ガンマ再臨
風に漆黒のマントとボサボサの髪をはためかせ、こちらを見下ろす一体のアクト。
「てめえら、人様の妹に何してくれてやがる?」
真上から小隊長を睨みつける。その殺気に空気が凍てつくような錯覚さえ感じるほどの威圧感、その場にいる人間の動きが止まってしまった。動けばその者から殺される、全員がそう考えてしまうほどに凶悪な殺気――
「皆殺しだ、人間。楽に死ねると思うな」
飛行ユニットの機能を停止させ、落下。ガンブレードを振り上げ、ケミネに銃口を突き付けていた小隊長は、文字通り真っ二つとなってしまった。
地面に着地と同時に敵陣真っただ中へ突っ込み、横薙ぎにガンブレードを振るい、一気に三人を薙ぎ払う。重圧な刀身は切れ味こそ悪いが、逆に言ってしまえば鉄板で思いっきり殴られているようなものだ、一撃で死ねなければ相当の苦しみがもたらされる。
「内臓破損、肋骨損傷、背骨も逝ったか? 何にせよ苦しんで、苦しんで、人間として生まれてきたことを後悔させてやるよ、涙を流し地面に額を擦りつけて命乞いしたい奴は今すぐそうしろ、そうすれば止めだけはきちんと刺してやるから」
地面に転がる三人を冷たく見下ろし、状態を説明してやる。それだけのことでその場にいる人間の七割は戦意を無くしたようだが、戦意が無くなったところでガンマから逃げられるわけでもない――
「全軍散れ! 撤退し本部に伝達――」
「物分かりが悪いな」
ガンブレードで横殴り――腕の上からの一撃は腕の骨はもちろん、内臓や肋骨にまで衝撃が伝わったことだろう。
「お前らは全員ここで死ぬんだよ、本部に戻るだ? 散る? 何を甘ったれてやがる、俺の大事な妹にこれだけのことをしてくれやがったんだ、あとはわかるだろ?」
逃げ始める後方の敵を確認し、ガンブレードの切っ先を水平よりも少しだけ下方に下げて構える。
「ガンブレード、ジェノス・レイ行くぞ」
『はい、そう言うと思って準備をしておきました、いつでも撃てます』
「おお、やればできるじゃねぇか、感心したぞ」
トリガーを引くと、一直線に伸びる真っ赤な光の筋、ガンブレードを一定の角度で固定したまま、その場でゆっくりと回転すると、真っ赤な光が敵の足を焼き切っていく。そのための角度調整なのだ、これならば楽に死なせることも、逃げられることもない。
「ははははははっ」
次々と足を捥がれ、のたうち回る人間を、回転する視界の中に収め哂う。
「苦しめ、もがけ、泣き叫べぇぇぇぇぇぇっ! ははははははっ、はぁっはっはっはっはっはははははははははははは」
照射が終わると同時に、周囲を見回すガンマ。
聞こえるのは、苦痛に耐える声と、恐慌をきたし笑う者、気を失っているものから仲間に助けを求めるものまで様々だ。
それをまるで汚いものでも見るかのような目で、見回したあと、ケミネに視線を移す。
進行上にもがく人間がいるが、足を高く上げて避けるでもなく、進路を変えるでもなく、思いっきり踏みつけるか、思いっきり蹴り飛ばす、その二択で進行した。
「大丈夫か、ケミネ」
しゃがみ、状態を確認する――
「ああ、うちは平気や。その代わりに少し頼みがあるんやけどいい?」
「ああ、付き合うぜ」
――状態を確認したうえで、ケミネの頼みを聞くことにした、おそらくこれが妹からの最後の頼みになるだろうから。
「うちな、ほんまはレイみたいに兄貴の部下として前線に行きたかってん、でもうちよりも戦闘能力が高いレイが選ばれた……」
「そうだったな、あの時のお前の悔しそうな顔は今でも覚えているぞ」
「でもな、やっぱりレイの方が強いし戦闘時の判断も優れてるんやから、今となってはそれでよかった思うとるよ、それになんだかんだで兄貴と一緒におることもできた」
ケミネの両目から光が失われた、両目のモニターが機能を停止したようだ。
もう長くはないだろう、それはケミネ自身が一番よくわかっているはずだ。
「まあ、ないと思うけど、うちになんかあったらうちの記憶チップ、持って行ってや、貴重な情報も入ってるから……でも、乙女には秘密もあんねんから、あんまり余計なとこまでダウンロードしたら怒るで」
笑いながら言うが、その双眸はすでにガンマの顔を映していないだろう、だからわからない、今ガンマがどんな表情をしているのか。
「んでな、記憶チップから読み込まれて知られるのが悔しいから、うちから言うとくわ。たぶんミーネもおないこと言うたやろうし、兄貴には理解してもらえへんかもしれへんけど、うちもな、ミーネと同じで兄貴が好きやねん、大好きや。理解してもらわんでもええし、答えもいらん、うちは兄貴にこれが言いたかったんや、ずっと言いとうて言われへんかった気持ち……こんな気持ちがいつか…………兄貴にも……」
“芽生えたらええな”
言葉にはならなかったが、言外の言葉は確かにガンマに届いた。
もう口を開かない、言葉を紡がない妹の体を抱きしめ、小さく囁く。
「頑張ってみるわ……いつかそんな感情が芽生える日が来たら……いの一番にお前に教えてやる、これは約束じゃない、誓いだ」
記憶チップを取り出し、情報をダウンロードする。デバイス、ガンブレードに必要な情報だけを選別させて――
「こいつか……こいつがケミネをやってくれたんだな」
怒りを携えた瞳で、復讐の相手を見つけられたことに口の端を歪める。
人間を滅ぼすと言う目標の他に新たな目標ができたことに、小さな喜びを見つけることができた。
「ん? ガンブレード、選定をミスったな」
流れ込んでくる情報の中に、除外したはずの情報が紛れ込んでいたことに、生まれて初めてデバイス相手に怒りを交えた口調で聞いてしまう。
『すみません、ですがこれはケミネさんが口では伝えきれなかった想いというものですから、どうしても知っておいてもらいたかったんです』
「ふん、余計なことを…………ん?」
違和感に気づき、頬に指を這わせると、水分が指に付着していた。
シャインやヤクモがいなくなったあの日には流れなかったもの、生まれて初めて流したものを、目の当たりにし、なぜだか笑いが込み上げた。
「ははは……見ているかケミネ、お前のために生れて初めて涙を流したよ……これがお前の言う感情ってわけじゃないだろうが、生まれて初めて俺から生まれた物だ」
地面に横たわる妹に視線を移し、指についた水分をケミネの頬につける。
これで伝わるとは思えないが、自分自身が満足できればそれでよかった。
「お前のコレはもらっておく、妹の物はお兄様の物だ、文句はないな」
腰のベルトを取り外し、自分の腰に巻く。マントに隠れて戦闘時に使用するにはかなり不便だが、問題ないだろう。使うのではなく、なぜか持っていたいと思った物なのだから使う必要はない。
「さて、レイを叩き起こして歩く重戦車女をぶっ壊す。そして人間を滅ぼして終わりだ」
「その必要はありません」
岩場に一歩踏み出すと同時に投げかけられた声。
振り向けば、肩に砲門を装備した少女が立っていた。
「お前、名前は?」
ケミネの記憶チップには少女の名前が入っていなかった為、尋ねる。
「アロマ・ガデンツァです」
「そうか、ミーネの姉妹みたいなものか?」
「あたしたちにそのような概念は存在しませんが、ミーネ・ガデンツァが早急にあなたを壊していればあたしの存在価値は無になっていました。以上の点を踏まえて考えれば、彼女があなたを壊せなかったのはあたしにとって幸いと言えるでしょう」
「ずいぶんな言いようだ……それよりいいのか? この場でやり合えば人間が死ぬぜ? お前のAIに人間を殺してもいいプログラムが打ち込まれているのなら、俺は全然かまわないが」
ガンブレードを構え、敵の攻撃に備える。ケミネの記憶チップを読み込んだおかげでおおよその情報はわかっている。この場で戦えばレイを巻き込んでしまう。
「では少し場所を変えましょうか、着いてきてください」
「ああ、一つ忠告だ、今度からはどんな時でも敵に背中を向けないようにな」
両足にエネルギーを集束させ、移動しようと向きを変えたアロマの背中へと一気に接近し、右腕を首に回し、左腕で足を掴み頭部まで持ち上げる。アルゼンチンバックブリーガーと言う技なのだとミーネに教えてもらった。
方角をレイから最も遠いであろう場所に定めるが、かなりの重量だ。このまま投げても二十メートル程度の距離で終わりだろう。
「ガンブレード、飛行ユニット起動! 範囲は俺とアロマだ!」
『すぐに……起動完了!』
「うるぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
両腕にエネルギーを集束させ、思いっきり投げる。
重力に直接干渉したせいで、思いのほかエネルギーを消費したが問題はないだろうし、必要経費と思えば安いものだ。
「ギガントにメッセージと位置の座標を送っておけ、目覚めたらいつでも合流できるよう準備を忘れるな」
『了解です、メッセージの転送と座標の常時転送命令を実行します』
ガンブレードのメッセージを聞くと同時に走り出す、持ち上げてわかったがやはり半端な重量ではない、落下地点に底なし沼でもあれば楽に決着がつくのだろうが、そんな奇跡がおきるはずもない。
「だが、必ず隙ができているはずだ」