アロマ
アロマの落下地点に到達すると、予測通り地面にめり込み身動きの取れないアロマがいた。あの重量と高さで落下したのだ、こうなることは当然だろう。
「一気に決める!」
跳躍し、切っ先を真下に向けて頭部を突き刺すつもりで攻撃を仕掛ける。
そして落下中にガンマのAIが警告を放った。内容は敵に熱源反応が集束しているということだった。見れば背中から埋まったアロマの両肩に装備された砲門が光を放っている。
「くっ!」
咄嗟にガンブレードの切っ先を真横に向け、エネルギー弾を射出。
反動で軌道を無理矢理変更し、アロマのレーザーを回避する。
「ちぃ! ギリギリだぜ、くそ!」
悪態付き、次の手を考える。身動きが取れないいまがチャンスなのに、攻める手がない。
真上から行けばレーザー、遠距離から攻撃を仕掛けてもエネルギーフィールドでかき消されてしまう――
「まずい!」
ふと思い出した。ミーネと闘っている時、ガンマはガンブレードをつっかえ棒にした。
出力次第では、物理的な物にも干渉できると言うことになる、ということは――
「やっぱりか!」
マントを翻し、それを盾代りにする。突如地面の土が爆発でも起こしたかのように舞い上がり、土砂や石礫がガンマを襲ったのだ。
「エネルギーフィールドで周囲の物を吹き飛ばしやがった、大容量のアクトはやることが違うね、マジで泣けそうだ」
軽口を叩き、マントの隙間から様子を伺うと、予想通りアロマが悠然と立っていた。
無表情なので、何を考えているのかが分かりづらいが、怒っている様子でもない。
「ひどいですね……ですが休戦の約束を交わしていないのですから当然と言えば当然です、ご忠告ありがとうございました、以後気をつけます」
「おいおい、以後があると思っているのか? そいつは盛大な勘違いだ、お前は今この場でぶち壊す」
「こちらもあなたを壊し、AIを持ち帰れという指示を受けています、壊されるわけにはいきません」
「ほう? そんなにプログラム魔王がほしいか、すでにAIの感情プログラムを制御できる技術があるなら必要ないと思うが?」
すでにアロマの銃口はこちらに向いている、こちらもいつでも動けるように重心を左方向にずらしている。砲撃と同時にアロマの懐に入るために。
「必要なのはプログラム魔王の知識です」
「なんだと?」
アロマの言葉に違和感を覚える。今のセリフはプログラムに向けられたセリフではない、まるで人間やアクトに向けられたような言葉。
「プログラム魔王はあなたの父親の人格がコピーされたプログラム、自分の家族を嬲るような扱いをする人間に深い憎悪を抱いたゲイル・アクトリプスと言う人間の人格そのもの。人間はそれを手にいれ、制御し、知識を引き出すためにプログラム魔王を必要としているのです」
「残念だが、その情報はデマだ。何度か起動したが意識を失ったこともないし、目撃例もない。ただ悲しいだの優しさだのの感情が薄れるだけさ」
「それは完全に起動していないからです。ありませんか? 憎しみがあなたを支配したことが、人間を殺し、蹂躙し、蹴散らすことに快感を覚えたことは?」
ガンマの体がピクリと反応した。確かに心当たりがある、十年前にヤクモやシャインが壊された時も、パワースーツの人間を殺すことが楽しくて仕方がなかった。こちらが何かをするたびに苦痛にもがき、泣き叫ぶさまが快感で仕方がなかった、逃げる人間をガンブレードで消し飛ばした時には感動し、胸にこみ上げる何かを感じたほどだ。しかし、それを素直に教えてやるほどのお人好しでもない、故に――
「ねぇな、元々俺は人間が嫌いでね」
「本当に? 人間に対して優しくしたことはありませんか? そしてそれがあなた本来の感情なのだとしたらどうでしょう? 今のあなたは染まってきているのではありませんか? あなたの父親の人格に」
言われて老夫婦との出来事が脳裏を過ぎった、そして思い出す。
(ちょっと待て、あの老夫婦はこの際、端に置いておこう……あの老夫婦に預けて、その後に引き取ったマリムはどうした?)
「何かを忘れているのですか?」
ガンマの目が見開かれた、マリムがなぜ樹海の基地にいないのか、なぜ思い出せないのか――
(マリムは……俺が壊した?)
十年前に地下で人間と戦った時、逃げる人間にガンブレードの一撃を放った。
気づいていなかったんじゃない、目を逸らしていた。自分は確かな殺意を持ってあの一撃にマリムを巻き込んだ、人間に属した――自分の偽善のせいで属することになってしまった――あの少年を、ガンブレードの一撃で消し飛ばしてしまった。だから今、この場にはいない。
「忘れているのだとすれば、やはりあなたは父親の人格に飲まれかけています、おそらくあなたのAI内にあったプログラム魔王は深層領域から表に出てきているでしょう。完全解放の条件は不明ですが、それもあなたのAIから……」
「黙れぇぇぇぇぇぇっ!」
敵の攻撃に身を晒す危険を冒してでも、言葉を止めるため地面を蹴る。
振り上げたガンブレードを、アロマの頭部めがけて振り下ろし――
「一応司令官って立場なんだから酒はやめろ、いざという時に判断が鈍れば大勢の仲間がぶち壊されちまう。あなたが口を酸っぱくして言ったセリフですが、お酒も飲まずに正常な判断ができていないあなたはどうなのですか?」
手を止めてしまった。今のセリフは司令官であるヤクモによく言った言葉、そう言えばケミネの記憶チップのアロマと比べれば、多少饒舌になっているように思える。だとすれば――
「十年前、地下基地に母さんの記憶チップは残っていたんだな!」
「ええ、でも一部損傷していたおかげで完全な修復は不可能だったわ、ケミネとレイに武装と腕を解体されたおかげで修復しに本部まで戻ったときに頼んでみたのよ、今のあたしにはヤクモの記憶と人格がコピーされている。あなたたちに致命的な隙を作るために進言した案が、まさか受け入れられるとは思っていなかったわ」
アロマの手がガンマのマントの隙に突っ込まれ、掌が腹部に当てられる、同時に熱源反応、自分の胴体を真っ二つにするほどの出力があるのだけは瞬時に理解できたが、もう片方の手がガンブレードを持つ手首を強く掴んでいるため、回避することができない。
「致命的な隙だったわね」
「その姿で、その顔で、母さんの口調で喋るな!」
ガンマが激昂すると同時にアロマの体が地面を転がる。
いつも無表情なはずの少女が、心底汚いものを見るような眼でアロマを見下ろしていた。
「……虫唾が走る」
「レイ、気づいたのか。助かった」
「遅くなりました。ガンマ兄さんの状況をリアルタイムで受信していましたが、これほどまでに苛立ったのは久しぶりのことです……」
一歩踏み出し、地面に倒れるアロマに近づく。
その後ろ姿から本当に怒っているのだと、ガンマは理解した。
母親のふりをし、兄を吹き飛ばそうとした女、直接の原因は知らないが姉を壊した女、様々な条件が重なり、レイは本気で怒っていた。
「ケミネ姉さんの亡骸を見た時……兄さんの気持ちがわかりました。正直あたしは人間に対してそこまで深い怒りを覚えたことはなかった、あたしにはみんなと違って感情プログラムが正常に作動していないのか、怒ることも、笑うことも、泣くこともない……でもこんなに苦しいのならば、感情なんて最初からいらなかった」
アロマの胸倉を掴み、拳で殴打する。アロマが手首をはずし、散弾砲を向けるがすぐさま拳で打ちつけ、照準を逸らせて再び殴打。重量の影響もあり、起き上がることもできず乱打され続けるアロマ、それを見越しての攻撃ならば感嘆するところだが、今のレイは怒りに身を任せているだけにすぎない。
「それよりも許せないのは、それでも涙を流せない自分自身! 悲しいのに、苦しいのに、大好きだった姉さんが壊れてしまったのにっ!」
エネルギーのたっぷりこもった拳を振り上げるレイ――
「パージ!」
アロマが叫ぶと同時に、金属がはずれる音。ガンマはアロマが叫んだ瞬間にはレイの襟首を掴み、その場から離脱していた。
「ずいぶんと御高説下さってありがとうねレイ、でも母さんに手を上げるのは感心できないわね……少し躾が必要かしら?」
「てめぇ、まだ……」
「あなたは後」
言葉を最後まで紡ぐことなく、横殴りにされ、木々をなぎ倒しながら吹き飛ばされる。
恐ろしいまでのスピードは油断していたガンマに知覚できるはずもなく、成す術もなく容易く重い一撃を食らってしまった。
「レイ、久々に母さんと手合わせしましょうか?」
「母さんと組み手なんかしたことない……偽物の記憶で母さんを語るな」
「あら残念、一部記憶が欠損しているのがとても残念ね」
重心を深く落とし、レイの懐に潜り込むアロマ。
それに反応し、膝蹴りでそれを迎撃するも、浅い。ダメージはほとんどないだろう。
よく見れば、二門の砲台と翼や他の武装が地面に落ちている。
「速くて驚いている? やっぱりあの二つが重くてね、あの翼にはエネルギーシールドのコアも仕込まれているのよ、信じられる? やっぱり少数の敵を殲滅するには出力兵器よりも自分の拳よね」
「それには同意ですが、あなたの口からそんな言葉を言われると吐き気がします」
地面を蹴り、今度はレイが懐に潜り込み、全体重を乗せた肘打ちをアロマの胸めがけて放つ。モード・ゼロによって肘に一点集中されたエネルギーをそのまま敵の体内に喰らわせようとした一撃は、アロマの両手の平で受け止められ、そのままの姿勢で相手の出方を待つしか選択肢がなくなった。こちらから攻めれば距離、角度、全ての面で迎撃されてしまう、先に動けば不利な体勢。
「あら、カウンター狙いかしら?」
「気分が悪いので早い目に壊してしまいたいのが本音ですがね」
硬直状態。文字通り相手の吐息さえ感じられる距離は、レイにとってかなり不愉快なものだった。
「ガンマ兄さんに致命的な隙を与えることができたのですから、早く物真似を解除しませんか?」
「あら、ママと戦うのがそんなに嫌なの?」
挑発されているのはわかっている、わかっているが――
「それ以上の侮辱は許さない!」
態勢を屈め、足払いを仕掛けるが、その一撃は軽く受け止められ、打ち下ろし気味の拳がレイに襲いかかる。態勢的に回避不可能、頭部を狙い澄ました一撃は間違いなくレイのAIを破壊するだろうが――
「感情的になりすぎだ、今の態勢ならば相手の手首を掴んでヘッドバッド、そこから連携に移るのが定石だろうが、お前の選択に点数をつけるなら百点中三点ってところだな」
――レイの頭に左手を乗せ、右手でアロマの拳を受け止めるガンマ。
不敵な笑みを浮かべながら、レイの頭を優しく撫で、冷たい視線をアロマに送る。
「まぁ、無理もないだろうがな。さすがの俺も少しムカついた、粉々にしてやるぜ」
レイの頭を撫でていた手をガンブレードに手を伸ばし、アロマに視点を固定する。
「敵の機動力だけでなく攻撃力にも注意してください、一撃の重さはあたしに匹敵します。加えて攻撃が変則的で読みづらいです」
「そう言えばお前には定石通りの戦い方しか教えていなかったな。覚えておけ、そういう場合は経験と知識で戦うんじゃない、本能で動くんだよ!」
ガンブレードの柄を握っていた手を放し、牽制程度の掌低をアロマの顔面に放ち、視界を奪いその隙に拳を掴んでいた手を一瞬放し、手首を掴み、引き寄せ、続けざまに左の拳を腹部に喰らわせる。腰が入っていないので当てる程度だが――
「まずはこちらの態勢を立て直す!」
腹部にあてがった手に力を込め、腕の力だけでアロマを突き飛ばす。
ダメージ狙いではなく距離を離す一撃。距離が広がり即座にガンブレードを手に、再び攻撃を仕掛ける。こちらの態勢を立て直し、再び攻撃までの間で敵に余裕を与えてはいけない、電光石火の奇襲と相手に息もつかせぬ連続攻撃、これが一対一でのガンマの戦い方。
「例え眼潰し状態から回復されとも止まるな、一気に畳み込め!」
掌で目を押えるアロマに接近し、ガンブレードをフルスイング。まともに食らわせることができれば決着がつく一撃。しかし、そう簡単にはいかせてくれないらしい、視力を回復させガンブレードの刀身を蹴って距離をとるアロマ。ガンマの膂力とアロマの跳躍力も加算され、結構な距離を取らせてしまった。