その代償
お静かに。そう言っているような視線にガンマの神経がさらに逆撫でされた。
「恨むぜ……親父!」
地面を蹴り、受け付けの事務員に肉迫。
コンクリートの床に穴を穿つ踏み込みは、ガンマの体を突き動かし、突進のスピードに腕を伸ばすエネルギー、そしてグリップを砕く握力で握り締められた拳が、ギアの肩に直撃し、左腕を吹き飛ばす。
そのまま手首を曲げ、背中に五本の指を突っ込み、背骨を直接握り締めて砕き、大型金庫目がけて投げる。
鉄の金庫が大きく窪み、ギアの体は文字通りバラバラに散った。
『警告。右腕の強化骨格の強度が限界規定値に達しました。左脚の第二、第四骨格損傷、直ちに起動を停止し、適切な処置を――』
「黙れ! あと三体だ!」
再びメッセージを無視し、今度は死体を椅子に並べる二体に接近。左脚から鈍い音が体を伝わり聞こえた、おそらく強化骨格が大破したのだろうが、問題ない。
人間と違い、痛みでショック死することはない、それでも痛覚神経が正常に働いているので、激痛が走るが今のガンマを止めるにはまだ足りない。
「ぶっ壊す!」
二体の髪の毛を同時に掴み、シンバルでも叩くように頭をぶつける。
二体の頭部が砕け、大小の部品が飛散するが、AIチップさえ生きていれば問題ない、後で地獄を見せるにはAIチップさえ生きていればそれでいいのだから。
倒れた二体の首なしの残骸を無造作に掴み豪快なフォームで自動ドアの方向へ投げる。
強化ガラスが砕け、二体の残骸が道路を走るトレーラーに巻き込まれ粉々に砕ける。
それを見届けた直後、残った一体がガンマの右腕を掴み、胴体から引き離す。
『右腕ロスト、左腕の強化骨格が機能を停止しました』
「あらら……俺の腕はケミネとシャインに頼めば治るが、じいさんとばあさんはもう戻らない……生き返らない」
右足をギアの膝に当て、顔を近づける。
どうせ伝わることはないだろうが、言いたいことは言わせてもらう。
「残されたマリムの事を考えると辛くてなぁ……なんて説明すればいいと思う?」
思いっきり足を降り抜き、ギアの足を砕き、足を接地させずに重心を崩し、うつぶせに倒し、冷たい目で見下ろす。
「いっそ記憶チップのデータを抹消してしまうか? それだとあの二人との思い出まで消えてしまう」
左脚を踏み砕く。
「死人にとって辛いのは忘れられる事だというが、大事にしていたマリムに忘れられては二人も浮かばれない……」
左腕を踏み砕く。
「どうすればいいと思う? 正直に話せばいいかな? なぁなんとか言えよ」
右腕を踏み砕き、胴体と体だけに。
「いらっしゃいませ、中央バンク三番窓口へようこそ」
「だれが業務を遂行しろって言った? 頼むよ、教えてくれ……」
つま先を胴体に引っ掛け、持ち上げる。
「カードをご提示し、ご利用内容をおっしゃって下さいませ」
「……バグらせた人間を恨めばいいのか、バグを残した親父を恨めばいいのか……」
足に乗せたギアを壁と挟む形で蹴り抜く。
ギアの胴体を貫き、壁を砕き、そのまま外へ放り出されたギアは人間の警備員によって取り押さえられた。
とは言え、ほぼ首だけになれば誰にでも確保できるだろう。
悲しみも怒りも段々覚めてきた、今あるのは喪失感だけ、AIの警告メッセージもいつのまにか止まっていた。
「とりあえず、貧民街に行って……うちに帰ろう……母さんに報告して、姉ちゃんに治療してもらって……ああ、ケミネにパーツを作ってもらわなきゃ、レイには俺の部隊も任せなきゃ、またみんなに怒られちまうなぁ……」
左脚を引きずり、老夫婦を弔うために運びたいが、右腕がない、左腕も機能を停止している。
仕方がないので、突入し死体の確認作業に入っている人間の一人に声をかける。
「おいお前」
「あ? こっちは忙しいんだ、後に……」
苛立たしげに振り返った瞬間、顔色を変える人間。血が付着した手と、もげた右腕、傷口から覗き出る生体部品と微かな放電に唾を飲む人間。
「手が動かないんだ、ブレイカー本部にコールしたいから俺のポケットから携帯を取り出して、これから言う番号を押して俺の耳に当ててくれ」
震えながら首を縦に振る人間。
強化骨格の大半が損傷し、加えて任務直後の戦闘行為、ガンブレードの高出力射撃の反動など、数え上げればきりがないほどの負荷がかかっているのだから仕方がない。
ガンマは虚ろな眼と口調でヤクモに連絡を取り、人間に携帯をポケットにねじ込ませた。
一人立ち尽くすのも落ち着かないので、裏口から路地裏へ、そして壁にもたれかかり一息つく。
「母さんにじいさんとばあさんの事……頼んだし、マリムの件も大丈夫だ……ああ、なんかすげぇ……疲れ……た」
自重に負け、地面に引き寄せられるように腰を下ろし、ゆっくりと目を閉じる。
『損傷率が七割を突破、強化骨格の強度が限界値に達しましたので強制スリープに入ります、なお戦闘中の場合は――』
警告メッセージを最後まで聞くことなく、ガンマの意識は自然と深い眠りに落ちた。