条件は満ち――
「くっ、調子に――」
「乗らせてくれるほどの余裕を与えたのはお前だろ、誰を相手にしているかわかっているのか?」
余裕を無くしたアロマに余裕の笑みで返すガンマ。機動力と引き換えに失った火力はガンマにとってありがたいものだった。特にエネルギーシールドが無くなったおかげで随分と行動の選択肢が増えたのが大きい。
「さて、そろそろ終わりにしようか。まだまだ多くの人間を皆殺しにしなけりゃならないんでね、これ以上お前なんかにエネルギーを消費するわけにはいかないんだ」
「そうですね、あたしとしてはこれ以上不愉快な偽物を見ていると精神衛生上よろしくないので」
ガンブレードの切っ先にエネルギーを集束させるガンマと、両手の拳にエネルギーを集束させるレイ。逃走しようものならば背後からガンマに狙い撃ち、攻めようものならばガンマとレイの攻撃を受けるだろう。このままならば――
「プログラム魔王の代替品……」
アロマの呟きにガンマの目じりが微かに動いた。
「用意されていないと思っているの?」
「避けろ、レイ!」
咄嗟に叫ぶ、しかしレイの名を呼んだ時にはすでに、アロマの拳がレイの腹部を貫いていた。貫かれた腹部から真っ赤なエネルギー液が噴き出し、緑色の葉に覆われた大地を赤く染め上げていく。
「あなた達の父、ゲイルが消したはずのデータは一部だけれどサルベージされ……」
貫いた拳を捻じり、傷口をさらに広げる。レイの口から吐かれた真っ赤な液体がアロマの顔を汚すが、アロマは気にした様子もなく話し続けた。
「その技術を流用し作られたプログラムゲイル。ガデンツァのプロトタイプ、ミーネには搭載されませんでしたが、正式運用されたあたしに搭載されたプログラム魔王の代替品、それがプログラムゲイルであり、プロジェクトG!」
アロマの手から放たれたエネルギー弾が、レイの強化骨格を砕き、背後の木々をへし折る。人間二人分の巨木をへし折るほどの威力だ、レイに襲いかかった衝撃も並の衝撃ではないだろう、それこそ五体が砕けてもおかしくない威力だが――
「ガン……マ…………兄さ…………ん」
ガンマの名を呼びながら、ゆっくりと地面に崩れ落ちるレイ。まだ意識はあるようだが、今の一撃が致命傷なのは言うまでもないだろう。
「レイ!」
すぐさま駆け出し、レイのもとへ向かうが、その前にアロマが立ち塞がっている。
倒せるかどうかと問われれば、はっきりと答えは出ている。否だ。先ほどの機動能力だけでも十分に対処できる範疇を超えている、それでも戦わなければならないならば――
「そこを……どけぇ!」
ガンブレードを振り上げ、アロマに振り下ろす。
それを余裕の笑みで見つめながら、反身ずらすだけの動作で回避し、まるで淑女がそうするであるかのような、芝居じみた動作でレイの方を示すアロマ。
「どうぞ、兄妹のお別れに水は差さないわよ。もちろん攻撃もしないわ、あたしにとってはもはや、戦闘ではなくお遊びだから」
それは――『一つ忠告だ、今度からはどんな時でも敵に背中を向けないようにな』先ほどのガンマのセリフに皮肉を込めて返されてしまった。背を向けてもかまわない、もはや敵ではないのだから――そう言われているのだ。
ひどく悔しく、屈辱的だが今はそれどころではない。レイに駆け寄り上半身を抱き起こす、胴体と下半身が別れてしまい、各パーツが漏電している。
「ガンマ兄さん……申し訳…………あなたを一人に……」
口からエネルギー液が逆流し、すでに喋ることも辛そうなレイ。ガンマは言葉が出なかった。今レイを失えば、自分には何もなくなってしまう、家族を亡くし、居場所を無くし、残されたものは――人間への復讐だけ。
「一つ、聞いてもいいですか……」
「ああ……許可してやる……」
ようやく出た言葉はそんな言葉だった。兄としてではなく、上官としての言葉。
「ふふ……その言い方、やっぱり……兄さんらしいです……」
「さっさと言えよ……報告は迅速に……って教えたろ?」
「今あたしは……泣くことができていますか…………ミーネや、あなたのように……」
言われて初めて気づく、自分の頬を再び水滴が伝うのを。
そしてレイの頬にも水滴が伝っているが、それがガンマの水滴なのか、それともレイ自身の水滴なのか、判断することができないが――
「ああ、泣いている。お前がそんなことを望んでいたとは……初耳だ」
「……誰かのために泣いてみたかったんです……母さんや姉さんの時は……だめだったのに…………壊れて、兄さんと会えなくなる、そう思うと……涙が出てくるなんて不思議ですね…………でも泣くことは……苦しい……ことです」
もはや掠れて聞こえないほどの声、それでも口の動きだけで必死に何を喋っているのかを読み取ることに努めた。
(兄さんと共に生きたかった。その気持ちを伝えられなかったのが残念です)
口の動きがそう言っているように見えた、そして口の動きが終わると同時に、レイの目が閉じられ、両手の拳に搭載されたデバイス、ギガントもその機能を停止した――すなわち持ち主のAIが起動を終了した。
「おいレイ……待ってろ、今すぐ再起動を……」
ケミネのベルトから針金のような機材を取り出す。外部からAIを操作し強制再起動させればまだ――
「無駄よ、もう壊れているわ」
震える手で必死にレイの頭部に機械を刺そうとする手を蹴りあげられ、放物線を描いて機械は森の中へと消えていった。ガンマの最後の希望が。
「ガンブレードォォォォォォッ!」
そばに置いてあったガンブレードを握りしめ、背後のアロマを突くが、先ほどまでいたアロマの姿はなく、気づけばガンマの体は宙に浮かされていた。
「ふふっ、悔しい? 家族をみんな奪われて、あなたのAIも奪われて、肉体は溶解炉でドロドロ、AIは最深部まで弄られて、あなたの過去や思い出までも憎い人間に蹂躙される。いっそ壊してあげるのが優しさかもしれないけれど――」
視線の先には空、背中――地面から聞こえる声、その時初めて理解した、自分は浮かされているのだと。
「だぁめ、散々肉体をボロボロにしてからダイレクトにAIを引きづり出してあげる、苦しんで苦しんで苦しんで、人間を憎んで憎んで憎んで憎みぬいて、その果てに何もできない悔しさと無力感に打ちひしがれて死ねばいい、もっともあなたのデータは何度もコピーされ、終わらない無限の苦しみがあなたを待っている……あぁははははははははっ!」
マントを掴まれ、地面に叩きつけられる。理解できたのはそこまでだった。
気づけば地面に倒れ、地面に頭を押し付けられていた。ダメージがそこまでひどくないのは、マントのおかげなのか、それとも遊ばれているだけなのかはわからない。例え遊ばれているのだとしても、反撃の糸口が見つからない、相手の動きを知覚できないのだから当然だが、自分が何をされているのかもわからないのだ。
「もうすぐ人間の部隊がやってくる、もちろんあなたを回収しにね。あたしの任務もそこでお終い、楽しかったわよガンマ、あの世に偶然逝けたのならば家族みんなに伝えてちょうだいね、あなたたちの生きてきた時間は人間が有効に利用させていただきますって」
高笑いを上げるアロマ。ガンマの頭部を踏みつけ、森中に轟けと言わんばかりの笑い声。
(やめろ、母さんの声で、口調で俺たち家族を語るな、人間を語るな!)
両腕に力を込め、頭部に乗せられた足をどけて立ち上がる。
咄嗟のことでアロマも反応できなかったようだ、一瞬驚きに表情を歪めたが、文字通り一瞬のことだった、それでも――
「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」
拳を握り、相手に振るうには十分な時間を得た。エネルギーを込める必要はない、ただ一撃、小憎らしい小娘に食らわせられればいい、それだけ。
「残念、はずれ」
それだけのことにも関わらず、成就しない。
気づけば懐に潜り込まれ、抉り込むようなアッパーで再び宙を舞わされた。
(あーあ……腹立つなぁ、俺はただ一発ぶん殴ればそれでいいのに……)
地面に落下し空を見上げる。雲ひとつない空、なぜこんなにも空を飛びたいと思うのだろう、飛行ユニットを使えば一瞬なのに、どうして空に焦がれるのだろう。
『ガンマさん』
(ガンブレードか……悪いな、声帯機能が一時的に停止してるみたいだから回線通話で勘弁してくれ)
『構いません、お一つ聞いてもよろしいですか?』
(なんだ?)
『死んでもかまいませんか?』
ガンブレードの突然の問いかけに言葉に詰まってしまった。正直意味が分からない。
(明確に頼む、死ぬのと引き換えに俺は何を得る?)
『少なくとも目の前の小娘を壊せます』
(俺に自爆機能はないぞ、AIを臨界活動させようにもケミネのやつがリミッターをかけてやがる、コスモじゃなきゃ解除はできないぞ)
『大丈夫です、任せてください。すぐに決断を……』
悩む必要はない、家族も何もかも無くしたのならば、これ以上生きることに執着する必要はない。
(この命くれてやる)
『了解しました。完全起動条件を満たしましたのでこれより、プログラム魔王の起動シークエンスに移行します』
(なるほど、父さんもなかなか酷なことをしてくれるな……ガンブレード、お前は知っていたのか?)
『いいえ、先ほどレイさんの機能停止と同時にプログラム自身から起動要請を受けました』
(なるほどね、家族全員の死が起動条件か……)
ガンマが先に壊れてしまえば全ては水泡に帰す、だから父はガンマが壊れることのないように、人間たちにプログラム魔王の情報を残したのかもしれない。完全なプログラムがガンマの中ならば簡単に壊すことができないのだから。
『起動準備完了、最終リミッター解除のため認証をお願いします』
(許可する、やれ!)