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アクト・ファミリア  作者: カミハル
妹たちとそうでない者
33/50

レイ損傷

 部隊を先行させ、残った小隊に補給や修理などの役目を任せ、戦況を冷静に分析する。

 敵の戦力を削るはずの狙撃がない、通信にも応答がない、まさか故障というわけでもないだろうが、後方支援砲撃がないのは予想以上に痛い。次の問題はパワースーツ装備の敵、いくつかの小隊が連携してようやく小さなダメージを与える程度だが、こちらの戦力も今のところは削られていない。現状は拮抗状態にあると見ていい。

「それでも、後続部隊と接触すれば状況は一気に傾く……」

『そうだな、つってもここに全戦力を投入するわけにもいかねぇ、今カタパルトで樹海の各場所に残存戦力が移送されてっから、もう少し持ち堪えれば……』

 樹海の各所に備えられた部隊出撃用通路、この十年一度も使うことがなかったが、今となってはこの設備があって本当によかったと思えた。敵の進軍経路を限定化しているので、こちらからの進軍も限定されるが、特殊通路を使えば、背後に回ることも出来る。地の利はこちらにあるのだ。

『基地からエネルギー反応、出力兵器だ!』

「ミーネ?」

 デバイス、ギガントのメッセージと同時に基地に視線を向ける。外壁からこちらにガンブレードを向けるミーネの姿を確認するが、どうもおかしい――

『おいおい! 照準がこっちに向けられているじゃねぇか、レイ! もたもたすんな、さっさと回避しやがれ!』

 急かされるがままに横っ飛び、同時にレイが立っていた位置に高出力のエネルギーが着弾するも、爆発は起こさず、地面を抉るだけに留めた。

「威嚇射撃……どういう……」

 外壁に再び視線を向けるが、その先には狂ったように黒髪を揺らし、こちらを指差して笑うミーネの姿。

『おちょくって遊んでやがる……レイ、状況的に見てこいつは……』

「敵だね」

 細かいことは気にせず、飛行ユニットを展開、ローブがはためき、重力の鎖を解き放つ。

 なぜミーネがこちらの敵に回ったのか、それ自体には興味がない、そういったことはケミネ姉さんやガンマ兄さんのすること――

「あたしは兄さんや姉さんとは違う、戦うための戦闘兵器」

 高速飛行で目の前まで接近し、手を伸ばすと同時、ミーネの左手にはガンナイフ。咄嗟に身を捻り、射撃を避けるがローブに直撃し、飛行ユニットが損壊してしまった。

「レイお姉様だけお空を飛ぶなんてずるいですわよ……でも羽を捥がれて潰される蝶と言うのも面白いですわね、はは……あぁはははははははははははっ!」

 手で顔を覆い、空を仰ぎ哄笑を上げるミーネに、レイの背筋が粟立つ。ギアの中にはこんな風に笑う者もいたが、この笑い方は違う、これは――

「プログラム魔王……」

『いや、似て非なるもんだな、ただの興奮剤みたいなもんだろ、お前たちの親父以外にあのプログラムは造れねぇよ』

 AIに直接刺激を送り、より好戦的な人格に変質させるプログラムを打ち込まれているのかもしれない。

「なるほど、十年前からすでに……」

 大体の推測は浮かび上がった、しかしそれでもレイには興味のないこと――

「ミーネ・ガデンツァを人間勢力に属する敵として認識、これより破壊する」

 両手の拳に填められた石が金色の輝きを放ち、光がグローブを覆うように集束される。

「あはっ、両手に高出力エネルギーを纏っての殴り合い? ナンセンスね、あたしの機動力、知っているでしょ?」

 目に涙を溜め、よほど苦しかったようで、腹を抱え呼吸も乱れている。それほどまでに笑えたと言う事だろう。

「知ったことじゃない、それにあなた程度が涙を浮かべないで」

 レイが基地の外壁を軽く蹴る。ただそれだけで、樹海の中で見せたミーネと同等の速力で接近し胸倉を掴む。

「まだあたしでさえ涙を流したことがない、もう一度言うわ、あなた程度が生意気に涙を浮かべないで」

 そのまま人間ではありえない膂力で持ち上げ、地面に向かって放り投げる。追撃に自分も飛び降り――その際勢いをつけるために壁を蹴り加速し、ミーネの腹部に拳を打ち付ける。落下しながら何発もの拳を振るい、最後の一撃で地面に叩きつける。落下速度も手伝い、本来ならば原型を留めていられるはずがない――ミーネは壊れたはずだった。

「なに? 涙を流すのがそんなに羨ましい? はっ、やっぱり出来損ないね、あんたなんかにお兄様は振り向かないわ」

 衣服がボロボロになっている、ただそれだけのダメージ。

『自分のエネルギーを消費して対物理ダメージのシールドを形成しやがったみたいだな、レイ、あいつをただの二世代型と思うな』

「わかっている」

 十年間、ケミネやレイに気づかれないほど巧妙に隠されたシステム。何度もメンテナンスに立ち会ったが、ミーネのシステムは全て第二世代の物と同じで、不審な点はなかった。

「十年間ずっと騙されていたのね……あたしだけじゃなく、ガンマ兄さんまで……」

 両手にエネルギーを集束させ、距離をゆっくりと縮める。

「いいえ、違いますわ。誰もあたしを見なかっただけ、でも……もしお兄様があたしだけを見て、あたしの全てを知って、それでいて受け入れてくれたのならば……」

 レイと同じように距離を詰める。自分のことをミーネと呼び、かわいらしく振舞っていたのも演技だったのか、それとも興奮剤プログラムの影響なのか、なんにせよ、目の前にいるのは敵なのだ、敵に対して抱く思考は壊すことだけ。

 とっくに攻撃の間合いに達しているが、それでもお互い、歩みを止めない。

「あたしはきっと! 人間なんかの為じゃなく、お兄様の為だけに全てを投げ出せた! この体も、心も、そして命さえも!」

 ミーネの息がかかるまで距離を縮め、その気迫全てを受け流しながら、瞳を見つめる。流れる涙は絶え間なく溢れ、それが一層レイの苛立ちを深めた。

「もしも仮にガンマ兄さんがあなただけを見ていたとしても、例えそれが自分自身のためだとは言え、簡単に命を投げ出すような愚者に微笑んではくれない。結局ガンマ兄さんがあなたを理解できなかったのと同じくらい、あなたもガンマ兄さんを理解していなかった、だからあなたは選ばれなかった」

 いつも通り。淡々とした口調で的確に相手の心を打ち抜く言葉の弾丸。ミーネの目が見開かれると同時、大粒の涙が零れ落ち――

「黙れ! あんたなんかに何がわかる!」

「ガンマ兄さんの事ならば、何でも……」

 同時に振りかぶり、ほぼゼロ距離からの攻撃。レイの一撃はミーネの右手に受け止められ、ミーネの一撃はレイの左腕を打ち砕いた。

 お互い、相手に拳を突き出した姿勢で制止し、睨み合う。

「あなたは結局、最後までガンマ兄さんに着いていけず、逃げ出した臆病者。たった一度の拒絶で信じてもらいたい、知ってもらいたかった者から逃げた」

「……あなたの言葉は不愉快です。あたしはお兄様に選ぶ権利を与えましたが、それを放棄された。ならば任務を遂行するのは道理です」

 ローブの隙間から手を突っ込まれ、レイの腹部にあてがわれたミーネの手の平から放たれた出力系の集束砲。直径にして拳程度の大きさの穴がレイの腹部に穿たれた。

「ずいぶんと……勝手な……ことを言うね」

『緊急警報、腹部損傷、エネルギーの循環機能低下、戦闘続行に支障有り』

 AIの警告を無視し、ミーネに受け止められている腕に力を込める。エネルギーの循環機能が低下したおかげで、思った以上の出力が出ないが、現状でミーネを行動不能にする程度ならば問題はない。ミーネと同じように、拳から出力系の一撃を放てば――

「勝手? それはあなたの主観でしょ?」

 それを察知し、ガンナイフでレイの右腕を切断。切り口から多少の放電が発生し、レイの上体がよろめく。

「あなたの主観では身勝手に映るかもしれませんが、あたしにとってはそれが世界の全て。あたしの全てはお兄様と共に生き、お兄様と永遠を生きることでした」

 よろめいたレイの体に、全体重を乗せた前蹴りで宙に浮かせ、そのまま蹴り飛ばす。何本もの木をへし折り、視界から消えてしまうほどの距離を吹き飛ばす。

「ですが、それが叶わぬならあたしはお兄様の五体をバラバラに裂き、お兄様との思い出を記憶容量に刻み込んで生きましょう、いずれお兄様のいるところへ逝けるように……」

 止めを刺す必要はないと判断したのか、そのまま部隊が小競り合いを続ける場所へと歩を進める。両腕大破、腹部に致命的な損傷、今の一撃で強化骨格の中枢に亀裂が入ったはずだ。生きていたとしても戦闘に参加できる体ではないし、精々数時間の活動で全ての機能を停止するだろう。

「お兄様の周り全てを叩き潰し、へし折り、砕き、お兄様が悲しみの底に沈んだところであたしが手を差し伸べ、首を切り落とす。お兄様が最後に見る光景はあたしの笑顔だけで十分なのですから……」

 クスクスと無邪気な笑みを浮かべ、両手にガンナイフを装備し戦場へ向かう。人間の勝利など元から興味はない。



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