第5話(6)
デパートの屋上まで浮き上がると、アルトはミオの隣に足をついた。
ここは暗くてひっそりとしている。そして、逃げ場がなさそうな場所だった。
「まさか真面目なアルトが、こんなことするなんてねぇ・・ま、油断してたあたしも悪いんだけど」
ミオはやれやれという風に、ため息をつく。
「・・・」
「キオクを戻すなら、許可がおりている切断係の時にすればいいはずなんだよね。どうして今さらキオクを戻そうと思ったの?」
「・・えっと・・それは・・」
一瞬、フミカのことを話そうと思ったが、もしかしたらそれがきっかけでフミカに迷惑をかけてしまうかもしれない・・。
そう思うと何も言うことができなかった。
「んー?言いたくないの??それなら、別にいいよ」
「すみません・・ありがとうございます・・」
「因みにこのこと、リツにもばれてるから」
「!・・」
「あたしだけだったら、黙っておいてあげてもよかったんだけどねぇ。
・・・それなりの処分は、覚悟しておいて方がいいと思うよ」
ミオは引きつった笑みを浮かべた。
「・・は・・い・・」
やはり自分は、悪いことをしてしまったんだ、そう実感した。
けれど、キオクが戻ったことに対しては後悔していなかった。
何もかも忘れたままだったら、フミカはずっと苦しい思いをしたままだった。
「あ、ここからが本題ね」
「?・・」
ミオは真剣みのある表情で、言葉を続ける。
「柚季と魔女の件、天界が諦めたわけじゃないのアルトは知ってるよね?」
「・・・そうですね」
─嫌な予感がした。
そうか、やっぱりそう簡単に諦めてくれるはずない。
「魔女が柚季の体を乗っ取るのも、もう時間の問題になってきた・・・だから、天界は最終手段にでたみたいだね」
「!・・・でも、柚季さんは今、魔女さんの条件をクリアするのに頑張ってて・・」
アルトがとっさにそう言うと、ミオは表情に影を落とす。
「そんな甘い考え持ってるの、天界ではアルトだけだよ?
あたしたちはなっから、魔女の言葉なんて信用してない」
「──・・」
「・・・」
「その・・最終手段っていうのは・・一体何なんでしょうか・・?」
アルトは恐る恐るきいてみた。
ミオはそれに口を開く。
「魔女が地上に帰るのを阻止するには、その帰る場所をなくすこと・・」
「!」
「つまり、柚季にしんでもらうってこと」
「──・・・え?」
ミオがさらりと口にした言葉に、アルトは自分の耳を疑った。
「寿命なんて、天界で調節することは可能だし・・もちろん、突然だから、理由はこっちで作らないといけないんだけどね」
「ちょっと待って下さい!!柚季さんはまだ生きてるんですよ?
そんなこと、絶対にありえないですよっ」
「──・・確かにそうだよね。
でも、境界にきたヒトが、キオクを保持したまま地上に戻ることは絶対にあってはいけないんだよ。
それに、遅かれ早かれ柚季は、魔女に体を乗っ取られて死ぬことになる・・結果的には同じだよね??」
「っ・・・同じ、じゃないです!!柚季さんにはまだ可能性があります!」
アルトが必死にそう言っても、ミオはやれやれという風にため息をつく。
「そう言って、先伸ばして全てが終わってからじゃ、遅いんだよー」
「っ──・・でも」
「今度は魔女に気付かれないようにやらないとねぇ。柚季と魔女、意識がリンクしているみたいだからね」
そして、ミオはアルトに背を向ける。
「っ・・何で、そんなこと・・」
「仕事、だからだよ」
ミオはアルトに背を向けたまま、ポツリとそう言った。そして、
「アルト・・邪魔をするようだったら、もう天界に君の居場所はないと思った方がいいよ。
キオクを盗んだ件もあるんだしね」
ミオは、その言葉を残すとフワリと浮き上がりアルトの視界から姿を消した。
この場に立ち尽くすことしか、出来なかった。
*
次の日の朝・・
柚季は何事もなかったように、学校の制服を着て家をでた。
瞳の色のことで母に心配かけている以上、いくら不安でもせめていつものように振る舞う努力はしないといけない。
(実際、落ち込んでるヒマなんてないし・・取りあえず、アルトに会ってみよう)
昨日、気まずい別れ方をしてしまったが・・・それは、完全に自分が悪い。
早く会って謝りたかった。
それに・・やはりこの問題と一人で向き合うのは、気が重すぎる。
いくらフミカとアルトが、仲良しだって関係ない。
自分にとってもフミカにとっても、アルトにとっても・・一番ベストな形の解決策は・・絶対にあるはずだ。
「・・アルトー!」
柚季は歩道で立ち止まると、周囲に人がいないことを確認してからそう呼んでみる。
・・・が、反応はなかった。
「・・・はぁ」
(できれば、早く会いたいんだけど・・・)
もしかしたらアルトは、柚季のことなんか気にすることなく、フミカと一緒に楽しくすごしているのかもしれない。
一瞬だけ、そんなことを考えてしまう。
(・・・いや、アルトに限ってそんなことあるわけないしっ)
大丈夫。
大丈夫。
──・・・きっとアルトは、心配してくれているはず・・・だ。
そんなことを考えているうちに、もう学校のすぐ近くまでやってきていた。
多くの生徒にたちに混じりながら、柚季は校舎への道を歩いて行く。
「この前の数学のテスト、点数やばくてさー」
「うちもうちも」
そんな会話がきこえてきて、柚季はそんな普通の会話ができる人たちが羨ましく思った。
自分だって、すずに変な薬、飲まされなければ・・・。
「柚季、おはよ~」
「おはよー琴音」
後方からやってきた琴音が、柚季の隣に並ぶ・・・と思ったが、彼女は柚季を追い越してその前に立った。
「?琴音、どうしたの??」
柚季も思わず、立ち止まる。
「ごめんね、柚季」
琴音は少しだけ悲しそうな顏をして、そう言った。そして、掌をまっすぐ柚季の正面に向ける。
「──・・・!!」
次の瞬間、柚季は自分の目を疑った。
琴音の手の中に握られているのは、間違いなく白色をした銃だ。
・・・まるで、状況が飲み込めない。
(──どうして、琴音が?)
その時
「柚季さん、伏せてください!!」
「!」
その声にはっとすると柚季は、とっさに地面にかかんだ。
柚季のすぐ上を勢いよく通過する、光の筋。
「??」
「・・・やっぱり、邪魔するんだね」
琴音はポツリとそう言うと、再び柚季に銃を向けた。
「!!」
すぐに銃口から、光の筋が発射される。
当たってしまうと思ったが。それは柚季のすぐ前に現れた透明な壁のようなものにガードされる。
「柚季さん、大丈夫ですか?」
「!・・アルト」
いつの間にか柚季の隣に立っていたのは、アルトだった。
手にはあの術の本が広げられている。
琴音はわずかに表情を歪めて
「アルト・・・分かってるの?
これ、は天界に対する裏切りになるんだよ??」
「僕は・・・裏切っているつもりは、ありません」
やはり柚季には、今の状況が飲み込めなかった。
「琴音っ・・・?一体、何言ってるの!?」
「──・・・」
すると、琴音の姿が淡い光に包まれる・・・その光がおさまったかと思うと、琴音はミオ、になっていた。
「っ──ミオ!どうしてこんなことするわけ?わたし、何かした!?」
柚季の叫び声にも、ミオは淡々とした様子で
「んー何もしてないよ。でも、放っておくわけにはいかないからね、魔女のこと」
「!・・・なら、直接すずのところに行けばいいじゃん」
「柚季さん・・天界で柚季さんを・・その・・殺すよう・・命令がでたみたいです・・」
「は!・・うそ・・」
思いがけない事実に、眩暈がしそうだった。
ミオの真剣な表情をみれば、そのことをひしひしと実感してしまう。
「取りあえず、人気のないところに行きましょう!」
アルトは柚季の手を引き、走り出す。
泣きたくなるのを何とかこらえて、柚季もアルトとともに駆け出した。
「っ──・・アルト・・どうしてこんなことになってるの!?」
「詳しくは分かりませんっ・・が、もう時間がない・・みたいです」
「!・・・──」
そう話している間にも、ミオは銃を撃ってくる。
柚季のすぐ横を通過する、光の筋。
「ちょっ・・危ないっ。アルト、どうにかしてー」
「あぁぁちょっと待って下さい!」
アルトは走りながら、術の本を開くとそこに書かれている模様を指でなぞっていく。
次に指で紙面を叩くと、柚季とアルトの周囲に薄い膜のようなものが現れる。
それは光の筋を上手い具合に、吸収してくれた。
「今のうちにどこかに隠れましょう!」
「隠れるってどこにっ・・」
柚季とアルトの走っている道は、人通りが多い。
すぐ後ろには、ミオが迫ってきているし・・・。
隠れる場所なんて、ないように見える。
柚季と同様、焦っているらしいアルトは
「人ごみに混じれば、裏道に曲がったこと気付かれずに済むかもしれません」
「・・・そういうもん?」
(でも、ここは一か八かやってみるしかないっ・・)
柚季はすぐに裏に続く小道を見つけると、アルトに「あそこいいかも!」と伝える。
アルトは頷くと、裏道の方へ駆け込み、柚季もそれに続いた。
柚季とアルトは立ち止まると、あがった息を整える。
「──・・・」
柚季は通りの方へ目を向けてみる。
・・が、ミオが駆け込んでくる気配はなかった。
(大丈夫―・・・かな?)
仮にミオに見つかってしまったら・・もう逃げ切る自信はなかった。
そして、数十秒後・・
アルトが、柚季の背後から呟く。
「もう・・大丈夫ですかね・・?」
「うん・・」
すると、アルトは術の本を閉じた。
それと同時に、柚季とアルトの周囲を覆っていた薄い壁はぱっと弾けて消える。
「・・・」
ほっとしたのも、つかの間・・
「甘いなー君たち」
「!」
その声が上から降ってきたかと思うと、柚季とアルトの目の前にミオが足をついた。
アルトはすぐさま術の本を構えるが、それと同時にミオの銃の光がその本を彼の手から弾き飛ばす。
そして、ミオは銃口を柚季に向けた。
「!!・・」
柚季は覚悟を決めて、ギュッと目を閉じた。
「・・・──」
(・・・あれ)
しかし、何も起こらない。
そっと目を開けてみると・・目の前にアルトの背中が見える。
「アルトっ・・・大丈夫?」
一瞬、アルトに当たってしまったのではないかと思った柚季は、彼の様子を窺がう・・・が、アルトは引きつった表情でミオを見据えているだけだ。
どうやらミオは、銃を撃っていないらしい。
「やっぱやめた!あたし、ほんとはアルトと争いたくないんだよね」
ミオは銃を手の中からかき消すと、困ったような笑顔を浮かべる。
「・・ミオ先輩」
「──・・」
「だから、アルト。”こっち来て”」
ミオは表情に影を落としてそう言った。
「!・・」
「ほら、早く」
「・・・」
「・・・」
柚季はアルトに行かないで、とは言えなかった。
アルトが柚季から離れた瞬間、ミオはもしかしたら再び銃を撃ってくるかもしれない。
そうだとしても、これ以上、天界でのアルトの立場を悪くしたくない。
柚季は小声で、
「アルト、行って大丈夫だよ。わたし、すぐに逃げるようにするし」
「・・・でもっ」
柚季はアルトの背中を軽く押す。
「いいから・・・ほら、はやくしないと」
「──・・」
それでもアルトは、戸惑った様子で立ち尽くしている。
柚季が恐る恐るミオの方へ目を向けると、彼女は真剣みのある表情を少しだけ緩めた。
「ごめんごめん。無理だったら別にいいよ。
今のあたしのこと信用できないのは、当たり前だしねー」
「・・・」
ミオはにっこりと笑顔を作る。
「あたしと一緒にきてくれたら、リツや他の上司の信用は得られたと思うんだけどね。
んー・・・上手い言い訳、考えておかないと。どうしようかなー。
こういう時に限って、魔女さん、はでてきてくれないし」
ミオはこちらに歩みよってくると、柚季の目を覗き込む。
「──・・もしかして、柚季が魔女だから、もうでてこないのかな?」
「!・・・違うし」
柚季はミオから思わず顔を背けた。
ミオは少しだけ微笑むと、地面を蹴り、隣の家の屋根へ飛び移る。
すると、アルトは
「ミオ先輩っ・・・ちゃんと謝りに行きますから・・」
「うん、そうだね。形だけでもよろしくね」
そしてミオは、隣の家の屋根へ飛び移り、柚季の視界から姿を消した。
「はぁー・・取りあえず、よかった。
ミオってある意味シイカより、何考えているか分からないかも」
柚季はミオが消えて行った景色を眺めながら、そう呟やいた。
ミオは柚季をピンチに追いやることを今までしてきたが、なんとなく完全に敵だとは認識できない。
「ミオ先輩は・・いいヒトですよ」
アルトは消えてしまいそうな声で、そう言っただけだった。
「とにかく、助けてくれてありがとう!
アルトがいなかったら、絶対ヤバかったよー」
「大したこと、できませんでしたがっ」
柚季が微笑むと、アルトも少しだけ微笑んだ。
「・・・それより、アルト・・・大丈夫なの?」
助けてくれたことは有難いが、そのことによってアルトの天界での立場が悪くなってしまうなら・・申し訳なかった。
アルトはそれに、「だ、大丈夫だと思います」と返す。
「──・・」
(明らかに大丈夫じゃないよね・・)
──もうアルトに迷惑はかけたくなかったので
「アルト・・わたしのことはいいからさー、一回天界に戻った方がいいんじゃない?
それで、わたしと一緒にいちゃまずいようだったら・・もう戻ってこなくても、大丈夫・・だし」
・・・本当はそんなこと、ないのだが。
けれど、大丈夫と言っておかないとアルトを困らせてしまう。
アルトは、少し沈黙をおいた後、
「柚季さん、大丈夫じゃないですよね?」
「──・・大丈夫だよ!
今すぐにすずに体をのっとられるわけじゃないし・・まだ、時間あるし・・その間に説得できればいいことだしね?」
「──・・」
「そうしてくれないと、わたしが落ち着かないからさー・・」
柚季は出来るだけ明るい声で、そう言ってみる。
するとアルトは、不安げな表情で言った。
「・・分かりました。でも、絶対帰ってきますからっ」
「・・・」
そして、アルトは小さく頭を下げると、柚季の前から姿を消した。
*
アルトは落ち着かない気持ちを抱えたまま、天界へ続く扉の前に立った。
「・・・」
・・が、その場から一歩も動くことができない。
少し考えれば、簡単に予想はついてしまう。
きっと再び、地上でのキオクを抜かれて・・・柚季を殺すよう命令されるのだろう。
そう、アルトの仕事は柚季の手助けをすることから、けす、方へシフトする。
アルトはその仕事をこなせる自信は全くなかった、
それに・・・せっかく取り戻した地上のキオク・・・もう失いたくない。
フミカをもう裏切りたくない。
・・・けれど。
アルトはトビラの取っ手に手をかける。
悪いことをしてしまったのは、確か、だ。
やはり、謝らないといけない。
「・・・」
そう思うのだが・・
(あぁぁ・・・やっぱり無理です)
アルトの足はどうしてもトビラの前から、動いてくれなかった。
ミオが言っていたように・・天界にはもう、自分の居場所はなくなってしまったかもしれない・・。
そう思うと、このトビラの先がまるで別次元に続いているような恐怖を感じる。
その時、後方から背中を強くたたかれた。
「!!」
弾かれたように振り向くと、微笑みを浮かべたシイカが立っている。
「び、びっくりしたじゃないですかっ・・・急に叩くのやめてください!」
「突っ立ったまま動かねーから、立ちながら寝てると思ってなぁ。起こしてやろーと思ったんだよ」
「そんなことあるはずないですよっ」
アルトは呆れ気味に、そう返す。
シイカは首をかしげると
「ほーじゃぁ、何で中入らないんだ?」
「・・・入りますよ」
アルトが覚悟を決めて、トビラを開けようとした時、シイカがまた言った。
「そーいや、フミカがアルトのこと探してたぞー」
「!・・そうなんですか」
「つーか、連れてこいって言われたんだよな!」
「え・・・」
シイカはガシリとアルトの腕を掴むと、ニカッと笑う。
「逃げるなよー?」
「ちょっと待って下さいっ・・今は、フミカさんと会うわけにはいかないんです」
最後に見たフミカの姿は”アルト”になった彼女の姿。
今になっても、フミカに生きてほしいという気持ちは変わりない。
アルトにとって、大切なフミカにできることはそれしかないのだ。
だから・・そうするために、もうフミカには会いに行ってはいけない・・アルトはそう思っていた。
「フミカ、機嫌悪そうにしてたぞー?
早くいかねぇとやべーと思うんだよなぁ」
アルトがシイカの腕を振り払おうとしても、彼はそんなこと言って全く離そうとしてくれない。
「そんなこと言われても、無理ですよっ・・シイカ、離してください」
「んー離すぞ!一緒に来てくれたらなー」
「・・・はぁ・・悪いですけど、ほんとに無理なんです。だから・・・」
「フミカ、しんじまうぞ?」
「!」
そして、シイカは表情に影をおとす。
「──・・・」
アルトは、その言葉に反応せずにはいられなかった。
シイカは、口元にうっすらと笑みを浮かべ
「アルトが来ても、来なくても、なぁ。
そういう可能性があることぐらい、アルトも知ってたんだろー?
ま、止めたいなら、会いに行く方が可能性はあるわな」
「・・・」
アルトはシイカの青みがかった瞳をじっと見据える。
もちろん、それだけでは彼の言葉が嘘なのか本当なのか分からない・・・。
「・・・分かりました。行きますよ・・」
分からない、けれど・・。
シイカがアルトに、こうも真剣に物事を頼むのは今まで無かったかもしれない。
だから、信じてみよう、アルトはそう思った。




