1月 スギ先輩の手取り足取りマスク予防♡
僕は毎年、花粉症に負ける。
そして毎年、「今年こそは早めに対策しよう」と思う。
そう思うだけだった。
◆◆◆◆◆
一月の朝はまだ寒くて、花粉の本番には遠いはずなのに、乾いた空気が鼻の奥をくすぐった。
僕はそれだけで不安になって、マフラーに顔をうずめる。
「もう春のこと考えてるの? 気が早いねえ、症太郎くん」
振り向くと、街路樹の陰にスギ先輩がいた。
淡い緑の髪を揺らして、いかにも面白そうに僕を見ている。
「べ、別に……考えてないです」
「うそ。 鼻、気にしてた」
スギ先輩はずいっと顔を寄せてきた。
近い。
ものすごく近い。
僕は後ずさろうとして、電柱にぶつかった。
「うぐっ……」
逃げ場がない。
先輩はふふっと笑って、僕のマフラーを指先で整える。
「今更『今年こそ対策する』って思っていても、もう遅い♡」
喉に触れるか触れないかの距離で、わざと、ゆっくり。
「そういうの、一月のうちに終わらせるものだよ?」
先輩の声は、まるで姉のようないたずら心と優しさを、僕に染み渡らせてくるかのようだった。
そう、それはまるで「ハジメテを終わらせていないなんて、キミは遅いんだから」と思わずドキリとする言葉をかけられているかのよう。
「お、思ってはいたんです……!」
「思ってただけなんて。 かわいいねぇ~、症太郎くんって」
かわいいと言われると、僕は何も言えなくなる。
反論したいのに、言葉が出ない。代わりに鼻がむずっとした。
「……へっ?」
「ほら。 もう来てる」
「ま、まだ一月ですよ……!」
「花粉じゃなくても、怯えで負けてるじゃん」
スギ先輩は楽しそうに言いながら、ポケットから新品のマスクを取り出した。
「つけて、あげよっか?」
「え、い、いいです! 自分で……」
「遠慮しないの。 そういう弱いとこ、好きだよ?」
「へぇっ!?」
『好き』の一言で、僕の思考が止まった。
先輩の指が僕の耳にかかり、マスクの紐をそっとかける。
こんなの、ほとんど恋人みたいじゃないか。
僕の心臓が、徐々にうるさくなっていく。
でも、スギ先輩の手はまだ近づいてきて、僕の頭を抱きかかえようとする。
そしてそのまま、僕のマスク越しに、スギ先輩の唇が――
唇が――
――その瞬間、冷たい風が通り抜けた。
乾いた空気が鼻を刺す。
「はっ……は……はっ――っっっっくしゅん!」
盛大なくしゃみが出た。
せっかくつけてもらったマスクがずれて、僕は情けなく鼻を押さえる。
スギ先輩は一瞬きょとんとして、それから吹き出した。
「ぷっ、ふふっ、なにそれ!」
「す、すみません……」
「もう、仕方ないなぁ……」
先輩は笑いながら僕のマスクを直してくれた。
まだ1月で肌寒いはずなのに。
なぜか僕は、既に春の始まりを感じていたのだった。




