戦争の準備
これは由々しき事態である。
ケミネとレイはモニターを凝視しながら胸中で呟いた。このまま放っておくわけにはいかない。
モニターに映されたのは射撃訓練場での一幕。監視カメラを通じて、音声まで筒抜けなので、今までミーネがガンマに言い寄っていたのは知っていた。
「あんのガキ……いっぺんほんまに潰したらなあかんみたいやな」
「嫉妬ですか? ケミネ姉さん」
興奮するケミネに対して、冷静なコメントを述べるレイだが、無表情ながらモニターに凝視された瞳の奥には微かな苛立ちが込められているようだった。
「そんな問題やないで、どこの馬の骨とも知れん小娘にうちの兄貴が誑かされてるんや」
「ガンマ兄さんがいつからケミネ姉さんの物になったかは知りませんが、その意見はもっともですね」
ケミネの言い分は、最近ガンマが研究や開発を手伝ってくれなくなった。
レイは、最近ガンマが訓練に参加しなくなった。
その程度のものだが、十年近くそれが続けば徐々に蓄積された不満が爆発するのも無理はない。
「演習中に誤射でもしましょうか?」
「全身粉々に吹き飛ばして復旧不可能なレベルまで破壊せなあかんのやで? さすがにミサイルの誤射や言うても無理ちゃうか?」
さすがに本気ではないだろうが、ケミネもレイも、兄を取らないでくれと素直に言えるような玉ではない。
いつものように不毛な相談をしているとモニターにガンマの姿。ケミネのラボに向かっているようだ。
「この話はまた今度やな」
「いつまでこんな状態が続くのかは甚だ疑問ではありますが……」
短いやり取りの後、ケミネはモニターに数式を打ち込み、レイは銃の整備を始めだす。
まるで今まで作業をしていましたと言わんばかりに。
「ケミネ、悪いが強化骨格とAIのメンテナンスをしてくれな……レイも居たのか」
「居てはまずいのですか?」
「いや、ついでだから戦闘技能のバランス調整も頼むわ、最近反射動作と思考のバランスが悪いんだ」
おもむろに今まで着ていた服を脱ぐ。もちろん下着も躊躇いなく脱いでモニター横の診断ベッドで横になる。
「兄貴……兄妹とは言えうちら年頃の乙女なんやで? 少しは気ぃ遣ってもらわれへんかな……」
「あ? 俺の素っ裸なんぞ今まで何回も見てるだろうが。気持ち悪いこと言ってないで検査のほう頼む」
とは言え、人間に造られたのだから当然なのだろうが、細部の造りまでそっくりだった。開発者が家族の写し身として作成したのだからだろうが、体毛や肌の質感から筋肉やその他の部分まで――もしもガンマが人間の風呂屋に出向いても、何の疑いも持たれずに入浴できるだろう――それほどまでに精巧な造りだった。
「ずいぶんな言われようやが……、ああええわ、とりあえずレイ、モニターから検査プログラム呼び出して機材の準備頼むわ」
静かに頷き、ケーブル類を準備しだすレイ。その間ケミネは、ガンマのへそ部分にジャックを差込み、頭頂部に鋭い針を突き刺す。
「痛い……後数ミリずれていたらAIが機能を停止していたぞ?」
「脳みそに電極突き刺されてかき混ぜられるよりは遥かにマシやろ?」
悪戯な笑みを浮かべるケミネに冷たい視線を送りつつ目を閉じる。
ガンマからは見えるはずのない、モニターの映像が瞼の裏に映し出される。
「ふん……異常はないみたいやね、レイの方はどないな感じ?」
「強化骨格全体のバランスは問題なし……だけど左肩と右足全体にフレームの歪みが生じていますので、すぐに修復いたします」
ガンマの瞼に問題箇所の映像が映し出される。その歪み自体は微々たる物だが、レイが言うのならばそれ以上の問題点も見えているのだろう。ここは素直に従う。
「その間うちは手持ち無沙汰やな……ああ、プログラム魔王について調べてもええか?」
「ああ、あのシステムの正体をそろそろ突き止めてくれ。発動してもあまり変化が見られない、無意味なシステムにしか思えないんだ。最初は感情の希薄化かと思ったんだが……」
十年前、母や姉が居なくなったときは、明らかに動揺したし悲しんだ、自分たちを造りだした父がそんな無意味なものを搭載させるとは思えない。
「家族全員……それならもう少し理解できそうなもんだが、俺だけってのがわからない」
「何にせよ、細かいデータが取れればの話やけどな…………あかん、やっぱり第三プロテクトで止められてもうた」
十年間頑張ってみたが、未だにシステムの解明はおろか、そのシステムのセキュリティすら解除できていない。一度発動中に検査をしてみたが、AI自身がエラーを起こし、もう少しでガンマの全メモリーがリセットされかけたことがある。
「仕方がねぇか……ところでレイ、今のところ部隊はどうなっている?」
ガンマの右足を外し、補強材でフレームを修正しながら、ガンマの質問に答える。
「現段階で出撃可能台数は三百、出力兵器無効化シールドもケミネ姉さんが開発してくれたので、全員に換装させればいつでも出撃させることができます」
「加えて、敵のシールドに関係のない打撃系の武器や射撃系の武器も完成しとる。後は量産するだけや」
瞼に武器などの詳細が表示される。
スイッチ一つで出力系、質量系に変換できる刀、切っ先に据えられた銃口から射撃もでき、接近戦では剣としても用いることができるようだ――