心のしこり
当然、恐慌を来し叫び声を上げる人間たちの姿を視界の端に納め、ガンブレードが掛けられている壁まで移動し、成り行きを見守る。
「ずいぶんと手際の悪い連中だな、全員に見えるようにステージ上で無残な殺しを見せれば鎮まるだろうに」
「兄貴、ほんまどっちか言えばあっち寄りの考えやな、気持ちは解らんでもないけど」
騒々しい会場を疎ましげに見回し、耳を塞ぐケミネ。代わりにガンブレードでこの場にいる人間の二、三割を消し飛ばせば少しは静かになるだろうが、今度は人間側の上層部が黙っていないだろう。それはそれで結構な気はするが。
そんなやり取りをしているうちに、テロリストの一人が貴婦人の頭部を撃ち抜いた。
首にわっかが無い、第二世代から義務付けられた刺青がないと言う事は、人間なのだろう。
わっかがないのはプロトタイプの五体だけなのだから、あの人間は何らかの理由でテロリスト集団の一員として、自らそこにいるのだろう。
なんにせよ、一発の銃弾が貴婦人の命と喧騒を奪ってくれたのだ、感謝しなければならない。
ケミネも同感のようで、耳を栓していた指を引き抜き、人間に視線を注いでいると――
「我々はブレイカー別働隊だ。日頃我々アクトを虐げる人間に天誅を下すため赴いた! 残念だが貴様たちにはこの場でアクトの明るい未来のための礎となってもらう」
――そのセリフに吹き出だしたのはケミネだった。ブレイカーの名を語るテロリストに食ってかかろうと、口を開こうとしたケミネを遮り、ガンマが先に訪ねる。
「聞きたい、お前たちの中には何人か人間も混じっているようだが、その理由を聞いてもいいか?」
無表情――いや、真剣な表情と言えばいいのだろうか、ガンマに敵意はないが、はっきりと相手を見据える眼差しは、半端な気持ちで事に及んでいるテロリストならば正面から向き合うことの出来ない眼光を宿していた。
しかし、このテロリストたちは本気のようで、ガンマの問いに同じく真剣な表情で答えた。
「十年前、俺がまだ九歳の頃に死んだ母さんが、母親代わりと残してくれたアクトを目の前で壊された。ギア討伐隊ブレイカーにな! だが俺はブレイカーを恨んではいない、逆に何人もの人間を殺した……あの人を苦しみから解放してくれたことに感謝しているぐらいさ」
最初は毅然とした態度が、段々と変貌していく。おそらく現場に立ち会ってしまったのだろう、目が充血し、薄っすらと涙を浮かべている。
「俺が恨んでいるのは、あの人がぶっ壊れるまで働かせた豚共だ! アクトを薄給でこき使い、ギアになればブレイカーに依頼し駆逐する。精々が面倒な事をしてくれたってだけで反省も謝罪もなく、事もあろうかあの人の暴走原因がAIの誤作動で済ませやがった! 俺の……俺の母親として一緒に過ごした家族を……」
「……すまないな」
遂には俯き、大粒の涙を零す男に、ガンマは心からの謝罪と誠意を見せた。
土下座とまではいかないが、深々と下げた頭。ケミネはその意味を誰よりも早く察した。
「俺は十年前、受付嬢として働いていたアクトを討伐した。記憶メモリーを何度も確認したが間違いないし、お前のことも覚えているよ。大きくなったな」
男は顔を上げ、ガンマの顔を凝視した。
その視線を真っ向から受け止める。この後、男が逆上して襲いかかってこようが対応できるようにというのもあるが、ガンマなりの遺族に対しての誠意という意味合いの方が大きい。
「ガンマ……アクトリプス……か?」
「ああ、あの時名乗ったな、覚えていてくれたか」
嬉しさ半分悲しさ半分といったところか、この男は十年間ずっと忘れずにいてくれたのだ。その根源が恨みであろうとなんであろうと。
「そうか……人間に仇為す俺たちを討つか? そうでないならせめて黙って見逃してくれ、俺はあなたに……感謝している」
「…………外で警備に当たっているのは俺の妹だ、そいつらを止めることはできないが、今この場だけは見逃してやる」
暗に外からの警備が来る前に済ませろ、そう言っているのだ。ケミネも止めることなくポケットで握り締めていた解体キットを離す。
「兄貴がそう判断したんやったら従うわ」
「すまないな、ケミネ」
謝罪しながら手振りでさっさとしろと促す。
正直ガンマの脳裏にも三年前の事件がフラッシュバックしてきた。あの事件で悪いのはギアではない、ろくなメンテナンスを受けさせること無く過剰労働させた人間が悪い。
それがガンマの導き出した答えだった。
手振りと同時に始まる一方的な殺戮、ガンマはケミネの手を引きホールから退室し、ベンチに腰を下ろした。
絶え間なく響く銃声と悲鳴を聞き流し、隣に座るケミネを抱き寄せ――
「言い訳は人間を人質に取られどうすることも出来なかった。これは俺の一存だ、お前の関与するところじゃない」
――優しく囁く。
「ほんなら、ホールの外で座っている言い訳はどないするん?」
「十秒以内に出て行かなければビルごと爆破されると脅された、退室と同時にドアをロックされ入室できなかった……ってのが建前だ。本音はせっかくお洒落した妹のドレスが血で汚れちまうのが忍びなかったって言えば高感度アップに繋がるか?」
「どうやろね……なんにせよおおきにやで、兄貴」
礼を言うケミネと寄り添うように座っていると、レイの部隊が到着しドアを打ち壊して突入。しばらくは銃声が響き渡ったが、五分後には静寂が訪れた。
「片付いたようだな」
ゆっくりと立ち上がり、ホールに入る。
筆舌し難い惨状がそこにはあった。
飛び散るアクトのパーツと人間の血と肉。
純白の絨毯が赤を艶やかに演出していた。
「ご苦労だったな。俺とケミネの会話を聞いていたろ? あれが全てだ」
スーツの襟からボタン電池程度の機械を取り外し放り投げる。
それを受け取ったレイは、手の中で握り潰し、残骸を乱雑に放った。
「はい、今回の件はガンマ兄さんが人間を人質に取られた故のミスです。司令にもそう報告しておきました」
先ほどケミネに向けたのと同じ表情でレイに微笑む。優しい、慈愛に満ちた笑み、だがレイはその裏から感じ取った感情を尋ねた。
「三年前の老夫婦の件ですか……」
「……いや、俺はまだ狂っていないよ。おそらく今回の失態は人間たちと俺たちアクトの間に大きな確執を生むだろうが……まぁ人間たちとそうなるなら仕方がない。わかってくれるな?」
いつものように首を縦に振ることで答えを示すレイを満足そうな表情で見つめ、ケミネの肩を抱き、背を向け――
「事後処理は任せた、俺とケミネは帰還する。生存者は証拠になるからきっちり片付けておけよ?」
――そのまま惨劇の空間から立ち去る。
テロリストに殺された人間にも、レイの部隊に殲滅させられたテロリストに対する感情もない。
あの男を見逃したのはガンマと利害が一致したから、ただそれだけ。
「ケミネ、これで俺たち家族の苦しみが終わるかもしれないぞ」
人間と違い、忘れることができない記憶容量が疎ましい。先ほどから老夫婦の死に顔が頭を過ぎる。
「人間かアクト、どちらかの全滅というわかりやすい結果でな」
狂気を携えた瞳。
ケミネは、密かに何度もシャインと検査したが、ガンマのAIにギアとなる兆候のバグは発見されなかった。
しかし、三年前の事件から明らかにガンマは人間に対する認識を、生命体としてではなく、道端にある汚物を見るのと同じ視線で人間を見るようになった。
ここ最近、その頻度が明らかに多くなってきたが――
「そうやね、今まで苦しんだんやから……もうええよな、終わりにしてもても」
――ケミネはそれでもいいと思った。
家族の中で、常に最前線で辛い現状を目の当たりにしてきたのだ、兄が狂うならば自分も一緒に狂おう、それが常に家族の為に戦ってくれた兄への恩返しなのだと信じて。