母と長女の死闘
敵勢力は五千、施設が地下の端に建造されているおかげで包囲される心配はないが、地下空間に集結した人間の重武装隊の数にはさすがのヤクモとシャインも気圧されてしまう。
「母さん、対策は……」
「ないわね、唯一の救いはあなたが来てくれたこと……」
勢いで飛び出したはいいが、この数はさすがに勢いだけでは対抗できそうにない。対抗するにはそれなりの戦力が必要となるが、地上のアクトたちと連絡を取ることができない。
おまけに各方面支部との連絡も完全に遮断されている。
現状を頭の中で整理し、導き出された答えは一つ。すでに残っているアクトはこの地下施設内の者たちだけなのかもしれない、もしかすると各方面支部も、電波妨害を受けて通信が取れないだけかもしれないが、各支部が孤立した状態では壊滅も時間の問題だろう。
「シャイン、あなたは第三世代の部隊を率いて規制のかかった戦闘プログラムの防壁を解除してきて、現状で規制のかかった第三世代では人間に対する戦闘能力は七割ダウンしているはず……」
未だに攻撃をしかけてこない人間たちの部隊を遠巻きに観察しながら指示を出す。先ほどから第三世代小隊の様子がおかしい、明らかに士気が低下しているのが目に見えてわかるほどに。
「そういうのはケミネの十八番なんだけれども……それにしても母さん、本当に何も考えずに最前線に立っているのね」
呆れたように隣の母に視線を移す。
後ろでは第二世代アクトが戦闘準備を整え、それを小隊長に据え、いくつかの小隊が隊形を整えているが、第三世代が戦場に飛び出してもすぐに壊されてしまうだろう、最悪第二世代の小隊長の足を引っ張る可能性もある。
「仕方がないでしょう、今までこういったことは全部ガンマとレイに任せっきりだったんだもの、不手際は否めないわ」
「部隊をゾロゾロ率いてラボに行く必要はないわ、十分。十分だけ時間を稼いでくれれば通信プログラムを介して解除データを送るから、それまではお任せしますよ、母さん」
言い終わると同時に基地内へと戻るシャイン、それを見送り、再び人間の部隊に目を向けるヤクモ。準備は整ったようだ、敵部隊が進軍を始めたのを見て、ヤクモも手を挙げる。
「全軍進撃! 各自リアルタイムで指示を出すので通信チャンネルは常にオープン、アクトの意地を見せなさい!」
咆哮を上げ、部隊が進軍する。
互いの距離は三キロ程度、お互いモニターで敵戦力の行動や数を把握しているが、それでも攻撃方法まではわからない。
AIアリスを介してモニタリングしても、敵の武装まではわからない。
(地上の陽動は無意味だったってわけね……多少の犠牲はやむを得ないってこと)
自らの同族すら切り捨てる策に多少の苛立ちを覚えるが、戦争が長引けばいずれ地上の非戦闘員も、戦力として敵に回る可能性がある、それを考えれば、ガンマに地上の敵勢力候補を削ってもらうのも仕方がない。
「ガンマとレイはこちらの切り札、そう簡単にカードは見せないわよ」
ほくそ笑むが、この戦闘を凌ぎ、基地を転移できなければその時点で負けが確定してしまう。敵を全滅させなくてもいいのだ、せめて必要物資の輸送を完了させ、その上で地下通路の完全破壊、それさえ完了すればあとは撤退すればこちらの勝ちだ。
『戦闘が開始されました、敵の主武装は弾丸を射出するタイプの質量兵器、広域使用の兵器の存在は今のところ見受けられません』
「当然ね、地上からこちらに来るルートを通るのにそんな馬鹿でかいミサイルや爆弾を持ち込むわけにも行かないわよ」
現在戦闘が起こっているであろう場所に目を向ける。建築物や木が邪魔をしてはっきりとはわからないが、ややこちらが押されているようだ。
『こちらの戦力二割減、敵部隊なおも進軍』
「あたしたちも出るわよ、残存部隊はここを最終防衛ラインに三百メートルのエリアを死守、第一から第三部隊まではあたしに続きなさい」
二丁の銃をコートから取り出し装備する。
AIアリスをデバイスにし、銃に内蔵されたAIと結合し、起動。
『デバイス起動、情報管制システムを維持しつつ武装モードに移行します』
起動を確認し、駆け出す。
その後に続くように部隊も進軍、敵の進軍は予想以上に早く、基地まで一キロの距離まで迫っていた。
「シャイニングレイン起動!」
人間とアクトとの混戦の中、最適な攻撃方法を即座に導き出し、実行する。
ガンマが使用したジェノサイドインパルスと同じ、敵味方識別式の広域射撃。
『シャイニングレイン起動、識別時間に二十秒いただきます』
「急いで」
射程距離には入ったが、それは敵にとっても十分攻撃が届く距離、こちらに襲い掛かる無数の弾丸を身体能力だけで回避しつつ待つのは、予想以上に困難なものだった。
すでにコートを弾丸が貫き、軽い損傷を負ってしまっている。
『識別完了、最終発射シークエンス……完了。いつでも撃てます!』
「人間が、調子に乗るなぁぁっ!」
銃声の響く中、その声だけがはっきりと戦場に響き、銃口が空に向けられた。
銃口に青いエネルギー球が顕現したのを確認すると、トリガーを引き発射。空に無数の光の帯が放たれ、的確に人間だけを貫く――はずだった。
「嘘でしょ!」
光が直撃寸前に霧散し、敵になんのダメージも与えることなく消失、ヤクモを襲う弾丸は尚も続いた。
『敵部隊の装備に出力兵器を無効化するシステムが搭載されているようです、人間の周囲三十センチに不可視の防壁が張り巡らされています』
「これが切り札ってわけね!」
弾丸でボロボロになった大岩に身を隠すが時間の問題だろう、遅れて他の部隊も到着するが同じように遮蔽物に身を隠している。
『こちら前線のガンマ二番隊、こちらの攻撃が全て無効化されている! 至急指示を!』
『同じく前線のレイ一番隊、完全に包囲された、敵の兵装にパワースーツのような物を確認、申し訳ありませんが戦線を離脱さ……』
『こちら後続のガンマ三番隊、敵の弾幕が凄すぎて反撃に転じることが出来ません、至急指示を!』
ガンマ二番隊と、レイ一番隊との通信は完全に途絶えた。後続のガンマ三番隊小隊長の第二世代型も第三世代に足を引っ張られる形で身動きが取れないようだ。