エピローグ ~平穏と新しい家族たち~
さらに五十年の月日が流れた。
人口一万程度の町に彼はいた。
商店街を歩き、道行く人の顔を眺める。
恋人、家族、一人で町を歩く者から友人と楽しげに通り過ぎる者。
様々な顔が通り過ぎ、また新たな顔が現われて通り過ぎていく。
「よう兄ちゃん、嬉しそうな顔してどうした?」
突然声をかけられ、驚く様子もなく声の主に視線を移す。
地面のシートにシルバーアクセサリーを広げた青年がこちらを見上げていた。
「よう、繁盛しているか?」
「常連さんにはよくしてもらっているが、一見さんはやっぱり辛いな。兄ちゃんも何か買わないか?」
「遠慮しておくよ、それよりもエネルギー補充液はまだ大丈夫か?」
「はっはっは、それぐらいは楽に買えるよ、その程度の甲斐性無くして嫁を養えるかってんだ」
「違いねぇ、まぁがんばってくれや、この先の公園で嫁と娘を待たしているんでな」
早足で行き過ぎようとするが、露天商は再び彼を呼びとめた。
「そんなら早く言えよ、レイさんとケミネちゃんに持って行ってやんな」
手渡されたのは、鳥の形をしたペンダントと何の装飾も施されていない指輪。
それを受け取り、怪訝な表情で露天商の青年を見つめた。
「なんだ? 未だに嫁に対して指輪をプレゼントしていない俺への皮肉か? よしよし受けて立つ、かかってこい」
上着の黒いシャツのボタンを外し、構えを取ると露天商の青年は慌てて立ち上がった。
「ははっ、冗談だ。ありがとうよ、あいつらにも今度礼を言うように伝えておくわ」
「いやいや、隊長に喜んで……じゃなかった、兄ちゃんに喜んでもらえれば俺の作品も喜ぶってもんですよ」
「また間違えかけたな、次に間違えたらメンバー全員に飯を奢れよ」
笑いながら片手を上げ、公園へ向かって歩き出す。
ずいぶんと遅れてしまった。
早足で歩き、目的の公園に着くとベンチに座る二人を発見した。
「悪い、待たせた」
「遅いで、父ちゃん」
駆け寄ってくる金髪、褐色肌の少女を抱き上げ、静かにこちらへと近づく真っ白なロングヘアーの女性に視線を向けて遅れたことを詫びる。
「悪いなケミネ、レイ。土産をやるから勘弁してくれ」
五歳ぐらいの少女には鳥の形をしたペンダント、白いロングヘアーの女性には無地のリングを渡した。
「なんや父ちゃん、ようやくプロポーズか? そんな甲斐性なしはいつか母ちゃんに捨てられてしまうで?」
「ないな、お前の母ちゃんは俺にベタ惚れだ」
「兄さん……じゃなくあなた、冗談も度が過ぎるとハイエンシェントバルスをお見舞いしますよ?」
「ごめんなさい」
拳を握るレイと、即座に謝るガンマ。いつも通のやり取りを見て笑うケミネ。
ずいぶんと平和な時間だと思う。
官邸の地下ラボから回収したバックアップデータ。レイのデータは無事だったが、ケミネは他の体にデータを転送していたため、人格データ以外は全て消えてしまっていた。記憶チップも大切に保管していればよかったのだろうが、七十年の歳月はあまりに長く、損傷した記憶チップはその役目を果たさず、壊れてしまった。
「兄さん、もういいのですか?」
公園ではしゃぐケミネを木陰のベンチから眺めていると、レイから問いかけられた。
言いたいことはわかっている、人間を滅ぼすことを忘れたわけではない。
この国の代表が暴徒に殺されてからの二十年でガンマの予想通りアクトに対する考えは大きく変わった。
もちろん、その裏で暗躍したのはガンマだが、結局彼の名は歴史の表舞台に出てくることはなかった。
そして今、アクトにも人間と同じ権利が与えられ、この十年でギアになったアクトはほとんどいなくなった。たまに過剰労働でギアになってしまう者もいるが、前のように投棄することなく、新たなAIを積むなりの処理をきちんとするので、今のところ非公式で動くブレイカーの――先ほどの露天商の青年もメンバーの一員で、各地に点在している――出番はない。
「兄さんはやめろ、夫婦ってやつになったんだから今はあなただろ?」
レイの左手を取り、薬指に填められた指輪を目線の高さまで上げる。
今ならば、あの日ミーネやケミネが言っていたことの意味がわかる気がする。
「それに、父さんも、母さんも、シャイン姉さんも……今の俺たちを見ればきっと喜んでくれるはずさ、今から人間を滅ぼせばお前も、ケミネも何もかもを失う……復讐を諦めるよりも、俺にはその方が辛い」
奇麗事だというのはわかっている、人間を滅ぼすために犠牲になった者たちはそんな答えでは納得してくれないだろう、かといってどうすればいいのかはわからない。
「俺たちには、ほぼ無限の時間がある。その中で答えを見つければいいさ……三人でな」
目の前を、お隣の老夫婦が通りがかったので、会釈をする。
今では人間とも打ち解けられるようになった。特にあの老夫婦はよく似ているのだ、貧民街のあの老夫婦に――
「じいちゃん、ばあちゃん、待ってよ」
遅れて駆け抜けていくケミネと同じ、五歳ぐらいの少年の背中を見送り小さくほほ笑む。
生まれ変わりとか、そう言ったものを信じているわけではないが、あの三人がそうであればいいなと心から思った。
「父ちゃん、アイス!」
「ケミネ、父ちゃんはアイスじゃないぞ。むしろ焼き芋のように熱い心を……」
「母ちゃん、父ちゃんの頭しばいたって~」
後頭部をパーで殴られ、視界が一瞬だが暗転した。
『AIに衝撃、至急戦闘態勢を……』
「うるせぇ!」
腰のベルトに隠してあるガンナイフ――に搭載されたガンブレード――が警告を促すが、怒鳴りつけて黙らせる。もう一度レイに殴られた。
「お前、お兄様になんてことしやがる!」
「今は旦那ですからね、それに娘のお願いは聞かなければ」
「父ちゃん、母ちゃん、アイス屋のお兄ちゃんが待ってるからはよして~」
やれやれといった顔で立ち上がり、歩きだすレイ。それに続いて立ち上がり後ろをついて歩くガンマ。ふと後ろを振り向くと、それを笑って見つめるシャイン姉さんと二人仲良くベンチに座る父さんと母さんが見えた気がしたが、それは一瞬で消えてしまった。
何もないベンチとシャインがほほ笑んでいた場所を見つめながら一言――
「ありがとう、またいつか」
小さく手を振り、家族の待つ場所へと歩き出した。