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境界のすず  作者: 夕菜
28/31

第5話(7)


 その頃、柚季は・・まだ、アルトと別れた場所にいた。

「すずーっ・・」

 人が通らない時を見計らって、ひたすらすずの名前を呼び続ける。

 おそらくすずは、柚季の瞳を通してこちらの現状を少なからず把握しているはずだ。

 だから・・・もしかしたら、きこえているかもしれない。

「すずー・・・3つ目のヒントの条件、変えてほしいんだけどっ・・人を殺すなんてできるわけないじゃん」

 いくらフミカがアルトの体を使っていると分かっても、自分にできることなんてほぼないと実感してしまった。

 だから、最後の望みをかけてすずの名前を呼んでいる。

「ねぇすずー聞いてるんでしょー?」

「・・・」

 しかし、いくら呼びかけても反応はなかった。

 きこえているのか、きこえないふりをしているのか分からないが・・・、どちらにしろこのままでは

(ヤバいなー・・どうにかしないとっ)

 その時、道路の向かい側にある家の屋根に二人分の人影が見えた。

「!・・・」

(アルトとシイカだっ・・何処いくんだろ)

 ・・・アルトは無事、天界に事情を説明することはできたのだろうか。

 そして二人は、隣の家の屋根に移動し、柚季の視界から消えてしまう。

「・・・」

 正直、今、一人でいるのは不安で仕方なかった。

 取りあえず、誰かと一緒にいたい。

(2人のこと、追いかけてみよう・・)



 アルトは、シイカに連れられてとある公園までやってきた。

 午前中の早い時刻であるためか、人は見当たらない。

 ・・・と思ったが、ブランコをこいでいる人影があった。

 それに近付くと、誰なのかが分かる。

(フミカさん・・・)

 アルトとシイカが近づくと、フミカはブランコをこぐのを止めこちらに歩み寄る。

「久々にブランコ乗ったけど、けっこう楽しいね~」

「・・・」

 アルトはそんなフミカの姿を、やはり直視することができなかった。

 自然と視線は下の方へ動く。

 自分の生きていた頃の姿、なんて・・・見たくない。目を背けていたい。

「アルト、こっちみて」

「・・・」

 フミカの力強い言葉に、アルトは恐る恐る彼女の方へ目を向ける。

 フミカはただ穏やかな表情を浮かべていた、

 ・・・穏やかではない・・フミカはとても幸せそうだった。

「ごめんね。昨日は脅すようなこと言って」

「・・別に・・僕は・・大丈夫ですよ」

 アルトは戸惑いつつも、そう返す。

 フミカは、にっこりと笑うと

「あたし、アルトのことを待っている間、苦しかっただとか、生きることは重いだとか言ったけどー・・・ほんとはそれだけじゃなかったよ」

「!・・・」

「すごく楽しかったし、幸せだった」

「・・・」

「ありがとうね、アルト。あと、シイカとすずにも感謝しなくちゃー」

 フミカはアルトの後方に立っているシイカを一瞥する。

「・・・」

 フミカの「ありがとう」にアルトはいつも救われていた。

 けれど、今だけはその言葉を受け入れることなんて、できなかった。

「楽しかったなら・・これからもずっと、僕の体を使っていてくださいよっ・・」

 フミカは軽くため息をつくと、

「はぁ~・・・どうしてアルトは、いつもそうなの??」

「え・・・」

「昨日、アルト言ってたけど・・誰かのために何かができることは奇跡だとかって。

 ・・・言っとくけど、そんなこと奇跡でもなんでもないからね??」

 フミカはぎゅっとアルトの手を握ると、言葉を続ける。

「・・・知らないかもしれないけど・・アルトの優しさはいつも誰かを救ってるんだよ!絶対に!!

 だから、もうそんなことで大切なもの手放さないで!もっと自分を好きになって!もっと自分を信じてよ!アルトはこれから、この世界で生きていくんだから!」

 フミカは目の淵にうっすらと涙をためて、そう叫ぶように言った。

「フミカさん・・」

 すると、アルトの手を握るフミカの手がわずかに緩む。

「・・・そろそろききめが切れる頃かなー・・」

「・・・」

「ありがとうアルト。ずっと・・大好きだよ」

 すると、フミカは苦しそうに背中を丸め、そのまま地面に倒れそうになる。

 アルトはとっさに、フミカの体を支えた。

「フミカさん!目を覚ましてくださいっ・・お願いですから!フミカさんっ」

 フミカの顏を見下ろしながら、必死に叫んでも、彼女はその目を開こうとはしてくれなかった。

 その時、何処からか「アルト!」と名前を呼ばれる。

 柚季は公園にいるアルトとシイカを発見すると、すかさず2人の方へ駆け寄った。

「!」

 そして、柚季は息をのむ。

 アルトの腕の上でぐったりとしているのは、フミカだった。

 ・・・・今は、人間のアルトの姿をしている。

「フミカ・・・だよね?一体どうしたの?」

「──・・・」

 柚季がきいても、アルトは暗い表情のまま俯いている。そして、

「僕なんかに生きる資格なんか・・・」

「?・・・」

 アルトがぼそりと何かを呟いたようだが、よく聞き取れなかった。

 すると、フミカの体がわずかに光を帯び始める。

 胸部分の光がより強まったと思うと・・・その中からフワリとでてきたのは、魂、だ。

 フミカの魂・・優しげな白色の光をおびて、柚季の目線の高さまで浮き上がる。

 ただ、戸惑っているとシイカの鎌が魂と身体を繋げている糸を断ち切った。

「!ちょっと、シイカっ・・」

「柚季、これはフミカが望んだことだからなー?」

 シイカはフミカの魂を掌で包み込み、そう言った。

「つーか、今さらフミカの死についてどーのこーの言っても意味ねぇよ。

 こいつはとっくの昔にしんでんだから・・・こーなることは、当然の結果なんじゃねーのかぁ?」

「っ──・・どうしてシイカはいつもそう・・」

「柚季さん、シイカの言うとおりですよ」

「・・・え?」

 アルトは俯いたまま言葉を続ける。

「僕はずっと前から・・認めたくなかっただけかもしれません・・フミカさんがしんでしまったこと・・フミカさんに何もできなかったこと・・」

 ぽたりぽたりと涙がこぼれていく。

 それはフミカのものだったアルトの頬、を濡らしていった。

「フミカさんには、まだまだ可能性があるのにっ・・それなのにっ・・!」

「っ──・・」

 柚季の胸に大きな感情がこみ上げてくる。

 アルトの前にしゃがみ込むと、柚季は言った。

「どうして、そんなこと言うの!?

 アルトにだって・・フミカと同じぐらい可能性はあるよ!!

 生きてるって分かったんだから、もっと自分の可能性も信じてみてよ!」

「ありがとうございます・・・でも、僕は、生きている頃から何をやってもダメダメで、フミカさんの役に立つこともできなくて・・」

 アルトの視線は、下を向いたまま動こうとしない。

「っ──・・そんなはずない!フミカはアルトのこと大好きだった!

 アルトの優しさに救われたっ・・絶対にっ・・!!」

 フミカと関わったのは、ほんの少しの間だけだったかもしれないが、それだけは分かった。

 自分がそうであるように、きっとフミカもアルト自身が気づいていないであろう優しさに救われている。

「──・・・」

「ん?フミカも同じようなこと言ってたなぁ」

 シイカの呟きに、柚季ははっとした。

 アルトは少しだけ、顏を上げると

「・・・本当に・・そうでしょうか・・?」

 とその時、公園の出入口から「人が倒れてるぞ!」という叫び声がきこえた。

 すると、すぐにサラリーマン風の男性が駆け寄ってくる。

 アルトは、それと同時にアルトの体から距離をとり、一方、男性は彼の頬を軽く叩き、「大丈夫ですか?」と声をかける。

 反応がないと分かった男性は、柚季に

「彼の知り合いの方ですか?救急車よびますね!」

「あっ・・──はい」

 柚季は、アルトとシイカの方に目をやる。

 ・・・やはり、天界人の姿は普通の人には見えないようだ。

「んじゃ、オレは行くからな。こいつのこと境界に連れていかねぇといけねーし」

 シイカは手の中の魂に目をやると、そう言った。

 次にアルトの方に目をやると

「・・体の方はまだ生きてるみたいだなぁ・・。どうするんだ、アルト。戻ろうとすれば多分、戻れるぞー?」

「──・・」

 アルトは表情を硬くしたまま、黙りこくっている。

 そして、

「ぼ・・僕も、途中までシイカと一緒に行きます」

「そうかーじゃ、行くか」

 シイカは地面を蹴り、フワリと浮き上がる。

 アルトは柚季の方に目をやり、少しだけ微笑みながら頭を下げると、シイカの後に続いた。

 遠くの空へ消えていく2人の背中をみながら、柚季は思った。

(そう簡単に言えるはず・・ない・・し)

 生きて、なんて。

 どの選択がアルトにとっての正解なのか、柚季には分からないし・・もちろん、決めることもできない。

 これは・・アルト自身が決めなくてはいけない大切な問題なのだ。

「・・──」

 でも、本当は・・・

(言っちゃえばよかったかなぁ・・・)

 その時、遠くから救急車のサイレンがきこえてくる。

 すぐに公園まで到着すると、アルトの体は手際よく車の中に運ばれた。

「一緒にのって下さい!」

 スタッフにそう言われたので、柚季も慌てて中に乗り込む。

 柚季は心配で仕方なかった。

(アルト、大丈夫だよね・・?)

 ソプラノの体だって、魂の入っていない状態で10年以上生きたのだ。

 だから、大丈夫・・・だよね・・?

(お願いだから、生きていてっ・・)

 アルトが帰ってくるまでは。



 柚季は自室に戻ってくると、カバンを置きベッドの上に倒れ込んだ。

「あー・・何か疲れた」

 本当は学校に行ってもよかったのだが、行く気になんてなれない。

 心配事が多すぎるのに加え、いろいろなことがありすぎた。

 ゆっくりと目を閉じる。

 ・・・浮かんでくるのは、別れ際に見たアルトの微笑み。そして、アパートにあげてもらった時に見た、フミカの微笑み。

「──・・・」

(フミカとはもう・・会えないんだよね)

 何だか、実感がわかない。けれど、現実。

 心の隅っこが欠けているような感覚だった。

 アルトのことをずっと待っていたフミカのこと・・

 その気持ちを考えると、自然と涙がこみあげてくる。

(フミカ、本当に強い人、だったのかなー・・)

 きっと違う。

 違うに決まってる。

(少しでも幸せになってくれればいいなー・・・)

「・・・」



「ゆず」

「!・・」

 誰かに名前を呼ばれた気がして、柚季は目を覚ました。

 見慣れた自室の天井が見える。

 どうやらいつの間にか、眠ってしまったようだ。

(今、何時だろう・・)

 まだ、すっきりしない頭でそう思い、体を起こす。

「!・・」

 それと同時に、目が引き寄せられたのは、時計ではなく、白い本、だった。

 最近、大人しかった白い本だが・・・今はまぶしい光を発している。

(すずからだっ・・!)

 立ち上がって近付くと、白い本は勝手に開かれ、中からすずの声がきこえてきた。

『ゆず、おめでとう。3つ目のヒント、クリアーよ』

「!・・・」

『もちろん、完全にクリアーとは言えないけどー、結果的には同じになったら、大目に見てあげるわぁ』

 素直に嬉しいと言えない心情だったが、それを何とか無視して

「すず。どうしてあんな条件にしたの?

 フミカがアルトの体使って生きてたの知ったうえで、だよね・・?」

『・・・』

「・・・すずもアルトに地上で生きてもらいたかったってこと?」

『どうでもいいじゃないー?そんなこと・・それより、3つ目のヒント、欲しくないの?

 きっと、これが最後のヒントよお?』

「!・・・ほしいに決まってるじゃん」

 その時、白い本の紙面から、するすると何かがでてきた。

 人間味のない白い肌に、赤い爪・・・すずの手、だ。

 その手が開かれると、掌の上にはまえの時と同じ赤と黒のカプセル。

「はぁー・・・やっぱり飲まなくちゃいけないパターンなんだねー」

 大丈夫なはずとは思っていても、やはり気が進まない。

 柚季はしぶしぶ薬を手にとる。

『わがままはダメよ、ゆず』

「わがままなのは、そっちじゃん!大丈夫だよ!ちゃんと飲むから」

 柚季は薬を口の中に放り投げ、ゴクリと飲み込んだ。

 眠気がくるまえに、すばやくベッドに腰かける。

(さっき起きたばっかなのに・・)

 そう思っているのもつかの間、強い眠気に襲われ・・柚季はベッドに倒れ込む。

 そして、意識を手放した。



 柚季の目の前に広がったのは、真っ白の空間だった。

 目の前には、真っ白のベッド。

 ベッドの上にも、下にも数えきれないほどの絵本が散らばっている。

(やっぱりここか・・すずっぽい女の子は・・?)

 柚季は辺りを見渡す・・・その時、後方から突然、誰かに抱きつかれた。

「残念だなぁ・・今回でもうゆずに会えなくなっちゃうなんて」

「!・・・」

 肩越しに振り返り、確認すると、そこにいたのはいつもの女の子だ。

 女の子は柚季の服に埋めていた顏を上げると、にっこりと笑顔をつくる。

「って言うか・・・あなたって誰なの?何かすずっぽいけど」

「そうね!あたしはすずよ!──・・・でも、すずじゃないわ」

「・・・は?意味わからないし」

 すると、女の子は柚季の腕を引っ張り、無理やりベッドに座らせる。

「ゆず~絵本読んで?」

 そして、手に持っている白い本を柚季に手渡した。

「──・・・分かった」

 柚季は少しだけ緊張気味に白い本を受け取る。

(今日で本当に最後まで読めるってことなんだよね・・)

 いつも途中までしか読めなかった白い本にかかれた物語。

 ラストは一体、どうなるのだろう。

 柚季はそっと表紙を捲る。

「昔々あるところに・・・─・・

 柚季は今までそうしたように、女の子に白い本にかかれた物語を読み聞かせていった。

 女の子はどこか安心しきった表情で、柚季の声に耳を傾けている。

「~・・・・幸せに暮らしました。おしまい」

 柚季はラストまで読めたことに安心し、白い本を閉じる。

「──・・・」

 これで、全てのヒントがそろった。

 すずの一番望むものを持ってきて、と言われたが、もしかしてこの物語が・・・?

「ゆず~、やっと最後まで読めたのねー!おめでとう~・じゃぁ、後は頑張って」

 女の子は立ち上がると、柚季に向かって手を振る。

 ──・・・気付くと柚季は、自室のベッドで横になっていた。

(かかないとっ・・・)

 そう思い、ベッドから起き上がって白い本を開く。

 そして、今回初めて読めたページ分を白い本へしっかりとかき写す。

「──・・よし」

 夢の中にでてきた白い本を同じように、すべてのページを埋めることができた。

 ・・・かと言って、何かが起きるというわけでもない。

(このまますずのところに持ってっても、きっと違うよねー・・)

 全てのヒントが揃ったというだけで、これ自体が正解だというわけではないはずだ。

(でもこれが、正解に繋がっているってことは間違いないよね)

 アルトに相談しよう、そう思ったが、今彼はここにはいない。

 ・・・でもアルトなら、近いうちに来てくれるはずだ。

「ゆずー準備できてるの?学校おくれるわよー」

「!」

 母の声にはっとし、置き時計をみると・・もう家をでる時刻だった。

「いくかー」

 本当はそんな場合では、ないのだが。

 目のこともあるので、あまり母には心配かけたくない。

「・・・」

 柚季は、机の中の引き出しから鏡を取り出し、恐る恐る覗き込んだ。

 ─・・右目を左目の赤色に近付いてきている。明らかに時間がない。

 柚季は不安を何とか心の中に押し込んで、学校へ行くための準備を開始した。



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