母と姉の苦戦
『この分ですとシャイン様がプログラムを完成させて規制のかかった部分を解除しても戦況はかわりませんね』
アリスの言葉に血が上るのを感じるが、そう言うのももっともだ、こちらの主兵装はエネルギーを敵にぶつける出力兵器ばかり、しかしその兵器も敵の開発した物によって完全に無力化されているのだ。
『敵部隊進軍、距離五百』
アリスが急かす、とはいえこの状況で取れる方法は一つしかない。
「オープンチャンネルで全軍に通信、総員全力で基地まで後退、その際できるだけ敵の足止めが出来るよう建築物などを倒壊させ敵軍移動の幅を限定させること、撤退後は基地移転作業を最優先し、完了後地下通路を破壊すること、通信は以上」
味方の返事を聞く必要はない、基地最高指令の自分が言うのだから異論は許さない。
『母ちゃん、どういうことやねん!』
ケミネからの通信が入った。この子にも直接言わなければならないだろう、シャインのように作業を放棄してこられては今後に大きく影響を及ぼしてしまう。
「聞いての通りよ、あなたとレイは部隊を率いて作業を急ぎなさい、これは最高指令であるヤクモ・アクトリプスの命令と共にあなたの母親としての頼みです……わかってくれるわね」
『こんな時だけ指令面で母親面かい! 地下通路爆破したらその後母ちゃんはどないするん! うちは反対や、それやったら兄貴やレイを呼び戻して……』
『いい加減にしろ!』
チャンネルに割って入ってきた怒声に、ケミネの言葉が止められる。ケミネは止められてもシャインだけは止められないであろうと予想はしていたが、端から自分に着いてきてくれるつもりのようだ。
『シャイン姉ちゃん……なんでや、なんで止めるねん! 母ちゃん死ぬつもりやで、うちらを残して一人で……』
『安心しろ、母さんは死なない、それに一人じゃない』
通信の音声とかぶって聞こえた生の音声にヤクモが振り向くと、そこには白衣姿の娘が立っていた。
『心配しなくても母さんとあたしのメモリーバックアップは取ってある、基地を完成させればそれを基にまた体をつくってくれればいいだけよ、その時はもっとメリハリのある体で頼むわよ』
軽口を叩きながらシャインが何かを敵部隊に放り投げた。数秒後、轟音と熱波を撒き散らし、敵部隊の一部を跡形もなく消し飛ばす武器――爆弾。
『ほな、今輸送しているメインコンピューターにバックアップがあるんやんね? 信じたで? 嘘ついたら怒るで?』
『心配するな、お姉さまは嘘をつかない、だからさっさと作業を終えてしまえ、早く終わればあたしたちの生存率も上がるから。通信は以上、頼んだわよケミネ』
通信を切り、白衣の中から球状の鉄の塊を取り出し再び放り投げる。
同じように敵戦力を削り取り、進軍速度も目に見えて落ちた。
「母さんもこれを、これならば敵にダイレクトなダメージを与えられます」
ベルトに結ばれた無数の爆弾と小さなチップをこちらに手渡すシャイン。敵戦力を多少なりとも削ってはいるが、後続の部隊が質量兵器用の武装を整え、尚も進軍してくる。
「これはアリス専用のチップです、銃のグリップに装着してください、出力兵器に変わりはありませんが、炸裂タイプに自動変換されますので、地面を目掛けて射出すれば大量の飛礫が敵を襲う質量兵器となります」
白衣からメスを取り出し、指の間に挟みこむ。シャインの武器には敵の無効フィールドは通用しない。
『敵部隊が二手に別れました、一方はこちらへ、もう一方は基地へ直接攻め込む算段のようです』
アリスが新しい情報を提供してくれるが、それに対する策までは提供してくれない。取れる選択肢は三つ。
二人でこの場の敵部隊を殲滅。
二人で基地に向かう敵を殲滅。
別行動でそれぞれの敵を足止め。
このいずれかに限定される。
「ファイン、どちらの方がまずい?」
『基地に向かう部隊の方が数が多いです、加えてパワースーツ装備との情報も聞き及んでいますが、それらも基地の方へ向かったものと思われます』
「決まりだね」
ファインの分析に、シャインの口の端が吊り上る。どのみち想定していた事態だ。
「母さんはここをお願い、あたしは基地の防衛に向かう」
「…………わかったわ、無茶しないように……って言っても無駄でしょうね」
「さすが母さん、よくわかってるわね」
「シャイン……最後に聞いてもいい?」
「最後にするつもりはないけれど、聞いてあげてもいいですよ?」
「さっきケミネに言った記憶メモリーのバックアップって……」
「嘘に決まってるでしょ、こんなタイミングでそんな都合よくいくわけないじゃない」
この子はレイに比べれば感情豊かな子だが、それでもあまり笑わない、他の子供たちの前ではクールなお姉さんを貫いていたようだけれども、それでも――
「あなたもレイもケミネもガンマもみんなあたしの子供、子供が親よりも先に死ぬのは許さないわよ」
――ヤクモの言葉が意外だったのだろう、メモリーに関しての返答が返ってくると思っていたシャインは、一瞬だけ呆気に取られた表情を見せたが、すぐに笑顔を見せた。
「当たり前じゃない、あたしは家族の中の誰よりも長生きするって決めてるんだから」
そう言って基地の方へと走り出した。
それを見送り、シャインに渡されたベルトを装備し、再び銃を握る。
「さて、これ以上かわいい娘の負担は増やさせないわ、精々ここで時間を潰していってちょうだいね」
不敵な笑みを浮かべ、遮蔽物から踊りだし、再び戦闘を開始した。




