくれるのかもっ・・あ、でも、アルトが・・)

 柚季はアルトのいる通りの方を確認してみた。

 アルトは今の事態に気付いている様子なく、彼の背中はずっと遠くの方へ行ってしまっていた。

(どうしよっ・・・)

 早く行かないと、女の子のことを見失ってしまう。

 今からアルトの方へ呼びに行っている余裕もない。

「──・・」

(まっいいか・・どうにかなるよねっ)

 柚季はそう決断し、アルトの背中から目線を外す。そして、女の子の背中を追いかけた。


「ねぇ!どこ行くの?」

 走って女の子に追いつくと、柚季はそう彼女に訊いた。

「・・・あなたの望んでいるところ」

 女の子は黙々と歩きながら、そう応える。

「もしかして・・すずのところまで案内してくれるの?」

「・・・」

 女の子は、ただ沈黙を返した。

 よく分からないが・・・

 多分、彼女はすずについて何かを知っている。柚季は、そう感じた。

(・・・やっぱりアルトのこと、呼んできた方がいいかな)

 仮にすずに会えたとしても、自分には戦える?手段がない。

「ねぇちょっといい?・・アルトのことよんでくるから、ここで待ってもらってもいい?」

 女の子はその言葉にピタリと歩みを止め、こちらに振り返った。

「・・それは無理」

「えっ・・・──?」

「わたしが案内したいのは、柚季。あなただけだから。ただ、黙ってついてきて」

 そして、また女の子は歩き出す。

「!・・・ちょっと待って」

「黙れって言ったの、聞こえなかった?」

 女の子は黙々と歩くなか、そう低い声で言った。

 柚季は女の子の背中を追う中、負けじと叫ぶ。

「ねぇっ少しはわたしの話もきいてよ!」

「・・・きかない」

 すると、女の子は突然立ち止まった。

 柚季も立ち止まると、こちらに振り向いた女の子と目があう。

 ・・・彼女は、微笑んでいた。

「!!」

 その時、女の子の姿が揺らめく。そして、その姿は空気に溶けるようにして消えてしまった。

「!・・・消えちゃったし・・」

 一体、彼女は何の目的でここまで連れまわしたのだろう。

 柚季が今いる場所は、さきほどと同じような景色が広がるだけだ。

「ようこそ。ゆず」

「!!」

 突然、その大人びた女性の声が上から降ってきた。

 見上げると、背の高い本棚の上には若い女性が一人座っている。

 腰まで届く長い黒髪に、白い肌。それに、人間味を感じさせない赤の瞳。

 着物に似た、変わった服を身にまとっている。

「もしかしてっ・・・すず!?」

「そのとおり」

 彼女─・・すずは、本棚の上からふわりと柚季の前に足をつく。そして、柚季の方へ駆け寄ると・・そのままの勢いで抱きついた。

「ゆず。会いたかったわ」

 すずのその声が、耳のすぐ近くで聞こえた。

「っ──・・・!」

「かわいいかわいい、私の妹・・」

「?・・・何言ってるの・・離して」

 すると、すずは柚季からそっと離れて・・それと同時に、柚季の眼帯を外した。

「!」

「こんなもので隠してないで、私によく見せて?」

 すずは、柚季の顔を両手で包み込むように押さえると、満足げに微笑む。

「・・うん、上出来」

 柚季はすずの手を振りほどき、一歩一歩後ず去った。

「ごめんね?片方の目しか使えないなんて不便でしょう?でも、大丈夫。薬の効果がすべて出たらちゃんと見えるようになるから。

 ・・・あ、そのゆずの目を使うのは私だけど・・」

 すずはクスクスと笑う。

「・・・悪いけど、アルトにかけてもらった術のお蔭で、もう薬の効果はでないから」

 柚季は呟くようにそう言った。

 その言葉に、すずは笑うことを止めると薄い笑みを浮かべる。

「・・・──そうみたいね」

「!・・」

「ゆずのその目を通して、少しだけ分かったの」

「!!」

 するとすずは、穏やかな表情を一変させ刺すような瞳で柚季を見た。

「そんなこと、絶対許さないから」



(柚季さんっ・・・一体どこに行っちゃったんですか?)

 柚季がいないという事実に気付いたアルトは、もと来た道を引き返して彼女の姿を探していた。

 ・・・後ろからついてくるはずの柚季の気配がない・・・と思って、振り返ったら案の定だ。

(あーっ・・なんでもっと早く気付かなかったんでしょうっ・・・)

 こんな背の高い本棚が並んでいては、探しづらくて仕方ない。

 アルトは、床を蹴って浮き上がると本棚の上に足をつく。そして、さっきより高い位置から、周囲をじっくりと見渡した。

「うーん・・」

(それらしき人物は見当たりませんね・・)

 それ以前に、視界が薄暗いので、遠くの方はよく確認することができなかった。

「よ!アルト」

 その声と共に、勢いよく肩を叩かれる。

「!」

 振り返ると、いつの間にかアルトの後ろにはシイカが立っていた。

「・・・シイカ」

 シイカはニコニコと機嫌がよさそうな表情で、

「何か困ってそうだなっ」

「・・・そうですよ。柚季さんとはぐれてしまって今、大変なんです」

 アルトは、ため息まじりにそう言った。

「だから、シイカと話しているヒマは・・・」

「マジか!そりゃぁ大変だなっ。早く見つけなくちゃヤバくねぇか!?」

「そうなんですよっヤバいんですよ・・・!!」

 すると、シイカは辺りをぐるりと見渡す。そして、目を僅かに見開くと遠くの方を指差した。

「あれってもしかして、柚季じゃねぇか?」

「!・・僕には何も見えないですけど・・」

 シイカの指差す方に目を凝らしても、ただ薄暗い中に本棚の列が続くだけ・・。

「何で見えねーんだよ。あっちにいるだろ?」

 シイカはそう言うと、隣の本棚の上へ身軽に移動し、そのまま次々と本棚の上を器用に渡り歩く。

「・・・」

(ほんとに見えているんでしょうか・・?)

 アルトは疑問を抱きながらも、念のためシイカの後に続いた。



「人間界にいるゆずに、あれだけの量の薬を飲んでもらうのとても大変だったんだから。なのに、他人にそう簡単に助けてもらうなんて卑怯よ?」

 すずは悲しげにそう言いながら、柚季に近付いてくる。

 柚季はそれに、負けじと言い返した。

「・・・何が卑怯なの?変な薬を飲ませて、わたしの体を勝手に乗っ取ろうとしているあなたに言われなくないっ・・」

「ふぅん・・強気ねぇ・・すごい」

「・・・」

「・・・でも、境界に来ちゃったことは間違いだったわね。地上とここじゃ、まるっきり違うから」

 すずは幸せそうに微笑む。

 柚季はその笑みに、恐怖を覚えた。

「──・・・まるっきり違うって何が?」

 柚季の問いに、すずは静かな声で、

「使える薬の種類とその効果」

「!!」

 その時、柚季は気付いた。・・・足が動かない。

 見ると、床から生えた植物のツタのようなものが柚季の両足をぐるぐると縛り付けている。

「っ・・何?」

 柚季は振り払おうと足に力を込めるが、それは叶わず、反動で床にしりもちをついてしまった。

「!!」

 と同時に、床についた両手にも、そこから現れたツタによって力強く縛り付けられる。

 柚季は全く身動きがとれなくなってしまった。

(うそっ・・どうしよっ・・)

 どう力をこめても、縛り付けるツタは解けそうにない。

 その時、視界にすずの服の裾がうつり込んだ。

「!!」

 見上げると、柚季のすぐ前に立つすずが、口元に笑みを浮かべこちらを見下ろしていた。

「っ──・・・アルトーっ!!」

 もし、彼が近くにいたら助けにきてくれるかもしれない、柚季はそう願って叫んだ。

「無駄よ。あの子が足止めに行ってるはずだから」

 すずはそう言いながら、柚季の前にしゃがみ込み、その赤の瞳でこちらを見据える。

 すると、すずは掌を柚季の前に差し出した。

「!」

 ・・・その手の上には、一錠の薬。

 柚季が知らずに飲まされていた薬ととても似ていて、でも色だけが違う。それは、紫と黄色をしたカプセルだ。

「ゆず、飲んで?」

 すずは、そのカプセルを柚季の口のすぐ前まで持ってきた。

「!!・・・飲むわけないじゃん!」

 柚季はすぐさま顏を背け、そう叫ぶ。

 今度はどんな効果のある薬なのだろう。

 きっと、柚季にとって最悪のものに違いない。

「やっぱりそうよねぇ・・・じゃぁ、あたしが飲ませてあげるから」

 すずはため息交じりにそう言うと、そのカプセルの薬を自分の口へ放り込む。

「?・・」

 次の瞬間、すずは唇を柚季の口に押し当てた。

「!!!」

 すずの両手は、しっかりと柚季の頭を押さえている。

 少しの沈黙・・・。そして、すずは柚季の口から唇を離した。

「っ・・・!!」

(うそっ・・・飲んじゃったっ・・・)

 すずの突然の行為に頭が混乱する中、その現実だけはしっかりと受け止めることができた。

 それと同時に、柚季の足と手を縛っていたツタは消えてなくなる。

「・・・ごめんね、ゆず。あたしはどうしても人間になりたいのよ・・・」

 すずはどこか憐れむような瞳で、柚季を見ていた。

「っ・・・ひどい!!」

 柚季は叫ぶようにそう言うと、立ち上がる。・・が、歩き出すその前に柚季の体は崩れるように床に倒れてしまった。

 ・・・──体に力が入らない。

「ゆずが今飲んだのは、魂が体から離れる薬、よ。やっぱり境界では、薬の効果がすぐにでるみたいね」

 すずは柚季の耳元でそう囁いた。

 ・・・柚季は、もうどうすることもできなかった。

 そうしている間にも、柚季の視界はだんだんと黒く染まっていく。・・・そして、何も見えなくなった。


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