ひと時の休息
それから三日、ただそれだけの短時間で三百の兵隊に必要な装備の量産は終わった。後は時間を待つだけ――
「排気ダクトが洗浄されていくようだ」
「新鮮な空気を吸って吐く場合にそのセリフは雰囲気を損ないますよ……」
――ガンマのセリフに容赦なくツッコミを入れるレイ。
ガンマ、レイ、ケミネ、ミーネの四人は樹海で休息を取っていた。別に肉体の疲れを癒すのならばメンテナンスを受ければいいだけだが、レイが情緒を楽しみたいというので樹海へ散歩に行こうということになった。
「しかし兄貴、こうしてみるとほんまハーレムやな、かわいい女の子三人に囲まれて」
「そうですわよ、何でしたらこの大自然の中みんなで……」
「やかましい、このピンク脳!」
相変わらずのミーネにデコピンを食らわす。たかがデコピンと侮るなかれ、指一本で数時間、自身の体重を支えぶら下がっていられるほどの力を持つ指。その力でデコピンを食らえばどうなるか――
「キャンッ!」
――可愛らしい声で額を押さえるミーネ。
人間ならば脳挫傷を起こす力でも、この少女には通用しないようだ。
「直撃の寸前に首を後ろに逸らしました」
「よう見とるなぁ、うちには全然わからんかったわ……」
ミーネが威力を緩和させたのを見抜くレイと、それを見抜いたことに感嘆するケミネ、ガンマ渾身のデコピンには一言も触れてもらえなかった。
「ったく、この散歩が終わったら全員メインコンピューターにAIのバックアッププログラムの確認を忘れるなよ、ミーネはそのぶっ飛んだ思考とAIをどうにかしろ」
「あら、ずいぶん冷たいですわねお兄様、そうやって苛めて悦に入っていらっしゃるんですわよね? わかりますわ、お兄様のためならばミーネは真性のマゾヒストになります」
「レイ、最大火力であの馬鹿娘を吹き飛ばせ、なに俺が許す」
ガンブレードを手渡し、手取り足取り照準をミーネにロックさせる。それを見て妬いたのだろう、ミーネが轟音を響かせるほどの踏み込みでガンブレードの切っ先を掴み、ガンマに顔を近づける。
「やだお兄様ッたら、照れ隠しなさらずともよろしいのですよ? 何でしたらこの場でミーネと愛を育み……」
いつもならばガンマの冷ややかなツッコミで言葉を止めるが、今回は違った。喉元に突き付けられたレイの手刀、それに気づき言葉を止めたのだ。
『なんやレイ、本気で怒ったんか?』
AI同士の通信で密かに話しかけるケミネ。もちろん、ガンマとミーネには聞こえていない。
『いえ、つい反応してしまいました』
AI同士の通信でも淡々とした口調のレイ、毎日密かに訓練を積んでいるのは知っていたが、レイの予想を上回る身体能力で接近してきたのだ、それがガンマへの想いが成せる業なのかどうかはともかくとして、レイが滅多に使わない言葉で表せば、驚いたというのが一番適切だろう。
「レイお姉さま……怒ったのですか?」
手刀を突き付けられたまま、目線だけをレイに移す。今下手な動きをすれば、そのまま貫かれる、そう思っているのかもしれない。
「いえ、怒っていない。大丈夫」
それは自分自身に言い聞かせているように聞こえた。身体能力だけならば、レイが上回っていると思っていたが、もしかすると横に並び立つまでに成長しているのかもしれない、ガンマは密かに感心したが、口に出すことはなかった、出せば調子に乗って何をされるかわかったものではない。
「おいおい、揉め事なら地下でやれ。人様を巻き込んで暴れるな」
ガンブレードを背中に仕舞い、二人の距離を広げる。本気で闘うとは思っていないが、せっかくの散歩だ、こんなことで空気を重くされては何のために散歩しているのかわからない。
「ミーネの踏み込みで周囲の鳥が全部逃げただろうが」
周囲から全ての生体反応が消えたのを確認しため息をつく、こういう時に気の利いたセリフの一言でも言えない自分が情けないが、よくよく考えてみれば最初にガンブレードをミーネに向けたのが自分なので、これ以上言うのはやめておく。
「せっかくの散歩だ、ここから二キロ離れた場所に湖があるからそこまで行くぞ。ケミネ、エネルギー補充食は持ってるな?」
「うん、ちゃんと肌身離さず持ってるで」
首に掛けられた大きな風呂敷、一体どれだけの量を持っているのか、気になるが聞かない、聞きたくない。
そんなこんなで歩き出す、最初こそぎこちない雰囲気だったが、そのうち妹三人が打ち解け、ガンマを無視して会話するようになった。聞き耳を立てる限りでは、男のガンマにはわからない内容だったが、変にその話題を振られても困るので、何も言わず、何も聞かないことにした。
そして湖に到着し、一息つく。
AIの精神状態を安定域で保つための散歩のはずが、気づけば全身が重い。強化骨格の異常でなければこれは疲れというものだろう。
「しかしここはいつ来ても変わらないな」
水辺にしゃがみこみ、水を手の平で掬う。
ひんやりと透き通った水は手の平から零れ落ち、最後には手の平についた水滴だけになってしまったが、それでも木漏れ日を反射し輝きを放ち続けた。
「なんや、たまにフラッといなくなる思うたらこんなとこまで来てたん?」
「妹たちに絡まれて、安らげる場所がここしかなかったんだよ」
水に負けないぐらい、冷ややかな目線を背後にいる三人の妹に向ける。ミーネがガンマに絡み、それに触発されケミネとレイも参戦。これがいつもの流れだ。
「まぁ、それでもこうやって兄妹でここに来るのも悪くはない、そんな気はする」
何の揉め事も問題もなければ――そのセリフは口に出さず、胸の奥に締まっておく。
「ほな、兄貴が綺麗に締めたことやし、弁当でも食べよか」
風呂敷を下ろし、地面に広げるとナイロンのパックに保管されたエネルギー補充剤。木漏れ日が差す森の、湖の水辺で広げるにはあまりに味気ない気がする。
「あたしはグレープ味をいただきます」
「ミーネはレモンで」
「ほなうちはストロベリーや」
妹三人には関係がないようだ、風情よりも味に拘っている感がヒシヒシと伝わってくる。
「……んじゃ俺は……」
「お兄様はミーネとお揃いのレモンですわよね、さぁ遠慮なく」
パックのストロー部分を突き出してくる妹。
ガンマは確信した。どう反応しても面倒くさいことになると――
「いや、俺はメロ……」
「なんや? 兄貴はいちごが好き言うてたやろ、これ飲みや」
「いえ、ガンマ兄さんにはぜひこのグレープをお勧めします」
――三人が往々にパックを差し出してくる、世間一般ではハーレムと言うらしいが、彼女たちは自分の妹だ。
「時々お前たちが妹じゃなければと思うよ、思うだけに留めておくけれども……」
疲れた表情でメロン味を手に取る。
三人から野次が飛ぶが無視、穏やかな空気、景色もこの三人とガンマが揃うとここまで豹変するらしい、今この場の光景は、ガンマの瞳には修羅場に見える。
いくつもの修羅場を潜ってきたとはよく言うが、この修羅場は質が違う。何せ力技で収拾がつかないのだ。
「この森にいる動物や自然よ……俺のせいで迷惑を掛けて本当にごめんなさい」
だからガンマは心の底から謝罪した。