第5話(3)
*
柚季はその日一日を憂鬱な気分で過ごし、今は自宅へと向かっていた。
そのせいで今日の授業は全くと言っていいほど、頭にはいっていないし、琴音にも心配をかけてしまった。
(ほんとやばいな・・)
このままだと本当にすずに、体を乗っ取られてしまう。
絶対に、すずのあの条件を満たせるわけない・・・し。
(それにしても・・この人、誰だろう)
柚季はすずからあずかった写真をポケットから取り出すと、それをじっくりとながめる。
(見た目からして、普通の人だよねー)
ということは、自分以外にもすずと関わりがある人がいるということだ。
そのこと自体で、驚きだった。
このことをいち早くアルトに相談したい・・が、今の担当はシイカという天界人になってしまったのでそれもできない。
いつもへらへらしていて、何を考えているか分からないシイカはやっぱり苦手で、しかも気まずい別れ方をしてしまったので余計に会いたくない、という感情が大きくなってしまった。
(せめて、アルトに戻ってくれればなー・・)
そうすれば、少しは希望が持てる気がするのだが。
写真をじっと眺めているうち、柚季はあることに気付いた。
(あれ・・でも、この人、見覚えあるような)
とその時、カバンの中が大きく震えた。
ビクリとして写真をポケットに戻し、カバンを開ける。
案の定、スケッチブックが大きく震えていた。
柚季は慌ててそれをカバンから取り出すと、光を帯びているそれを地面に置く。
ページが勝手に捲れていき、動きが止まったかと思うと紙面から手が出てくる。
「!・・」
柚季はとっさにその手を掴むと、引っ張った。
すると、スケッチブックの中からでてきたのは・・・
「アルト!どうしたの?」
「柚季さんっ・・」
「あ、でれる?」
柚季はアルトがスケッチブックの中で、窮屈そうにしていることが気になったので、より強く彼の腕を引っ張った。
「す、すみません・・ありがとうございます」
アルトは何とかスケッチブックの中からでると、柚季の前に立ち微笑む。
「実はですねっ・・また柚季さんと一緒に頑張ることができるようになりましてっ」
「!・・マジで?よかったーっ」
柚季の中にあった不安を、少しだけ軽くすることができた。
もうアルトに会えないかもしれない・・そう思うところもあったので、また会えたことも本当によかった。
アルトも嬉しそうな表情で
「柚季さんに喜んでもらえるなんて、僕も嬉しいですっ・・。
今度そこはお役に立てるように頑張りますね!」
「今までのようにしてくれれば大丈夫だから・・!それにしてもどうして?」
アルトはそれに、少しだけ困ったような顏をした。
「実はシイカが切断の仕事に戻りたいと言い出しまして・・」
「──・・・」
「だから思い切って、僕も元の仕事に戻してくれるようお願いしてみたんです!ダメ元だったのですが・・本当によかったです」
「そうだったんだっ・・」
もしかしたらシイカがそう思ったのは、自分の行動(怒鳴ったり、平手打ちしたり)が原因かもしれないが、後悔はしてなかった。
けれど、次会う機会があったら、かなり気まずい・・気がする。
「それにしても、あの課長、よく許してくれたね・・」
「はい・・失敗ばかりの僕にまたチャンスをくれるなんて・・本当にありがたいです」
「・・・」
・・・何か裏があるんじゃないかと心配になるが、取りあえずそのことは気にしないようにしよう、柚季はそう思った。
それにしても、アルトはどうしてこんな面倒な仕事にわざわざ戻ってきてくれたのだろう。
もしかしたら、切断の仕事がよほど合わなかったからかもしれない。
「あ、立ち話も何だし、うちで話そうか?」
「はいっ」
「アルトがいない間、あったことは話した通りなんだけど・・」
柚季は、自宅で今まであったことをアルトに話した。
向かい側に座っているアルトは、うんうんと頷きながら、手帳らしきものにメモをとっている。
「柚季さん、大変でしたね・・僕からもシイカにちゃんと注意しておきますね」
シイカへの愚痴を織り交ぜながら話してしまったので、アルトは柚季にそう言ってくれた。
柚季はそれに「もう過ぎたことだし、大丈夫だから!」と返した。
「・・本当ですか?・・あぁ・・でも一応、言っておいた方がっ・・もしかしたら、また・・」
「大丈夫!ほか、結果的にはちゃんと二つ目のヒントももらえたし、三つ目のヒントの条件も教えてもらえたし・・ね?」
「そうですけど・・」
あまりアルトの負担を増やしたくないと思った柚季は、話題をそらすためポケットから取り出した写真をテーブルに置きアルトに見せた。
「これ、すずから預かった写真・・さっき話した、殺せって言われたのが、この人なんだけど」
「!・・」
アルトは写真を自分の方へ引き寄せると、それを食い入るように見る。
「・・・」
柚季はアルトがどんな反応をするか見守っていたが、彼は写真を見たまま微動だにしない。
「?アルトーどうしたの?」
「僕、彼女と知り合いかもしれません・・」
「え・・──って言うか、知り合いかもしれないって・・?」
アルトは、困惑した様子で
「実は切断係りで地上に行った時、彼女に話しかけられまして・・彼女、僕のことを知っているみたいなんです。僕は全く覚えがないんですが」
「覚えがないって・・」
こんなこと本当にあるのだろうか。
相手が嘘をついたとしても、何か得があるとは思えないし・・・
「もしかして、アルトが地上にいた頃の知り合いとか・・?
確かアルトって、地上のキオクないんだよね・・」
アルトはそれにより不安の影を深くする。
「そ・・そうなんですよね」
「・・・」
とその時、下の階から「ゆずー夕飯にするわよー」と声が聞こえてくる。
柚季はそれに「はーい」と返事をすると、
「取りあえず、また明日ねっ・・」
「でも、柚季さん、学校ですよね?」
「あ・・じゃぁ、午前中は行くか!
お昼ぐらいに校門のところで待ち合わせしよう!」
アルトはそれに「分かりました」と言って頷くと、天井を通り抜け姿を消した。
「──・・・」
(ますますやっかいなことになった気が・・)
けれど、すずがアルトの昔の関係者を指定したことは何か特別な意味があるはすだ。
柚季はそう思いたかった。
そして次の日・・。
柚季は急いで昼食を済ませ、琴音に別れを告げるとアルトと待ち合わせをしている校門へ向かった。
柚季が近づいてきたことに気付いたアルトは、こちらに振り返り
「柚季さん、おはようございます」
「おはよー」
もう昼だけど・・・と思いつつ、柚季はそう返す。
「シイカはなかなか来てくれなかったけど・・アルトはいつもすぐ来てくれて、ほんと助かるなー」
柚季がそう呟くように言うと、アルトは微笑む。
「まず、出来ることから少しずつ頑張ろうと思いまして!」
「そっか~、いいと思うよ!」
今まで出会った人の中で、きっとアルトは真面目さで一番だ。
そんなアルトが戻ってきてくれて、有難いと改めて感じる。
「でも、あまり無理しないでね?まえみたく急に倒れられても困るしっ」
「あ、あの時は魔女さんの薬のせいで!だから、別に無理したわけでは・・」
柚季は思わず微笑むと
「あ、昨日の話の続きなんだけどさ・・・」
「そ、そうですよね」
「やっぱり、一度、どうにかして彼女に会ってみたいんだけど・・そうしたら、何か分かるかもしれないし」
柚季の言葉に、すぐアルトは反応してくれると思っていたが・・彼はどこか不安そうに視線を泳がせる。
「?」
「ですよね!やっぱり会わなくちゃいけないですよねっ・・・えーっと確か、○○総合病院の近くで一度会ったので、もう一度その周辺に行ってみるのもありかもしれません・・!」
「うん・・行ってみよう」
アルトの反応が気になったが、彼がそう言ってくれるのだし、行ってみよう、柚季はそう思った。
アルトに案内されてやってきたのは、学校からそう遠くはないが、柚季がほとんど行ったことのない街だった。
確か、去年、部活でこの街の美術館に行ったのが最後だった気がする。
車の通りが激しい道路の歩道に立つ柚季は、隣にいるアルトに問いかける。
「この辺なんだね・・?」
「はい、そうなんですけど・・」
「・・・」
柚季はすずから預かった写真をバッグから取り出すと、それを眺め歩道の方へ視線を向けた。
「この人を探せって言われてもねぇーここに立ってるだけで、見つかればいいだけど」
柚季は歩道を行きかう人々の顏を視線で追いながら、ため息交じりにそう言葉をこぼした。
少し考えれば分かることだが・・・
「かなり無理あると思うんだけど!」
「・・・で、ですよねー・・でも、可能性はなくはないですよ・・!?」
アルトはそう言って、柚季を励ましてくれた。
「確かにそうかもだけど・・・──あの、すみません」
柚季は思い切って、道を行き交う人々に声をかけてみる・・が、返ってくるのは「知らない」の一言で。
その後も、周囲を歩き回りきいてみたが・・・手がかりは、特に見つけることはできなかった。
アルトは、そんな柚季を見て
「すみません・・僕も地上のヒトに見えたらよかったんですが」
「・・・ううん、大丈夫」
「アルトー・・他に手がかりってないよね?」
すずに渡されたのは、この写真、一枚だけだし、あと手がかりがあるとするれば、会ったことあるアルトだけ・・・。
「・・・」
「?・・・」
少し前から、アルトの反応に少し違和感を覚えたが、今回もそれだった。
「どうしたの?」
「実は少し前、天界で・・」
「お!アルトと柚季じゃねーか」
「!」
その声に見上げると、外灯の上には大きな鎌を持ち肩には大きなカゴをかけた、シイカが立っていた。
シイカは柚季とアルトの前に、フワリと降りてくると
「にしても、やっぱアルトと一緒にいた方がしっくりくるな、柚季!」
「それシイカがいうこと?」
柚季は乾いた笑いをこぼす。
会うのがちょっと気まずいと思っていたが・・・シイカがこんな調子なので、気にするほどのことでもないかもしれない、そんなことを思った。
「アルトも柚季にひっぱたかれないように気をつけろよ~あれ、地味に痛いぞ!」
「え・・」
「シ、シイカはこんなところで何やってるの?」
柚季がすぐさまそう訊くと
「仕事だよー仕事!まぁ、今日のぶんは終わったしもう天界に帰るけどなぁ」
よく見ると、シイカの肩にかけてあるカゴの中には数個のきれいな魂がふわふわと漂っていた。
「・・そっか」
やっぱりいい気はしないが、今そのことについて触れてもどうにもならないことを柚季は知っていたので、何も言わないことにした。
「つーかお前らは、どうしてこんなところにいるんだ?
学校サボって遊ぶには、何もない場所だと思うけどなぁ」
「シイカ、違いますよ?今は、魔女さんの条件をクリアーするために人を探してまして・・」
アルトがそう説明してくれている間に、柚季はカバンから写真を取り出しシイカに見せた。
「シイカはこの人、知ってる?」
ダメ元だったが、切断の仕事でいろいろな場所に行くシイカ・・・もしかしたらがあるかもしれない。
シイカは写真をよくよく覗き込むと
「お、知ってるぞー。フミカじゃねーか」
「!!」
「ちょうどさっきも会って、話してきたところだしなぁ」
「どこで会ったの!?」
「すぐそこの病院だぞー」
「・・・」
シイカは視線を左側へ動かす。
・・・そういえば、標識に○○総合病院の場所を示すものがあった。きっとその病院に違いない。
「もしかして魔女のやつ、次はフミカのことを3つ目の条件にしたのかー?」
シイカは面白そうに口元を緩める。
「!そうだけどっ・・」
「ほーそっかそっか!」
「・・・」
シイカは柚季の知らないことを知っている・・そう思ったが、今はそのことよりフミカに会わなくては。
「アルト、行こう」
「はいっ」
柚季はアルトと共に走り出す。
「そんな慌てなくても大丈夫だぞー。フミカ、その病院で働いているらしーから、逃げられることなんてねぇし」
「・・・」
柚季はその言葉に、思わず足を止めた。
「・・・シイカはそのフミカとどういった関係なの?」
シイカはそれにニカッと笑う。
「別になんだっていいじゃねぇーか。まぁ、オレがここで言わなくてもそのうち分かってくと思うしな!」
シイカの上から目線の発言に苛立った柚季は、
「ふーん、そっか!」
とわざとそっけない返事をして、アルトと共にこの場を後にした。
シイカになんか頼らない。
この問題は、自分とアルトで解決する、そう心に決めた。
*
「アルトー。シイカって絶対に何か企んでるよねー。
いつものことだけど、何かイラッとする」
例の病院に向かいながら、柚季は隣と歩くアルトにそんなことを言ってみる。
「シイカの発言は気にしないのが、一番ですよ!僕も今までそうやってきました」
「・・・だよね!」
アルトは少しだけ眉を寄せる。
「けれど、やっぱり気になるのは、そのフミカさんに僕たちの姿が見えているってことですよね・・・
しかも、魔女さんとも何かしら関係あるのも事実なわけですし」
「──・・・フミカ、普通の地上人じゃないのかな」
わたしみたく、と付け加えそうになったが、何だか自分が自分で可哀そうに思えてくるので、やめておいた。
「かも・・しれません」
「・・取りあえず、会ってみれば分かることだし!」
病院に到着した柚季とアルトは、出入口の自動ドアを通りぬける。
病院内は人であふれており、騒がしかった。
この中から探すとなると、気が滅入りそうになるが、ここで働いているヒトということは分かっているので多少はマシな気がした。
(病院で働いているってことは看護師・・?でも、他にもいろんな仕事あるし・・)
そんなことを考えながら、柚季は中へ歩みを進めていく。
「・・・」
(って言うか・・この場合、誰かにきいた方がいい気がする)
同じ職場の人なら、必ず誰かは知っているはずだ。
そんなことを思っていると
「アルトだ!どうしたの?こんなところで」
その声に振り返ると、いつの間にかアルトの隣にはフミカ、がいた。
写真の彼女とは、大分印象が違い、髪を束ねこの病院の受付係の制服に身を包んでいた。
「っ・・・」
フミカはアルトの顏を幸せそうに眺めると、彼に抱きつく。
「・・・またアルトに会えるなんて、ほんと夢みたい」
アルトはそんなフミカに、ただただ戸惑っているようだ。
柚季はとっさに二人に近付くと
「フミカっ・・」
フミカは柚季の方へ、弾かれたように振り向く。
「・・そんなこと言っても、アルトは地上のキオク、持ってないから」
フミカがアルトに対して思った以上に親しげなことに戸惑いつつも、柚季はそう言葉を並べる。
「へぇ~君も、アルトのこと見えるんだ!めずらしいー。
あれ、でも天界人って可能性も・・」
フミカはそう言いつつ、柚季の頬や手にベタベタと触ってくる。
「ちょっと・・!」
「あ、やっぱ地上の人だ!ごめんね?」
フミカは「あはは」と笑い、柚季から手をはなした。
すると、その笑顔はすぐにしぼみ、彼女は真剣みのある表情で柚季を見た。
「・・・ねぇねぇ。どうしてわたしの名前、知ってるの?
アルトとどんな関係?」
「・・わたしはっ・・」
とその時、離れた場所から、誰かの声がきこえた。
「フミカー何やってるの?仕事中だよー?」
「あ、今行くー」
フミカはその声に、そう返事をすると、柚季とアルトを見てにっこりと笑う。
「ってことであたし行かなくちゃー」
「!ちょっと待って、まだ訊きたいことが・・」
柚季が慌ててそう言うと、
「知ってる知ってる~それはあたしも同じだ!
えーっと・・・そうだなぁ・・あと、1時間ぐらいしたら仕事終わるから、それまで待ってて。もちろん、アルトも!絶対に待っててね!」
そしてフミカは、パタパタとこの場から走り去っていった。
柚季はそんな彼女の後ろ姿をながめながら、
「アルト・・・──どう思う?」
「えっと・・僕は何も覚えてなくて」
「そうなんだよね~・・何かちょっとでも、思い出したりしなかった?」
「残念ながら」
「・・そっか」
・・・妙に馴れ馴れしいし、自分勝手なイメージを受けたので、正直、あまりいい印象は受けなかった。
フミカの仕事が終わったらゆっくり話せるらしいので、それまでは待ってみよう。
(っていうか、すずにフミカを殺せって言われただなんて、正直に言えるはずないよね)
その時までに、自分のこときかれた場合、どうのように説明するか考えておかないと。
柚季は、フミカが受付で患者対応をする様子を遠巻きに眺めながら、それが終わるのを待っていた。
「・・アルト、大丈夫?何か顔色悪くない?」
隣に立っているアルトの顏色が、いつも以上に白い気がしたので柚季は思わずそう訊いた。
「そ、そうでしょうか・・実はちょっと緊張してしまって・・!」
「緊張って・・・フミカと話すことが?」
「・・はい」
アルトは苦笑する。
「確かに少しはするけどっそんな顔色悪くしなくても」
「そうなんですよね!頑張ります!」
「・・・」
たとえアルトが覚えていなくても、フミカとアルトが関係者だったことは事実。
もしかしたら、アルトにだけ感じる何かがあるかもしれない。
柚季は出入口付近に並べられている自動販売機に目を向けた。
(何か温かいものでも飲めば、少しは落ち着くかも・・)
そう思い、立ち上がる。
「ちょっと飲み物買ってくるねー」
アルトにそう言葉を残すと、柚季はこの場を後にした。
柚季が去ってすぐ・・アルトに声をかけた人物がいた。
「アールト!一緒にいこう~」
「!・・」
その声に振り向くと、微笑みを浮かべたフミカがそこに立っている。
思った以上に早いフミカの登場に、アルトは焦った。
「ちょっと待ってくださいっ・・今。柚季さんが・・」
「ふぅん。あの子、柚季っていうんだ!
いいじゃん、行こうよ!あたし、アルトと二人だけで話がしたいんだ!」
フミカはそう言って、アルトの腕を両手でガシリと掴む。
「ちょっと・・離してください!」
フミカがあまりに強く引っ張るので、アルトはこの場から数歩よろめく。そして、フミカに引っ張られるがまま移動し、病院の外へ出てしまった。
「はやくはやくー!柚季に見つかっちゃうからっ」
「っ──・・」
アルトは駐車場に入る前の駐輪場付近で、思い切ってフミカの手を振り払う。
「びっくりしたー。アルトでもこういうこと、出来るんだ」
フミカはアルトのその行為に驚いたらしく目を丸くした。
アルトは冷静になって口を開いた。
「・・フミカさん。僕とあなたが知り合いだったのは・・僕が地上にいた頃の話です・・・。
今は地上のキオクは全て無くしてしまったので、全くの別人だと思ってもらった方がいいと思います・・」
もしかしたら、この言葉はフミカのことを傷つけてしまうかもしれない。
けれど、アルトはフミカを自分から出来るだけ遠ざけたかった。
地上のことと関わることは怖い。
得に自分が関係した物事とは特に。
それは失ってしまって、もう絶対に手に入らないものだから、だ。
万が一、もう一度欲しい、なんて思ってしまったら、大変なことになる。
「あらら・・・やっぱ何も覚えてないんだー・・折角、あたしレイカンあるのに、このじゃ意味ないね」
「─・・」
フミカは微笑みながら、言葉を続ける。
「あのね!アルトも生きていた頃はレイカンあったんだよ!これならどっちかが死んじゃっても、話すことできるね!って話してたよねー」
「・・覚えてません」
「それから、あたしが趣味でかいてた小説、いつも読んでくれてたよね。実は今でもその小説、かいてるんだ!
続き読んでほしーな!たくさんたまったから」
「だから、地上のことは何も覚えてないんです!」
フミカの言葉をこれ以上ききたくなく、アルトは力強くそう言った。
フミカはそれにニコリと笑う。
「うん、知ってる。言ってみただけだよ」
「・・・中に戻りましょう。柚季さんがさがしてると思うので」
アルトは呟くような声でそう言うと、フミカに背を向ける。
その時、後方から伸びてきたフミカの腕がアルトのことをそっと包み込む。
「!・・・」
「アルト・・思い出してよ・・思い出して!それとも何?思い出したくないの?」
フミカはアルトの耳元でそう囁いた。
思わず、ゾクリとする。
「あたし、今でもアルトのこと好きだよ。
アルトがしんじゃってからも、ずっとあなたのこと考えてた・・やっと会えたのに、会いに来てくれたと思ったのに・・どうして忘れちゃってるの?
どうして思い出してくれないの?ねぇアルト、どうして?」
「どうしてって言われましても・・・それが、天界のルールなんです。
お願いです・・離してくれませんか?」
・・・さっきから頭の奥がチクチクする。
その症状は、フミカが地上にいた頃のアルトと深い関係があったことを証明しているようだった。
このまま彼女と一緒にいると、本当に思い出してしまいそうだ。
・・・──怖い。
フミカは一体誰だろう。知ってはいけないことだ、きっと。
「ルール・・ルール・・そうだよねー。
シイカみたいな切断係り以外は、地上のキオク、持っちゃいけないんだったよね、確か」
「!・・・」
フミカの手が緩んだのが分かったので、アルトはその隙に彼女から離れる。
「どうしてそんなことまで・・・──」
フミカはそんなアルトの反応を楽しんでいるかのように、口元に笑みを作り
「だって、あたしとシイカ、ずっと前から友だちだもん!それぐらいの情報は入ってくるよ!
ちなみに、アルトもだよー?今でも、仲良くやってるみたいだね?」
「!シイカと僕が・・?」
「そう・・あーぁどうして切断係になってくれなかったの?あたし、信じてたのに」
フミカの口元は笑っているが、彼女の目は全く笑っていなかった。
逆に・・・その目には、怒りが入り混じっているようにさえ見える。
「っ・・・──」
「どうやったら、思い出してくれる?」
フミカはニコリとアルトに笑いかけた。
「・・・無理ですよ」
「そうだー。これなら、どうかなー」
フミカはバッグの中から、ケータイを取り出し、それを少し操作すると画面をアルトに見せた。
「!・・・」
そこに写っているのは、地上にいた頃のアルトとフミカ。
恐らく、教室という場所にいる。
アルトはその写真から、目を離すことができなかった。
・・・──とても、懐かしい。知らないキオクなのに。
フミカはアルトの腕を掴むと、引き寄せる。
「ねぇアルト!思い出して!思い出して!」
フミカの叫び声が、頭の奥までひびく。
写真から目が離せない。
頭痛が、じわじわと酷くなっていく・・・。
その時、フミカの手から誰かがケータイを引き抜いた。
「無理して思い出さなくてもいいから!」
「!」
柚季は引き抜いたケータイを、フミカに押し付ける。
病院内に二人の姿がなかったので、慌てて探してみたら、こんなところにいた。
・・・やっぱりフミカのことは、侮ってはいけない、そう感じた。
「あらら・・みつかっちゃった」
フミカは、何の悪気もなさそうに微笑む。
「・・・あのね、抜け駆けするようなまね、やめてくれない?」
柚季が声を低くしてそう言っても、フミカは微笑みを浮かべたまま、「ごめんね?」と返す。
明らかに反省していないことが分かったので、柚季はより苛立った。
「・・・あと、昔、アルトと仲良かったみたいだけど・・そういうのは関係ないから。
アルト、嫌がってたし無理やり思い出させようとするの、やめた方がいいんじゃない?」
「──・・」
「柚季さんっ・・僕は大丈夫ですから・・」
フミカは微笑むことを止めると、じっくりと柚季のことを観察するように見る。
「もしかして柚季って優しいヒト?」
「・・・は?」
「ふぅん・・」
「?・・・」
「アルトはね、思い出せた方が幸せになれるんだよ。だからあたしはやめないよ!
─・・・アルト、本当は思い出したいんだよね?思い出すことが出来るなら、思い出したいんだよね・・?」
フミカは、アルトのことをじっと見据える。
柚季もアルトのことを見ると、彼は視線を下へ向けた。
「僕は、思い出したくありません。
忘れることを選んだのはきっと、それなりの理由があったはずですから」
フミカはそれに不服そうに、表情を緩める。
「それならあたしが無理やりでも思い出させてあげるよ!
大丈夫!絶対に後悔させたりしないから!」
「─・・ちょっと、フミカ!少しは落ち着いたら?」
「─・・」
「・・・」
「今日はもういいや」
フミカはそう呟くように言うと、踵を返し大股で立ち去っていく。
「!ちょっと、フミカ!」
せっかく会えたのに、このままだと彼女のことを何も知らずに終わってしまう。
このままじゃダメだ。
「フミカ!待って!」
柚季はフミカのことを追い越して彼女の前に立つと、言った。
「わたし、まだフミカにききたいこと、たくさんあるんだけどっ・・」
「そうだったんだー・・あたしもだよ、柚季。
だって、明らかに普通じゃないよねー?その眼帯の下とか、かなり気になる」
「・・・わたしのことも教えるから、フミカのことも教えて?」
─教えると言っても、すずに”フミカを殺せ”と言われたことまでは教えられないが。
フミカは何かを考えているらしく、少し沈黙をおいてから
「分かったよ!ゆっくりお話ししよう」
フミカは嬉しそうにそう言うと、柚季の手を取って歩き出した。
「今、のアルトにはきかれたくないから、二人だけで話そうね、柚季」
「・・・だね!」
柚季はフミカに手を引かれながら肩越しに振り返り、アルトに視線を送る。
(後でアルトにも伝えるからっ・・)
目だけでそう伝えると、アルトは不安げな様子で頷いた。
「店とかじゃ話しにくいから、あたしのおアパートきて!
近くのケーキ屋さんでお菓子買ってこ!飲み物は家にあるから~」
「うん」
柚季はアルトから視線を外すと、フミカに歩調を合わせる。
彼女の横顔を一瞥してみると、フミカはただ嬉しそうだった。
──・・・けれど、完全に心を許すことはできない。
多分、フミカもだろう。




