第四章 ミコの視点
その夜、ミコに話した。
「平等主義の都市国家との比較データを集めている」
「どんな比較をしようとしてる」とミコは聞いた。
「アエクスの乖離が、アエクス固有のものか、それとも制度に関係なく起きるものかを確かめたい。クラス制の都市国家と比べることで、格差の形が見えるかもしれない」
「クラス制か」ミコは少し考えた。「研究機関の同僚に、向こうの出身者がいる。聞いてみようか」
「出身者がいるのか」
「都市国家間の人の移動は少ないけど、ゼロじゃない。ユイという人間が、研究機関に来ている。私の研究グループの外側にいるから、あまり話したことがなかった。でも——クラス制の話をすると、何か持ってるかもしれない」
「紹介してもらえるか」
「聞いてみる」
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一週間後、ミコからメッセージが来た。
「ユイが、会ってもいいと言ってます」
「どんな人か」
「三十代の前半。研究者。向こうを出てきたのは二十代のときらしい。なぜ出てきたかは、まだ聞いていない」
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会ったのは、外縁区画の静かな店だった。
ユイは、落ち着いた顔をしていた。何かを計算する目ではなく、観察する目だった。
「乖離マップを作っている人ですね」とユイは言った。
「そうです」
「向こうでも、知っている人間がいます。アエクスのデータだから、直接は関係ないけれど——制度の違いを考える材料として、読んでいる研究者がいた」
「向こうを出てきた理由を、聞いていいですか」
ユイは少し間を置いた。
「クラスが、上がらなかったから、というのが一つです」
「クラスが固定していた」
「固定していたわけじゃない。上がる仕組みはある。上がるための方法も、制度として示されている。でも——上がっても、その先が見えなかった」
「その先が見えない、というのは」
「クラスが上がると、住む場所が変わります。接触する人間が変わる。情報が変わる。でも——その変化が、自分がやりたいことに、繋がっていなかった」
「やりたいことと、クラスが別の方向を向いていた」
「そうです。向こうでは——クラスを上げることが、目的になりやすい。手段が目的になる」
「アエクスの得点制度も、似たことが起きる可能性がある」とレンは言った。「持ち点を上げることが目的になって、持ち点で何をしたいかが消える」
「似ているんですね」とユイは言った。少し驚いた顔をした。
「制度が変わっても、人間の動き方には似たパターンが出る」
「向こうにいるときは、向こうの問題だと思っていた。アエクスに来て——同じ問題が、形を変えてここにもある、と気づいた」
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「クラス制の中で、見えていないものは何だと思いますか」とレンは聞いた。
ユイはしばらく考えた。
「クラスが下の人間の、可能性です」
「どういう意味か」
「制度は——クラスを上げることを促します。でも、クラスを上げようとしない人間がいる。上げようとしないのではなく——上げる方法が見えない人間、上げることに意味を感じない人間、上げようとして上がれなかった人間。その人間たちが、クラスの下に集まっていく」
「クラスの下に集まった人間が、見えていない」
「クラスで住む場所が分かれているから——上のクラスの人間には、下のクラスの人間が見えにくい。物理的に、見えない」
「居住区域の分離が、見えなくする」
「そうです。分離することで、摩擦が減る。上位クラスとのトラブルを少なくするため、という制度設計の意図があると聞いています。でも——摩擦が減るということは、接触が減るということでもある。接触が減れば、理解が減る」
「理解が減れば、想像が減る」
「想像が減れば——下のクラスにいる人間の可能性が、上のクラスの人間には見えなくなる。見えないものは、評価されない」
レンはその言葉を、少しの間持った。
「アエクスの右上の空白と、似た構造がある」
「どういうことですか」とユイが聞いた。
「組織の中で、上の立場の人間には、下の立場の個体の可能性が見えにくい。だから評価されない。クラスの話も、同じ構造だ。上から、下が見えない」
「見えないことが、乖離を作る」
「アエクスの制度でも、向こうの制度でも——見えないことが、問題の根にある」




