4月 保健委員ヒノキの密室看病♡
四月。
スギの波が少し引いた頃、ヒノキの番が来る。
◆◆◆◆◆
僕は保健室のベッドに横になっていた。
点鼻薬を焦って使いすぎて、喉に落ちて、むせて、咳が止まらなくなったのだ。
「点鼻くん。 起きなさい」
「……うぅ……」
「起きなくていい。 顔だけこっち向けて」
その冷たい声で命令されると、逆らえない。
僕はのろのろ顔を向ける。
ヒノキさんがベッドの脇に座っていた。
距離が近い。
逃げ場がない。
「今更点鼻薬をドバドバ使っても、もう遅い」
ヒノキさんは僕の足から撫で回すように手を這わせてきた。
「回数を守らないからこうなるの」
「症状がひどくて……多めにしたら、効くかなって……ごほっ、ごほごほっ!」
「用法と容量を守るのは、当たり前」
「すみません……そんなこともわからなくて。 馬鹿……ですよね」
「知ってる」
「うぅ……」
そう言いながら、ヒノキさんは這わせていた指をやがて背中に置いた。
そのまま、僕の背中をさすった。
「あ……」
一定のリズム。
落ち着く。
情けないくらい落ち着く。
「呼吸、整えて」
「すー、はー」
「そうよ。 吸って、吐いて」
まるでナニかイケナイことをしているかのよう。
いや、イケナイことを教え込まされているかのようだった。
僕はただ、ヒノキさんに看病されているだけのはずなのに。
「……はぁ……」
少し咳が落ち着いた。
そのタイミングで、ヒノキさんの手が喉元に触れた。
まるで熱を確かめるみたいに、そっと。
「まだ熱い」
「ひゃ……」
「なに」
「ち、近くて……」
「看病される距離なのだから、これくらい近くて当たり前でしょう」
そう言われると、何も言い返せない。
ヒノキさんはただ、僕のことを思って看病してくれただけなんだ。
ヒノキさんはじっと僕を見て、それから少しだけ表情を緩めた。
「……本当に、情けない顔をしてる」
そんなことを言われたら、僕の方が困る。
もしここで手でも握られたら、たぶん花粉じゃない理由で息が止まる。
でも現実はそう甘くない。
喉の奥に点鼻薬の苦みが残っていて、僕はそこでまた盛大にむせた。
「ごほっ! ごほっ!」
「ほら、台無し」
「すみません……」
そこで僕はふと疑問に思った。
「でも、ヒノキさんはどうして僕にこんなに優しくしてくれるんですか?」
情けなくて見ていられないのなら、放っておけばいいのに。
「今更そんなことを聞くの?」
「す、すみません……」
僕、謝ってばかりだ。
「貴方が……放っておけないからよ」
「えっ……」
情けないけど、放っておけない。
その感覚が、僕にはわからなかった。
いや、単に鼻水で息苦しくなって、頭がぼーっとして何も考えられなくなっているだけかもしれない。
「私、あなたとなら受粉してもいいと思っているんだけど」
「えっ」
ヒノキさんにぼそりとそう言われて、僕はその澄んだ声に自然と耳が真っ赤になった。
けれどそれがどういう意味を持つのか、僕にはまだ分からなかった。




