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エルクラートさんちの夢喰日記  作者: Akira Clementi
第十四章 私の世界

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第九十七話

 日記の最後の三行は、私のやる気に火を点けた。この魔術空間の鍵は、あの城を貫いている大樹が握っているのではと考えたのだ。


 最後のページからさかのぼって解読作業を進める。照明魔術の灯りが必要な夕暮れになる頃までに判明したのは、イオリが己の魂をドリアードと一体化させたというとんでもない話だった。


 精霊ドリアードもウンディーネと同じで、意思が希薄だ。イオリはドリアードの承諾を得ず、勝手に樹木というひとつの体に侵入して住んでいることになる。あまりにもひどいやり口だ。


 植物を司るドリアードと水を司るウンディーネは、とても相性がいい。片方の姿があれば、そのそばでもう片方がよく見つかる。

 しかしどんな木にもドリアードがいるわけではない。魔力と自然が豊かな場所の木に、ドリアードは宿る。


 そしてイオリが目をつけたのが、あの城内で目立つ大木だ。木を中央に据えて城を造っているから、イオリの研究ではリヴィーを監禁する為に必要でどこからか引っこ抜いてきたんだろう。自分の欲望に素直すぎる。


 イオリがどこからか引っこ抜いてきたドリアードも、この城ではウンディーネを養いきれなかった。イオリはその弱ったドリアードに自身を一体化させることで強化し、リヴィーに魔力を与える為の回路になったのだと日記から分かった。


 一方的な愛情の果てが変態的な自己犠牲すぎて、ストレートに気持ち悪い。自分をさらったやつの体を通った魔力を与えられるリヴィーが哀れで仕方なかった。私がリヴィーだったら、希薄な意思をかき集めて供給される魔力を全力で拒否する。


 書斎の魔導書が精霊関連のものばかりだなと思っていたら、まさかイオリがこんな外道のおこないに明け暮れていたとは。


 しかしこれで判明した。あの大樹はリヴィーの為だけに用意されたものだ。私たちがこの魔術空間を脱出する障害にはならない。


 あとはキールを見つけたら、クーアも連れて脱出だ。


 変態イオリの日記を読んで気分が悪くなったが、夕食を食べる為食堂へと向かう。あまり食欲はなかったが、ラッテに毎度呼びに来られると私も動きにくくなるので、今度は彼女が呼びに来る前に動いた。それにキールを連れて逃げるのならば、腹ごしらえはしておいた方がいい。


 食堂へと向かう途中で自室に寄り、クローゼットにかけておいたバクのローブを持ち出す。食堂にこっそり持ち込むには大きな荷物に、ラッテがすぐ気づいた。私の席の隣が彼女なのだから、当然だ。


「エルクラート、それは?」

「私は寒がりでね。夜はせめてひざ掛けが欲しいくらいなんだ」

「そうですか……。食事の後で、私の部屋へいらっしゃい。ひざ掛けをあげましょう」

「すまないな」


 魔法を使って暖を取ればいいという考えは、魔法が使えるラッテには存在していなかった。彼女は少しだけ変わっている。

 皆で他愛ない雑談を交えながら食べる夕食のメインは、よく煮込まれたチーズたっぷりごろごろ野菜のシチュー。クーアが教えてくれたとおり、昨日とまったく同じメニューだった。それでもまだ私にとっては二日目だし、大きく切られ煮込まれた野菜は柔らかくて甘味もあるので、美味しく食べられる。


 夕食後、ラッテに連れられて彼女の部屋へと向かった。


「少し待っていてください」


 私を廊下に残したまま、ラッテがドアの向こうに消える。少しして姿を現した彼女は、厚みがある臙脂色のひざ掛けを手渡してくれた。


 最後まで魔法で温まるという提案をしなかったラッテと別れて、隣にある自室のドアを開ける。横目で確認したラッテは、私の挙動を疑うことなく歩き出した。夕食後の彼女は食器を回収しに行かねばならないので、動いてくれると信じていた。


 室内に借りたひざ掛けを置いてすぐにドアを閉め、バクのローブをいつものように袖を通さずに羽織り、留め具を留めて、フードを被る。サイズはぶかぶかだが、バクのローブの効果は問題ない。


 バクのローブがあるおかげで音や気配には用心しなくていいが、今の私には裾が長すぎるので踏まないようにするのが大変だ。

 それでも盛大に余っている裾を持ち上げてラッテの後を追えば、彼女は城のど真ん中を貫いているあの大樹――ドリアードと一体化したイオリのところへと向かった。


 巨大なイオリの根元には、まるでイオリの中に入っていく為に取り付けられたようなドアが一枚ついている。幹と同じこげ茶を更に煮詰めたような暗い色のドアだったので、近くで見なければ気づけなかった。

 メイド服のポケットから大人の掌ほどもある大きな鍵を取り出したラッテは、そのドアの向こうへと消えていった。


 こちらの姿が見えないのをいいことに、ドアのそばでラッテが出てくるのを待たせてもらう。


 イオリについているドアから出てきたラッテは、食器の載ったトレイを持っていた。この城でラッテがせっせと運んでいる食事は、リヴィーとキールの食事しかない。深緑色の葉がもっさり茂っているイオリは地面にしっかり根を張っている。魔術空間に生えているのだからもちろん今私が踏んでいる地面から栄養を摂取しているはずだが、これほど大きな木を維持するとなるとかなりの魔力が必要になると思う。

 私が大人の体で日頃補給している量とは比べ物にならないほどの魔力が必要だ。

 どこからそれを得ているのか不思議だったが、脱出には関係なさそうなので疑問を頭の片隅に追いやる。


 ラッテの姿が遠くなり、耳を澄ませても足音が聞こえなくなるまで待ってから、私はイオリの幹についたドアに近づいた。

 魔法で鍵を開けようと、フードを脱いでからドアに手を伸ばす。


 瞬間。


 空気を切り裂くような荒々しい音を伴って、私がドアに伸ばした手めがけて細い雷撃が降ってきた。掌を貫かれた衝撃で反射的に声を上げそうになって、奥歯を精一杯噛み締めてこらえる。


 右手は黒焦げになってしまったが、治癒魔法をしっかりかけたら治りそうだ。さっそく治療をしながら、大樹を見上げる。


 イオリめ。変態をこじらせて木になったせいで会話を忘れてしまったと思っていたのに、意識はしっかりしているのか。

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