第七十四話
「差し支えなければ、ピケの霊が校内でなにをしているのか伺っても?」
私が悪夢を取り出したのにまだピケの霊が校内に出るとなれば、私のところにも現れる可能性がないことはない。なにか問題が起きているのなら、その対処法を知っておきたい。
そんな私の前で、ココ先生は困ったような、悲しんでいるような、複雑な顔をした。
「悪事を働いているというわけではないのです。生徒たちの前に現れて、『僕はここにいるニャ』『僕を見つけてニャ』と言って消える。それだけなのですが、さすがに人気者のピケくんといっても幽霊となれば気味悪がられていまして」
もうそれは嵐の海で命を落としたピケが、遺体を見つけて欲しがっているようにしか思えない。
「ピケの捜索はまだ続いているのですか?」
「ええ。我が校では事故が発生した際に、期間と二週間と定めて捜索活動をおこなってます。魔法が使える種族であれば、なにかしらの方法で生き延びている可能性もありますから」
ココ先生はピケについて『魔物』という言葉を使わなかった。もちろんあの領主でさえ一応公の場では『魔物』という単語を使わないのだが、その単語を無視して話をするのと、別の呼び方をするのでは魔物に分類される者たちの扱いがまったく違ってくる。
魔物たちは人間から『魔物』と呼ばれるのに慣れている。しかし一部の者はその呼び方に強い抵抗感を持つ。
代表的な例がプライドの高さがずば抜けているエルフという種族だ。
自分たちは妖精だというのがエルフの主張であるが、人間が作った分類上では妖精は魔物の一種とされている。エルフはそれが非常に気に入らないのだ。彼らを一度でも魔物扱いすれば、一切口を利いてくれなくなる。
ココ先生の『魔法が使える種族』という言い方は、現在魔物とされている全ての種族を種族単位で認めるものだった。教師という立場ゆえのものかもしれないが、それでも好意的な印象を抱く。
政治を行う人間たちがココ先生のような考えをしてくれるようになれば、人間に許されても魔物に許されないものなどなくなるのに。
そんな心優しいココ先生が案じるピケの捜索は、もうすぐ終了してしまう。
「ピケくんの手がかりとなるものが、なんとか見つかるといいのですが」
『見つからない可能性の方が大きい』という言葉を、ココ先生は飲み込んだ。
嵐の海でピケだけが助からなかったのは、船上で魔物差別が起きていたわけではないはずだ。そんな状況で人気者のピケを差別するやつがいたら、そいつこそ他の生徒によってどさくさ紛れに荒海へと落とされるに違いない。だからピケが助からなかったのは不運であり、同じように船から落下した他の生徒たちが助かったのは、奇跡だ。
とんでもない奇跡が二回起こるなんて、まずない。そんなに頻繁に起こるのなら、奇跡という言葉がなくなる。
どこかの島へと流れついたピケが魔法を駆使して食いつないでいるというのも、期待しない方がいいだろう。
スティアアカデミーはイリュリア内でだけ有名なわけではない。海洋研究の分野では国中に名を轟かせる機関だ。そんなアカデミーだったら、ピケの落下地点から流れつきそうな島に目星をつけてとっくに調べている。
海のエキスパートであるスティアアカデミーが捜索を続けているにもかかわらず、見つけられない。
校内では幽霊が出ている。
それらから考えるに、ピケはもう亡くなっていると考えるのが自然だった。
私の店に来たのは、ピケの幽霊。そしてそのピケの遺体は今頃暗い海のどこかをゆらゆら漂っていて、見つけて欲しがっている。
ぼろぼろになったピケの遺体を魚がつついているのを想像したら、少々気持ち悪くなった。
ピケについて巡らせていた想像を、ココ先生の声が断ち切る。
「あの、エルクラートさん。こんなお願いをするのは恐縮なのですが、ピケくんの捜索を手伝っていただけないでしょうか?」
「私が?」
まさか私に海へ出て欲しいというのだろうか。たしかに魔法に長けた種族ではあるが、だからといって物探しの魔法の範囲が広いわけではない。私がいたところでなんの役にも立たないのが目に見えている。
「私はただの夢喰屋ですよ。海についてはココ先生の方がお詳しいはずだ」
「海については、です」
ココ先生の言い方が、妙に気になった。
「ピケくんの幽霊は生徒たちの前には現れますが、私たち教師の前には一度も現れませんでした。ですがエルクラートさん、あなたの前には現れた。ピケくんが姿を現した者のうち、条件にひとつも当てはまらないのはあなただけなんです」
ココ先生の言うとおり、私はピケの幽霊の出現条件をひとつも満たしていない。私はアカデミーの卒業生でもないからアカデミーと深い関わりはないし、ピケの知人でもない。更に年齢で言えば、ココ先生と同じで大人だ。ピケの幽霊の目撃者の条件が、なにも揃っていない。
だからといって、ピケの幽霊が再び現れる保証もない。
「通常、幽霊になった者は新しい夢を見ません。それは彼らの時間が止まってしまっているからです。私はピケの幽霊から希望されたとおりに悪夢を全て取り出しました。悪夢を見なければ、ピケの幽霊が夢喰屋を訪れる理由はありません。つまり、ピケの幽霊が私の前に現れる可能性は極めて低い」
「低いだけです。まったくのゼロではありません」
いやまあそりゃそうだが。ココ先生もなかなか強引な人だ。
「もちろんピケくんの霊が現れなかったときは、諦めます。どうかお願いします」
そう言い、ココ先生は深々と頭を下げた。
ココ先生の要望は、私に特別なにか負担がかかるものでもない。ピケの幽霊が出なければなにもする必要がないのだ。捜索終了までのあと四日間、ピケについてほんの少し気にかけながら過ごすだけ。それだけだ。
「必ずなにかしらの手がかりを得られるとはお約束できませんが、それでよろしければお受けしましょう」
「ええ、ええ。それで構いません。ありがとうございます」
顔を上げたココ先生の声は、ほっとしたようなものだった。
***
そういえばピケの幽霊からもらった藍晶石はどうなったんだと家の金庫を開けたら、あの大きな結晶はちゃんとそこにあった。幽霊からのもらい物が本物だったというのは珍しい話ではないので、特に驚きはしない。
肝心のピケの幽霊はというと、さっぱり姿を現さなかった。ピケと見まごうようなケット・シーの客すら来ない。さすがに人間の客たちが来るたびにピケかと期待するほど、私もピケの幽霊について気にかけているわけではなかった。
ピケの悪夢はまだクロスト瓶の中にある。これを逃がせば夢主であるピケの幽霊のところに戻るのだが、幽霊を探す為にわざと悪夢を逃がすなんて真似はできなかった。
ピケの悪夢を全て喰らうという取引は、あの藍晶石で成立している。ピケの幽霊に会って捜索に関する手がかりを得られないか試したいという理由で取引を反故になんてできない。
それにピケの幽霊だって、悪夢などない方が安らかに眠りにつけるというものだ。




