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エルクラートさんちの夢喰日記  作者: Akira Clementi
第十六章 錬金術師

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第百八話

 年末年始に営業を休んでだらけ放題だらけ、その気分の残滓を引きずったままめんどくさいなあと思いつつ始めた年始の営業。そんな始まりでも時間というものは流れるもので、なんだかんだ半月が過ぎた。


 年始の営業は特に腕のいい夢喰屋が選ばれやすい。新年早々見た悪夢を綺麗さっぱり喰らってもらうことで、その年の幸福を願う客が多いからだ。そんなわけで私の店も忙しかったのだが、年明けから半月も経てばそういう客もさすがにいなくなってすっかり通常営業だ。


 おかげで私は暖炉の薪が爆ぜる音を聞きながら、店のロッキングチェアでうたた寝を愉しんでいる。


 今日の天気も雪だ。午前中ははらはらとちらつく程度だったが、昼食を食べ終える頃には吹雪くようになっていた。一応店は開けているものの、まず客など来ない天気である。悪天候という点では雪と雨と同じだと考える者もいるにはいるが、視界が遮られるような天気の中を好き好んで歩き回る者は少ない。


 この分ならば、早めに閉店しても問題なかろう。夕食はのんびりロールキャベツでも作るか。


 そんなことを考えていたら、入り口のドアにつけているドアベルが来客を報せた。この悪天候の中わざわざ夢喰屋に来るとは、物好きもいたものだ。


 ロッキングチェアから立ち上がって入り口を見ると、ずんぐりとしたいかにもドワーフですという体型の男が、ポールハンガーに黒い外套をかけているところだった。勝手知ったるという振舞いだが、それもそのはず。知らぬ相手ではない。


「どうしたオリバー。わざわざ吹雪の中ワッフルでも食べに来たか?」


 イリュリアの職人通りに店を構える魔道具職人、オリバー。小雨でさえ外出をためらう彼は、吹雪が大嫌いだ。見ているだけで寒くなって、鼻水が止まらなくなるのだという。魔道具や魔法で寒さはどうにかできても、見えるものまではどうしようもない。

 そんなオリバーがこんな日に訪ねてくるくらいなのだから、よほどのことがあったに違いない。


「この店がワッフルも出すようになったというのなら、ぜひもらおうか」


 軽口を叩きながら私に向き直ったオリバーのひげもじゃ顔は、こころなしかやつれて見えた。普段は下戸なのに酒を好みそうな赤ら顔をしているのだが、今日は肌の色もいまいちだ。風邪でもひいたかと考えたものの、彼が鼻をずびずびいわせているのは大嫌いな吹雪の中を歩いてきたせいが多分にありそうだ。


「残念ならカフェを開く予定はないよ。まあ座りたまえ。温まるといい」


 なんだか嫌な予感はするが、それだけでオリバーを追い返そうとは思わない。私は彼にロッキングチェアを勧めた。


 重い足取りのオリバーを眺めていて、彼が小脇に平たい荷物を抱えていると気づく。包み方や厚みからして、絵画のようだ。

 どっこいしょ、と濃い疲労の色が滲む声を漏らしながら、オリバーがロッキングチェアに腰かけた。椅子がゆりかごのように揺れて、彼の体を受け止める。


「エルクラート、モンテッサンの絵の具という魔道具を知っているか?」


 オリバーがさっそく話を切り出してきた。その手が平たい荷物を膝の上に乗せて、包みの紐を解いていく。


「魂を絵に塗り込める魔道具だったか」

「そのとおりだ」


 『モンテッサンの絵の具』はその名のとおりモンテッサンという錬金術師が発明した絵の具で、対象の魂の一部を絵に塗り込めるという能力を持つ魔道具だ。

 これが作られたのは、もう何百年も昔のこと。大きな戦争で世の中が荒れていた頃だ。戦地に赴く者たちが、この絵の具で描かれた己の自画像を恋人に託すのが流行った。

 もちろん魂を塗り込めるといっても、命にかかわるほどの量ではない。


 ほんの数日分。その程度の魂を塗り込め、絵を自分の代わりとしたのだ。


 モンテッサンの絵の具で描かれた絵は、ひとときではあるが描かれた者の体温程度の温もりを宿す。塗り込められた魂を全て消耗してしまうとただの絵になるのだが、それでも僅かでもいいからと愛しい者の温もりが強く必要とされた時代があったのだ。


 現在でも使われている魔道具ではあるが、魂を削って使うという点から、使用の際は夢屋や夢喰屋で対象者の魂の状態を調べ、絵の具の使用前後について書類を作り役所に提出する決まりになっている。


 まあとにかく記述量が多い書類で面倒なので、できたらうちには持ち込んで欲しくない仕事のひとつだ。


「オリバー、まさか書類の作成を頼みにきたのか?」

「違う。そんな魔道具に頼らんでも毎日満たされているさ」

「それはなによりだ」

「だが、モンテッサンの絵の具で描かれた絵は持ってきたぞ」


 言いながら、オリバーは荷物の包みを全て剥がした。


「『エリクシルを作る錬金術師』という作品だ。どうだ、美しい絵だろう?」


 オリバーが絵画をこちらに見せてくる。


 高い場所にある窓からカーテンのように差し込む光が浮かび上がらせる、クリーム色の壁の部屋。机上では淡いピンク色の液体がフラスコに入れられ、火にかけられている。天井からは乾燥させたと思しき薬草が何種類も吊るされ、童話に出てくる魔女の家のような雰囲気を醸していた。本棚に収まらなくなり床に積み上げられている本たちが、錬金術師の知識量を表しているかのようだ。


 そんな部屋の中に描かれていた錬金術師は、一見すると少女のようだった。


 肩のあたりで切られた蜂蜜色の髪を彩る、明るい紫のヘアバンド。細い肩に羽織っているのは、ヘアバンドと同じ色をした短いマントだ。ふわふわとした水色のかぼちゃパンツからは、色白の足がすらりと伸びている。


 幼さを感じる装いは人間でいうところの十五、六ほどに見えるが、それ以上の年齢かもしれないと考えさせる要素が彼女にはあった。


 蜂蜜色の髪から覗く、細長い耳だ。


 エルフも長い耳だが、先端にほどよい丸みがあるのでそんなに細くは見えない。しかしこの絵に描かれている少女の耳は、まさにとんがり耳。すっと横に伸びた細い耳はまるで繊細な細工物のようで、触れるのをためらう神秘的な雰囲気を醸している。


 ただのエルフではない。

 ハイエルフというやつだ。


 強力な魔法を操り、短くても千年は生きるとされる非常に長命な存在である。ハイエルフはエルフの里にあるとされる聖域から滅多に出てこない。それゆえ人の目に触れる機会がまずない超レア種族だ。


 長く受け継がれてきた記憶の遺産がなければ、私も絵を見てハイエルフだとは分からなかっただろう。


「きみが買ったのか?」

「客が持ち込んだんだ」


 オリバーが重いため息をつく。


「魂抜きの依頼だよ」


 モンテッサンの絵の具で描かれた絵画を、普通の絵画として手元に置きたいという者もいる。そういう者がオリバーのような魔道具の修理をしてくれる職人を頼るのだが、この絵がそういったものらしい。


 絵に魂を入れてくれだの、その逆で抜いてくれだの、せわしない。どちらも同一人物が頼むものばかりというわけではないが、魂の扱いがあまりにも雑すぎる気がして、私はモンテッサンの絵の具を好きになれなかった。


「魂抜きは魔道具職人の仕事だ。うちはなにもできないぞ」

「ああそうだ。魂抜き自体はな。だがそれに関する悪夢は、おまえさんのところに頼むしかない」


 オリバーの言い方が妙にひっかかった。仕事の影響でオリバーが悪夢を見ているのなら、いつもそうするように素直に夢喰いを頼めばいい。それなのに客から預かった絵まで持ち出してきて、どんな話が待っているんだ。

 身構える私の前で疲れたようにため息をひとつついて、オリバーが語り出した。


「魂抜きの依頼なんて珍しいもんじゃない。持ち込まれたこの絵も、古かったが妙な魔法もかけられている気配もなくてな、これなら客の気休めになる程度の作業で済むと思って引き受けたんだ」


 モンテッサンの絵の具で描かれた古い絵を、念の為魂抜きに出す。

 よくある話だ。絵に塗り込められた微量な魂はすっかり消費されていることがほとんどだが、万が一にもよく分からない他人の魂が入っていたら気味が悪いという者がいるからだ。


 絵なんて形に残るものに魂を込めるからそうなる。料理とかにすればよかったのに。

 そう思ったが、魂を混ぜた料理というのも生理的に嫌だなと思い直す。体の一部を入れているみたいで食べたくない。


 くだらないことをどんどん考えそうになって、慌てて意識を目の前のオリバーに集中した。なんだかよくない話が飛び出してきそうな気がするが、まずは話を聞いてみなければ。オリバーには世話になることも多いので、なるべくならば力になってやりたい。


 必死に集中力を繋ぎとめようとする私には気づいていない様子で、げっそりとしたオリバーは話を続けていた。


「だが、この絵を預かったせいで酷い目に遭ってな。魂抜きどころじゃない。それでおまえさんのところに来たというわけだ」

「夢喰いをして欲しいんだな?」

「ああ。おまえさんには、こいつの悪夢を喰らって欲しい」


 オリバーの手が絵の縁をゆっくり撫でる。


 絵の悪夢を、喰らって欲しい。


 なんとも奇妙な話だが、オリバーが冗談を言っているようには見えない。顔色の悪い彼の表情は、真剣そのものだ。

 表情といっても、オリバーの顔の半分はもじゃもじゃのひげで覆われていて分からないのだが。


 ドワーフはひげをもっさりとたくわえた者が多い。長く毛量も豊かなひげが大人の男としてのシンボルであり魅力的な部位という意識がドワーフ文化に根付いているので、ドワーフ同士表情が分かりにくかろうが、医者にかかって顔色が分かりにくいと言われようが、大切に伸ばしている。


 だが私はオリバーと付き合ううちに、彼の具合が悪いかどうか見た目で分かるようになってきた。


 調子が悪いとき、オリバーのもじゃもじゃひげはぼさぼさになるのだ。


 そう、彼のもじゃもじゃひげはただ単に伸ばされたものではない。しっかり手入れされた上でもじゃもじゃとしている、美しきもじゃもじゃひげなのだ。


 ……だめだ。絵の悪夢を喰らって欲しいだなんて奇妙な依頼をされたせいで、余計なことばかり考えてしまう。面倒事は避けたくて店の価格を相場より高く設定しているのに、なぜこういう類のものはためらいもなくドアを開けてやってくるのか。ひどい話だ。


「話を詳しく聞かせてくれ。受けるかどうかはそれからだ」


 さすがの私も絵の悪夢を喰らったなんて記憶の遺産は持っていない。私でなんとかなるものなのか、オリバーにしっかり確認する必要があるだろう。

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