完璧美少女の姫様は、俺の前だとすぐ赤くなる
ここは、男女逆転世界。
社会的な立場は女性のほうが強く、恋愛でも女性から男性を選ぶのが当たり前。告白するのも、誘うのも、リードするのも基本的には女性側だ。
そして、名家の子女たちが集う名門私立――白鳳院学園。
全国トップクラスの偏差値を誇り、政財界の令嬢たちも数多く在籍する超エリート校である。
そんな学園にも、誰もが認める頂点がいた。
西園寺春菜。
由緒正しき名門・西園寺家の末娘。容姿端麗、成績優秀、品行方正。淡い白金色の長い髪に、桜色の瞳。まるで絵画から抜け出してきたような美少女だ。
生徒たちは畏敬を込めて、彼女をこう呼ぶ。
――姫様。
その姫様が今、一年A組の教室で頬杖をつき、真剣な顔をしていた。
五月の陽射しが白金の髪を照らし、窓際の席に座る彼女を幻想的に彩っている。
誰もが見惚れる光景。
だが、本人の頭の中はわりと残念だった。
(藤岡くん……さっきの体育、格好よかった……)
西園寺春菜が想いを寄せる相手。
同じクラスの男子、藤岡大輝。
平凡な家庭の出身ながら、学力だけで白鳳院学園へ入学した特待生だ。
真面目で努力家。しかも今日は体育の授業で、爽やかに活躍していた。
(勉強もできて、運動もできるなんて……ずるいわ)
春菜の頬が、うっすら赤く染まる。
だが彼女には、誰にも言えない秘密がもう一つあった。
(それに……あの腕……)
視線が、大輝の腕へ吸い寄せられる。
(袖の上からでもわかる、あのたくましさ……)
(もし、あの腕に抱き寄せられて――)
「っ!? わ、私ったら何を……!」
姫様、本日も平常運転である。
誰も知らないが、西園寺春菜は恋をすると妄想が少し暴走するタイプだった。
そして四時間目。
数学の授業で、男女二人一組の発表課題が告げられる。
「それでは、こちらでペアを決めます」
教室がざわつく。
春菜は祈った。
(お願い……藤岡くんと同じ班に……!)
「西園寺と藤岡」
(勝ったわ)
表情は無表情のまま、心の中ではガッツポーズだった。
こうして二人は、一台のノートパソコンで資料作りをすることになった。
「西園寺さん、このグラフこっちに入れていい?」
「え、ええ。問題ないわ」
距離が近い。
近すぎる。
肩が触れそうな距離で、大輝の低めの声が耳に届く。
(近い……無理……心臓がうるさい……)
見た目は完璧美少女。
中身は限界オタクだった。
緊張で身じろぎした瞬間。
ふにっ。
春菜の胸が、大輝の腕に軽く触れた。
「……っ」
大輝がわずかに姿勢をずらす。
(しまったあああああ!?)
春菜の耳まで真っ赤になる。
もちろん事故である。
……事故ということにしておきたい。
気まずさに耐えられず、春菜は話題を振った。
「ふ、藤岡くんは……アニメとか、観るの?」
「観ますよ」
(声、好き……)
「西園寺さんも観るんだ?」
「私だって観るわよ」
「意外です。なんでも完璧な人って感じなので」
「……そう?」
「みんな姫様って呼んでますし」
(藤岡くんが私を姫様って呼んだ)
ただ会話の流れである。
しかし春菜の脳内では祝砲が鳴っていた。
「西園寺さん? 顔赤いですけど、大丈夫ですか?」
「だ、大丈夫よ」
「熱あります?」
「原因はあなたよ」
「え?」
「なんでもないわ」
危なかった。
口が滑るところだった。
やがて作業が一段落し、春菜は最大級の勇気を振り絞る。
「その……課題の連絡もあるでしょうし……よければ、連絡先を交換しない?」
「あ、もちろん」
即答だった。
数秒後、春菜のスマホ画面には『藤岡大輝』の名前が表示される。
(連絡先……手に入れてしまった……)
(実質、婚約では?)
違う。
放課後。
帰宅した大輝はベッドへ倒れ込み、天井を見上げた。
「……西園寺さん、今日なんか可愛かったな」
学園中が憧れる完璧美少女。
近寄りがたい高嶺の花。
そう思っていたのに、今日は妙に慌てていて、顔を赤くして、年相応の普通の女の子みたいだった。
思い出すと、少しだけ胸が落ち着かない。
一方その頃、春菜は自室のベッドで枕を抱きしめながら転げ回っていた。
「連絡先……交換した……っ」
白鳳院学園の姫様は、本日も恋に敗北していた。




