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【短編小説】満月。梟。夜ふかしの詩人。

掲載日:2025/12/30

 いまになって思えば、谷津よりも池田とセックスできていたら、いやその方が重要だったんだと恩前斗ヤリたかっ太は呟いた。

 谷津とはセックスできていないが、アレはおれが頷けばヤれた。……いや、頷けなかったからこその苦しみもあった。


 ヤリたかっ太はそうやって賽の河原でヤリたかった女を数えながら石を積み上げていた。

 渋谷で見かけた全身からフェロモン出てる女も凄かったな。

「でもまぁ、AV女優も素敵だよな」

 その独り言を聞いた百目鬼が、ヤリたかっ太の積み石を蹴り壊して訊いた。

「お前が本当にヤリたかったのは、誰だ?」



 分からなかった。

 池田なのか?谷津なのか?

 ショート金髪メッシュのミニスカでルーズソックスの紐パンギャルなのか、黒髪ロングで紺ハイソの清楚系ノーパン女子校生なのか。

「その二択で良いんだな?」

 百目鬼が訊く。

 ヤリたかっ太に頷いた記憶は無かった。




 どうして死んだのか、賽の河原にどうやって辿り着いたのか、ヤリたかっ太は覚えていない。

 ただ生きていた頃、可視化された生命の貸し借りが菓子折りの様に商品化されていくのを見ていた気がする。



 他人に何かを貸す時は却ってこない前提で貸せと言う教えを受けて育ったので、他人に何かを貸す事は無かった。

 手放したく無かった。

 そんな事を考えながら、ヤリたかっ太は自分の恋人が知らない男に犯されているのを屋上から眺めていた。

「彼女は却ってくると思うかね?」

 ケイが訊いた。

「肉体だけなら」

 何も貸したつもりなど無かったのに。

 



 く、く。く。

 クリスマスイブの夜だと言うのにラブホテルでセックスする為に入室待ちで並ぶ恋人たちの倦怠と焦燥による振動エネルギーから発生した新たな生命体の悲鳴によって不快な眠りから目を覚ました恩前斗ヤリたかっ太は、長年好きだった女と映画を観終わった後に「面白い映画だったりだが特にこれ以上お前と喋る事が無い」と言われて、怒りも精子もその膣に叩き込む事ができないまま項垂れて帰宅する途中でラーメン屋に入ると、見習い札を下げた熊の様な白人男が作ったラーメンを食いながらいつか世界を破滅に導いてやろうとしていた長いトンネルから這い出た。


「そうだ。おれはお前とヤリたかった」

 しかしどうせあの女はヤリたかっ太と別行動になってから予め待ち合わせていた茶髪とパルコにでも行って指輪を買って安アパートまで戻る途中にノリで買ったチキンラーメンなどを幸せそうに分けあったりしてからバスボムの入った泡風呂で嬌声を上げてキスをしたり部屋を染める蝋燭の火が削り出す影に永遠の片鱗を感じながらワインを飲むしその頃にはヤリたかっ太の存在なんてすっかり忘れてベッドに潜り込んで腰を振るだろう。




「おれは、お前と、ヤリたかったんだ」

 しかし恩前斗ヤリたかっ太は知らない。

 ヤリたかっ太が抱えているその性欲が、実は愛情では無いことを。

 だがヤリたかっ太のまだ知らぬ愛情には、性欲が内包されていると言うことを。


「ヤらせてくれ!」

 ヤリたかっ太は街中で見かける絶対領域に吸い込まれそうになってはピンボールみたいに弾かれて、仕方なくコンビニの便所に吸い込まれて行くしかなかった。



「わ、わ。わ!」

 ワームホールだ。

 記憶のワームホールで繋がるから、ヤリたかっ太はいつだって死にたい気持ちでいっぱいだった。



 ヤリたくて土下座をする根性も無いヤリたかっ太はヴィレッジヴァンガードの便所で首を吊って死ぬことも出来ず、ライブハウスの便所でラリった女とセックスをする事も出来ず、だからコインロッカーに預けるベイビーも無いままに生きてきた。

 恥だ。

 ヤリたかっ太は恥そのものだった。

「恥ずかしながら生きてしまいました!」

 ヤリたかっ太が絶叫しながらスクランブル交差点の真ん中で敬礼をしても、ヤリたかっ太をムービーで撮ってくれる人間は現れなかった。



 つまりヤリたかっ太郎は希薄さを感じていた。存在の。

「だから衰退していく」

 叡智が。



 ヤリたかっ太は谷津にも池田にも告白をした。

 しかし告白はつまるところ確定申告なので、一方的な好意やヤリたい気持ちの吐露では無くそれまでの源泉徴収票にも似た素敵なサムシングが必要とされている。

 ヤリたかっ太はそれを知らない。

 そしてその素敵なサムシングを継続させる為にセックスがあらのだから、セックスはゴールでは無い。


 多くのヤリたかっ太たちはそこを誤解をしている。

 ヤリたかっ太は再び石を積む。

 百目鬼が来る。

 石の山が蹴り壊される。

 ヤリたかっ太は百目鬼の眉間から眉間へと目をやりながら考える。

「そうだ、おれは死にたかったんだ」



 谷津や池田とヤリたかくて告白した過去から逃げるようにしてバイクを飛ばしていたヤリたかっ太は、赤信号で停まると瞬く間に過去に追いつかれた。

 走り続ける事は不可能だ。逃げきれない。

 信号が青に変わり、バイクは再び走り出す。

 ラブホテル街を走り抜ける。

 窓ガラスの明かりは叶えられた祈り。

 その下にある幾千の涙。

 その葬列。いや、待機の列。

「それはおれのものだ」

 ヤリたかっ太は空吹かしをする。

 通りかかった茶髪が蹴りを入れる。

 ヤリたかっ太が宙を舞う。


 空飛ぶヤリたかっ太は、満月に向かって飛ぶ梟に見えたのは小麦肌のコギャルが履いている蛍光グリーンのパンツであり、また白い肌をした黒髪ロングの紺ハイソに包まれた無毛の闇こそが闇であったと悟り、解脱をした。


「生きることは苦しむ事だと考えています」

 百目鬼が笑った。

「ゴータマは飽きるほどセックスしてたんだぜ」

 ヤリたかっ太は泣いた。

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