8月17日(土):午後4時過ぎ
湖樋と慎は今、川上にある滝壺に来ている。
「ここの川上に滝があるんだけど、その周りが圏外だったよ」
小休憩の時、湖樋がそう伝えると、八橋は頷いてパソコンで圏外の場所の位置情報を入力し、速攻でロボットへと送信してから湖樋と慎の方を見て、神妙な顔をした。
「滝壷にロボットが落ちないように、一応念の為に様子を見てきてくれないか? もし落ちたら実験が無駄になる」
湖樋は八橋の実験一筋な考え方に呆れながらも返事をして、慎を連れて滝壺に向かい、今に至る。
着いて一分少々。ドドドドッという迫力ある滝の音の中に、ガサガサという木々のこすれる音が混じった。林の方からだ。
「来たっ!」
慎が叫んだ瞬間、林から飛び出て来た小柄なロボットが驚異のスピードでこちらへとつっこんできた。
湖樋と慎はそれぞれ回避する。どうやら八橋が外部情報の入力に成功したようだ。二人は目線でその事を確認し合うと、ロボットと対峙する。
「あーあー、私、インドア派なんだけどなっ!」
そう言いながら湖樋は構え、再び突進して着たロボットを、クルリと右足を軸に回転して避けるついでに左足で蹴飛ばす。
ぐわんっ!
歪んだ音がする。
「……うあっ」
湖樋は水着の上にパーカーを羽織っているだけの姿だ。必然、何も守るものの無い湖樋の素脚にも激痛が走ったが、ロボットは結構な小柄。重量も余りないので簡単に転がる。
「はっ!」
仰向けに転がって、必死に起き上がろうとするロボットを見た慎が、この機会を逃すまいとロボットの両手を掴む。そして、投げ飛ばす。
ロボットは軽々と投げ飛ばされて、滝壺付近へ墜ちていく。
「よっしゃっ!」
湖樋がナイス! と握り拳を作る、が。
「……え、」
なんとロボットは空中で体勢を立て直し、鈍く光る金属の翼を生やしたのだ。
「八橋のばかあああぁぁぁ!? 何でヘンな機能付けてんのよ!」
三度ロボットが突進。湖樋は避けようとするが、左足の激痛が邪魔をして動きを止めてしまう。
「湖樋っ!」
慎が間に入ろうとするが当然間に合わない。小柄なロボットのどこにこんな力があるのかと疑うくらい、湖樋は盛大に吹っ飛ばされ、水しぶきを上げながら川に落ちた。
「湖樋っ……!」
上がってくる気配が無い。助けに行こうとするが、ロボットがギュンギュンとモーターを鳴らして空中を縦横無尽に駆け巡るので、それどころではない。
「なんで上がってこない……!」
太陽が雲に隠れて辺りが薄暗くなる。
慎はロボットの突進をなんとか避けながら、湖樋の安否を気にかけた。湖樋は決してカナヅチではない。少なくとも、水泳は自称インドア派な彼女にしては得意な部類だ。しかし、それと体力は別である。
ごろごろと普段は部屋の中でのんびりしているという彼女。もちろん部活は文化系。運動する機会は体育の授業か、学校への登下校くらいだ。
だからこそ、体力がそんなに無いのに長いこと沈んでいる彼女が心配でたまらない。時間が経てば経つほど、湖樋が無事である確率が下がってしまうので、慎の焦燥は募るばかりだ。
どうしたものかと足踏みしていた、その時。
一つの人影が、川へダイブした。
「え?」
「こっちは任せてお前はそっちに専念しろ!」
八橋だった。彼は顔を水面から出してそれだけ言うと、川底へ潜り込む。ぱさりと何かが落ちる音がした。それは無造作に脱がれた白衣が落ちる音だった。
懸念が消えた。慎は覚悟を決めた。
慎はロボットの動きに集中する。
八橋は溺れている湖樋を見つける。
慎は呼吸を測りながら立ち上がる。
八橋は湖樋が左足をうまく動かせない事に気付く。
慎はロボットへと自らぶつかりに行く。
八橋は湖樋のもとへ泳ぐ。
慎はロボットの両腕を掴む。
八橋は湖樋の身体を支える。
慎は暴れるロボットを掴まえたまま滝壺へと駆ける。
八橋は湖樋を支えたまま浮上する。
慎は。
八橋は。
それぞれの目的を達成した。




