第1話(2)
「魔女さん!!もうこんなことするの止めてくださいよ!
この体は柚季さんのものなんですから、乗っ取ろうなんて間違ってます!」
「・・・っていうか、その名前で呼ぶの止めてくれない?すごく不快。
私には、すずっていう可愛い名前がちゃんとあるんだから」
すると柚季は、手の中にバチバチッと青白い電撃のかたまりのようなものを発生させた。
(うそっ・・・何かすごいことやってるんだけどっ)
柚季はそう思ったが、やはり今の自分ではどうすることもできなかった。
・・・柚季は不気味に笑う。
「・・・っていうか、君がゆずの近くにいることでさえ、不快。今すぐ消え失せて」
そして、柚季の手は何のためらいもなく、それをアルトに向かって放った。
「!!」
(うそっ!?危ないっ!)
柚季は見るのも恐ろしい光景に、目を閉じたかった。
けど、できない。
「わっっ!!」
アルトはそう声をあげ、電撃のかたまりをなんとかギリギリでかわす。
アルトの体に当たらなかったそれは、病院の壁を大きくえぐった。
「ちょ・・ちょっと、落ち着いてくださいよ!」
「ははっ落ちつくのは、君の方でしょう?」
柚季は笑ってそう言うと、再び手の中に電撃を発生させ、また放つ。
「や、やめてください!!」
アルトはそう叫んで、またギリギリでかわす。
大きくえぐられる壁・・・。
するとアルトは、手の中に何やら分厚い本を現すと、落ち着かない様子でページをパラパラと捲った。
「確かっ・・・こういう事態の対処方法はっっ・・・」
その間にも、柚季の手は何のためらいもなく、次々と電撃を放っていく。
(って言うか、そんなもの見てる場合じゃないしっ・・・早くどうにかしてよ・・!!)
「なぁんだ、反撃できないの?つまんない」
柚季は不満そうな声色でそう呟くと、手の動きを止めた。
「・・・じゃ、私もやめた。今回ここに来たのは、別の目的だし」
「?」
柚季が、手に持っている薬の袋を軽く上に放り投げると、それは空中でピタリと静止する。
次に柚季が掌を胸の前で広げると、袋から自動的に薬がでてきて、それは銀色のパッケージから次々と外に出される。
(一体・・・何する気・・・)
すごく、嫌な予感がした。
パッケージからでてきた薬たちは、見る見るうちに柚季の手の中に集まっていき・・そして、袋に入った一か月ぶんの薬は全てこの手の中におさまった。
柚季は手の中の大量の薬を握りしめると、
「君がゆずの前に現れた時点で、こーすることは決めていたの」
柚季は薄い笑みを浮かべて、薬を握りしめている手を口に近付けた。
(っ!やめて!!)
「私はもう一度人間になるのよ・・だから、ゆずは・・・私のために”しんで”」
(!!・・・)
「や・・やめてください!」
アルトは真っ青な顏をして、こちらに駆け寄ってくるが、柚季の手から放たれた電撃によって、あっけなく突き飛ばされてしまった。
「・・・──じゃぁ、いただきまぁす」
(やめてぇぇぇ!!)
・・・柚季は心の中で、必死にそう叫ぶことしかできなった。
そして、柚季の手は、全ての薬を口の中に放り込んだ。・・・ボリボリと噛み砕く。
「こんなに多くの薬を取り込んだら、体にも負担がかかるし、効果をだすのには時間がかかるけど・・・仕方ないわぁ」
薬を噛み砕きながら、柚季はそう言葉をこぼす。
「ゆず、残された時間、くいのないように生きてね」
柚季は、静かな声で呟くと、噛み砕いた薬をゴクリと飲み込んだ。
(っ・・・──)
その瞬間、ふっと意識が遠のき、柚季は思わず床にしりもちをついた。
それと同時に、周囲の景色が揺らめいたかと思うと、病院の床や壁・・全てが消えてなくなってしまった。
「!・・・」
気が付くと柚季とアルトは、誰もいない古めかしい公園の真ん中にいた。
「病院の建物は、魔女が作り出した幻だったみたいですね・・・」
アルトはそう言いつつ、地面に座り込んだままの柚季に近付く。
「わたしっ・・・薬、全部飲んじゃったっ──・・・」
柚季は、半ば放心状態のままそう言った。
魔女に体の乗っ取られるなんて・・・信じられない。
もう少しで、自分がしんでしまうなんて・・・信じられない。
いや、・・・信じたくない。でも・・・信じるしかない。
「柚季さん・・」
アルトが不安げな顏で、柚季を見下ろす。
『残され時間、くいのないように生きてね』
魔女が最後に発したその言葉が、頭にこびりついて離れなかった。
「アルト・・・っ、こうなる前に、どうして何もしてくれなかったの?」
柚季は気が付くと、そう言っていた。
「!・・・すみません・・」
「わたしのこと、助けに来てくれたんじゃなかったのっ??」
柚季の声は、自分でも驚くほど怒りに満ちていた。
アルトはそれに、怯えたように目を伏せる。
「そう・・・なんですよね・・・」
「っ・・・──」
柚季の目のふちには、いつの間にか涙が溜まっていた。
柚季は沈黙を守ったまま立ち上がると、地面に放置されたままの、カバンとスケッチブックを拾い上げる。そして、アルトの横を通り過ぎ、公園を後にした。
「・・・」
(ほんとっダメダメすぎますね・・・僕・・・)
アルトは柚季が立ち去った後、深くため息をついた。
いきなり魔女が現れてこのような展開になってしまうなんて、予想もできなかったが・・・それでも、自分にできることは何かあったはず。
なのに、何もできなかった。
(落ち込んでいる暇なんてありません・・・早くどうにかしなくてはっ・・)
「アールト!またそんな顔して!何かやらかしたのかー?」
その声に振り返ると、そこにある木の枝にはアルトのよく知る顔が座っていた。
「・・・──シイカ」
アルトは思わず表情を曇らせる。
彼─シイカは、アルトの隣にフワリと降りてくると、
「あからさまに嫌そーな顏するなよなっ。いくらオレだって、悲しくなるだろー??」
「僕が知る限り、今までシイカの落ち込んだ顏なんて、見たことないんですけど・・」
「そりゃーそーだろうな。だってそんなとこ見せたら、すきを突かれるだろっ?」
「僕、シイカのすきなんてつくつもりありませんよ!
それと、こんなところにいていいんですか?仕事はどうしたんですか?」
アルトはため息交じりにそう訊いてみた。
「おっ相変わらず真面目だなぁ、アルトは。つーかそんなこと心配しなくていいぞ?一応、ここには仕事をしにきたんだし」
「・・・そうだったんですか」
確かにシイカの手には、背の高い鎌が握られている。
彼の服は、アルトと同じような白い服だが・・・その鎌は服の色とは対照的な暗い鉛色をしていた。
そう・・・シイカの仕事は、魂と肉体の繋がりをたつことだ。
同じ天界という場所が職場でも、シイカの仕事とアルトの仕事はまた違う。
「そーいうこと!まぁ、半年もしたらまた別の場所に移動になるけど、その間はよろしくなーアルト!」
シイカはそう言って、馴れ馴れしく肩を組んでくる。
アルトはそんなシイカから半ば強引に距離ととると、
「それじゃぁ、僕はこれでっ」
「境界の魔女はほんとやっかいだよなー、まっ頑張れよ」
シイカはそう言って、にこやかにアルトに手を振る。
「・・・」
アルトはそれに少しだけ微笑みを返すと、この場を後にした。
「まっ・・・どんなに頑張っても、人間の寿命は延びねーけどな」
シイカはアルトが去った後、小さくそう呟いた。
柚季はいつもよりだいぶ重く感じる自宅の玄関の戸を、ゆっくりと開いた。
(って言うか、思わず怒鳴って帰ってきちゃったけど・・ヤバかったんじゃ・・)
そんな考えが頭の隅をチラつく。
だって、この状況を知りどうにかしてくれそうな人物は、アルトしかいない(なんだか頼りないが)。
今のところ、薬の効果は現れてないが・・──柚季は怖くて怖くて仕方なかった。
この体はいつ、魔女にのっとられてしまうのか。
その時、自分の意識はどこに行くのか・・・
どちらにしろ分かりきっていることは、ここの世界から自分という存在が消えてしまうこと、だ。
もし、魔女が柚季になりすまして生きるとしたら・・誰も柚季の死を認識してくれない。
誰も・・悲しんでくれない。
誰も・・──。
それならばいっそ、その前に・・・・。
とその時、後ろから誰かに肩をたたかれた。
「どうしたの?こんなところに突っ立って」
・・・母は不思議そうな顔で柚季を見た。
「あっ母さん、お帰りなさい」
「ただいまーあ、今日、病院で薬もらってきたんでしょ」
柚季はそれにドキリとするが・・
「・・うん。ちゃんともらってきたよ」
と何事もないように言うしかなかった。
「そう、お金は足りた?」
「大丈夫。前回のぶんが余ってたから」
すると母は、心配そうに柚季の顔を見据える。
その時、柚季は眼帯をしていないことに気付いた。
「目の調子はどう?悪化してない?」
「大丈夫、大丈夫~」
柚季はそう言って何とか笑顔を作ってみせる。
母は「ならいいけど」と呟くと、靴を脱いで家の奥へ姿を消した。
実は母に・・・この左目が全く見えなくなったとは伝えてなった(全く見えなくなったことは最近のことだ)。
ただ、見えにくい、時々痛みが走ると言ってあるだけで。
柚季はそのことを伝えるべきか否か・・悩んでいる。
(ただえさえ心配性の母さんに、そんなこと言ったらどうなるんだろ・・)
柚季はそんなことを考えながら、靴を脱いで家に上がった。そして、二階の自室へ足を進める。
(・・・とりあえず、またアルトに会わなきゃ)
柚季はそう、心に決めた。
とても怖いけど・・・──ほんとはまだ、諦めたくないから。
その日の夜。
柚季は刺すような痛みで目を覚ました。
「痛っ・・」
右目が・・痛い。
まるで、力一杯握られているようなそんな痛みが、右目全体に広がっていた。
柚季は目を開けていることができなくなって、力強く目を閉じた。
(イタイ・・イタイ・・・っ)
見えなくなった左目は、もう痛むことはしなくなったが、今度は右目の番。
左目に走った痛みよりも、明らかに強い痛みだと分かって柚季は怖くなった。
(このぶんだと、きっと左目よりも早く・・・)
すると、すっと痛みが和らぐ。
だけど、また何時間後には痛みだすことを柚季は知っていた。
その事実は夜の闇よりも、暗く深く柚季の心を縛り付ける。
「・・・」
目の淵にいつの間にか溜まった涙は、柚季が目を閉じると静かに頬を伝っていた。
そして次の日。
「柚季ーおはよー」
いつもの通学路を歩いていると、後方からその声がきこえてきた。
「あ、おはよ~」
隣まで駆け寄ってきた琴音に、柚季は笑顔でそう返す。
「なんか、すごーくだるそうに歩いてるねぇ~?大丈夫??」
「え、わたし、そんなふうに歩いてた?」
「うん、めちゃ疲れてそうな歩き方してるよ?」
琴音は苦笑しながらそう言う。
「うーん・・ちょっと寝不足だからかも。
まっそんなに大丈夫だから気にしないで」
「そう?」
・・・実際、柚季は寝不足だった。
昨日、あの痛みに襲われてから、目が妙にさえてしまってあまり寝付けなかった。
(って言うか、どこにいるんだろ・・アルト)
今朝、学校に行く前、ためしに名前をよんでみたのだが、彼は姿を現さなかった。
(こんな異常事態に、一体どこで何やってるのー?)
本当はそう叫び散らしたいのだが、アルトの「助けに来た」という言葉を信じて、ここは少し待ってみよう・・・そう思った。
「そういえば、昨日、柚季が描いていた絵、もう一回見せてよ。あたし、あの絵なんか好きでさぁ」
「うん?あ・・いいよ」
琴音にそう言われて、柚季はカバンの中のスケッチブックを取り出し、それを彼女に手渡した。
パラパラとページを捲る琴音。
すると、あるページで手を止めた。
「あれ・・?ここにいた男の子は?消しちゃったの?」
「あ・・」
すっかり忘れていたその事実に、柚季は琴音の手に持つスケッチブックを覗き込んだ。
真っ白の部屋に、男の子のいる絵・・・だったはずなのに、その男の子は今はもういない。
そのせいで何だかとても寂しくて、不自然な絵になってしまっていた。
「いやっ・・消したわけじゃないけどっ」
柚季がとっさにそう言うと、琴音は首をかしげる。
「え~?じゃぁ何で消えてるの?」
「実はその男の子、絵の中からここにでてきて・・・どっか行っちゃったんだよね」
「・・・」
丸い瞳をより丸くして、柚季を見る琴音。
「あはっいいねーそういうの」
琴音はニヤリとしてそう言った。
「・・・だよねー」
(やっぱ信じるわけないかっ・・)
この場合、信じられても困るが。
「あたしも柚季みたく絵が上手く描けたらなぁ」
琴音はそう呟きながら、スケッチブックを柚季に手渡した。
柚季はそれを受け取ると、
「わたし、琴音が言うほど上手くないよ?それに、琴音だってすぐくいい絵描くじゃん!」
「そうかなぁ~?でも、柚季がそう言ってくれるとなんか嬉しー!」
琴音は可愛らしい笑顔を作る。
その時、
「柚季さん」
聞き覚えのある声がした。
「!」
ドキリとして振り返ると、そこにはアルトがいた。
彼は申し訳なさそうに、少しだけ微笑んでこちらを見ている。
「アルト!」
柚季がそう叫ぶと、琴音は驚いたように、
「えっ??どうしたの?」
「ごめん!先行ってて」
柚季はその言葉を残すと、アルトの方へ駆け寄った。
アルトは柚季が駆け寄ってくると、口を開く。
「柚季さん、目の調子はどうですか?」
「大丈夫!・・・っていいたいところだけど・・そうでもないかも。昨日の夜でた痛みが、ほんとにきつくて・・」
「そうですよね・・あんなに大量の薬を飲まされては・・・柚季さんの体にかかる負担は大きいですよね・・」
アルトは目を伏せてそう言った。・・・が、にっこりと笑う。
「・・・でも、もう大丈夫です」
「は?」
「ちょっと天界に戻って、いい方法を探してきました」
アルトはそう言いつつ、手の中に大きくて分厚い本を現した。そして、数か所にはまっている付箋紙のうちの一つに指をかけ、ページを開いた。
「・・・取りあえず、柚季さんの体に流れる時間を一時停止させようと思います。そうすれば、薬の効果も・・・止まるはずでしょう?」
「!・・確かにっ・・ってそんなことできるの?」
アルトはコクリと頷くと、その本のページの上に指を乗せた。そして、紙面を指でなぞり、その跡は変わった模様が浮かび上がる。
「?・・・」
その後、アルトが指でトントンと紙面を叩くと何かが本の中から飛び出してきた。
それは光を帯び、空中を漂っていたが、アルトが手に取るとたちまち光は弱くなる。
・・・──アルトの手の中にあるのは、銀色の砂が入った砂時計だった。
「何それ?砂時計?」
柚季が訊くと、
「そうですっでも・・少し変わった砂時計でして・・」
するとアルトは、その砂時計を逆さまにする・・が、砂は下へとこぼれ落ちない。
サラサラと砂が動く感じはあるのだが、上の段にある砂はずっとそこにとどまっている。
「何これっ・・不思議・・」
柚季がそう呟くと、アルトは手の中の分厚い本をかき消して口を開いた。
「見ての通り、この砂時計には時間が流れていません」
「あ・・だから、砂が下に落ちないんだ」
「そうです・・それに加え、この砂時計にはもう一つ特別な力があります・・!」
「え、何なに?」
するとアルトは、「手をだしてください」と言った。
柚季は言われるがまま、胸の前に掌を見せるようにだした。
アルトはそっと砂時計を柚季の手の上に乗せる。
・・が、それは柚季の手の上に乗らないまま、まるで水の中に入るように手の中に姿を消した。
「!?・・・え?」
「時間の流れが止まったものを入れれば、柚季さんの体もそれに合わせて時間の流れが止まってくれる・・・はずです」
アルトはにっこりと笑った。
「へーすごいっ」
「あっ・・あともう一つ。時間の流れを調節するのに、一度、柚季さんには意識を失ってもらうことになります・・・!」
「・・・え?」
その言葉とほぼ同時に、視界がグニャリと歪んだ。
その光景はだんだんと黒く染まっていく・・・。
柚季が足をふらつかせると、アルトが体を支えてくれたのが分かった。
(本当にこれで・・・大丈夫なんだよね・・)
そして柚季は意識を手放した。
アルトは柚季が意識を失った(眠った)ことを確認すると、安堵の溜息をついた。
(よかった・・砂時計の効果は無事、でてくれたみたいですね・・)
天界の図書館には、そのての資料がたくさんある。
その中でも時間を止める方法が示された本は、わずかしかなかった。それに加え、自分が使える術となると、より限られてきて・・・。
アルトは、柚季の腕を肩にのせ、彼女の体をズルズルと引きずりながら移動する。
(確か、柚季さんの家はここでしたよね・・・)
柚季の家までアルトはやってくると、扉をあけてすぐ近くにある部屋の中に足を進めた。
そして、目に留まったソファに柚季を横にさせる。
(眠った柚季さんを道端に放置するわけにもいかないですし・・・取りあえず、これで大丈夫ですよねっ)
「・・・」
アルトは静かに柚季の顔を見下ろした。
きっと薬の効果が完全に現れる・・魔女が完全に柚季の体をのっとるには、そう時間はかからない。
だから、こうして時間を止めた、のだが・・・。
正直、まだ不安だった。
魔女がこの事実に気付いたらどうなるか。きっと、黙ってみていることはしないだろう。
それともう一つ、柚季には黙っていることがあった。
天界に一度帰ったとき、出された命令は、魔女すずを消滅させること。
もうこんな状況になってしまったら、そうするしかないのだそうだ。
(僕にそんなことできるんですかねー・・・)
アルトは小さく息をつく。
渡された魔女を消すための道具は、自分には荷が重すぎる・・そう思った。




