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「今更対策しても、もう遅い♡」と毎月ざまぁをしてくる花粉ちゃん  作者: 田中田田中


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11/12

11月 スギ先輩の距離チカ寒さ対策♡

 十一月。


 雪が降り始める季節は花粉の気配が薄いぶん、僕は少しだけ安心してしまう。

 ——だから油断する。


 花粉だけを警戒して、寒さを甘く見たのだ。



 ◆◆◆◆◆



 その朝、僕はマフラーを忘れていた。


 手袋はしているのに、首元だけが無防備で、冷たい空気がそこから容赦なく入り込む。

 息を吸うたび喉が痛くて、僕は肩をすくめながら登校していた。


 ふわり。

 白いものが頬に触れた。


 雪だ。

 まだ粉みたいに軽くて、空気に溶けるみたいに落ちてくる。


 僕は立ち止まって見上げてしまう。

 綺麗だ、と思った瞬間、首筋に冷えが刺さって、思わず「さむぅ……」と声が震えながら漏れた。


「なにそれ。 症太郎くん、かわいすぎ♡」


 背後から、春みたいに甘い声。


 振り向く前から分かった。

 スギ先輩だ。


 先輩は制服の上にコートを羽織り、淡い色のマフラーをゆったり巻いていた。

 雪の白の中で、彼女だけがあたたかい色を持っているみたいに見える。


 先輩は僕の首元を見て、にやりと笑った。


「マフラーしてないの? 花粉だけ対策してて、寒さ対策してないなんて……甘い甘い♡」


「わ、忘れただけです……」


「ふふ。 言い訳も甘い♡」


 そう言いながら、先輩は自分のマフラーの端をするりとほどいた。

 その動きがやけに慣れていて、僕は一瞬で見とれてしまう。


 柔らかい毛糸が揺れて、先輩の指先がそこを滑るたび、雪の冷たさとは違う熱が胸の奥に生まれた。


「ほら、こっち向いて!」


 先輩が僕の前に回り込み、首元にマフラーを巻き直す。

 距離が近い。


 先輩の息が白くなって、僕の頬にかかりそうな距離。

 指が喉のすぐ下を通るたび、僕は息を止めてしまう。


「……っ」


「息、止めないの。 ほら、余計に寒くなっちゃうよ?」


 先輩は笑いながら巻き終えると、満足そうに僕の胸元をぽん、と整えた。


 それだけで終わるはずだった。

 終わるはずなのに。


 先輩は、巻いたマフラーの内側(・・)を指でつまんで持ち上げた。


「……いただきっ♡」


「え?」


 次の瞬間、スギ先輩は自分の頬を、僕のマフラーの中へ滑り込ませた。


 ——え。

 えええっ!?


 僕の頬に、先輩の頬が入ってきた。


 布一枚越しじゃない。

 布の内側(・・)で、温度が直接混ざり合う。


「ふたりだと、あったかいね♪」


 先輩が、平然と言う。


 雪空のした、ふたり。

 まるで恋人みたいな距離で頬を重ね合わせ合う。


 僕は何も言えない。

 こういう突然の近さに耐性がない。


 そして僕たちは、そのまま歩き出してしまった。

 雪が落ちる道を、ふたりで、ひとつのマフラーの中に頬を寄せたまま。


 傍から見たらどう見ても恋人同士だ。

 というか、恋人でもここまで近いのは反則じゃないか。


 頬が触れる。

 じんわり生温かい。

 耳元で布が擦れる音がして、そのすぐ隣で、先輩の呼吸が聞こえる。


 僕の心臓が早くなる。

 止めたいのに止まらない。

 むしろ、先輩の温度が近いほど、鼓動が暴れる。


 ——だめだ、聞かれたくない。

 でも、この距離で隠せるわけがなかった。


「……くすくすくすっ♡」


 先輩が笑った。マフラーの中で。

 頬が震える。


「ドキドキしてるんだ♡ かわいい♪」


 聞かれてしまった。

 その事実に、さらに動悸が早くなっていく。


「してないです……っ」


「してる。 だって、音がするんだもん♡」


 先輩が肌を寄せて、わざと耳を頬にくっつけた。


 さらに近く。

 僕は限界まで赤くなる。


「や、やめてください……!」


「やだ。 だっておもしろいもん♪」


 先輩はそう言って笑ったあと、急に——するりと、マフラーから離れた。


「あっ……」


 温度が離れて、冷たい空気が一気に戻ってくる。

 さっきまでの甘い密着が嘘みたいに、世界が寒い。


 僕は思わず先輩を見た。

 先輩は少し離れた場所で、雪の中、余裕たっぷりに微笑んでいる。


「今更ドキドキしたって、もう遅い♡――」


 そう言いながら、先輩は僕の胸元のマフラーの端を摘まんだ。

 (ふさ)(じょう)になった飾り——フリンジの部分。

 先輩はそれを、僕の口元に押し当てた。


「んむふっ……!?」


 フサフサしているマフラーのフリンジ部分が唇に触れる。

 くすぐったくて、でも柔らかくて、息が止まった。


 そのまま何をするのかと思っていたら。

 先輩が、近づいてくる。


 ピンクでプリっとした柔らかそうな唇が、フリンジ越しに見える。


 毛糸の房が揺れて、先輩の口元を隠したり見せたりする。

 下手をすれば、布越しに唇同士が触れてしまう距離。


 そして——

 フリンジ越しに、先輩の唇が僕の口元へ重なった。


「んむっ!?」


 僕の思考が止まる。

 雪の音が、そして僕の意識が、遠のいてゆく――


「んふふっ♪」


 隔たるのは、たった一枚のウール。

 でもその向こうから、確かな熱が伝わってくる。


 柔らかく押される感触。

 布越しなのに、温度だけが直接触れるみたいで、僕の膝がふるえた。


「……っ」


 声が出ない。

 出したら崩れる。

 僕は必死に息を止めるのに、鼓動だけが暴れて、体の内側で鳴り続ける。


 やがてその一枚の(へだ)たり()しに唇に熱が伝わってきた頃、先輩は、ゆっくりと唇を離した。

 一抹の名残惜しさを覚えつつ、そのやわらかい感触は離れていく。


 そして離れた瞬間に寒さが戻るはずなのに、僕の唇は熱くなっていた。


「くすくすくすっ。 ドキドキした?」


 先輩が、悪い顔で聞いてくる。


 僕は頷くしかない。

 頷いたら負けなのに、こんなの、勝てるわけがない。


「……した、かも……」


「したんだ♡」


 先輩はそう言って、フリンジを指先で揺らし、また僕の唇に軽く触れさせた。

 くすぐったいことをしてごまかしているのか、それともただのお茶目なのか、僕は測りかねていた。


「くすくすくすっ♡」


 雪が降る。

 白い世界の中で、先輩の唇だけがやけに鮮やかで。

 僕はまた心臓の音を聞かれてしまいそうで、ただ必死に息を整えた。


 先輩は一歩だけ近づき、最後に耳元で囁いた。


「……続きは、またね♡ 症太郎くん♪」


 それは、さっきの続きがいつか来るということなのだろうか?

 主語がないその言葉が、今日いちばんズルかった。

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