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境界のすず  作者: 夕菜
12/31

第3話(2)


「・・・何?」

 すずの言葉が許せない柚季だったが、その気持ちを何とか押し込んでそう返した。

「大切なお友達を失った琴音ちゃんは、とても可哀想ね・・?」

「・・・?それが何?」

「もし、彼女とそのお友達が、もう一度会うことができたらそれはこの上ない喜びなんでしょうね・・」

「──・・・」

 すずの赤い瞳は、柚季の反応を注意深く伺っているようだ。

 すずは言葉を続ける。

「琴音ちゃんがお友達ともう一度会うことができたら・・・ゆずに”私が一番望むものに繋がる一つ目のヒント”をあげる。

 きっとそのヒントがなくちゃ先に進めないから、とても大切なヒントよ」

 柚季はその言葉に、自分の耳を疑った。

「もう一度会う?そんなことできるわけっ・・」

「あら、いいの?簡単に諦めちゃっても・・きっとそうすれば、琴音ちゃんも元気になってくれるはずなのに」

「!・・」

「やる前から出来ないなんて、決めつけるべきではないわ。可能性の中から出来ることを探すの。・・あなたたち、友だちでしょう?」

 その時、柚季とすずの間の床に白い穴のようなものが現れる。

「じゃぁ頑張ってね。ゆず」

 すずのその言葉と同時に、後ろから強く背中を押され・・

「ちょっ・・・ちょっと待っ・・」

 バランスを崩した柚季の体は、その穴の中に落下した。

 一瞬、視界が真っ白になったかと思うと、またすぐに別の景色が映り込む。

 ・・・ここは元いた美術室だった。

(戻って・・これたんだ)

 柚季の足元には、白い本が何事もなかったように広げて置いてあった。

「・・・」

 なくなった人にもう一度会う・・本当にそんなことができるのだろうか。

 どちらにしろ、自分の命がかかっているんだ。

 精一杯、やれるだけのことはやらなくてはいけない。

 柚季は琴音の座っていた席へ目を向ける。

 そこには、スケッチブックとパレットが置きっぱなしになっていた。

(琴音にちゃんと謝らないと・・)

 すずが言った言葉であっても、自分が言ってしまったことには変わらないのだから。

(もしも・・本当に・・──もう一度・・)

 琴音がなくなった友人の優歌、に会えたのなら・・・二人はどんな言葉を交わすのだろう。

 柚季は何となくそう思った。


 そして次の日・・。

 アルトが姿を現さないまま朝をむかえると、柚季はいつものように教室に入った。

(こういう時に限って、アルト来ないし・・)

 それに・・

 柚季は琴音の机へ目を向ける。

 もう朝のHRが始まる時刻だが、琴音は姿を現さない。

(琴音、今日休みかなー)

 柚季はため息をつく。

 もしかしたら、自分があんな言葉を言ってしまったからかもしれない。

(大丈夫かな・・琴音)



 その頃、天界では・・。

 一休みしたアルトが部屋からでて、少し歩くと後方から「アルト!」と声をかけられた。

 振り返ると、そこにはたまに言葉を交わす程度の仲の同僚がいる。

「ごめん、今日だけオレの仕事代わってくれないか?」

「・・・仕事って何のですか?」

 アルトは気が進まないと思いながらも、そう返してみる。

「境界の受付!アルトもやったことあるよな?」

「ありますけど、僕にはっ・・」

「じゃぁ頼んだ!ごめんな!今日だけだから」

 同僚は、掌をパチンと胸の前で合わせてそう言うと、慌ただしくこの場を去ってしまった。

「今日だけですよ!」

 アルトは大きめの声でそう返すと、軽くため息をつく。

 柚季のところへ顏をだそうと思っていたのだが・・

(仕方ないですねーっ)



 受付係を任されてしまったアルトは、仕事場である境界の建物にきていた。

 ここは広々とした空間で、物というものはなく天井から吊り下げられたたくさんのランプが、まばゆいほどの光を放っていた。

 部屋の中央には丸テーブルがあり、その上には魂が入ったカゴが数個並べて置かれてあった。

 切断係の者が地上から集めてきた魂たちだ。

「じゃぁアルトは、この分お願いね」

 隣にいる同じ受付の仕事をする女性に渡されたのは、クリアファイル(ちなみに今日の受付係はアルト含め5人だ)。

 その中には、これから魂たちに配る書類やその魂たちの名簿などが入っている。

「・・わかりました」

 アルトはそう言ってファイルを受け取ると、そこの一番手前にある名簿の目を通した。

 そして、テーブルに近付くと、その名簿と一致するカゴを探す(カゴにも名前入りの札がぶら下げてあって、自分の持つ名簿と同じ名前がある札を探す)。

(あ、ありました。これですね・・)

 同じようなカゴが並ぶ中、自分の目的のカゴを見つけると、それを手前まで持ってきた。

 見た感じ、カゴの中に入っているのは、5~6個の魂たちだ。

 アルトがカゴのフタを開けると、そこからフワリと魂たちがとびだしてくる。そして、それらは一つ一つヒトの形に姿を変えた。

 魂が生きていた頃の姿だ。

 アルト以外の受付係も、次々とカゴのフタを開け・・そこからでてきた魂たちもヒトの形に姿を変えていく。

 そのヒトビトは、年齢も性別もさまざまだ。

 ただみんな、どこか驚いたような表情を浮かべ周囲を見渡している。

 すると、女性の受付係が掌をパンパンと2回叩いて言った。

「みなさん、長い旅路お疲れ様でした!

 これから私たちがお名前を呼びますので、それぞれ名前を呼んだ者のところへいらしてください。必要な書類をお渡しいたします」

 その言葉を言い終えた後、女性は名前を大きな声で呼び始めた。

 他の受付係も、名簿に目を通しながら名前を読み上げる。

 アルトも名簿の名前を確認すると、「野崎 優歌さん!」と大きめな声で呼びかけた。

 ・・・するとすぐに、アルトの前に歩み寄ってきた一人の女性がいた。

 彼女は学生服に身を包み、不安げな顏でこちらを見る。

「えっと・・優歌さんでよろしいですか?」

 アルトは彼女に渡す書類に貼られてある小さな顔写真と、彼女の顔を見比べそう訊いた。

「・・・はい」

 彼女は小さく頷いた。



 次の日。

 柚季は落ちつかない気持ちで、家をでた。

 訊きたいことができたときに限って、アルトは来ないし、それに・・・琴音にあんな言葉を言ってしまった。

(今日、琴音、学校くるかなー・・)

 一刻も早く謝りたかった。

 するとその時、少し行ったところの信号で見覚えのある後ろ姿を見つける。

 あの後ろ姿は・・・間違いなく琴音だ。

「琴音!」

 柚季は、ほぼ反射的にそう叫ぶと、信号待ちをしている彼女の隣に並ぶ。

「ごめんね、琴音。・・・この前はひどいこと言っちゃって・・ほんとにごめん・・」

 柚季は不安な気持ちのまま、必死にそう言葉を並べた。

 琴音はそれに少しだけ目を見開いた。そして、少しだけ微笑む。

「よかったー・・今日も柚季に会えたっ。あたし、すごく心配だったの・・あんな言葉を言ったまま、柚季に会えなくなっちゃったらどうしようって・・・」

「?・・・わたし、琴音に何か言われたっけ?」

 琴音が普通に会話してくれたことに、柚季はほっとしながらそう訊いた。

「あたし、柚季の病気の目みたとき、変なこと言っちゃったでしょ?ごめんね・・だから柚季もあんなこと言ったんだよね?」

「・・──ううん。悪いのはわたしだから」

 ・・よく見ると、琴音の目の周りは赤くはれていた。

 きっと柚季の知らないところで、たくさん泣いていたのかもしれない。

「琴音・・・わたし絶対にこの病気、治すからっ・・・絶対にっ・・」

 柚季は一つ一つその言葉を並べた。

 これ以上、琴音に不安な思いはさせたくなかった。

「・・・うん」

 琴音は小さく頷く。そして、

「あっ・・ちょっと寄りたいところあるの。いいかなぁ?」

「?・・いいよ」


 琴音はあの交差点のところで歩みをとめると、カバンの中から取り出した小さな花束を他の花束たちと一緒に並べる。そして、静かに手を合わせた。

「・・・」

 柚季も琴音と一緒に手を合わせる。

 ここに並べられた色とりどりの花束をみて、柚季はこの事実を思い知らされた気がした。

 思わず、泣きそうになる。

 その時、琴音が言った。

「・・・もう一度でいいから、優歌に会いたいなぁ」

 見ると、琴音は目を伏せていた。

「・・・」

「本当はね、今だに信じられないんだ。優歌にもう一生会えないってこと・・・。もしかしたら明日、何事もなかったように姿を見かけるんじゃないかって、思ったりもするんだよ?」

 琴音はその瞳にうっすらと涙をためている。声も少し震えていた。それど、その表情はどこか穏やかだった。

「でも、こんな光景を見たら、実感するしかないよね・・もう一生会えないんだって」

「!会えるよっ」

 柚季はとっさにそう言った。

 琴音は驚いたように目を丸くすると、

「ありがとー」

「・・・」

 きっと琴音は柚季の言葉を本気にしていないのかもしれない。

(でも・・)

 柚季はもう一度、琴音に優歌を会わせてあげたかった。


 そして放課後。

 すっかり暗くなってしまった校舎内からでると、校門付近に立つ人影に目に留まる。

 真っ白の服と金髪が闇によく映える・・

「アルト!」

 柚季はそう叫んで、彼の傍まで駆け寄った。

「こんばんは、柚季さん。何か変わったことはありませんでしたか?」

 柚季はそれに、白い本からすずの家にったことを言おうと思ったが、

(でも、そんなこと言ったら、また白い本取り上げられちゃうかもだし・・)

 そう考えた柚季は、取りあえず本の話題は避けて、

「この前さ・・アルトの知り合いっぽいヒトにあったんだけど・・」

「え・・誰でしょうか?」

「アルトと同じぐらいの歳で、黒髪で・・大きな鎌持ってて・・・」

「あー多分、シイカですね」

 アルトはにこりと笑ってそう言った。

「ふーん・・シイカっていうんだ、あのヒト。ちなみに同じ職場?のヒトだったりする?」

 アルトと同じような服を着ていたことが気になったので、そう訊いてみた。

「そうですね!シイカも僕と同じ天界で働いています。役職は違いますけど・・」

「そうなんだ~」

 柚季は、シイカが大きな鎌で魂と体の繋がりを切っていたのを思い浮かべた。

 きっと彼の役職は、あのようなことをやるところに違いない。

「あのさっ・・」

 柚季はあの時から気になっていたことを訊いてみようと思った。

「なくなった人がもう一度、地上にくる方法ってある?」

 柚季の問いかけに、アルトの表情がわずかに動いた。

「?・・いきなりどうしたんですか?」

「実はね、すずに言われたんだけど・・わたしの友だちの琴音と、この前なくなった琴音の友だちの優歌を、もう一度会わせてあげることが出来たら、すずが望むものに繋がるヒントをくれるって」

 柚季がそう言葉を並べると、アルトはその表情をより不安げなものにする。

「えぇっ・・本当ですかっ・・困りました」

「ってことは、なくなった人が地上に来ることってできないの?」

「やろうと思えば出来るかもしれませんが・・基本的に禁止されています」

「・・・」

「・・・」

「出来ることはできるんだ?」

「ですけどっ・・」

 アルトはそこで口ごもる。

 だが、柚季は気にしなった。

「じゃー2人、会わせてあげようよ!どっちにしろ、それがすずの出してきた条件なんだし」

「・・・」

 アルトは少しの沈黙を置いたあと、

「・・そうなんですよね・・柚季さんを助けるためには、やらなくてはいけません」

 アルトはその言葉を並べた後、弱弱しく微笑んだ。

 柚季はその微笑みに不安を覚えてが、言った。

「じゃぁまず、優歌に地上にくるよう伝えないと・・・」

「あっその名前、聞き覚えあると思ったら、思い出しました。その優歌さん、僕が受付した子ですよっ」

 柚季はそれに思わずまゆを寄せる。

「まじで?・・っていうか受付って?」

「境界に初めて来たヒトには、受付をしてもらうんです。その時に、確かに会いました」

 アルトはそのことを確信したらしく、自信ありげにその言葉を並べた。

「そうだったんだっ・・・じゃぁ、境界に行けば優歌に会えるかな?」

「多分・・会えると思います。まだ、境界にいる時期のはずですので」

「──・・・」

 自分がやろうとしていることが正しいかどうかなんて、分からない。

 けれど、精一杯やってみなくちゃ分からない。

「・・・では、もう一度境界に行くんですね?」

「うんっ」

 アルトの問いかけに、柚季は頷いた。



 柚季はアルトと共に境界に来ていた。

 ここは、相変わらず静かな空気が流れていて、落ちついた気持ちになれる気がした。

 柚季は上空や地上に広がる街並みを眺めながら、

「たくさん家あるねー・・・この中から優歌の家、探すの大変だと思うんだけど」

 アルトはそれに対して、困ったような表情を浮かべた。

「ですよねーっ・・一軒一軒、まわるしかないですかね?」

「かなり地道な方法なんですけどっそれ。

 あ・・・って言うか、受付の時に、どこの家に誰が住むとか、そういうことは分かるようにしないの?あってもよさそうな気がするけど・・・」

 そのことを思いついた柚季は、期待をこめてそう訊いてみた。

「・・・」

「・・・」

「た・・確かにそうですよね!ちょっと上のものに訊いてきます」

 そしてアルトは、踵を返すと背後にある背の高い建物の中に姿を消した。

「・・・」

(って言うか・・それぐらい気付こうよ!アルトーっ!)

 柚季は思わず、苦笑した。


 そして、数分後。

 柚季が同じ場所でアルトのことを待っていると、彼は手に書類のようなものを持って帰ってきた。

「お待たせしました!」

「で、どうだった?」

「・・優歌さんがどこにいるのか、ちゃんと分かりましたよ」

 アルトはにっこりと笑う。

「ならよかった!で、どこなの?」

 するとアルトは、手の中の薄い冊子を広げて柚季に見せる。

 そこには簡単な地図のようなものが記してあった。

 規則的に並ぶ四角は、おそらく家々を記していて、そこには数字とかおかしな記号のようなものがふってある。

「優歌さんの家は、ここ・・[★=27]です」

 アルトは、四角のうちの一つを指差してそう言った。

「そーなんだ!でも、この地図少し分かりずらいね?」

 柚季が見る限り作りがシンプルすぎて、現在地を探そうと思ってもよく分からない状況だった。

「大丈夫ですよ!僕にはわかりますから。・・・こっちです!」

 アルトは冊子を閉じると、何の迷いもなく歩きだす。

「ほんとに大丈夫??」

 柚季は、アルトの背中を追いかけながらそう訊いてみる。

「大丈夫ですよー」

 アルトは肩越しに振り返り、そう返した。

「そっか!じゃぁ頼んだっ」

「任せてくださいー」

「・・・」

(アルトの方が境界に詳しいのは当たり前だしねっ・・)

 柚季は改めてそう考えると、アルトの背中を追いかけた。


 少し歩くと、アルトの歩みがとまった。

 柚季も続いて立ち止まる。

 周囲には家々が立ち並んでおり、アルトはそのうちの一軒に近付く。

「この家?」

「そうです」

 よくよく見ると、その家のトビラにはプレートがかかっており、[★=27優歌]と文字が並んでいる。

「ほんとだ!ちゃんとプレートにかいてある」

 柚季が思わずそう呟くと、アルトはコンコンとトビラをノックした。

「優歌さん、ちょっとお話したいことがあるんですが、よろしいですか?」

 ・・が、それにこたえる声はない。

「いないのかな?」

 柚季が訊くと

「いや、いるはずですよ・・・優歌さん!」

 アルトはまた大声でそう言ったが、やっぱり帰ってくるのはただの沈黙で。

「・・優歌さ~ん!!」

「入っちゃわない?」

 これではいつ入れるか分からないと思った柚季は、そう言った。

 アルトはそれに少し不安げな顏をする。

「大丈夫でしょうか」

「だって、せっかくここまで来たのに、会わないわけにはいかないじゃん」

「・・確かにそうなんですけど・・・──では、入っちゃいましょうか」

「うん」

 そしてアルトはトビラの戸ってそっと手をかけた。ドアノブをまわすと、開け放つ。

「入りますよー?」

 アルトはそう叫びつつ、家の中に足を踏み入れる。

 柚季も緊張気味にそれに続いた。

「!・・・」

 優歌の家の中は、どこか見覚えのある風景だった。

 ・・・美術室。

 けれど、柚季がいつも使っている美術室ではない。きっと別の学校の美術室。

 優歌の姿を探したが、彼女の姿は見当たらなかった。

「優歌、いないくない?」

 柚季は隣に立つアルトに、そう訊いてみる。

 アルトはそれに、眉を寄せ「うーん」と唸った。

「おかしいですねー」

「優歌なら、さっき天界に行ったけど」

「!」

 振り返ると、家の出入口には、アルトと同じ制服を着た男性が立っていた。

「え・・・本当ですか?」

 どうやら彼は、アルトの仕事仲間らしい。

 そしてアルトは、家からでる。柚季も同じようにした。

 すると、男性はトビラにかかったプレートを外した。

 それと同時に、家の中の風景は何もない白い部屋に姿を変えた。

「?・・」

 柚季は、その男性の視線がこちらに注がれていることに気付く。

「アルト・・もしかして、こいつって・・」

「!では、行きましょうか、柚季さん」

 アルトはその男性から柚季を隠すように立つと、無理やり腕もひっぱりこの場を後にした。


「ねぇアルト!急にどうしたの?」

 まだ早足で柚季を引っ張るアルトに、そう言葉を投げると、彼は立ち止まり手を離す。

「突然すみません・・ちょっと・・ですねっ」

 アルトは曖昧な笑みを浮かべた。

「?・・ちょっと・・何?」

 ・・・あの男性の柚季を見る目は、あまりよくないように思えた。

 一体どうしてだろう。

 アルトは不安げな声で、

「・・地上のヒトが、境界や天界にいることってほんとはあっちゃいけないことなんですよ」

「えっ」

「でも、柚季さんの場合は、特別、ですし・・仕方ないと思うんですけどねー・・」

 アルトの言葉に、柚季は不安感に襲われた。

「確かにそうだけど・・さっきみたく、事情を知らない人に会ったらヤバくない?」

「・・そうなんですよね。あまり会わないようにした方がいいかもしれません。

 あ・・でも、いざという時は、僕がちゃんと事情を説明しますから」

 アルトはそう言うと、微笑みを浮かべた。

「じゃ・・よろしくね?」

「はい」

「・・・」

(大丈夫だよね?)

 不安がなくなったわけではないが、アルトの言葉に柚季は取りあえず安心できた。

(って言うか、魔女の呪い、を解くためには地上だけにいるわけにはいかないし・・・)

 それにアルトもいる。だから、きっと大丈夫だ。

「・・・そういえば、優歌、天界に行ったって言ってたけど」

 柚季がそう言葉をこぼすと、

「そうなんですよね・・意外に早いのでびっくりしましたよ・・急いだ方がいいかもしれません。天界は魂のこれからを決める場所なので」

「ふーん・・・?」

 すると、アルトは不安げな瞳で柚季を見た。

「柚季さんも・・行きますよね?」

「うん、もちろん」

 柚季は頷いた。


 街の中からでて、広い道を挟んだ建物の前に柚季とアルトはいた。

 アルトが優歌の家を確認するために、一回入って行った白くて背の高い建物だ。

「こっちの方に天界へのトビラがあります。ついてきて下さい」

 アルトはそう言いつつ、両開きになっているトビラを押し開けた。

 その中は広いロビーのようになっていて、目の前には上へ続く階段が見える。そして、との隣にはトビラがポツリとあった。

 アルトはそのトビラの前まで歩みを進めると、取っ手に手をかけそれを開け放った。

 トビラの外はまるで森の中のような空間だった。

 アルトに続いてそちらに歩みを進めると、空が青いことが分かる。

 ・・・その青さは鮮やかすぎて、まるで作り物の空みたいだ。

 と突然、アルトの歩みがとまった。

「!・・」

 周りの景色に気を取られていた柚季は、アルトの背中にぶつかってしまう。

「?・・どうしたの?」

 アルト越しに見えたのは、森の中にたたずむ一つのトビラ。

 その周囲の地面は、石畳のようなもので綺麗に舗装されていて、あのトビラが特別だということがひしひしと伝わってくる。

 柚季はそのトビラの前に、何人か、ヒトがいることに気付いた。

 アルトと同じ制服に身を包んだ人が二人。それに、真っ白の髪を持つあの女の子は・・・ソプラノだ。

「・・・離して!」

 ソプラノはそう叫ぶようにして言い、腕を引っ張る彼らに必死な様子で抵抗しているようだ。

 一方、制服を着た彼らは無理やりあのトビラの方へ、ソプラノの小さな体を引っ張っていこうとしている。

(どうしたんだろう・・・)

 ソプラノはとても嫌がっている。

 ここは助けに行った方がいいに違いない。

 柚季が駆け出そうとしたその時、腕を強く引かれ木の影へ引っ張り込まれた。

「アルトっ何するの?ソプラノのこと助けてあげないと!」

「──・・・すみません」

 アルトは申し訳なさそうに瞳を伏せる。

「・・僕はあのような行為を、手伝わなければいけない立場なので」

「!でも、わたしには関係ないから」

 柚季はそう叫ぶように言うと、また駆け出そうとするが、アルトは手を離してくれない。

「ちょっと・・離してほしいんだけど」

「・・・境界にいることのできる時間は、限られているんです。

 それを過ぎたら、無理やりにでも天界に連れて行かなくてはいけないんです・・・それがあの子のためでもあるんですよ?」

「・・・」

 とっさに言い返そうとした柚季だが、言葉がでてこなかった。

 ・・アルトがあまりにも苦しそうに話すから。

 とその時、アルトと柚季が隠れている木のわきを誰かが通り過ぎたのが分かった。

「!・・すず」

 見覚えのあるあの後ろ姿は、間違いなくすずだ。

 すずは何のためらいもなく、ソプラノと制服を着たヒトたちの間に割って入ると、

「私がいつ、この子のことを連れて行っていいって言った?」

「げ・・こいつ、境界の魔女だぞ・・」

「・・・」


 すずは、ソプラノのことを守るようにその前に立ち、手の中にバチバチと電気の塊のようなものを発生させる。

「2度とこの子に近付かないでくれる?」

 そして、すずはその電気の塊を二人に向かって放った。

 それは二人の間のせまい空間をギリギリで通り抜けると、後ろの木を大きくえぐった。

 制服を着た2人は、表情を引きつらせると、

「・・行こうぜ」

「・・おう」

 小声でそう言葉を交わし、その場から逃げるようにそのトビラの中に姿を消した。

「・・ソプラノ。大丈夫?」

 すずはソプラノの方へ振り返ると、優しげな声でそう声をかける。

 ・・・柚季の知るすずとは、まるで別人のような表情と声で。

「っ・・・すず様っ・・──」

 ソプラノは震えた声でそう言うと、すずの服に顏を埋め泣き出した。

「・・・?」

(ソプラノって・・あんな子だったっけ?)

 柚季のイメージでは、いつも冷静で感情をださないような子だったと思ったのだが・・。

「もう大丈夫よ・・大丈夫よ」

 すずはソプラノの背中をゆっくりとさする。

「うぅ・・・」

 それでもソプラノは、泣くことを止めようとしない。

「──・・・」

(ソプラノ・・可哀想・・)

 その光景を見ているうち、柚季の心にいつのまにかその感情は芽生えていた。

 自分はソプラノのことをほとんど知らないのに、何故だかとても辛い気持ちになる。

 まるで自分の大切な人に向ける感情のように、強く深い感情。

「!・・」

 気が付くと、柚季はいつの間にか涙を流していた。

「柚季さん?」

 アルトがとても驚いた様子で、柚季を見ていた。

 柚季はそれに思わずはっとする。

「えっ・・どうしてわたし泣いてんだろっ・・変なの・・」

「──・・・」

 柚季は眼帯を外すと、涙を急いで拭う。

 そうしている間にも、すずはソプラノの手を引いて境界のトビラの方へ姿を消した。

 運よく柚季とアルトの存在にはきづいていなかったようだ。

「・・・大丈夫かな・・また無理やり連れていかれちゃうのかな・・ソプラノ・・」

 柚季がその言葉をこぼすと、アルトは不安げな表情で

「・・・ソプラノさんには、魔女さんがついていますし・・きっと大丈夫ですよ・・」

「・・そっか、だよね」

 アルトが柚季に向ける視線には、戸惑いが入り混じっていることが分かった。

 柚季も自分もこの感情が不思議だった。

 アルトはこの場の空気を和らげるように、にっこりと笑うと

「ではっ・・優歌さんに会いに行きましょうか」

「うん!」

 アルトは歩き出そうとするが、すぐに歩みを止めるとこちらに振り返った。

「あ・・でも、柚季さん、その格好だと天界では目立ちますよ?

 僕たち・・働く者、以外のヒトたちも、天界では白い服を着ることになっているので」

「え、そうなんだ・・どうしよ」

 柚季の今の服装は、学校の制服だった。

 アルトは「うーん」と唸ると

「それにその服だと、すぐに地上のヒトだってこと気付かれちゃいますよね・・どうしましょう・・」

「じゃ、一回地上に戻って、うちで白っぽい服に着替えるとかした方がいいよね?」

 その方法以外、思いつかったので柚季はそう言ってみた。が、アルトはそれにも「うーん」と唸る。

「確かにその方法が無難ですよね・・でも、あまり時間がかかってしまうのは・・・うーん・・・あ!」

「?・・」

「白い服かりてきますから!柚季さんはここで待っててください」

「あ、分かったーありがと」

 そしてアルトは踵を返すと、天界のトビラの中に姿を消した。



 ソプラノは自分の家に戻ってくると、真っ白の部屋の隅っこでうずくまった。

 ここの部屋には何もない。

 自分が望めば、この場所の景色は好きなように変えられるらしいが、ソプラノにとってその機能は必要なかった。

 だって本物ではないし。

 本物でなければ意味ないし、寂しいだけだから。

 すると、また自分の目に涙がたまってくる。

 ・・・また感情が暴れだしそうになる。

 でも、これがあれば──・・・。

 ソプラノは服のポケットから薬のビンを取り出すと、その中の一錠を口の中に放り投げた。

 噛み砕くと涙は止まり、代わりに無表情という仮面が姿を現した。

 ・・・これでやっと安心感に浸れる。

「・・~♪」

 思わず、あの歌を口ずさんだ。

 仮面、をつけたまま、大好きなこの歌を口にするなんてほんとはしたくないのだけれど。

 ソプラノは、この歌、がどうしても忘れられなかった。



 柚季が同じ場所でアルトのことを待っていると、天界へのトビラが向こう側から開いた。

 そこから姿を現したアルトは、早足で柚季の隣まで駆け寄ってくる。

「柚季さん、これ着てみてください」

 アルトから手渡された白い服を広げて見ると、アルトが今着ている制服の女性もののようだ。

「ありがと!へー結構かわいい!って言うか・・これ、どうやって手に入れたの?もしかして・・・」

「先輩からちゃんと許可を取って、かりてきましたよ!」

「あっそっか!だよねー・・」

 柚季はニヤリとする。

 どんな理由をつけて借りてきたかが気になったが、あえてそのことについては触れずに、

「じゃーはやく着替えちゃうか・・」

 柚季がそう言葉をこぼすと、アルトは慌てた様子で離れた木の後ろへ姿を消した。


 柚季は急いで着替えを終えると(サイズは丁度よかった)、元々着てきた学校の制服をアルトから預かったバッグの中にしまいこむ。

 そして「おまたせ~」と言いながら、アルトの隣に立った。

 アルトは柚季の姿をよくよく見ると、微笑む。

「似合ってますよ!・・それにその格好なら、上手く誤魔化せそうですね」

「そう?よかったー」

 アルトは天界へのトビラの方へ目を向けると、

「では、行きましょうか」

 ゆっくりと歩き出した。

「・・・」

 柚季もそれに続いた。



 アルトに続いて、天界へのトビラを通り抜けると、ヒンヤリとした空気が柚季を包んだ。

 柚季が足をついた場所は、白いコンクリートのようなところで・・・けれど、ここは外らしい。

 白い道の外側は暗闇で、そこに立つ外灯が周囲を淡く照らし出していた。

 白い道は渡り廊下のようなイメージで、ずっと向こうにあるはずの何かと、この場所を繋いでいる。

「こっちです」

 アルトは枝分かれする白い道のうちの一本へ、歩みを進めた。

「・・・」

 柚季もそれに続く。

 一応、外灯は立っているが、その光は弱すぎてその暗闇に何があるのかよく分からなかった。

 何だか少し不気味だ。

 そんなことを考えていると、アルトは立ち止まる。

「!」

 いつの間にか目の前には、トビラがあった。

 境界にあった天界へのトビラより、一回り大きく、両開きになっている。

 アルトはそのトビラを押し開けると、中に入り込んだ。

 柚季もドギマギしながら、アルトの後に続くと・・・そこは建物の中だった。

 広々とした廊下のような空間。吹き抜けになっていて、2階のようすまでよく見える。

 一階にも二階にも壁際には、トビラがたくさんついており、この空間からまた別の場所にも行けるようだ。

 アルトのような制服を着たヒトたちが多く行き来していて、体が半分透けているヒトたちもいる。

 体が半分透けているヒトたちに色はついているが、みんな白色の服をきていて(普通の服が白く染まったイメージだ)、とても変わった印象だった。

「えっと・・優歌さんは○○日前に境界に来たヒトですから・・いるとすればこちらの方の部屋に・・・」

 アルトはブツブツ呟きながら、歩みを進める。

 とその時

「あ!アルト!ちょっと手伝ってくれ」

「!」

 アルトが立ち止まると、後方から彼の同僚らしきヒトが歩み寄ってくる。

 手には山積みされた資料が、今にも崩れそうなくらい積まれていた。

 アルトの同僚は、答えを待つ様子なく、彼の手に自分の手に乗っている資料をドサリと乗せるとそそくさと歩いて行ってしまう。

「僕、今手伝っている時間はないんですっ・・」

 アルトは同僚の背中に向かってそう叫んだが、彼はきいている様子はない。

 柚季はそんなアルトの様子を見て、

「行ってきちゃえば?わたし、ここで待ってるし・・」

 曖昧に微笑んでそう言った。

「・・すいません。すぐ戻ってきますね!」

 アルトは申し訳なさそうな表情を浮かべると、柚季に背を向け歩き出した。

「・・・」


 数十分後・・・

「アルト、遅いんだけど・・」

 今か今かと彼の戻りを待っているのだが、目の前を通り過ぎるのは知らないヒトばかり。

 あのアルトのことだから、また別の仕事を頼まれてやっているのかもしれない。柚季はそんなことを想像する。

(って言うか・・早くした方がいいんじゃなかったけ・・)

 もしかしたら、今すぐにでも一人で優歌を探しにいった方がいいんじゃ・・。

 でも、すぐにアルトが帰ってくるかもしれないし・・。

 そんなことを考えていると「君、新人さん?」と声をかけられた。

「!」

 柚季は瞬時に彼女の顏を見る。

 大人っぽいきれいな顔立ち、ゆるいウェブがかかった桃色の髪を肩より少し長めに伸ばしている女性だ。

 今、柚季が着ている服(女性用の制服)を着ているので、彼女も天界で働くヒトのようだ。

「えーと・・違います」

 勘違いされるのは仕方ないと思いつつも、柚季はそう返した。

「・・・見ない顏だと思ったんだけどー・・って言うか、新人ならまだしも、こんなところに立っているだけじゃだめだよ!ちゃんと仕事しなきゃ!」

 彼女は眉間にしわを寄せつつ、そう言う。

「・・・」

(ヤバい・・一体どう返せば・・)

 必死に考えを巡らせて考えた結果、柚季は、

「実は今日の分の仕事終わったんですよー。今は友だちと待ち合わせしていて、ここを動けないんです」

 柚季の言葉に、彼女は表情を曇らせた。

「んー?仕事が終わったって・・・まだ、今日は始まったばかり何だけどなぁ。・・ヒマならさ、こっちの仕事手伝って!」

「!そっそんなの無理だから!!」

 柚季が必死にそう言っても、彼女はまるできいている様子なく、

「サボりはだめだよ~?ほらっはやくはやく!」

 柚季の手を引いて駆け出した。

「ちょっと・・!!」

 転びそうになりながらも、柚季の足は彼女に引かれるがまま、動いていく。

 どんどん遠くなるアルトとの待ち合わせ場所・・・。

(こんな知らない場所でアルトとはぐれたらっ・・・)

 とても面倒なことになるだろう。だったらそうなる前に。

「離して!!」

 柚季はそう叫ぶと同時に、力強く手を振りほどいた。

 ・・・少し乱暴からもしれないが、ここで迷子にはなりたくない。

「──・・・」

 彼女は立ち止まると、どこか驚いたような、苛立っているような瞳で柚季を見る。

「わたし、友だちと待ち合わせをしていて、あの場所を離れられないんです。それは、本当です」

 その言葉に、彼女はわずかに口元を緩めた。

「そうだ。君、名前は?・・ちなみにわたしはアルトの上司のミオ」

「!・・アルトの上司?」

 彼女・・・ミオは、柚季の言葉に頷く。

「うん、そうそう。で、君の名前、何て言うのかな?」

「・・・柚季だけど」

「ユズキ、ね!よ~し!じゃぁ行こうかっ柚季!あっその前に、その眼帯外しておいてね」

「は?どうして外さないといけないの?」

 ドキリとして、とっさにそう訊くと、

「だって、そんなのしてたら顏怖くなるよ?

 別に怪我しているわけじゃないんだしねー?」

「!」

 ミオは口元に笑みを作ると、柚季の眼帯に手を伸ばす。

 とっさに振り払おうとしたが、その前に彼女にそれを外されてしまった。

「ちょっと!勝手なことしないでよっ」

「──・・・綺麗なアメ色の瞳だね!おいしそう」

 ミオは柚季に顏を近付け、じっと食い入るように見る。

「・・・は?」

「だいじょーぶだよ!オッドアイなんてここでは珍しくないからさ、隠さなくても」

「・・・」

(・・・あれ)

 その時、眼帯をはず時の視界がいつもと違うことに柚季は気付いた。

(もしかして・・見えてる?)

 この色になってから左目の視力はなくなったはずなのに。

 いつの間にか・・見えるようになっている。

(なんでだろう・・)

 久々に両目で見る景色はとても安心感があった。

「じゃぁ行こうか!」

 ミオは柚季の手を掴むと歩き出した。

「・・ちょっとだけだからね?」

 柚季は仕方なくそう言うと、彼女の隣に並ぶように歩く。

 ・・・ミオは諦めが悪そうだし、これ以上何を言っても無駄なように感じた。

(それに・・アルトの上司らしいし、言えば会わせてくれるかも)

「・・・」

 柚季はいつの間にか微笑んでいた。

 ミオの頼みを訊く気になった理由はもう一つ。

 久々にこの両目を使い、いろいろなものを見てみたかったからだ。



「柚季さんがっ・・・いません!!」

 頼まれた仕事を終え、もとの場所に戻ってきたアルトは、その事実にただ愕然としていた。

(どうしてこんなことに・・・!)

 もしかして・・人間だということがバレて、どこかへ連行されてしまったのだろうか。

 最悪の展開が、アルトの頭をかすめる。

「・・・はやく、探さなくては」

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