数少ない良い人間
さっさと施設から出て、人間が住む地上直通のエレベーターに乗り、地上へ向かう。
本当ならば、長女シャインの所にも寄りたかったが、母に銃で撃たれ、次女には八つ当たりされる。ガンマの予測では長女の所に行ったら行ったで解剖されるか新薬のテストか、どちらにせよ、ろくでもない目に合うのは間違いないだろう。
「はぁ……唯一まともなのは末っ子のレイだけか……俺の心のオアシスだな」
呟き、エレベーターの壁にもたれかかる。
ガンマは人間が嫌いだ、それはプロトタイプ全員が同じ意見だが、中には良い人間もいる。いっそ人間全員が嫌な奴ばかりならば山奥に小屋でも建てて静かに暮らしたいところだが、自分たちより後に生産された同胞たちを放ってはいけないし、ガンマの知る数少ない良い人間をギアの恐怖に曝すわけにもいかない。
そのために、ギア討伐部隊ブレイカーがあるのだから。
それでも、いつまでも変わらない現状に、軽い苛立ちを感じていると、エレベーターが地上に辿り着いた。ドアが開かれ、一歩踏み出すと、ゴミが散らかり、ボロボロの家屋が立ち並ぶ貧民街。世捨て人や、権利を持たない人間が住む地区に建設された土地。地下からのエレベーターは何を意味しているのか。人間にとっての厄介者たちを一所に纏めるという目的以外に考えることができない。
「相変わらず汚い所だな」
言葉とは裏腹に、その表情は柔らかい。
ガンマが良い人間と認識する者たちが住む場所。
正直この貧民街が無ければガンブレードの最大出力で街をなぎ払っても問題ないと本気で思っているくらいだ。
「悪かったね、汚いところで」
背後からの声に驚くことなく振り向く。
温和な表情の老人と、首にわっかの刺青が入った少年。
二十年前と変わらぬ少年の姿に、ガンマはなぜか安心した。
「久しぶりだなじいさん、マリムも元気そうでなによりだ」
二十年前、息子を失った老人に第二世代のアクトを授けたのを縁に、たまに会いに来るが、いつみても笑顔でマリムのそばにいる。
それを見て、ガンマも笑顔を浮かべるが、マリムの首に掘られた刺青――アクトと人間を区分分けする紋章――を見るとやはり心が痛む。
刺青があるからと言って老人とマリムが別の存在として意識してしまうのではないかという懸念が浮かぶが、この老人は一般街でマリムがそういう扱いを受けたから、貧民街に流れてきたのだ。マリムを護るために。
「差し入れだ、マリムに飲ませる安定剤と、バイタルの測定装置、五年前に渡したのとは規格が少々違うから使いにくいかもしれないが、これなら十年はいけるぜ」
マントの内側から取り出した薬と機械を渡す。アクトを維持、管理する機材を手に入れるのに、貧民街は不便なのでガンマがケミネの部屋から無断で借り受け、渡している。
「すまないね、ありがとう。ちょうどばあさんが一般街に出ているからもう少しゆっくりしてもらってもいいかい?」
「かまわねぇが、一般街? あんなクソの掃き溜めみたいな場所に何の用だ?」
ガンマの問いに、老人が口の端を歪め不敵に笑う。老人のこんな表情を見るのは始めてだ。
「拾った宝くじが当たって換金しに行っているんだよ、三等だがマリムの新しいパーツを買ってもお釣りがくる」
「おおっ! すげぇじゃん、そんなマンガみたいなラッキーをよく掴んだな」
「日頃の行いじゃよ、なぁマリム」
快活に笑いながらマリムの頭に手を乗せ、荒っぽく撫でる老人。よほどマリムの新しいパーツが買えるのが嬉しいのだろう、マリムも頬を染めて照れくさそうに笑みを浮かべている。
「大事にしてやらねぇとな……特にあんたみたいな人間は」
浮かれる老人に聞こえない程度の音量で呟く。心からマリムをこの老人たちに預けてよかったと思う。
しかし、好事魔多しという言葉はこういう時のためにあるのかもしれない。
「おい、一般街の中央バンクでギアが暴れているってよ」
「ああ、受け付けのアクト四体が一斉にって話だ、今ブレイカーに要請が行ったらしいが……間に合うかどうか……」
少し離れた場所で、別の住人たちの会話を聞き、老人の顔色が一気に青ざめた。
同時に、ガンマの携帯にメールが入り、内容を確認すると、予想通り中央バンクへ急行せよと言う内容だった。
「ガンマ君、マリムを頼む!」
しかし、ガンマが動くよりも早く、老人が動いてしまった。
ガンマにマリムを抱かせ、駆けていく老人。
すぐに追いかけたいが、マリムを放置するわけにもいかない。
「おい、そこの二人!」
先ほど話していた二人を呼ぶ。
二人はガンマに気づき、笑いながらのん気に歩いてきた。
「よおガンマ……とマリム? じいさんはどうした?」
「それどころじゃねぇ! ばあさんが中央バンクに行っているらしいんだよ、んでじいさんが血相を変えて走っていっちまった、追いかけるからマリムを頼む!」
ガンマの話を聞き、事態を理解したのか、すぐさまマリムを受け取り、早く行くようにと促す二人。
言われるまでもなく、駆け出すガンマ。
この時点で老人から大きく離れてしまった。