第百十話
昨日市場を巡ったばかりだから、食材は豊富にある。調理の途中で絵が好き嫌いについて喋り出しても、それなりに対応できるはずだ。
なにを作ろうかと腕組みをしながら考えて、野菜たっぷりのオムレツに決めた。
エルフというと昔は森の中にある里で暮らす者が圧倒的に多かったが、今時は人里で暮らす者も珍しくない。そのおかげでイリュリアの飲食店でも見かける。
彼らはたしか、たっぷりのサラダとともに卵料理をよく食べていた。よく見かけるということは、好きなんだろう。そうであるからには、この絵に出す食事として試す価値はある。
昨日は買い出しの後でトマトソースを仕込んだから、オムレツはちょうどいいメニューだ。うん、これにしよう。
ボウルに水を張り、一口大に切ったジャガイモを入れる。
ジャガイモを水にさらしている間にチェックするのは、客から取り出した悪夢を入れているカゴだ。急いで食べる必要はないものばかりなので、料理に合わせて選べる。
カゴにはチーズに似た人間の悪夢が三つと、ミニトマトに似た悪夢が四粒入っていた。
ミニトマトもどきはエルフの客から取り出した悪夢だ。野菜をよく食べる種族というのが関係しているのか、エルフの悪夢はミニトマトになる。客から取り出した直後は十粒ほどあったのだが、つやつやとした瑞々しい実はあまりにも美味そうで、昼食のときサラダにしてほとんど食べてしまった。まるでフルーツのように甘かったな。カゴに残っているものは、私の分のオムレツに入れよう。
絵の分として作るオムレツは、冬トマトを買ってあるからそれを入れるか。
人間の悪夢からはハードタイプのチーズもどきを選び、すりおろす。私のオムレツに混ぜる分だ。
私はいつもチーズもどきのある生活をしているから、普通のチーズを買う習慣がない。このオムレツはチーズを混ぜた方が美味いのだが、ないものはないのだ。いくらハイエルフといっても、悪夢は消化できないと思う。
仕方ないので、チーズなしで作ろうか。もしかしたら「チーズが入ってないと嫌だ」なんて、絵が喋り出すきっかけになる可能性だってある。
鍋にジャガイモと新しい水を入れ、茹で始める。茹で上がりまでの時間を利用して、他の野菜を準備しよう。
一口大にカットするのは、冬トマトとマッシュルームだ。
魔法で冷凍保存された冬トマトと違い、マッシュルームは冬でも収穫される。キノコ類は魔法を利用した室内栽培がしやすいのである。魔法を使った大規模な栽培方法はまだ確立されていないが、いつか実現したら冬でも夏野菜が楽しめるのだろうか。料理の幅が広がるな。
そうだ、ホウレンソウも用意しようか。立派なものが手に入ったのだ。これは絶対美味い。土を洗って根を切り落とし、根元に切り込みを入れる。
まだジャガイモは茹で上がらないので、フライパンでマッシュルームを炒めた。味つけはあっさりめに塩とコショウを振る。最後に添えるトマトソースがしっかりした味なので、そんなに濃い味をつけなくてもいい。そんなことをしたらくどくなる。
炒め終えたマッシュルームは、一旦皿に寄せた。
フライパンを洗い、小さいものに持ち替える。ひとり分の野菜入りオムレツを、二つ作りたいのだ。
茹で上がったジャガイモをすくい取り、残った湯に塩を入れる。次に茹でるのはホウレンソウだ。湯に入れればすぐにさあっと鮮やかな緑に変わるホウレンソウを見たら、本格的に腹が空いてきた。
美味そうなホウレンソウを水で冷やす間に、卵を大きめボウルに割り入れて溶き、生クリームと塩コショウを入れた。卵の黄色と、生クリームの白。とろりとした二色が混ざり合うのを見ていたら、腹の虫が鳴いた。早く食べたいが、先に絵の分を焼いてしまおう。
卵液が綺麗に混ざったら、ジャガイモ、冬トマト、マッシュルーム、それから水気を切って一口大にしたホウレンソウを入れ、よーく混ぜ合わせる。
温まったフライパンにしっかりオリーブオイルを塗り広げてボウルの中身を流し入れれば、じゅっと香ばしい音が生まれた。フタをして弱火でじっくり火を通す間も、卵が焼けるくつくつとした音が聞こえてきて、食欲が膨らんでいく。
蒸し焼きにする間に、冷却魔術で冷えている食糧保存庫から作り置きのトマトソースを出した。もちろん冷えているので、オムレツを盛りつける為の皿にたっぷり広げて魔法で少し熱を加える。温かい料理は、温かい状態で食べたい。
バゲットを切ってから、片付けにとりかかる。あらかた終えてからフライパンのフタを開けると、明るい黄色をした卵がふっくら焼き上がっていた。ひっくり返してもう少しだけ焼く。これくらい焼いたらもう充分だろう。
半分に切って皿に重ねれば完成だ。
卵の黄色に、ホウレンソウの緑と冬トマトの赤が映える。ほわほわと立ち上る湯気は卵の柔らかい匂いをはらんでいて、我ながら美味そうな仕上がりだ。
さあ絵よ、喋るがいい。
バゲットを添えて、食卓で待たせている絵の前に置く。
「私の分はもう少しかかるから、先に食べていてくれたまえ」
リザが食事をしていったり、クーアが一時期住んでいた我が家ではあるが、オムレツにちょうどいい小さなフライパンはひとつしかない。いつかクーアが帰ってきたときの為に買い足した方がいいだろうか。
そんなことを考えながら絵を注視するが、特に変化は見られない。絵だ。どれだけ見ても絵のままだ。
本当にこれは喋るのか?
モンテッサンの絵の具で描いた絵が喋るなど聞いたことがないが、オリバーは絵が喋ったと言っていた。腕利きの職人として信頼しているオリバーの言葉なので、彼の幻聴や幻覚、または嘘や冗談といったものだと切り捨てるのは早計な気がする。
まあ、他人にじっと見つめられては絵も食べにくかろう。
私は絵のそばを離れた。腹が減った。早く自分の分も作って夕食にしたい。
キッチンで悪夢入りのオムレツを焼きながら絵を観察するが、変化は見られない。そうこうしているうちにオムレツの片面が焼けたので、ひっくり返す。
完成したなんとも美味そうなオムレツの皿を持ってテーブルに戻ると……。
絵の前に置いていたオムレツが、すっかりなくなっていた。
更にたっぷり敷いたトマトソースまで綺麗になくなっている。皿を舐めたんじゃないかと考えてしまうほどだ。
絵を見てもなんの変化もない。だがこの家には私しか住んでいないし、料理はずっと絵の前に置いていた。
これで分かった。
この絵は、間違いなく生きている。




