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「今更対策しても、もう遅い♡」と毎月ざまぁをしてくる花粉ちゃん  作者: 田中田田中


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5/12

5月 和菓子屋看板娘ヨモギ先輩の雨宿り接待♡

 雨が降ると花粉が落ちるから僕は安心する。

 だから五月は勝った気になってしまう。


 しかし、僕はいつものように負けていた。



 ◆◆◆◆◆



「はぁ……傘を忘れるなんて」


 雨だから対策しなくていいと思っていた僕を背後から刺すように、雨は無常(むじょう)にも僕を濡らしていく。


「うふふ、そういうところが甘いわねぇ、症太郎くん♡」


「よ、ヨモギ先輩っ!?」


 そこにいたのは、和服姿の、ヨモギ先輩だった。

 和菓子屋の看板の下、薄い藤色の傘をくるくる回しながら、僕の顔を覗き込む。


「それに『もう花粉の季節は終わった』とでも、思ってるのかしら?」


 僕は反射で目を逸らす。

 見つめられると、花粉じゃない理由で息が詰まるから。


「で、でも……もう春は終わったんじゃ……」


 と言いかけると、先輩は笑って首を振った。


「甘い甘い♡ スギの季節が去ったら、今度はヒノキの季節なんだから。 それが去ったら、夏のイネ科のカモガヤ。 順番に来るの♡」


 僕は知らない単語に怯えた。


「い、イネ科って……夏にもあるんですか!?」


「あるわ。 ほら、今日は雨で表に出てないだけ」


 先輩は僕の袖をつまんで店内へ導いた。

 和菓子屋は木の匂いがして、雨音が心臓の音を増幅させる。


 席に着くと、先輩はほうじ茶を置き、指先で僕の手首をそっと触った。


「冷えてる。 ほら、手出して」


 僕が差し出すと、先輩は指を絡めるように握る。

 握り方が優しすぎて、僕は抵抗できない。


「今更『今日は雨で花粉が少ないから平気』って思っても、もう遅いのよ♡」


 落ち着いたその囁きが近い。

 顔も近い。


「ふふっ、油断しているその顔、かわいい♡」


 僕は緊張のせいなのか花粉のせいなのか、喉が渇いて「は、はい」としか言えなかった。

 先輩は微笑んで僕の指を一本ずつ包むみたいに撫でる。


「来年は早く来られる? 今度は予防をして、私とちゃんと話して欲しいな♡」


 僕は憧れの先輩と手を繋いだことにうなずくしかできずにいた。


 和服姿が大和撫子のようで、一度訪れた客からは憧れを抱いてしまう。

 僕も、そんな例に漏れずにいた。


 ここで「好きです」なんて言えたら、きっと何かが変わる。

 でも僕には、そんな勇気がなかった。

 きっと、断られるのが分かり切っているから。


 言葉を探した瞬間、入口で店員が傘を乾かす送風機を回した。

 外気が吸い込まれ、僕の喉に見えない粒が刺さる。


「……あ……っ」


 声が掠れた。


 先輩はすぐ気づく。


「来ちゃった? ほら、無理しないの」


 僕は返事を言葉で返したくて、無理に発声した。

 すると喉が爆発した。


「ごほっ、ごほっ!」


 せっかくの甘い雰囲気が、咳で粉々になる。


 先輩は背中をさすりながら、耳元でさらに甘く言う。


「咳が止まるまで、ここにいていいわよ」


 きっと営業スマイルなのだろうけれど、そんな優しそうな目で気を遣われると、興奮して咳が止まらなくなってしまいそうだ。

 僕は涙目で謝る。


「ごめんなさい……せっかく……」


 先輩は首を振る。


「謝らないで。 そうやって弱いところ、別に嫌いじゃないもの♡」


 僕の胸が熱くなるのに、喉は冷えていく。


 先輩はハンカチを当てて「ほら、落ち着いて。 呼吸、いっしょに」とゆっくり数を数える。


「すーーっ」


「さーん♡、にーい♡、いーち♡」


 ヨモギ先輩のハンカチからはほんのりビターでメントールのような香りがして、なんだか落ち着くようだった。


「はーーっ」


「ぜろっ♡ ほら、止んだ♪」


 僕は数えるたびに先輩の指の温度とそのいい香りを意識させられ、咳は落ち着いたが、心はドキドキしてしまった。



 ◆◆◆◆◆



 ようやく咳が収まり和菓子屋から出ると、雨は止みかけていた。


 先輩は立ち上がり、傘を差しながら言う。


「ほら、私が傘を持っているから、途中まで送るわ」


 僕は「はい…」と小さく返す。

 先輩は頬に息がかかる距離で囁いた。


「ほら、ちゃんと濡れないように、肩を寄せて、手を繋いで?」


「は……はっくち!」


 僕は返事をしようとしたのに、鼻がむずっとして小さなくしゃみが漏れた。


「うふふっ♡」


 先輩はくすっと笑う。

 その優しさが、僕にだけ向いたらいいのに。


 隣で傘を持って笑みを浮かべるヨモギ先輩の(たたず)まいを、特等席でただ見ながら歩く帰り道。

 先輩の手はずっと離れないままで、僕は雨の音のようにずっと鼓動が早くなるのを止められなかった。

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