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境界のすず  作者: 夕菜
14/31

第3話(4)



「・・・優歌、本当にこれでよかったの?」

 廊下の真ん中に崩れるようにして眠ってしまった琴音を見下ろし、柚季は隣に立つ彼女にそう問いかけた。

 アルトも琴音を眠らせるために開いた術の本を閉じ、不安げな表情で優歌を見る。

 優歌は透明に戻ってしまった姿で、微笑んだ。

「・・・うん。これでいいのよ。私と会ったことを”夢だった”って思ってくれた方が、この後引きずらなくて済むわけだし」

「・・・」

「これで少しは琴音の助けになれたらいいんだけどね」

 優歌は静かに琴音の方へ視線を落とした。

 その視線はとても優しげで、優歌が琴音のことを大切に思っているという感情がひしひしと伝わってくる。

 そんな風に思ってくれる友人がいる琴音が、柚季は何だか羨ましかった。

「優歌・・わたしも一緒に、琴音のこと応援してもいい?」

 柚季の言葉に、優歌は「もちろん」と言って頷いた。



 柚季は琴音の体を引きずって美術の席まで何とか移動させると、そこに彼女の体を慎重に座らせた。

「・・・」

 部屋が寒いことが気になったので、琴音のカバンからのぞいているブランケットを彼女の背中にかけておく。

「・・・では戻りましょうか」

 アルトがそう呟くように言うと、優歌は何も言わずに頷いた。



 数十分後・・

誰もいなくなった美術室で、琴音はふと目を覚ました。

「!・・ねちゃった」

 それと同時に、自分の頬が涙で濡れていることに気付く。

 ・・・とても悲しい夢を見た。

 いや、この場合、嬉しい夢、と表現してもいいかもしれない。

(もう一度、優歌に会えた・・)

 もちろん、現実には優歌はもういない。

 夢の中だけなんだけれども。

「──・・・」

 たとえそうだとしても・・優歌は笑っていた。

 それだけで、琴音の心に満ちていた濃い闇は少しだけ薄らいだ気がする。

(いつもまでも泣いてちゃだめだよねっ・・・)

 夢の中の優歌は、いつも琴音の隣にいてくれた優歌、そのものだった。

 本当に、彼女に背中を押してもらえた気持ちになれる。

(やっぱりもう少し頑張ってみようかなぁ・・)

 優歌と一緒に目指していたはずの大学、を受けるための勉強。

 優歌がいないから勉強を止めるだなんて、よく考えてみると優歌に失礼だ。

 勉強をやめる理由にされても、きっと優歌は迷惑するだけ。

 それに「ずっと応援してるから!」その言葉が・・・その時の優歌の表情が、頭の中に焼き付いて離れない。

(うん・・・あたし、頑張るよ)

 あなたが隣にいなくても、あなたが望むわたしでいられるように。

「!・・あ、もうこんな時間・・・帰らないと」

 黒板の上の壁にかかっている時計は、もうすぐで19時を示そうとしているところだった。

 スケッチブックを閉じ、立ち上がる。

 とその時、琴音の背中から何かがハラリと床に落ちた。

「!・・──」

 それはカバンにしまってあったはずのブランケット。

(まさか・・──ね・・)



 柚季たちが美術室を出て、廊下を歩いている時のことだ。

 視界の上から現れた誰か、が床に足をつく。

「!」

「用事は済んだ??君たち」

 彼女─・・・ミオは、明るい表情と声でそう言うと、口もとに笑みを浮かべる。

「ミ・・ミオ先輩!これには本当にっ・・本当にっ特別な理由がありまして!」

 アルトは泣きそうな顏をしながら、震えた声でそう叫ぶ。

「んー?特別な理由があることは、知ってるよ。その話はまた、別の時に訊かせてもらうとしてっ・・」

 ミオの視線が、一瞬だけ柚季の方へ動くのが分かった。が、すぐにそれは別の方へ動く。

「・・・」

「優歌さん、ゆく先は決まりましたか?」

 ミオは優歌の方を見ると、そう静かな声で問いかけた。

「・・・」

 優歌が黙りこくっていると、ミオはまた口を開く。

「・・・もう時刻は過ぎています。早く決めて頂かないと・・・」

「大丈夫。もう決まってるから!

 ・・・私、もう一度生きたい、この世界で」

 優歌は力強くそう言うと、ミオを見据える。

 ・・・その瞳には、迷いが感じられなかった。

 きっとずっと前から決めていたことなのかもしれない、柚季は何となくそう思う。

「・・再度、魂の旅にでるということですね・・・─分かりました」

 ミオはそう呟くのと同時に、手の中に何か、を現した。

 背の高い白い杖のようなもの。

 その先端はキャンドルのようなものになっており、柚季にとっては初めて見る道具だった。

「・・何、あれ?」

 柚季が呟くと、隣に立つアルトが言った。

「・・あの先に、魂、を灯すんです。先輩はそれが担当の仕事なので・・」

「・・・ふーん」

 すると、ミオはその杖の先端を優歌に向け、「では」と呟くと軽く頭を下げた。

 優歌はそれに小さく頷くと、柚季に視線を送る。

「優歌っ・・・!」

「ありがとね、」

 優歌がその言葉をこぼした後、ミオは杖の先端を彼女の透明な体の中に入れた。

「!」

 すると、たちまち優歌の体はフワリと燃え上がり、杖の先に灯る淡いピンク色の炎に形を変えた。

 ミオは炎を見上げると、微笑む。

「きれいな色の魂だね」

「?・・」

 その時、柚季は優歌の立っていた床の上に、何かが落ちていることに気付いた。

 ビー玉のようなそれは、中にキラキラとした砂が入っていてとても綺麗だ。

「それって・・」

 柚季が呟くと、ミオはそのビー玉のようなものを拾い上げる。

「・・・魂の中にあったキオクだよ」

 ミオはそう言いつつ、そのビー玉を服のポケットにしまいこんだ。

「・・・」

 そして、腰の細いベルトにぶら下がっている、丸みをおびたビンを手に取るとそれを胸の前に持ってきた。

 ・・ミオがビンから手を離すと、それはそのまま空中をフワフワと漂っている。

 何をするのかと思っていると・・ミオは「それっ」と呟くと同時に、キャンドルの先にともっている魂、をビンの中にいれた。

「!」

 魂は、一瞬大きく揺らいだかと思うと、ビンの中に納まるほどの大きさになる。

「これでOKだね」

 ミオは満足げに微笑んで、ビンにフタをすると、また腰のベルトに戻した。

 柚季はビンの中に入った魂を、じっと観察する。

 それは、まるで丸みがある炎のようで・・・けれど、それよりもずっと綺麗で優しい色をしていた。

「ミオ・・優歌の魂・・どうするの?」

 柚季が恐る恐るそう訊いてみると、ミオは魂の方に目を向け口を開いた。

「・・・記憶を抜き取っちゃったから、正確にはもう優歌さんの魂ではないのけれど・・・」

 ミオは魂のビンに、大事そうに掌をかざすと言葉を続ける。

「この魂は、しばらくの間、ゆっくり休ませてあげるんだ。

 そして、時がきたら地上にまた旅立っていくんだよ」

「そうなんだ・・」

 この魂は、再び地上に旅立ち何を得るんだろう。

 この魂はもう優歌のものではないのかもしれないけれど、優歌が叶えられなかった想いを少しでも満たして欲しい、そしてまた、


琴音に会いに来てほしい・・・柚季はそう願わずにはいられなかった。

 ミオはそんな柚季の心情を読み取ったのか、柚季の顏を覗き込むと微笑んだ。

「柚季、いいこと教えてあげよっか!」

「?」

「これから、の魂の行く先を優歌さんに決めてもらうのはね、記憶を抜き取った後でも、もしかしたら魂に彼女の思い、が残ってい

るかもしれないから・・・なんだよ」

「!」

「もちろん、確証はないけれどね・・・少なくともあたしたち灯し火係りは、みんなそう願って仕事してるってこと!」

次にその手は、ポケットの中に伸びる。

「・・・ちょっとつきあってもらっていい?」


 ミオについて行って行きついた場所は、学校の屋上だった。

 彼女は、屋上の端の方まで歩みを進めていったので、柚季とアルトもそれに続く。

 この場所からは、自分の住む夜の街並みが見渡せた。

 真っ黒い地上は、建物のはなつ明かりや、車がはなつ小さな明かりで満ちている。

 それらの光はあっても、柚季にとっての夜の闇は少しだけ不気味で怖かった。

 ミオはポケットにしまってある、ビー玉のようなもの(優歌の記憶のカケラ)を手に乗せて、それを空にむかって伸ばす。

 そして、記憶のカケラを軽く握りつぶした。

「!・・」

 それは、風に吹かれると、小さな光の粒になって街の明かりに吸い込まれるように消えていく・・・。

「っ・・どうして?」

 ミオがとった思わぬ行動に、柚季は驚きを隠せなかった。

 ミオは手の中の光の粒が、街中に消えて行ったことを確かめると、柚季に方へ振り返る。

「記憶のカケラって言っても、何の効果も持たないただの砂なんだよね。天界に持ち帰っても、すぐに処分されちゃうだけだからさ


「!」

 ミオは微笑む。

「・・・地上人は、すぐに忘れる、生きものだし・・・こーしてあげれば、みんな少しの間は優歌さんのこと、覚えていられる気が


するでしょ?」

「──・・・」

「ま、気休めだけどね!」

 ミオの気持ちは嬉しかったが・・・柚季はどこか気に食わなかった。

「気休め何かじゃないしっ・・わたし絶対に優歌のこと忘れないっ・・それに、琴音も優歌のこと忘れるはずないから」

 柚季が力強くそう言っても、ミオは微笑んだまま特別な反応は示さなかった。

 まるで、柚季がそう言うことを予想していたみたいだ。

 ミオはにっこりと笑顔を作ると、

「うん、期待してる♪」

「だから、大丈夫だって!!」

「・・・じゃーあたしはこれでー。

 あ、アルト!リツが話があるらしいからできるだけ早く帰ってくるんだよ?」

 アルトはミオの言葉に目を丸くする。

「えぇ!?課長がっ?」

「うん、そうそう・・それと─・・」

 ミオの視線は、アルトあら柚季の方へ移り

「柚季が今着ている天界の制服、あたしのなんだよね!」

「え、そうだったんだ」

「アルトにそれかした時、アルト、女装の趣味に走ったとばかり思ってたんだけどー・・・」

 ミオは視線をチラリとアルトへ向ける。

「そっ・・そんなことあるはずないですよ!」

「なぁんだ、残念・・・ってことで、柚季もアルトと一緒にその制服返しにきてね♪」

 ミオはにこやかにそう言うと、この場から浮き上がり夜空の中へ姿を消した。

「柚季さん、僕、天界に戻らなくては・・・」

「え、もう?」

 柚季の言葉にアルトは頷く。

 その表情はよくなく、とても不安そうだ。

 柚季も嫌な予感はしていた。

(もしかしたら・・アルトの課長にも、優歌を地上に連れ出したことばれてるかも・・)

 そう思いつつも柚季は、

「そうだね。でも、少し休んでいこうよ!

 今日動きっぱなしで疲れちゃったからさ」

 ミオは出来るだけ早く、と言っていた。だから、今すぐでなくても大丈夫だと柚季は思う。

「アルト、働きすぎも体によくないよ?」

「・・そうでしょうか」

「そうそうっ」

 柚季は不安げな顔色のままのアルトの腕をつかむ。そして、歩き出した。

 やっと、すずがだしてきた一つ目のヒントをもらえる条件、をクリアーできたのだ。

 それはアルトのお蔭でもあって・・・だから、少しでいいから彼にはゆっくり休んでもらいたいと思った。

(今すぐ天界に戻っても、きっと休めないと思うし・・)



 ミオはすっかり日が落ちた街中に立っていた。

 日が落ちたと言っても、ここは、建物が放つ光や外灯で不自由しないぐらい明るい。

 ミオは優歌の魂が入ったビンに、背の高いキャンドルの先端を入れる。すると魂は、まるで炎のようにフワリと燃え上がり、キャンドルの先端に燃え移った。

 ミオは魂の炎がキャンドルの先端で揺らめいているのをしっかりと確認すると、バス停に立っている30代ぐらいの女性に歩みよった。

(・・・彼女の魂と優歌の魂は相性抜群!これなら安心だね)

 優歌の魂の色は、淡い桃色。彼女の魂も優歌の魂の色に近い、桃色をしていた。

 自分の目、を使えばその色を判断することができる。

 この魂の色を見る能力は、天界人なら誰でも持っているが、灯し火係に選ばれるのは、得に目がいいヒト、だけなのだ。

「・・・」

 ミオは女性に向かい、軽く頭を下げる。

 そして、キャンドルの先端に灯っている魂の炎をまた別のキャンドルに移すように、女性の体に移した。

 魂の炎は、女性の全身を包み込むように燃え上がると、彼女の体の中に吸い込まれるようにして小さくなり・・・そして消えた。

 ・・・地上人の一部の女性は、体に2つの魂を灯すことのできる不思議な力を持っている。

 ミオの灯した優歌の魂は、この女性の魂の温もりに包まれながらゆっくりとゆっくりと旅立ちの準備をする。そして、再び小さな命、となってこの地上に降り立つことができるのだ。

「優歌のこと、よろしくお願いします」

 ミオは女性に自分の姿や声がうつっていないと分かっていても、そう言って頭を下げた。

 もう魂の中には優歌はいないのかもしれないけれど。

 ミオは、他の魂を灯すときも、必ずそう言うようにしていた。

 自分は再び魂の旅にでることより、天界で働くことを選んだ。だから、そんな自分がその言葉を言うのはどこか身勝手なような気もする。けれど、言っておきたいことはやっぱり言っておきたい。

 自分はきっと地上で辛くて苦しい思いをしたのだろう。記憶を抜かれたせいで、何も覚えていないが、天界で働いているということはきっとそういうことだ。

 けれど、優歌は違う。またこうして、地上に降り立つことができる。

 そう・・・せっかく降り立つことが出来るのならば、

(優歌の旅路がどうか幸せなものでありますように)

 ミオはそう心の中で呟いた。

「・・・さて・・と!」

 ミオはこの場から、浮き上がると外灯の上に足をつく。そして、大きな伸びをした。

(リツに頼まれた仕事もちゃんとこなさないとねっ・・)



 柚季はアルトを連れたまま、自宅の玄関の戸を開いた。

 すると中からパタパタとこちらに走ってくる足音が聞こえてくる。

 柚季が母に「ただいまー」と言って家に上がると、

「ゆず!一体今までどこ行ってたの!?」

 と怒鳴られる。

「あ・・・」

「昨日、帰ってこなかったでしょ!?」

「ごめん・・どうしても外せない用事があって」

 柚季は母の怒り顔に動揺しながらも、何とかそう返した。

 どうやら今回は、境界や天界に長くいすぎたらしい。

「なら、連絡の一つもよこしなさいよね?」

「うん、これから気を付けるから」

 母は柚季の言葉に、少しばかり表情を和らげる。

「・・・でも、無事で何よりよ。

 ・・お腹すいたでしょ、ゆずの分の夕飯、残してあるから食べなさい」

「ありがと」

 そして母は、踵を返すと居間の方へ姿を消した。

「・・・」

 心配性の母のことだから、きっと柚季が帰ってくるまで気が気でなかったのだろう。

 そう思うと、母に申し訳ないことをしてしまったと思った。

「いいものですね、心配してくれる誰かがいるってことは・・」

 後ろに立つアルトがそう呟いたが、柚季は聞こえないふりをした。


 柚季はアルトに部屋で待っているように言うと、台所へ向かった。

 そこにある鍋の中をのぞくと、カレー、が入っている。

(よかった・・・けっこう量ある)

 自分だけ夕食というのもどうかと思ったので、アルトの分の用意しようと思ったのだ。

(それにしてもお腹空いたな・・・)


 柚季が、おぼんの上にカレーライスと水の入ったコップを乗せて部屋に入ると、テーブルの前に座っていたアルトがこちらを見る。

「おまたせー、ね、一緒に夕飯食べよ!」

「!・・」

 柚季はアルトの前に座ると、おぼんの上に乗ったカレーをアルトの前のテーブルに置く。

「い・・いいんですか?」

 アルトはとても戸惑っている様子だ。

「うん。わたしひとりで食べてるのも何だし、一緒に食べよー」

「・・・はいっありがとうございます」

 アルトは微笑むと、目の前に置かれてあるカレーライスに視線を落とす。

「・・それにしても、変わった食べ物ですね・・それにこの匂い・・初めてかぎます」

「え、アルトってカレー食べたことないの?」

 柚季は思わぬ事実に、手の動きを止める。

「これは、カレーという食べ物なんですねっ・・はい、見るのも食べるのも初めてです」

「へー・・・まぁいいや。母さんの作るカレー美味しいからさ、食べてみてよ」

 天界のヒトは普段、一体どんなものを食べているのだろうと考えながら、柚季はアルトにそう返した。

 その後、スプーンの上のカレーを口へと運ぶ。

 チラリとアルトの方へ視線を投げると、彼も口の中でカレーをもぐもぐさせていた。

「はじめてのカレーの味はどう?」

 柚季が何気なく訊くと、アルトはスプーンを皿の上に置いた。

「?・・」

「・・すごく・・美味しいです・・」

 そう言うアルトの声は、何故だか微かに震えている。

 すると、彼の目から涙がこぼれ落ちた。

「!ちょっと・・何も泣くほどのことでも・・」

 思わぬ事態に柚季はとっさにそう声を上げた。

 カレーを食べて泣かれても、どう言葉を返していいか分からない。

「すみません・・本当においしくてっ・・・!

 それに何ででしょうね・・少しだけ懐かしい感じがするんです・・」

「・・・」

 アルトの言葉に、柚季はドキリとする。

(そうだ・・・アルトも地上で生きていた頃もあったんだよね・・)

 ミオの仕事を少しだけ手伝って分かったことは、しんでしまって天界にいった場合、希望次第で生まれ変わることができるということ。

 逆に生まれ変わりたくない場合は、天界で働けるということ。その場合は、生きていた頃の記憶はリセットされてしまう(一部の部署をのぞき)。

「─・・・」

(じゃぁアルトは、生まれ変わりたくなかったってこと・・だよね・・一体どうして)

「ねぇアルト・・どうして・・」

 が、柚季はそこで言葉を止めた。

「あ、やっぱいいや・・」

「?・・」

 この話題はまた後にしておこう。

 今は柚季もアルトも疲れているときなので、軽い気持ちできいても後悔するかもしれない。

 ・・・柚季はそう思った。


 食べ終えた食器類を片付けて部屋に戻ると、柚季の目にある光景が飛び込んできた。

「ねてるしっ・・」

 アルトがテーブルの上に顏を伏せるようにして、眠っている。

(やっぱ疲れているんだよねー・・)

 柚季はアルトのことを起こさないよう、そっと部屋の中を移動する。

(そうだ、この制服、ミオにかえさないとっ)

 自分もゆっくりしたいと思いつつも、部屋にきた時にぬいだ、白の上着を手に取り丁寧に畳んでおく。そして、着たままになっている白のスカートも脱ぎ、いつもの適当な服に着替えた。

「・・・」

(アルトが起きるまでわたしもゆっくりしよー)

 そう思ったが、勉強机の上に置いたままの”白い本”が気になった。

 一つ目のヒントをもらえる条件をクリアーしたのに、肝心のすずからの反応がない。

(まさか、忘れているわけじゃないよね?)

 急に不安になってきた。

 白い本を開き、紙面に向かって「すずー」と呼びかけてみる。

「・・・」

 が、返ってきたのはただの沈黙だ。

 柚季は本を手に持つと、ベッドに腰をおろす。

(・・まっ大丈夫だよね)

 このまま何も連絡がなく、すずに体を乗っ取られる・・・なんてこと、ないはずだ。

 おそらくすずは、そんなずるい真似をするようなヒトではない・・・多分。

「・・つかれた・・」

 柚季は白い本を手に持ったまま、ベッドに体を倒す。

 ・・・そして、眠りにおちた。



「・・・偉いわ、ゆず」

 すずは背の高い本棚が立ち並ぶ部屋の中、そう呟いた。

 本棚から一冊の絵本を取り出し、胸に抱える。

 すずは柚季の左目から伝わる情景や気持ちを受け取り、彼女が条件を達成したことを察していた。

 ・・・多少、無理をしてもらう方が丁度いい。

 これからのことを考えると。

(誰かを助ける・・・なんてことは大変でしょう?)

 きっとそれは、責任をおい、自分を犠牲にすること。

 でも・・とても、やいがいのあること。

(もっともっと・・必死になって、ゆず)

 周りが見えなくなるぐらいに、ね。


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