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境界のすず  作者: 夕菜
30/31

第6話(2)


「あああーどうしましょう」

 アルトは柚季の部屋で、頭をかかえていた。

 すずはどこかへ行ってしまったので、今はアルト一人だ。

 本当は追いかけて、説得しようと思ったのだが、人間になってしまったすずにはもう天界人の姿は見えない・・・

 だから、今はそのことよりも・・・

(柚季さんは、大丈夫でしょうか・・)

 柚季は今、入る体がない。ということは、境界に行っているはずだ。

 すずのことも気になるが、今は柚季のところへ行きたかった。

 アルトはフワリと浮き上がると、天井を通り抜け指を空に向かって弾く。

 いつものように、境界へのトビラが現れたことを確認すると、アルトは一刻も早く柚季に会えること願って、その中へ足を踏み入れた。


 アルトは境界に到着すると、受付をするひときは大きい白い建物のトビラをあけた。

 そこには数人の天界人しかいなく、どうやら受付が終了した後の片付けをしているようだ。

 地上から無理やり連れてこられたのならば、柚季はここにきているかもしれない、そう思ったのだが。

(ちょっと来るのがおそかったみたいですねっ・・あ、シイカ)

 よくよく見ると、片付けをしているヒトの中に、シイカがいた。

 彼は魂の入っていたカゴを大量に腕にかかえて、それを別室に運ぼうとしている最中のようだ。

(今日、シイカ、受付の手伝いだったんですねっ・・・柚季さんともしかしたらあってるかもしれません)

 アルトはそう考え、シイカに駆け寄る。

「シイカ・・・」

「おっアルトー。手伝ってくれるのか?」

「え」

 シイカは持っているカゴをアルトに押し付けると、ニカッ笑う。

 思わずそれを受け取ってしまったアルトだが、もちろん、そんなつもりはなかったので慌てて言った。

「違いますよ!僕は柚季さんが、ここにいたかきこうと思いまして」

「柚季か?さっきまでいたな」

「!」

「でも今は、天界に行っていると思うぞー。課長とミオに思いっきり待ち伏せされてたしな!」

 シイカの言葉に、アルトはゾクリとする。

 とても嫌な予感がした。

「っ─・・」

 アルトは受け取ったカゴをシイカに押し付けると、急いで部屋を後にした。



 アルトは天界へ続く大きなトビラの前に立つと、ゆっくりと深呼吸する。

 正直、天界にはとても行きにくい。

 それは、キオクを勝手に戻したことと・・その他にも、天界の意向に逆らっていることが最近多かったせいだ。

 何かしら言われることは予想できたが、柚季のことが心配だ。

 アルトは意を決して、天界へのトビラを開ける。

 いつものように、多くの人々で賑わっている天界。

 アルトは、周囲をゆっくりと見渡しつつ、歩みを進めていく。

(早く見つけないと、ヤバいかもしれません・・・)

 かつての自分のように、キオクを抜かれることだってありえる。

 と、吹き抜けになている二階の廊下にミオらしき人物がいることに気付いた。

 アルトは急いで、近くの階段を駆けあがりミオの方へ走る。

 ミオの隣にリツボシもいるようだ。

「・・・」

 正直、リツボシとは顏を会わせたくなかったが、今はそんなこと気にしていられない。

 アルトは、二人の方へ駆け寄ると「お疲れさまです」と言って、軽く頭を下げてから

「あのっ・・・柚季さんは」

 2人は互いに目線を合わせると、アルトを見る。そして、リツボシは口を開いた。

「アルト、いいところに来たな。

 丁度、頼みたい仕事があったんだよ」

 リツボシは、柔らかな笑みを浮かべる。

「はぁ」

 予想外のリツボシの反応に、アルトは思わず言葉を濁した。

 まさか・・・バレていないのだろうか。アルトにキオクが戻ったこと。

 そんなこと期待してしまう。

 ミオは後方を一瞥すると、あいまいに微笑みながら

「柚季、そろそろ戻ってくると思うんだけど・・」

「!柚季さん、やっぱりここに来てるんですねっ」

「・・・」

 すると、後方の曲がり角の向こう側から、柚季が姿を現した。

 アルトはその姿に、目が釘付けになる。

 天界の制服を身に着けた柚季。髪色もいつもの黒ではなく人間味のない白色だ。

 ・・・アルトは、きいたことがあった。

 天界人になった場合、キオクを抜かれた後遺症で髪色が変わることがある、と。

(もしかして・・・柚季さん・・・)

 リツボシは微笑みながら

「アルト、新人のユズキだ。面倒みてやってくれ」

「!!柚季さんっ・・嘘ですよね?」

 アルトがそう叫ぶように言っても、柚季はぼんやりとした様子で立っているだけだ。

「柚季さん・・?」

「・・・アルト先輩、これからお世話になります。よろしくお願いします」

 アルトの感情は無視して、柚季は深々と頭を下げる。

 柚季は、キオクを抜かれてしまったのだ。アルトはそう確信した。

 アルトが言葉を失っていると、ミオが言った。

「最初はアルトの知っている柚季とは違うかもしれないけど・・こっちに馴染んでくると、正確と雰囲気も元に戻ると思うから、何も心配ないよ~」

「っ・・なんてこと、してくれたんですかっ」

 こんなこと、理不尽すぎる。

 まだ、可能性はあったはずなのに。

 アルトは腕にかかえている白い本を柚季に見せると、

「柚季さん、思い出してください!これ頑張ってかいたやつですよね?」

 ページを開こうとした時、リツボシが言った。

「余計はこと、するんじゃねーよ!」

「!!」

 リツボシはアルトのことを刺すような目つきでみる。

 今までにない、リツボシの反応にアルトは思わず固まった。

「お前の裏切りを許すなんて、一言も言ってねーからな?」

「─・・・」

「新人の教育をする代わり、そのことはなかったことにしてやるって言ってんだよ!そのぐらいは分かれ、バカがっ」

「課長・・」

 今までの優しいリツボシはどこに行ってしまったのだろう。

 失望することが多すぎて、泣きたくなった。

 それほどまで、自分の犯した罪は重いのだ。

「リツ、そんな言い方はないよ」

 ミオは困ったように言うと、柚季の背中に手をまわし

「柚季は変わった形で寿命を迎えたよね?

 だから、しばらく天界で働いてもらって、様子を見ることになったんだ。ここで働いている限り、安全は保障されたと同じだしね。

 そうすることで、アルトの立場も守られる・・・分かってくれるよね?」

「僕にはわかりませんよ!どうしてこうも、柚季さんの気持ちを無視できるんですか?」

「・・・」

「ったく、グチグチうるせーな!」

「リツ、あとはあたしに任せて」

 ミオが微笑みを浮かべながらそう言うと、リツボシは「じゃ、頼んだぞ」と返し、この場を立ち去って行った。

「・・・」

 リツボシの後ろ姿を見送っているミオは、突然、こちらに振り向いた。そして、アルトの腕を掴んだかと思うとそのまま早足で歩き出す。

「??一体、何なんですか!?」

「いいから、ついてきて」

「・・・」

 ミオはそのまま階段を駆け下りると、一階の端っこにある部屋に入った。

 続けて柚季が入ってきたことを確認すると、ミオはピシャリと部屋の扉を閉めた。

「──・・?」

 ここは誰も使用していない会議室。

 ここにきた理由がよく分からなかったが、そんなこと気にならなかった。

 もしかしたら、ミオならきいてくれるかもしれない。

「ミオ先輩、どうにかして柚季さんのキオクを・・」

「ごめん。アルト、わたしキオク消されてないよ」

 柚季は、やっとの思いでそう口にする。

「!──・・・え」

 アルトはそれが信じられないというふうに、柚季を見る。

 柚季は曖昧に微笑みながら、

「びっくりしたよねっ・・大丈夫だから」

「本当にこのままだと、キオク抜かれることになりそうだったからね。

 柚季にも一芝居うってもらったんだよ。上手くいってよかったよかった~」

 ミオも柚季の隣から、やわらかな笑顔でそう言う。

「・・・」

 実を言うと、柚季もキオクを抜かれないか、正直心配だった。

 けれど、リツボシと別れてキオクリセット室に入る直前、ミオが渡してきたのは天界の服と白髪のウィッグ。

 どうやら前もって用意してあったものらしい。

 驚いている柚季に、ミオは言った。

「これを着ればリツや他の天界人の目を、一時的には誤魔化せるはず、その間に地上に帰る方法を考えよう」と。

 それに「あたしも命を大切にしたい気持ちは同じだから」と。

 柚季はその時、安心感で泣きそうだった。

 ミオを信じて、本当によかった。

「あ、白い本もわざわざ持ってきてくれて、ありがとー。

 やっぱり、すずにちゃんと見てもらうまで気すまないし」

 柚季はそう言いつつ、アルトから白い本を受け取る。

 そのアルトの手は、微かに震えているようだ。

「アルト?手、震えてるけどっ・・」

 柚季はアルトの顏を見る。その瞬間、ドキリとした。

 アルトは涙で頬を濡らしていた。

「うぅ・・本当によかったですっ・・本当にもうダメかと思っていたので・・」

「──・・・ありがと」

 柚季はそんなアルトのことをそっと抱きしめていた。

 こんなにも自分のことを心配してくれていたなんて、思いもしなかった。

 そのことが、柚季はとても嬉しかった。

 アルトはどうしてこうも、他人のことを思い、涙をながせるのだろう。

 地上にはこんな人、そうそういないかもしれない。柚季は何となくそんなこと思う。

 アルトの体温は、ひんやりとしてて・・・それに、心地よかった。



 すずは、柚季の家の居間にいた。

(懐かしいわっこの感じ・・・)

 茜色に染まるカーテン、真っ黒のテレビ、テーブルの上に広げられた新聞紙。

(あのガラス張りの戸棚、あたしが生きてた頃にもあったわ!)

 確かに、家族の生活がここにある。

 境界にある自分の家には決してない、温かさがここに。

 もう一度、ここに帰ってこれるなんて、あの頃は思いもしなかった。

 その時、居間に誰かが入ってくる。

「ママ・・・ただいま!」

 すずは目の淵に、一杯の涙をためて走り出す。そして、母に思いっきり抱き着いた。

 何年待っただろう。この瞬間を。



 柚季はアルトと共に、こっそりと天界から抜け出そうと決めた。

 アルトが指を弾くと、目の前に地上へ続いているらしいトビラが現れる。

 ・・・とにかく、すずに会って話をしなくては。

 アルトがいつも以上に不安げな顏をしているが、気にしないようにしよう。

 この不安はどうやっても、拭うことはできないものだから、取りあえずは進んでいくしかできない。

「早く入っちゃって。人くるかもしれないから」

 部屋のドアの前に立つミオが、そう言ったので柚季は頷いた。

 アルトも頷くと、地上へ続く扉をゆっくりと開く。

「いろいろありがとう、ミオ」

 トビラに入る直前、柚季がそう言うとミオは静かに微笑んだ。

 柚季も微笑むと、アルトに続き扉中に姿を消した。

 一瞬、浮遊感におそわれたかと思うと、柚季は真っ暗は空間の中にいた。

「ここ・・・何処?」

 不安になってアルトの背中に問いかけると、彼は肩越しに振り返り「こっちです」と言って、柚季の手をひいていく。

「今日は雲があついですねっ・・・でも、大丈夫です!もうすぐ抜けると思うので」

「え、ここ、雲の中なんだ?」

「はい」

 するとすぐに、目の前の闇が少しだけはける。

 それと同時に、視界の下に広がったのは街の明かりだ。

 どうやらいつの間にか、地上は夜になっていたらしい。

 空から見る夜の街並みは、地上から夜空を見ている時と同じぐらいキラキラと輝いてきれいだった。

「・・・」

(っていうか、普通に浮いちゃってるし・・・)

 今の自分には体がないから、当たり前なのだが。

 やはり、こんな状況受け入れたくない。

 自分はまだ生きている。早くすずに体を返してもらわないと。

「って言うか、すずってやっぱわたしの家にいるのかなー」

 柚季が呟くようにそう言うと、アルトは必死な様子で

「で、ですよねっ。行ってみましょう」

「うん・・・あ、ここってどこら辺?うちの近くかなー・・暗くてよく分からない」

「大丈夫です!僕には分かるので。ついてきて下さい!」

 そしてアルトは、地上へ向かい降りていく。

 柚季が足を踏み出すと、自分の体もゆっくりと降下していった。

 そして、柚季はアルトの背中を追いかけた。


 そのままアルトの背中を追いかけると、無事、自宅の前に到着した。

 家の明かりは全て消えており、もう家族の人たちは眠ってしまっているようだ。

 柚季は玄関の戸に手をかけるが、鍵がかかっているためあかない。

「柚季さん・・通り抜けることもできますよ・・」

 後方から、控えめな声でアルトが柚季にそう声をかける。

 柚季は「だよねっ」と返すと、思い切って玄関の戸の中に手を入れた。

 すると、自分の手はまるで水の中に入れるように、何の違和感もなく中に入っていく。

「・・・」

 柚季が思い切って、全身をトビラの中に入れると、自分の体はそこを通りぬけ玄関の中に移動した。

 とても気持ち悪い感覚だが、そんなこと気にしていられない。

 柚季は、すずがいることを祈って自室のある二階への階段を駆け上がり、そして部屋へと入った。

「!・・」

 が、部屋には誰もいない。

 暗く、ひっそりとしているだけ。

(もしかして、家にいないんじゃ・・)

 と一瞬思ったが、確かめていない部屋はまだある。

 柚季は自室を後にすると、同じ階にある母と父の寝室に入った。

「・・・」

 その途端、柚季の目に入ったのは、すずの姿(見た目は柚季)。

 すずは、母のベッドで母と一緒に眠っていた。

 まるで自分が母と一緒にねているようで、とても恥ずかしい気持ちになる。

(早く起こさないと)

 そう思ったが、柚季はそれをためらってしまう。

 ─・・・すずの寝顔は、とても幸せそうだ。

 それに、よく考えてみれば、すずは母にとても長い間、会っていない。

 きっと今は、すずにとって何よりも幸せな時間なのだろう。

 当たり前だが、すずも好きでなくなったわけじゃない。

「あーっ・・もうっ・・」

(ちょっとだけだからねっ)

 柚季は母の寝室から、自室に引き返すと自分のベッドに腰をおろす。

「柚季さん、いいんですか?」

 今まで何も言わなかったアルトが、不安げな声で柚季に言った。

「よくないっ・・けど、取りあえず、すずが起きるまで待ってることにしたから」

「・・そうですか」

 柚季は机の上にある時計に目をやった。

 今は夜中の2時ぐらいだ。朝がくるまで、まだ時間はある。

(何か疲れた・・)

 きっと・・・大丈夫だ。

 この白い本をみせれば、すずだって納得してくれる。

 自分はもう一度、普通に生きることができる。

「ごめん、アルト・・・わたし、ちょっと休むね」

 柚季がアルトにそう言うと、彼は「はい・・」と相変わらず不安げな表情で、柚季を見る。

「・・・」

 柚季はベッドの方へ移動すると、そこに横になり目を閉じた。



「──・・・」

 柚季は目を開いた。

(眩しい・・・)

 カーテンが全開になっており、部屋の中はとても明るかった。

 柚季は体を起こした瞬間、ビクリとする。

 部屋には柚季・・・いや、すずがいた。

 柚季の姿をしたすずは、学校の制服を着て机の前で、教科書やノートをカバンに詰め込んでいる最中のようだ。

「っ・・・すず!」

 柚季は立ち上がり、すずの目の前に白い本を差し出す。

「すず!白い本完成したよ!すずが一番望むもの・・・これだよね!?」

 が、すずはこちらに見向きもせず、ただ黙々と準備をすすめている。

「ちょっとすず!きいてるの?」

 柚季が必死になっても、彼女から反応は全くない。

 そして、すずはカバンを肩にかけそそくさと部屋からでていってしまう。

「待って!」

 柚季はとっさにそう叫ぶと、すずの手を掴もうと手を伸ばす。が、その手は空を掴んだ。

 ─・・・すずの手に、触れることができない。

「っ・・」

(そうか・・今、実体がないからっ・・)

 とその時、いつの間にか部屋にいたアルトが柚季の後方から言った。

「今のすずさんには、僕たちのことが見えてないみたいです」

「──・・は?なんで?」

 柚季は、アルトの方に振り返った。

 アルトは消えてしまいそうな声で

「柚季さんはもともと、僕たちが見えるタイプではないですよね?

 すずさんは今、その柚季さんの体を使っているわけですから・・」

「──・・・」

 確かに自分は、レイカンがあるわけではない。

 きっと今回の件でアルトたちの姿が見えるようになったのは、すずの薬の影響だ。

 その事実に納得してしまったと同時に、一気に絶望へと突き落された。

「っ・・・じゃぁわたし、どうすればいいの?すずに姿が見えないんじゃ、何もできないじゃん!」

 次から次へと涙が流れでてくる。

 視界が滲んで、何も見えなくなってくる・・・。

 まだ、死にたくない。

 まだ、手放したくない。

 ─・・・でも、もう諦めるしかないのだろうか。

「柚季さん・・・」

「っ・・ごめん・・今は無理・・一人にさせて」

 この感情におぼれている中では、そう言葉を発するだけで精一杯だった。

 ・・・するとアルトは、静かに部屋からでていった。



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