第3話(3)
*
ミオに連れてこられた場所は、何の変哲もないトビラの前。
そのトビラの取っ手部分には[待合室]とかかれたプレートがぶら下がっている。
ミオは肩掛けカバンから、何かを取り出すと柚季に手渡して言った。
「それ、この部屋にいるヒトたちの名簿だよ。
まず、全員ちゃんといるか名前を呼んで確認してねー。その後は、二枚目の用紙に書いてある文を読むだけだから!」
「・・・」
柚季は手に持っている用紙を確認してみる。
・・・学校でもらうプリントとさほど変わりない、ただの書類に見える。
「って言うか・・ミオは何するの?」
柚季が訊くと
「わたしは新人さんがちゃんと仕事できるか、見てるから。それがセンパイの仕事だしね!」
「─・・さっきから言ってるけど、わたし、新人じゃないからね?」
柚季は念のため、そう強く言っておいた。
「え?ここまできておいて、まだそんな嘘ついちゃうんだ・・大丈夫だよ!サボってたことは、誰にも言わないからさぁ」
ミオは何の悪気もなさそうに微笑む。
「・・じゃなくて!・・・─もういいや」
柚季はため息をつく。
やっぱりこのヒトは、いくら言っても聞く耳を持ってくれない。
「さ早く早く!」
「はいはい」
(さっさと終わしてすぐ戻ろう)
柚季はそう心に決めて、トビラを開けようとする。・・が、その前にミオが言った。
「一応ノックして入ってね?みんなビックリしちゃうかもしれないからさ!」
「あー分かった」
「あと、始めはわたしが少ししゃべるから、柚季はその後お願いねー?」
「はいはい」
そして柚季はミオに言われた通り、トビラを二回ノックする。
「・・・」
ドアノブを回して、ゆっくりと開いた。
その途端、中にいる多くの人々(20~30人ぐらい)の姿が目に入った。
体が透明な彼らは、壁際に置かれたイスに座っていたり、立ち話をしたりしているようだが、柚季たちが入ってくるとその目を一斉にこちらに向ける。
「えーっと・・」
今までに浴びたことのない強い視線に思わず固まっていると、後ろにいるミオに背中を押された。
「みなさんっお待たせしてしまってごめんなさい」
ミオは大声でそう言って、柚季の肩に手を置いたまま部屋の中央に移動していく。
その時、近くにいた男性がミオに声をかけた。
「俺たち、これからどうなるんだ?」
ミオはそれにニッコリと笑うと
「心配しなくて大丈夫ですよ。すぐにこの子が説明してくれるので!」
ミオはそう言って、柚季に笑いかける。
柚季はそれに軽く笑みを返した。
「ではまず、確認のためお名前をお呼びしますね。みなさん、よく聞こえるよう大きな声で返事をお願いしまーす」
次にミオは目線を柚季の方へ動かす。
それに気付いた柚季は、手に持った用紙に目線を落とした。
そこにはヒトの名前がずらりと並んでいた。
(これを読めばいいんだよね・・)
そして柚季はできるだけ大きな声で、それらの名前を順番にゆっくりと読み上げていく。
「!・・」
返事がくるたび、その名前を囲むようにして、赤色の丸印が浮き出ていることが分かった。
(かなり便利なシステムだな・・これ・・)
そんなことを考えながら読み上げを続けていると、柚季はドキリとした。
(野崎優歌・・!!)
次に並んでいる名前がそれ、だったのだ。
(優歌がここにいるんだ!)
柚季は誰が返事をするか見逃さないよう、全体を見渡しながら彼女の名前を呼ぶ。
すると、壁際に立つ短めの髪を持つ女の子が「はい」と返事をした。
「!」
(あのヒトがっ・・優歌・・)
やっと見つけた。
すぐに声をかけたいところだが・・隣に立つミオの視線が痛いことに柚季は気付く。
「・・・」
「柚季、仕事は責任持って、最後までやるんだよ?」
ミオにそう耳打ちされ、柚季がはっとして彼女を見ると、そこには微笑みを浮かべた顏がある。
「──・・・」
(どうして・・・)
柚季はミオに突然言われたその言葉に、戸惑いを隠せなかった。
まるでミオは・・柚季が優歌に会いたがっていることを知っているみたいだ。
ミオは明るくていい人だが、まだ柚季が知らない何か、がある、そう確信した。
(でも、今はそのことより・・)
はやくこの仕事、を終わりにして、ミオの監視がなくなったら優歌に声をかけよう。
柚季はそう心に決めて、何事もなかったようにまた名前を出来るだけ早口で読み上げていく。
・・・全員の名前を読み上げたとき、ミオは柚季に2枚目の用紙を読むよう指先で合図を送ってきた。
(そうだ、こっちも読まないといけないんだよね)
面倒だと思ったが、どちらにしろ途中で放り投げても、面倒なことになることは目に見えていたので、柚季は仕方なく一枚目の用紙を捲り、二枚目の文章に目を通した。
(えー・・と・・)
「これから先は、ご自分の希望により移動する部屋が異なってきますので、注意して下さい。
再度、魂の旅、にでたい方は二階にある準備室へ。天界で働くことを希望される方は、一階の会議室へ3時間以内に移動してください。
また、天界で働く魂の一部を除き、今までの記憶は全てリセットさせて頂きます。そのことをご理解下さい」
柚季が次の文を読もうとした時、誰かがそれよりも早く口を開いた。
「再度、魂の旅にでるってことは、オレたちは生まれ変われるってことなのか??」
彼は不安げな表情で柚季を見るが、それに応えたのはミオだった。
「簡単に言えば、そーいうことですっ。しかし、今までの記憶は全てリセットされるので、本当のゼロからのスタートになります」
「・・・」
「ほとんどの方は旅にでることを希望されますが、もちろん、そうでない方もいらっしゃいますよね?そーいう場合は、わたしたちと一緒に、決められた時間、天界で働きましょう~。
ちなみに記憶をリセットされたくない方も、天界で働く方を希望して下さいね。一部の部署だけは、リセットせずに仕事ができることになっていますので!」
ミオはにこやかにそう言った後、柚季に用紙の続きを読むよう視線を送る。
柚季は用紙の文章へ目線を落とした。
(あと少しだ・・)
「後の詳しい説明は、それぞれの部屋でおこないますので質問のある方は、その時にお願いいたします・・・以上です、解散してください!」
柚季がそう言い終えると、静まり返っていた部屋がざわつき始めた。
ヒトビトは、この場で立ち話を始めたりそそくさと部屋からでていったり・・・
「!」
柚季が優歌の姿を探すと、彼女は丁度部屋から出ていくところだった。
(ヤバい!早く行かないと見失う!)
足を踏み出そうとしたその時、ミオに「お疲れ~割とうまく話せてたよ」と声をかけられる。
「・・ごめん!わたし行かないと!」
柚季は持っていた用紙をミオに押し付けると、駆け出した。
「・・・」
部屋からでると、柚季は周囲を見渡し優歌の姿を探した。
(どこっ・・優歌!)
地上と違い、ここでは天界で働く者以外は体が透明だ。なので、とても探しにくい・・。
柚季は歩調を早めながら、じっくりと周囲を見渡す。
その時、ヒトビトの間の空間に優歌らしき後ろ姿を見た。
「!いた」
彼女に追いつこうとした柚季は、より歩調を早める。
「お前、地上人だな?」
「!」
あと少し・・と思った時、誰かに声をかけられた。
弾かれたように振り返ると、そこに明るい栗色の髪をした男の子がいた。
「つーか・・お前、アルトが担当している地上人だろ?
何でこんなところにいるかは知らねーが、勝手なことはするなよ!?」
「・・は?」
柚季は思わず、眉を寄せる。
「ただえさえ面倒な仕事なのに、これ以上事を大きくするなって言ってんだよ!
分かったなら、今すぐ地上に帰って大人しくしてろ!」
・・・彼が柚季のことを地上人だと知っていることは驚いたが、それよりも気がかりだったのは・・
「って言うか・・大分年上のわたしに向かってその口のきき方はなくない?さすがにイラッとするんだけど・・それに、まだ地上に帰るわけにはいかないし・・さっきやっと優歌を見つけて・・・」
柚季はそう言いつつ、優歌がいるはずの方へ目線を動かす。・・が、そこに彼女の姿はなかった。
「・・いなくなっちゃったし!」
(早く探さないと)
柚季はそう思い、駆け出そうとするが、その前に男の子は言った。
「お前っ・・さっきオレのこと、ガキだって言ったな?」
「は?言ってないし」
(こんなところで時間くってる場合じゃないのにっ・・・)
男の子は、柚季の反応が気に入らないらしく、
「言っとくけどなぁ・・オレはお前よりずーっと大人なんだからな?ずーっとな!」
「はいはい」
「お前、信じてねーだろ??」
「信じるわけないじゃん!じゃ、わたし行かないと・・」
柚季は目線を男の子から外す。そして駆け出そうとするが、男の子は柚季の前に立ちそれをさえぎる。
「!ちょっと・・!!どいて!」
その時、男の子の体が光を帯びたかと思うと、見る見るうちに背が伸び彼は柚季の身長を追い越した。
「!?」
見ると、彼の顔立ちも、幼いものから大人っぽいものに変化していた。
「・・これで信じるしかねーよな?」
彼は得意げに微笑み、柚季を見下ろす。
まさか大人の姿になるなんて思いもしてなかった柚季は、驚きのあまり息をのむ・・が、
「すごーい!天界のヒトってこういうこともできるんだ」
ここで時間をロスするわけにはいかなかったので、適当にそう言ってこの場から離れようとする。
しかし、首元に腕をまわされ、彼に動きを封じられた。
「!!」
「いいか、地上人。お前は、面倒な仕事、でしかねーんだ。
つまり、生かすのも殺すのもオレたち次第だってことを、よーく肝に銘じておくんだな」
彼は柚季の耳元でそう囁いた。
「・・・離して!」
柚季が強くそう言うと、彼はあっけなく離れる。
・・・自分の顏が引きつっていることが分かった。
きっと、彼の言葉は嘘ではないだろう。
「柚季さん!」
「!」
その声にはっとして振り返ると、アルトがこちらに向かって走ってくるのが見えた。
「アルトっ・・」
柚季は無事、彼と会えたことにほっと胸をなでおろす。
アルトは柚季の隣で立ち止まると、隣に立っている彼、に気付いたらしく、
「あ、課長。お疲れさまです」
軽く頭を下げ、そう言った。
「・・・課長?」
柚季はアルトの口から発せられた意外な言葉に眉を寄せる。
彼・・・課長は、そんなアルトに今までとは正反対の優しげな笑みを浮かべた。
「あぁ、お疲れ」
「・・・」
「・・あまり無茶はするんじゃないぞ?」
「?・・・はい」
そして課長は、優しげな表情のまま、アルトの肩をポンと叩くと何事のなかったようにこの場から立ち去った。
柚季はそんな彼の背中を目線だけで追うと、
「アルトの課長・・・って、アルトの前ではいつもあんな感じなの?」
アルトはその言葉に、きょとんとする。
「僕の前では・・・と言うより、課長は誰に対してもあんな感じですよ?」
「!・・でも、さっき、殺すのも生かすのもオレたち次第だ!って言われたんだけど!しかも本気っぽかったし」
「まさかぁ・・あの課長がそんなこと言うはずないですよ~。
そんなことより・・・柚季さん、課長の外見について彼の前で何か言いましたか?」
アルトは少し不安げな表情を浮かべた。
「言ったような、言ってないような・・」
「あの・・出来るだけ、課長の外見については・・本人の前では言わないようお願いできますか?」
「は?どうして?」
アルトは小声で言葉を続ける。
「外見が子ども、ということを課長はとても気にしているんです・・・天界では、外見と年齢は比例しないので・・。
それに、先ほどのように大人の姿になるような術は、気力的にも体力的にもキツいはずなので・・」
「・・なら、そんな術、使わなければいいじゃん」
柚季は思わず、眉間にしわを寄せた。
アルトは困ったように笑う。
「僕も出来ればそうしてほしいんですけど・・課長はプライドの高い方でして」
「めんどくさっ」
「はは・・・でも、優しくていつも僕たちのことを心配して下さるいい方なんですよ?
柚季さんのことも、こうして保護して下さったわけですし」
「!!・・・保護?違う!」
柚季は思わず、声を張り上げた。
それにアルトの顔色が変わる。
・・しかし柚季は言わずにはいられなかった。
「アルト・・・あまりあの課長のこと、信用しない方がいいんじゃない?」
「?・・・どうしてですか?」
「だって・・・──」
柚季はそこで言葉をつまらせた。
それと同時に、言わなければよかったと後悔する。
(アルトにとって課長、は・・大切な上司なんだ)
「・・・」
「・・・」
「ごめん。やっぱ何でもない・・・それより今は優歌を探さないと」
「ですねっ・・!もしかしたら優歌さんはあの部屋に・・」
「さっきさ!優歌、すぐそこにいたんだけど見失っちゃって!」
柚季がとっさにそう言うと、アルトは目を丸くする。
「本当ですか!なら、この辺にいるかもしれませんね?探してみましょう!」
「うん」
そして・・・数分後。
優歌はあっけなく見つかった。
廊下の端に、並べられたイスに腰掛けて、隣にいる誰かと話している。
「・・・」
「・・・」
「ア、 アルト、話しかけてみてよ!」
「え、僕ですか?」
柚季は頷く。
アルトは不安げな表情をしながらも、ゆっくりと優歌の方へ歩みよる。
柚季もアルトの斜め後ろを歩き、彼女に近付いた。
「ちょっと宜しいですか?」
アルトがそう声をかけると、優歌は驚いた様子でこちらを見た。
「えっと・・野崎 優歌さんですよね?」
「そうですけど・・」
「優歌さん、僕たちと一緒にもう一度、地上に来てもらってもよろしいですか?」
アルトの言葉に、優歌はより目を見開いた。
「えっ・・地上に!?もう一度行けるの!?」
「・・・はい」
「・・・」
「琴音に会ってほしいの」
柚季が、アルトの隣でそう言葉を並べると、優歌は突然立ち上がり「会いたい!」と力強く言った。
柚季は予想していた通りの優歌のこたえを聞くことができ、安心する。
「・・・では、僕についてきて下さい!」
アルトが先頭を切って歩きだすと、優歌はそれに続く。
柚季も彼女の背中を追いかけた。
「!・・・」
その時、前方から歩いてくるミオの姿が柚季の目にとまった。
(・・・そういえば、アルト、なくなった人が地上のヒトに会うことは基本的に禁止されているって言ってたっけ・・)
大丈夫なのだろうか。
もしも誰かに見られたら・・・──。
そんなことを思って、ドギマギしながらミオとすれ違ったが・・得に何も言われなかったので、柚季はほっと胸をなでおろす。
「・・・」
柚季は歩調を早めて優歌を追い越すと、小声でアルトに問いかけた。
「ねぇ・・・まえ、なくなった人が地上にいくことは基本的に禁止されてるって言ってたよね?ほんとに大丈夫なの?」
「・・・──念のため、見つからないように行った方がいいかもしれません」
アルトは真剣味のある声でそう返す。
「え・・・じゃぁ、やっぱり許可とか取れなかったの?」
アルトは柚季の言葉に、少し沈黙をおいた後、
「・・・この件に関しては、誰にも言わないようにしているんです。
柚季さんを魔女の呪い、から助けるのも僕の仕事なわけですし・・・堂々と訊きに行ってもいいんですが・・・許可が貰えなかったときのことを考えると、どうも怖くなってしまって」
「・・・」
「許可が貰えなかったとしても、柚季さんを助けるために、これはやるべきことなんです。
この気持ちが揺るがないためにも、あえて訊かないようにしました」
そう言うアルトの表情は、少し不安げだった。
「・・・そっか。ありがと」
柚季のその言葉に、アルトはわずかに口元に笑みを作る。
・・・もしもの時は、柚季もアルトのためにできる限りのことはあろう、そう心に決めた。
「・・取りあえず、この建物からでましょう」
「うん」
柚季は頷いた。
・・・少し歩いて3人が立ち止まったのは、大きなトビラの前。
ここの建物に入る時に通ったトビラだ。
アルトは優歌に手招きして、彼女を隣に呼ぶと
「では優歌さん、でてもらってもいいですか?」
そう耳打ちして、周囲を用心深く見渡す。
柚季も念のため、優歌の背後に立って周囲から彼女の姿が見えないようにしておいた。
「・・・」
アルトはゆっくりとトビラを開け、人ひとりが通れるぐらいの隙間を作ると、優歌を見る。
優歌は何も言わないまま足を踏み出すと、その隙間を通りぬけ柚季の視界から姿を消した。
3人がトビラの外に姿を消すのを見届けると、ミオは口元に小さく笑みを作った。
拍手をするようにパチパチと手をならす。
「すごーい!本当にユウレイを地上に連れて行くなんて!」
踵を返すと、足取りはいつも以上に軽かった。
「でも、わたしはアルトの先輩として、ちゃんとリツに報告しないとね♪」
境界に戻って、アルトの現したトビラに入ると、柚季は地上界に立っていた。
あたりは薄暗い。
(ここどこ・・?)
とても見覚えがある・・・──教室だ。
すると、柚季の背後にある黒板の中から優歌が姿を現し隣に足をついた。
続いてアルトも姿を現すと、床に足をつく。
「よかった。みなさん、無事地上にでたみたいですね」
アルトは柚季と優歌を見ると、少し微笑んだ。
「って言うか・・・学校にでるなんて・・誰かに見られたら・・」
柚季がそう言葉をこぼすと、アルトは
「あっでしたよね・・でも、誰もいないみたいでよかったです」
「・・確かに誰もいないみたいだけど・・・」
柚季はそう言いつつ、教室の壁にかけてある時計に目をやった。
・・・約18時30分。
「学校に出れば、柚季さんと優歌さんのご友人の・・・琴音さん、でしたよね?彼女に会えると思ったんですが・・・──本当に誰もいませんね。他の部屋を探してみましょうか?」
アルトは不安げな顏で柚季を見る。
「いやっ・・・もうこんな時間だし、帰っちゃったと思うんだけど」
この教室以外も、明かりはついている様子はなく、もちろん、人のいる気配もない。
「・・・あ、でもまだ部活はやってるかも!」
柚季はそう考え、教室からでようと出入口に向かおうとした時・・・背後から「ちっ」と舌打ちがきこえた。
「!」
はっとして振り返ると、そこにいるのは優歌。
アルトも動揺した様子で、彼女を見ている。
「・・・あーぁ。やっぱり地上になんて戻らなければよかった」
優歌は腰に手を当て、不機嫌そうにそう言葉をこぼす。
「・・・は?」
「ゆ、優歌さん、そんなこと言わないで下さいよ・・」
優歌はアルトの言葉はきく様子なく、大きくため息をつき、
「せっかく全てにおいて諦めがついた頃だったのに・・・もう一度生きたいって思っちゃったじゃない!ちゃんと責任とってよね?天界人」
「─・・」
さっきから黙ったままの優歌だったが・・・──
突然、口を開いたと思ったら・・・思わぬことを口にされた。
アルトは助けを求めるように、柚季に視線を送った。
「・・・責任とって・・か。わたしたちの責任、は優歌と琴音を会わせてあげることだと思うんだけど」
「・・・」
「気持ちは分からないわけではないけど・・・それ以外の責任はとれないから」
柚季が静かな声でそう言って、優歌を見据えると彼女はわずかに目を伏せる。
「はぁ・・分かってるから!ただ、言ってみただけよ」
そう言う優歌の目には、僅かに涙が滲んでいた。
「・・・」
柚季はそんな優歌を見て、責任、を感じないわけではなかった。
優歌を地上に連れてきたのは・・・──自分のため。
自分の命を守るため、すずの出した情景を満たすため。
そう考えると、自分の身勝手さが嫌になる。優歌はそんな身勝手な自分の行為に巻き込まれてしまっただけなのだ。
「・・──ごめん・・優歌」
柚季はいつの間にかそう呟いていた。
「──・・・」
「柚季さん・・」
柚季の気持ちを察したのか、アルトは心配そうな目をこちらに向けた。
すると、優歌は口を開く。
「まぁ、あたしを地上に連れてきたのには、きっと何か特別な理由があるんでしょ?でも、どうだっていいのよ、そんなことは」
「!・・」
「もう一度、琴音に会えるならばね・・!」
優歌は力強くそう言うと、目の淵にたまった涙を掌で拭った。
柚季はそれに大きく頷く。
「・・大丈夫。絶対に会わせてあげるから」
・・・教室から一歩廊下にでると、西校舎の3階にある美術室に、ポツリと明かりがついているのが見えた。
(もしかしたらまだいるかもしれない・・)
「こっち!」
柚季はアルトと優歌にそう言葉を投げると、駆け出した。
美術室の前に到着した3人。
柚季は少しだけドアを開いて、中の様子を伺う。
「あ・・いた」
真ん中の列の前から二番目の席。
お決まりになっているその席に、琴音は座りただ静かに筆を動かしている。
・・・もう部活が終わる時刻はすぎている・・・美術室には、琴音一人だけだ。
そういえば・・琴音、美大を目指すって言ってたっけ・・・
もしかしたら、その試験の勉強をしているのかもしれない。
そんなことを思っていると
「・・・琴音!」
柚季と同じようにドアの隙間から様子を窺がっていた優歌は、そう叫んだ。そして、彼女はその透ける体でドアを通り抜け、美術室の中に入ってしまう。
「!・・」
・・・琴音の前に立った優歌は、また「ねぇ琴音!」と名前を呼ぶが、琴音からは何の反応もない。
(琴音・・優歌の姿が見えないんだっ・・)
今思えば当然のことだ。
・・・だって今の優歌には、肉体がない。それでは・・2人が会うなんてできない・・・。
柚季がドアから顏を離すと、隣に立つアルトと目が合う。
彼の顔色は不安げだ。
・・・きっと柚季と同じことを考えているんだと思った。
すると美術室から優歌が戻ってきた。
「・・・責任とってよね?天界人」
優歌は柚季の姿を見るなり低い声でそう言った。
柚季はその視線から逃れるために、アルトを見ると
「だ・・大丈夫!アルトがどうにかしてくれるから!」
「・・・えぇ!?」
アルトは驚いたように目をパチクリさせていたが、柚季はかまわず言葉を続ける。
「・・・アルト、不思議な術使えるじゃん・・・それでどうにかできないー?」
柚季が思いつく方法はもうそれぐらいしかなかった。
・・・自分も何かできたらよいのだが、あくまで柚季は普通の人間。あまりできることはなかった。
「えー・・と・・ですね・・」
アルトは柚季と優歌の視線を気にしながらも、手の中に分厚い本を現す。
パラパラとページを捲りながら、
「・・じ・・実は・・こんなこともあろうかと・・とっておきの術を用意しておいたんです・・・」
「さすが・・!にしては元気なくない?」
アルトはあるページで手の動きを止めると、言った。
「用意しておいたのはいいんですが・・こんなジャンルの術、使ったことないですし・・上手く発動するか分からないので・・期待に応えられないかもしれません・・」
柚季はそれに少し苦笑した。
「大丈夫だからっ・・上手くいくかもしれないし・・取りあえずやってみせてよ」
「・・・はい」
アルトは、紙面に指先を乗せる。
「・・この術は、魂を一定時間、物質に変えることのできる術なんです。ここで言う物質というのは、生きていた頃の体のことを示します・・」
アルトは不安げな声色のままそう言葉を並べると、優歌を見た。
「そういう細かい説明はいいから、早くしてくれない?」
「は、はい」
アルトは優歌の言葉に、紙面に置いた指をゆっくりと動かし始めた。
指先をなぞった後の紙面には、光の筋が浮き上がり、それは指の動き通りの複雑な模様をかたどっていく。
アルトの表情は真剣そのものでそれを見ていると、こちらまで上手くいくかどうかより不安になってくる。
数十秒後・・
「何とか・できました」
アルトは紙面から指を離すと同時に、そう呟いた。
・・紙面にかかれた模様はより強く光を放ち、その中から現れたのは、透明は素材でできたジョウロのようなもの。
中には淡いピンク色の光をおびた水のような液体が、4分の1ぐらい入っている。
アルトは本を閉じ、それを手に取ると
「あぁ・・やっぱり僕の力ではこの量が限界です」
「それって?」
柚季が訊くと、
「・・この液体を優歌さんの体にかければ、琴音さんにも見えるようになるんですが・・・この量だと60秒ぐらいが効果の限界だと思われます」
「!・・・」
「すみません・・僕にもっと力があればよかったんですが・・──それでもよろしいですか?」
アルトは不安げな目線を優歌に送る。
「・・それだけあれば十分」
優歌は力強い声でそう言うと、微笑んだ。
「・・本当ですか。よかったです」
「・・・」
アルトは不安げな表情を緩めると、ジョウロの先を優歌に向けた。
「それでは・・いきますよ?」
「はーい」
アルトがジョウロを傾けると、サラサラと液体が流れでる。
優歌にかかると、その部分を色のあるものに、物質のあるものに・・変化させていく。
アルトは優歌全体にまんべんなくかかるよう、ジョウロの先を上へ下へと動かした。
「・・すごい!全然違和感ないよ、優歌」
柚季の目に映る優歌は、普通の人間と全く変わりないと言ってもよかった。
さっきまでの透明な体が、まるで嘘のようだ。
「・・ありがとうね、天界人」
優歌は自分の体を目で確認すると、満足げに微笑んだ。
琴音と未来を約束したのに、突然こんなことになってしまうなんて。
ついていないにもほどがある。
本当は・・・私は、琴音ほど絵を描くことが好きではない。
一緒に美大を受けよう、大学で一緒に勉強しよう、それは全て・・・いや、半分ぐらいは琴音のためだった。
琴音は私と違って、自分に自信がない。
そんな琴音の背中を少しでも押してあげる誰かがいれば、きっとあの子は私なんかより、ずっと頑張れる。
その誰かに、私はなってあげたかったのに・・・。
それはもう叶わない。
あの事故は、何の前触れもなくやってきて、あっけなく私の命を奪っていった。
命、ってこんなにもろいものだったんだ。
それに気付いたのは、全て失った後で。
あの時、よそ見をしていなければ、その後悔は今でも続いている。
もう全て忘れてしまおう、そう決意したとき、思わぬチャンスが舞い込んできた。
もう一度、琴音に会える。
叶わないと思っていたのに、叶うかもしれない。
・・・それがたった一瞬だとしても。
琴音は筆をパレットの上に置くと、ため息をついた。
(そろそろ帰ろうかなぁ・・)
何か絵を描いていれば、気がまぎれると思ったのだが、やっぱりそう上手くはいってくれない。
画用紙やパレットの上のカラフルな色たちも、今の琴音の目にはモノクロにしか見えなかった。
「あーぁ・・」
何だか、また泣いてしまいそうだ。
もう泣きたくなんかないのに。
だって泣くと、周りに迷惑をかけてしまう。それに、心配させてしまう。
・・・けれど、笑いたくもなかった。
(今日、柚季、学校かなかったなぁ・・)
風邪だろうか・・・やっぱり寂しい。
「・・・」
(・・柚季に美大受けるなんて、言わなければよかった・・)
琴音は片付けをしようと、立ち上がる。そして、パレットや水入れを水道へ運ぶ。
(だって、優歌がいないと頑張れる気がしないよ・・・)
水をだそうと、蛇口に手を置いたその時、ガラガラとトビラの開く音がした。
(こんな時間に誰だろう・・)
そう思って振り返ると、そこには・・・──
「・・・優歌!?」
しんでしまったはずの、優歌がいた。
「琴音―、頑張ってる?」
優歌はいつもの明るい声でそう言い歩みを進めると、琴音が座っていた机の前で立ち止まった。
そして、広げたままのスケッチブックを覗きこみ、
「へぇ~きれいに塗ってあるんじゃない?」
「ほ・・ほんとに優歌なの?」
琴音は信じられない気持ちのまま、彼女の方へ駆け寄るとそう訊いた。
「何言ってんのよ!当たり前じゃない」
「!・・──」
その言葉をきいた瞬間、琴音は優歌に勢いよく抱きついていた。
・・・嬉しくてたまらないというのは、きっとこんな時なんだと思う。
・・・優歌がしんでしまったってことは、きっと悪い夢だったんだ。わたしは悪い夢にうなされていただけ。
その証拠に、優歌は今、わたしの目の前にいる。
「優歌ぁ・・・よかったぁ・・・・」
「──・・・ね、琴音。それ何の絵?」
優歌の問いかけに、琴音は彼女から離れると
「今度のコンクールにだす絵なんだぁ。
締切ギリギリなんだけど・・やっぱり納得いくまで塗りたくて!
あとね、提出するまえに先生にみせて、もっと上手く描けるようにアドバイスもらいに行こうと思ってるんだ!
あたし上手く描けないし、そうでもしないと優歌においつけないからさぁ・・」
優歌に会えたことが嬉しくて、いつもより次々と言葉がでてくる。
「・・・」
そんな琴音を見て、優歌は控えめに微笑んだ。
「私なんかより、琴音の方がずっと上手よ」
「・・・そんなことないよ~」
優歌はそれに首を左右に振る。
「ううん。琴音の方が本当に上手。純粋な気持ちが伝わってくる、とってもきれいな絵よ!」
「・・・えへへ。ありがとう」
「・・──」
琴音は優歌の言葉が素直に嬉しかった。
・・・けれど、少し違和感を覚える。
優歌はわたしのことをいつも励ましてくれる、さっきの言葉みたいに。
・・・きっとこの違和感は、優歌の言葉が素直すぎるからだ。いつもなら、優歌は言葉に完全には頼らない。
どうして・・・素直になる必要があるのだろう。
どうして・・・──。
「・・私さ、ちょっとトチっちゃって、琴音と一緒には大学受けること、できなくなっちゃったのよ」
優歌はため息混じりにそう言葉をこぼした。
「!・・─」
思わずドキリとする。
何か言葉を発そうと口を開くが、それは叶わなかった。
「どうして?」そう訊きたかったが・・その応えを知ってしまって本当によいのだろうか・・・その感情の方がずっとずっと上手だった。
「・・そう・・なんだ・・」
琴音は呟くような声で何とかそう返す。
「・・じゃぁあたしもやめようかなぁ・・」
「はぁ?どうして琴音までやめる必要があるの?大学で絵の勉強したいんでしょ?」
優歌は不機嫌そうに眉を寄せた。
「うん・・でも・・──」
琴音が口ごもると、優歌はこちらをしっかりと見据えまた口を開く。
「琴音、絵を描くこと、好きなんでしょ!?なら、大丈夫!
その気持ちがあれば、私なんかより、ずっとずーっと頑張れるから」
「・・優歌・・あたし・・・」
絵の勉強、頑張りたいよ。
でも、とても不安なんだ。
こらえきれなかった涙が、次々と琴音の頬を伝う。
「っ・・あたし・・頑張れるかな・・?」
(優歌が隣にいなくても・・)
優歌はそれに、穏やかな表情を浮かべ頷いた。そして、
「まぁ、一緒に頑張るってことは無理になっちゃったけど、私にも応援するぐらいのことはできるから!」
「・・・」
「ごめんね、琴音。一緒に頑張ることができなくて・・・でも、ずっと応援してるから・・・──!」
「っ・・・ありがとう・・優歌」
琴音は目の淵にたまった涙を、掌で拭った。
・・・見ると、優歌の嬉しそうな・・だけど、寂しそうな表情が琴音の目に映る。
・・・優歌は琴音に背を向け、走り出した。
「!待って・・優歌!!」
琴音は彼女の背中を追いかけると同時にそう叫ぶ。
・・・きっと、今ここで優歌の姿を見失ってしまったら、もう一生会えなくなってしまう、琴音はそう思った。
優歌はその言葉に、出入口で立ち止まると
「ばいばい琴音」と呟く。そして、ドアを開け外へ走り去った。
「っ・・・──待って!いかないでっ」
琴音は必死に優歌の後を追いかけ、美術室の外へ飛び出した。
・・・でも、そこには薄暗い廊下が続いているだけで・・優歌の姿はなかった。
「優歌・・!!どこに行ったの・・・いかないで・・・」
琴音はこの辛すぎる事実に、ただそう呟くだけで精一杯だった。
「あたし、まだ優歌に話したいこと沢山あるよっ・・・だから行かないで!!お願いだからっ・・」
必死に泣き叫べば、また優歌が姿を現してくれるかもしれない。
琴音はもうそう信じるしかなかった。
・・・・そして、意識を手放した。




