12月 全員からの保健室呼び出し♡
十二月。
終業式が終わり、僕は「やっと今年の花粉は終わった……」と心の底から安堵しかけた。
——その油断こそが、毎年の敗因だと分かっているのに。
◆◆◆◆◆
放課後の保健室に呼び出され、扉を開けた瞬間、僕は「しまった」とつぶやいた。
「遅いわよ、点鼻くん。 早く座りなさい」
「は、はい……」
机の前に保健委員のヒノキさん。
白衣の袖を整えて、書類を整列していた。
窓際にスギ先輩。
淡い緑の髪を揺らして、余裕の笑み。
ソファにヨモギ先輩。
湯気の立つお茶とハンカチを準備済み。
椅子の背にもたれたブタクサ。
小悪魔みたいな微笑みで、僕の反応を待っている。
ベッドの上にはカモガヤ。
ジャージ姿で、靴紐をきゅっと結び直していた。
「今更『来年こそ早めに対策する』って思っても、もう遅い♡ ほらほら、こっち来て♪」
スギ先輩が楽しそうに顔を覗き込む。
やっぱり近い。
スギ先輩はわざと甘く言って、指先で先輩から貰ったマフラーの端をくい、と引いた。
「今更怠けても、もう遅い。 これからは私があなたを管理してあげるから。 ほら、早く出しなさい」
『あなたを管理』という字面に、ドキドキしてしまう。
でも今年いっぱいあんなに意気込んで花粉対策をしたのに、何一つうまくいかなくて。
僕の人生、そこまで管理されないとダメなのかもしれない。
「出しなさい」と言われ、仕方なくいつものようにヒノキさんにスマホを出したとき、隣にいたヨモギ先輩がやわらかく笑った。
「うふふっ♪ 今更『喉元過ぎれば熱さを忘れる』って安心しても、もう遅いのよ♡」
そして、僕の背中にそっと手を当て、飴玉を口に当てようとしてくる。
「ほら、私の新作ののど飴、舐めて?」
ブタクサが、にこりと口角を上げた。
「先輩、今年は終わったって顔してますよね♡」
そのまま追い打ちが来る。
「今更『マスクすればいい』って思っても、もう遅い♡ 先・輩・はぁ♪ 私のマスクをするヤ・ク・ソ・ク♪ ですよね♡」
「う……」
あれから毎日マスクを持ってきてはつけてくれるようになったブタクサが、また僕の代わりにマスクをかけてくれる。
そこへカモガヤが元気よく手を挙げた。
「センパイ、今更『息が苦しい』なんて言っても、もう遅いっす♡ 陸上部に入って肺活量を鍛えれば、花粉なんかで息切れしなくなるっす! ほらほら、アタシが付き合ってあげますから、来年は体験入部するっすよ♪」
ジャージの袖をまくって、カモガヤは僕の肩をぽんぽん叩く。
そこにスギ先輩がすっと僕の隣に腰掛ける。
そして、僕の手を取った。
指が絡みそうで絡まない、じれったい距離。
「ねえ、症太郎くん。 年末なんだし、ちゃんとイって?」
「な、何を……!?」
耳元で囁かれて、僕の心臓が嫌な音を立てる。
「来年は『思う』だけじゃなくて、ちゃんと『ヤる』って」
「……や、やります……」
「きちんと、目を見て」
ブタクサが楽しそうに身を乗り出す。
カモガヤも「言うっす♡ 言うっす♡」と囃し立てる。
ヒノキさんは無言で逃げ道を塞ぐように机の端を指で叩く。
ヨモギ先輩は僕の呼吸を整えるみたいに、背中をゆっくり撫でた。
——五人に囲まれて、僕は追い込まれていた。
「ええと……そのぉっ——」
みんなの顔が、やがてどんどん近づいてゆく。
そしてそれが、すべて僕と重なろうとしていた。
「「「「「もう、遅い」♡」」」」
その瞬間、乾いた冬の空気が鼻を刺した。
僕の身体は、まるでアレルギーに反応するように、いつもの結論を出してしまう。
「……はっ……は……へっくしゃいっ!!!!」
完璧なタイミングのくしゃみ。
五人の視線が一斉に止まり、次の瞬間——
「ぷっ、ふふっ、なにそれ!」
スギ先輩が噴き出した。
「はぁ……最低」
ヒノキさんがため息。
「先輩は、いつもそう……ですよね♪」
ブタクサが肩をすくめる。
「オチ完璧っす!」
カモガヤが拍手する。
「大丈夫。 崩れても、また整えればいいのよ」
ヨモギ先輩がハンカチを当ててくれる。
僕は真っ赤になって、でも逃げられなくて、情けなくて、少しだけ嬉しかった。
こんなふうに囲まれてしまうのは、たぶん僕が弱いからだ。
だけど弱い僕を、彼女たちが毎年『拾って』くれているのも事実だった。
だからその日の帰り、僕はスマホの手帳アプリの最初のページに記入をした。
『来年こそ早めに対策しよう』
年が明けて、正月を挟むことで僕の決意をやがて薄めていくのを、僕は感じていた。
それでも手帳の文字だけは残っていて、だからこそ安心していた。
そう、それが甘いというのに――
◆◆◆◆◆
そして登校始めの一月の朝。
まだ寒くて、花粉の本番には遠いはずなのに、乾いた空気が鼻の奥をくすぐった。
僕はそれだけで不安になって、マフラーに顔をうずめる。
スマホの手帳を眺めながら、僕は立ち止まった。
薬局に寄るべきか、寄らないべきか。
迷う時点で遅いのに、迷うのが僕だ。
そのとき――
背後から、春みたいに甘い声が、当然みたいに届いた。
「もう春のこと考えてるの? 気が早いねえ、症太郎くん♪」




