樹海か街か
テロリストによる人間対両虐殺事件から数日後、ガンマが望んだ機会が訪れた。
しかしそれは、ガンマの思惑とは少し離れた内容だった。
「本日午前零時に通達がありました」
司令室に集まった家族。
ガンマやレイたちは応接用のソファーに座り、ヤクモは司令室のモニターに手元の書類を読み込ませ、映し出した。
「人間たちの結論は、あたしたち初期型から現行機までの即時破棄、それにともない新型AI搭載の第四世代アクトが生産され、現在地球上に存在するアクトは速やかにスクラップ工場へ……要はAIの載せ替えをするつもりもないからさっさと鉄くずに化けろってことね」
自虐的に笑い、書類を事務机に叩きつける。
数日前にパーティー会場でテロが成功しようがすまいが、こういう事態になっていたと言う事だろう。
新型のAIが開発ではなく、生産されるということは、すでにAIは完成し、邪魔なギア候補――つまり現在存在するアクトを一掃するプランは決まっていたのだ。
「しかし妙や……こんなプランに賛同するアクトがおるってほんまに思ってるんかな?」
「思っていないだろ、となると一番考えられるのはアクトと人間との全面戦争だが……」
ケミネの疑問にガンマが答えるが、妙に歯切れが悪い、苦虫を噛み潰したような表情で何かを考えているようだが――
「推測があるならば言いなさい、ここで家族を相手に手札を隠しても意味がないわよ」
――ヤクモに促され、思考を止める。
もとより、この議題が出てきたときに浮かび上がった最悪の推測。
「推測って言うよりほぼ答えになると思うが、人間が俺たちに対抗できる何かを開発した。元々ブレイカーには外部の情報を得る手段が弱い、精々ギアが発生した場所を探るだとかアクトの現在地特定が関の山、第四世代のAI開発に気づけなかったのが何よりの証拠だ。さらに言わせてもらえれば人間がやろうと思えば現在生産中のアクトを改造して人造兵器として運用することもできたはず……まぁこの辺は本当に予想でしかないし裏づけもないが、人間が戦争は起こらないという前提でこのプランを持ち出したわけじゃない、むしろ逆、戦争が起こると確信してのプランだろう」
この予想が当たっていれば、アクトが敗戦する可能性もある。なにせ人間がアクトを生産しているのだから、弱点や現存する数は筒抜けで、どれだけの武力があれば全滅させることが出来るかは手に取るようにわかる。
対するアクトは人間側の武器も人数も何もわからない、戦争が始まってもしばらくは後手に回る戦況が続くだろう。
「となると人間の下で働くアクトは真っ先に処理され、こちらの戦力は敵を大きく下回ることになりますね」
いつも通りの口調で淡々と言うレイ。
今から地上のアクトを回収しても手遅れだろう、最悪の場合は自爆装置でも取り付けて地下によこしてくるかもしれない。
「レイの言うとおり、開戦前から戦況は不利だが、敵は待ってはくれない。ここブレイカー本部や支部の戦力を合わせても三千万……それに対して人間の数は数十億だ、非戦闘員を抜きにしても億単位、だが逆に言えばこの億単位の人間を壊せば勝機はある」
事務机のパソコンからケーブルを取り、正面のモニターに映像を映す。
戦闘に関してはガンマとレイが秀でているので、ヤクモもシャインも黙ってガンマの話に耳を傾けた。
「まずは拠点の移動だ。現段階で地下に基地を構えるのは愚挙としか言いようがない。地上から核弾頭をぶち込まれれば人間に一矢も報うことなくゲームオーバーだ。だから……」
モニターに地図を表示させ、中央都市に矢印を固定させる。
「方法は二つ、都市部を占拠し基地とする、もしくは……」
固定した矢印を左にずらし、緑色の場所にポイントし、固定。
「樹海に拠点を移す。都市部は占拠が難しいが、成功すれば敵の士気や今後の作戦に大きく影響するだろうし、俺たちの補給もかなり楽に行うことが出来るが……このプラン、俺は悪手だと思っている」
理由は占拠するには多くの戦力を必要とする。支部からの増援も見込めないし、仮に占拠しても、合流してくるであろう部隊が途中で狙い撃ちされてはたまったものではない、言うなれば銀行を襲い、立てこもっているのと同じ。
「俺が推すのは樹海だ。補給が困難になるが、広大な面積の樹海ならば基地が発見される可能性がほぼ皆無になる、加えてどこからでも増援の受け入れができる。補給さえどうにかなればこの場所は理想的といえるだろう」
最大のメリットは、敵が樹海に侵入し、基地の捜索を行っても、こちらは少数で敵を殲滅することが出来る、また大部隊では進軍がままならない上、こちらの基地は樹海のどこか、ノロノロと基地を探し続ければ、いかに物量で攻めてきてもその戦力は徐々に削られていくというわけだ。
「というわけだ、何か異論があれば言ってくれ」
全員の顔を見回す。
いずれも不安そうな表情を浮かべているが、こうなってしまった以上は仕方がないし、後手に回ってしまったのを今更悔やんでも仕方がない。
「わかったわ、ガンマの樹海プランで行動を開始しましょう。現時刻よりレイとケミネ、シャインの三人は部隊を率いて基地移転の下準備を、ガンマは地上の偵察とかく乱を、これは母としてではなくブレイカー本部指令、ヤクモ・アクトリプスの権限で発せられた命令です、速やかに実行し成果をあげなさい」
『了解!』
毅然とした態度で指示を出す母に、敬礼する子供たち、戦争が始まる。
人間対アクト、開戦はアクトが後手に回るという最悪の状況で開かれた。