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エルクラートさんちの夢喰日記  作者: Akira Clementi
第十章 私好みのお客様

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第七十九話

 今度こそ家へと帰り、さっそく風呂に入る。海中に長いこといたので、すっかり体が冷えていた。どれくらい冷えていたかというと、湯船に浸かったときに「ん? ちゃんとお湯か?」と訝しんだくらいだ。


 風呂でちゃんと体が温まると、腹が食べ足りないとアピールを始めた。さすがにサバサンドひとつで昼食兼夕食というわけにもいくまい。


 キッチンに立ち、まずは客から取り出した悪夢が入っているカゴを覗いた。クロスト瓶に入っているピケの悪夢に、チーズによく似た人間の悪夢がいくつか。それから……ああ、そういえばこんなものもあった。コボルトの悪夢、ベーコンもどきだ。ふむ、あとは卵でも追加するか。


 ブレッドを厚めに一枚切り、内側を貫通しない程度にくり抜く。そこに人間の悪夢とコボルトの悪夢と刻んで入れた。卵を割り入れ、塩コショウをし、くり抜いたパンでフタをする。その上からも人間の悪夢をかけた。

 フライパンでバターを溶かして、ブレッドをそっと入れる。


 待つ間に用意するのは、ピケの悪夢入り紅茶だ。ティースプーン一杯などといわず、たっぷり垂らす。ちょっと多過ぎるんじゃないかというくらい垂らしたが、これくらいしてもスカスカした味わいのピケの悪夢は紅茶の風味を妨げない。


 フライパンからは、とろりと溶けた人間の悪夢が食欲をそそる匂いをさせていた。


 出来上がった夕食を、テーブルに積んでいる本を開きながら愉しむ。とろけたチーズもどきと半熟の卵、それにベーコンもどきが絡み合って美味かった。普段なら物足りなさを覚える量だが、帰ってくる途中でサバサンドを食べたのでちょうどいい。


 食器をさっさと洗ってしまうと、私は読みかけの本を持って居間のソファに寝転がった。魔法で冷風を循環させている室内でのんびりしていると、海中散歩の疲れのせいかうとうとしてくる。やがて活字を追う視線の動きも緩慢になり、そのうち私はうたた寝を始めた。


 ふわふわとした心地を味わっていると、今日の出来事が脳裏をよぎる。


 いくら人魚の種族特性のおかげで助かったとはいえ、やはり泳げない私にとって水中は息苦しさを覚える場所であった。

 体は眠ろうとしているのに、頭は水中の心地悪さを思い出して目覚めようとする。板挟みでうんうん唸っている中でふと考えたのは、レヴィについてだった。

 レヴィの知らぬ間に息子が誘拐されたとしても、あれだけヘルミーネが自慢げに乗り回していたら噂はレヴィの耳にも入るはずだ。あのあたりの海と人魚を守護している幻獣のレヴィならば、人魚ひとりをどうにかするなどたやすい。


 それなのにヘルミーネを好き放題させているのは、なぜだ。


 うなされながら、記憶の遺産を探る。


 自分のかけがえのないものを奪われても抵抗しない理由は、なんだ。


 答えを求め続け、やがてひとつの答えに辿り着く。


 贖罪だ。


 レヴィは守護者だ。ベルの話によれば、ヘルミーネはカイルが密漁者に捕まった際、レヴィに助けを求めている。しかしレヴィは、カイルを助けられなかった。海から連れ出されてしまえばレヴィの力は及ばぬのだから、仕方ない。


 それでもレヴィがカイルを助けられなかったと、悔やんでいるのだとしたら。


 守護者として人魚を守れなかったという事実に、贖罪の念を抱いているのだとしたら。


 ヘルミーネに好き放題されても抵抗できない可能性はある。


 レヴィのティキに紐づいている夢を全て喰らってしまえば、ヘルミーネからティキを取り戻す必要はなくなる。夢喰屋としての仕事ではないのだから、私が種族特性を活かしてレヴィの夢を勝手に喰らったとしても問題ない。

 しかしその場合、レヴィはなぜピケを手元に置いているのかも分からなくなる。ピケの身が危うくなってしまう。


 やはりピケを取り戻すには、ヘルミーネからティキを取り戻すしかないのか。


 ヘルミーネにカイルを忘れさせてしまえば、ティキを捕らえている理由もなくなる。己の守護者たるレヴィの息子なのだから、すぐに解放するだろう。

 突然カイルの記憶を全て失ったヘルミーネについて周囲の人魚たちはなにか言うかもしれないが、特別口止めする必要もない。レヴィ同様私が夢を勝手に喰らったところで、なんの問題もないからだ。それに私に関わった後からヘルミーネの様子がおかしいとなっても、人魚たちは夏の砂浜に全裸で寝転がるくらいで町中にはやってこないし、海水浴をしている人間たちとも馴れ合わないのだから、話が広がる心配もなかった。


 そこまで考えて、ベルの存在を思い出す。


 ヘルミーネに髪を奪われたのだとしたら、ベルもなにか罪悪感からおとなしく従っているのだろうか。それとも、族長であるヘルミーネを純粋に恐れているのか。


『私ね、恋をするのが少し怖い』


 そんなふうにぽつりと呟いたベルを思い出していて、なにかがひっかかった。


 ベルは、なにか大事なことを言っていなかったか?


 カイルに関する、とても大切なこと。


 ああだめだ、もう眠くて、考えがまとまらない。

 とにかく今は少し眠って、疲れをどうにかしたい。


 水の底に引きずり込まれるように、私の意識は眠りへと落ちていった。

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